0から始める東洋医学 9

わたしはこのブログを2012年の初めに立ち上げて以来、

ほぼ一貫して、ひたすら、鍼灸指圧がなぜ効くのか?

を説明するために、現代の分子生物学や遺伝子学で使われる

通常医学の用語を使用して説明することに努めてきた。

それはべつに、なにかそうしなければならない、

という特別な思い入れがあったから、そうしてきたわけではない。

ただ、現代人に受け入れやすい言葉で、

鍼灸指圧の治効メカニズムを説明しようとした時、

自然に古典鍼灸の難解な用語を使うよりは、

現代人の耳に馴染んだ生理学用語を使ったほうが、

現代人にはとっつきやすいだろう、という

その程度の思いから、そうしたまでだ。

だから、べつに現代の生理学用語で鍼灸指圧の治効メカニズムを

説明することは、すでに慣れっこであり、

いや慣れっこどころか、もう少し自分的には食傷気味、

飽きてきていたところでもあった。

ようは、わたしはここ5年ほどのあいだ、ここで

ひたすら現代人にわかるように、現代人がわかる言葉で、

鍼灸指圧の治効メカニズムを説明してきたのだ!

すけさん、かくさん、もういいでしょう。

この紋所が目に入らぬかァーーーーー、と

それで、ようやくのこと、新しい「0から始める東洋医学」の

東洋医学観を打ち出すために、

東洋医学の神髄、気の世界をいま少しずつ、

語りはじめたというのが、ここまでの流れだ。

つまり、これまでのここで構築してきた現代人の誰もがわかる

サルでもわかる鍼灸指圧の治効メカニズムシリーズは、

わたし的には、釣りというか、撒き餌というか、

大きな意味での客寄せパンダ理論と言い換えられると

今そんな感慨を抱いている。

鍼灸指圧がなぜ効くのか?

と聞かれた時に、気の調整だの、虚実を中和するだの、

とそんなまだるっこしい現代人にとって宇宙人の言葉にしか

聞こえない用語など使用できるわけがないのだ。

そんな古典鍼灸では当たり前の気という用語を多用する鍼灸コミュ特有の

因習は、一般社会には通じやしない!

そんな因習を反省せずに、気ワードを連発すれば、

現代人はドン引きして、鍼灸指圧を胡散臭い医療と断じてくる。

げんにわたしは自分の説明不足から、そうした暴言を

何度も喰らっているのだ。

でね、アタシはね、

てやんでぇ、コンチクショー、てめえら日本人が今ここにあるのは、

他でもないオメエが胡散臭いと今吐き捨ててツバをかけた鍼灸指圧が

この1500年間ものあいだ、我が国のご先祖さまたちの心身を

慰撫し救ってきたからだろーが、それもわからずに、なにさまっ?

ゴラァ〜〜〜、この罰当たりのアホンダラがぁ〜〜〜という気持ちを

抑えてだね(笑)、それで、どうしてそんなアホンダラもとい、

そんな不届き千万な、もとい、すでに東洋医学をいぶかしげな目で見る

100%の現代人たちの心に、もう一度、

どのようにして東洋医学を愛する火を灯したらいいか、

と頭をひねったわけだ。  

このない頭をああでもない、こうでもないとひねってね。

そして、ここはひとつ、こちらが現代科学にお手をして、

現代科学に寄り添うふりをすることで、現代科学の用語を

使用して、鍼灸指圧の治効メカニズムを説明しきる、という

鉄則をわたしは自分なりに編み出して、

その鉄則を守ることで、なんとか鍼灸指圧がなぜ効くのか?

の説明責任を果たす努力をしてきたというわけだ。

鍼灸指圧がなぜ効くかというと、鍼灸指圧で体表を刺激すると、

その刺激が起点となり、ヒトの体表からは一酸化窒素という

有益な分子ガスホルモンをはじめ、ヒートショックプロテインや

βエンドルフィンやオキシトシンやナトリウム利尿ペプチドなど

多くの有益な分子が分泌されてくる。

この鍼灸指圧により増大する有益な分子成分がカクテル効果を

現すことでヒトの体内外のホメオスタシスがゆさぶられて、

結果として心身の恒常性が正常化する、と説明できるのだ。

と、このくらいザックリと鍼灸指圧がなぜ効くのか?

を説明するのは朝飯前になった。

昼食後だけど(笑)

まっ、そういったわけで、とにかく鍼灸指圧がなぜ効くのか?

は科学的には十分に説明できる、ということくらいは、

完全に100%の大衆に一般化してアピールしてもいい時期となった。

機は熟した!

さあ、みんな、アピール祭りにご協力の程を!

そして、わたしは0の道をひた走る!

エンジン全開、ギュイーーーーーーン!!!!!

アクセルペダル、ベタ踏みだぜ!

2017.07.10 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 養生クリエイター

0から始める東洋医学 8

恐らくは古代に指圧や鍼や灸の治効効果に眼を見はり、

それを発見し、感動した鍼灸指圧師たちは、

その素晴らしさを、どうにか一般大衆にわかるように、

説明したいと考えたはずだ。

しかし、その時、今から2000年以上前には、

まだ分子生物学も遺伝子学も、そんな今では当たり前の

医療情報は皆無、0、まったく無かったのだ。

だけれども、体表を刺激すれば体調が良くなり、

内臓も調子が良くなる、ことはちゃんとわかった。

では、体表と内臓をつなげた理論を作ってみよう。

そうすれば、そのシンプルな理論だけでも、どうにか

鍼灸指圧の素晴らしい治効効果を説明できて、

一般大衆にその良さを教えることができる。

そうして編み出したのが臓腑経絡説なのだ。

もしも、2000年以上前に鍼灸指圧の治効効果の

素晴らしさに開眼した当時の鍼灸指圧師たちが、

いまの2000年後の現代によみがえり、

現代の分子生物学や遺伝子学の絢爛たる医療情報に

触れたなら、果たして、どんな理論を編み出すだろうか?

単なる体表と内臓のみをつなげただけの臓腑経絡説を

またぞろ、二番煎じにリバイバルで作成するだろうか?

たぶん、現代の最新の分子生物学や遺伝子学の

トップレベルのエッジな情報を巧みに取りこんで、

そうして現代人に受け入れられやすいイケテル理論を

編み出すだろう。

わたしの前世が2000年以上前の古代の鍼医で、もしも

現代に生まれ変わったら、きっとそうするだろう。

そう、まさに、わたしは今、それをやっているのだ!

ルネッサンスとはフランス語で「生まれ変わり」という意味だそうだ。

わたしが2000年以上前の古代の鍼医の生まれ変わりと仮定して、

その古代の鍼医の生まれ変わりになりきって、

そうして現代の分子生物学や遺伝子学のエッジな情報を取りこんで、

生み出していくわたしオリジナルの東洋医学が、

この「0から始める東洋医学」なのだ。

東洋医学はついに生まれ変わるのだ。

東洋医学ルネッサンスは、今、始まったばかりだ。

2017.07.10 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 養生クリエイター

0から始める東洋医学 7

つらつらと今書き進めている論考を自分なりに反芻していると、

おぼろげながら、わが道の至らなさを痛感するわけだ。

25年余の臨床経験をもとに、東洋医学の何たるか、

を人々に訴えようとする時、そこには、

指先の真実のみをシンプルに伝えようという気持ちが

湧いてくる。しかし、東洋医学の根幹概念とされる

陰陽五行学説だの、天人合一思想だの、

そんな概念を説明しようとは、これっぽっちも

思わない。これって、やっぱり、借り物の理論だからね。

古代の鍼医のある一派は、

ただ、それなりに、カッコウがつく道標が欲しかったんだよ。

道標というか、看板ね。

体表を鍼灸指圧でアクセスすれば全宇宙とシンクロするぜ、

と一番の本質だけをシンプルに伝えれば、本当はそれで良かった。

でも、そのたったひとことだけではシンプル過ぎる気がした。

そして、どこかで、欲が出た。

たぶん、シャーマン的な素養のない者が、

この道に入り、この道のなかでそれなりの地位を占めるためには、

それなりのもったいぶったイニシエーション(段階)を

設けることが得策だったのだろう。

そうして、素人でも知識を武器にすれば、

シャーマンと同レベルのセッションができるように、見える。

この暗示効果とプラシーボ効果は絶大であるから、

もはや理論武装はなくてはならないアイテム、

必須アイテムとなり、さらにそのアイテムは

どんどんと増えて、満艦飾のてんこ盛りの理論武装が

出来上がってしまった。

それが東洋医学を彩るとてつもない崇高な理論哲学というわけだ。

そして、現代に生きる鍼灸師たちも、

そんな2000年の手垢がついた理論武装のなかの虚には

なるべく目をつぶり、業界のお偉いさんを怒らせるような

発言を控え、ひたすら、その道を信じることで、

自分の自尊心を維持してきた。

でも、本当は、色々とこの道に入ってすぐの頃には、

疑問があり、納得がいかない内容に怒り、

釈然としてない気持ちを胸にいっぱい抱えていたはずなのだ。

だが、しかし、そんな事に拘泥していては、

ビジネスもうまくいかないし、業界の立ち位置も宜しくない。

古典理論の虚をつき、古典にダメ出しなどすれば、

この業界の上層部には良く思われることはないし、

出世も望めない。ナイナイ尽くしの馬の骨が、

唯一生きる道を自分で狭くし行き止まりにしてしまう。

そんな愚を踏むバカは、だからオレくらいのものなのだ。

時代の女神がわたしに微笑むか、ソッポを向くか、

それはもう少し時間がたたないと、黒白はハッキリしない。

黒と出るか、白と出るか。

いまのところ、グレーゾーンど真ん中、といったところか。

お陰様でこのブログのアクセス数も順調に降下中だ。

まあ、こんな素人さんが読んで面白くない内容ばかりだから、

そうなるのは当然だ。

でも、何度も言うが、このネタはわたしにとって、

そして、今後の東洋医学にとっての一大事なのだ。

だから読者が減るからといって、

ネタを変えるわけにはいかないのだ。

ドンキホーテ、ますます意気軒昂!

2017.07.09 | | コメント(4) | トラックバック(0) | 養生クリエイター

0から始める東洋医学 6

繰り返しになるが、気とは本当に存在するのか?

ツボは何なのか? 経絡は実在するのか?

の、気・ツボ・経絡のアルナシ論争が、

戦後から今に至るまで続けられた。

そうしたアルナシ論争にまだ終止符は打たれていないが、

ある意味、ここでは終止符が打たれたと言っても

良いのではないか、と今思うのだ。

気とはこうである、と確信的に提言することは

できなくとも、気に関して観測された科学的指標は、

これだけあるから、それを踏まえて気という用語を

フォース(ちから)という言葉に変換したらどうだろう。

ツボはだからそのフォースが集積し滞ったスポットで、

わたしにはフォースの動きがまるで伝説の神獣の竜に

見えるから、ドラゴン・フォースの集まる場所という意味で

ツボをドラゴン・スポット、略して DS に変更し、

そう命名しよう。

そのDSから湧き上がるドラゴン・フォースの動きは

ホログラムに点から場へと位相をチェンジし、

この広大無辺の宇宙を包み込むフォースの母体である

フォースフィールドと同期し融合する。

だから経絡などというまだるっこしいルートは、

アッサリとすっぽ抜けた。

経絡などない。

あるのはDSとフォースフィールドのふたつのリンクシステムだ。

ザックリとハリィー式ネオ東洋医学を説明すると、

以上のようになる。

このような新しい東洋医学観を打ち出すことが、

ひとつの活性剤となって、これが触媒となり

東洋医学に新時代が到来するかもしれない。

いまそんな淡い期待を抱いている。

な〜んて、ちょっと、気取ってみたけど〜(笑)。

ほんとうは、そんなことは、ちっとも思っちゃあいない。

なにせ、石橋の端を頭突きして叩けば石橋がイタッといって

ウワーンと泣くほどにカチコチに固い頭の持ち主が多い当業界だ。

石頭業界を甘く見てはイカンのだ。

そもそもわたしの居場所など、とうの昔にこの業界にはない。

そもそも当業界のだれもわたしなどに注目していないし、

そうかといって、業界人のだれかと共同戦線を張っているわけでもない。

つねにきれいさっぱり独りだ。

だから、こんな毒々しく、苦々しく、禍々しい提案が出来るのだ(笑)

もしも、すでに名が売れていたり、古典派、現代派の

各種鍼灸の研鑽団体にでも所属していたら、

とてもじゃあないが、こんな発言は出来ない。

鍼灸指圧師がその仕事のよりどころとして、

いわば崇拝しているともいえる経絡を

わたしはそんなものは無い、空想の産物、

つくりばなし、フィクション、と言い切ったのだ!

これがどんなに恐ろしい発言か。

大炎上必至、火炙りの集中砲火、

わたしの発言をイケニエに、血祭り大論争が

ネット上を皮切りに始まっても不思議ではない。

でも、たぶん、そうはならない。

それはすでに言ったように、そもそもわたしはノーマークの

馬の骨。世間一般においてナイナイ尽くしの馬の骨であるのは、

周知だが、この業界においても、もちろん馬骨無尽だ。

まっ、そういったわけで、これからも、

好き勝手に、バンバンとものを言っていく。

江戸期の漢方医の中神琴渓は、世に出回っている本に書かれた事の

90%以上は、ぜんぶウソだ、と看破したそうだ。

そして、もちろん東洋医学の基本理念になる

経絡説をはじめとした陰陽五行学説などは、

ぜんぶウソッパチだと吐き捨てた。

そして、そんなウソ八百の妄言のなかに、ホンモノの本質が

1割だけある。それだけをつかみ取れ、と言ったそうだ。

わたし、この御仁のこの発言にいたく、しびれました!

いいねぇ、中神のおっさん、ヒュー、クールだぜ!

おいらハリィーちゃんは、アンタを熱烈リスペクトするぜ!

180年以上前に、自分とほぼ同じような発想で

医療を実践していた者がこの日本にいたのだ。

だから、べつに、わたしがやろうとしていることは、

それほど新しいことではないし、それほど珍しくもないし、

気をてらったことでもないわけだ。

ツボが身体の表面のほとんどすべてにくまなく存在し、

そのツボを結んだ気の流れるルートの経絡が、

やはり身体の表面を縦横無尽にくまなく張り巡らされ、

その経絡は結果として五臓六腑につながる、という

この臓腑経絡説を、つくりばなし、であると仮定し、

では、古代の鍼医たちは、このつくりばなしによって、

いったい後代の治療家に何を伝えようとしたのか?

と、わたしは俯瞰的に戦略的に、そのように発想してみた。

そうして見えてきたのが、つまりは、

この皮膚を含む体壁筋肉系を鍼灸指圧で操作すれば、

五臓六腑を整えて全身の調整が可能だ、という

古代の鍼医からの本質のメッセージだった。

臓腑経絡説とは、古代の鍼医たちが、

ひとの体壁筋肉系を鍼灸指圧することで、

腸管内臓系をも正常化し、心身の養生が達成できることを、

伝えるために作られた、つくりばなし、だったのだ。

つくりばなし、といっても、もちろん、

最初はその論拠となる臨床実績があったはずだ。

それをもとに、それを発展させていくうちに、

小さなウソが大風呂敷に広がり、

易や陰陽五行学説や天人合一思想までゴッチャゴロミソに

てんこ盛りに付着し、ぎょうさんな飾りを付けた

満艦飾の臓腑経絡説が出来上がってしまったのだ。

本来は、体壁筋肉系←→腸管内臓系という

身体の内外が通じていることを示すシンプルな理屈が

臓腑経絡説のキモだったのだ。

それなのに、無理やりに中国哲学の六律というフラクタリズムに

合わせるために、シンポーとサンショーという架空の臓腑を

ひねりだし、12ヵ月の年周期と経絡やツボを呼応させ、

そんな姑息で卑怯なマネまでして、

むりやり、中国の宇宙論と合致させようとたくらんだのだ。

そのへんは、だから、大いに反省してもらって、

新経絡学では、ソッコーでシンポーとサンショーを取り除くか、

再検討の対象にしてもらいたい(脾臓と膵臓の問題もね)

もっとも、わたしのなかでは、すでに経絡という平面的な

次元は役目を終えている。

一即全、部分に全体が投影される、というホログラムな生理観から

導き出せるDSの動きは、経絡などという二次元を軽く超越し、

アッというまに、宇宙全体を包み込むフォースフィールドに同化する。

だからわたしにとっての経絡は、この宇宙全体を包み込む

フォースフィールドそれそのものだ、と言えるだろう。

DSとフォースフィールドとの関係性。

そのあいだにヒトが存在し、ヒトの心身活動があるのだ。

フォースフィールドに生かされるヒトをよりよく活かすタッチパネルが、

DSというアクションボードなのだ。

ツボや経絡も最初は、こうしたシンプルな理論を伝えるために

編み出されたと、わたしは推定している。

だから、わたしはただその最初の地点、0ポイントに

いま還ってきただけなのだ。

初心忘るべからず。

古代の鍼医の初心に還ることで、

気とツボと経絡を見直す。

それが「0から始める東洋医学」のキモだ。

2017.07.09 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 養生クリエイター

0から始める東洋医学 5

ハリィー式ネオ東洋医学はフォースを操る。

これで現代人のスター・ウォーズファンをこちらに

取りこむことができる。

まずは、ひと安心(笑)

さて、東洋医学の古典鍼灸術が気と呼んでいた

ある種の生命エネルギー情報はフォースという言葉に

変換できた。そして、そのフォースの噴出する場を

ツボと呼ぶかわりに、「 D S (ドラゴン・スポット)」と

命名し、これも変換できた。

あとは経絡だけがまだ変換されずに残っている。

この経絡がじつはクセモノなのだ。

わたしの25年余の臨床指実感から言えば、

あるツボを刺激したその刺激が漫画のように

12本の経絡のうちのどれか該当する経絡にだけ

キレイに伝わって、古典鍼灸が教えるようなルートを

たどり特定の臓腑に伝達される、などということは

決してない。こうした古典的な気の流れのモデルは、

あくまでひとつの教え、ヒント、サジェスチョンに

過ぎないわけだ。古代の鍼医が気の伝達方式を後世の鍼医に

伝授しようとした。

そのとき、どうにかこうにか知恵を絞り、

なんとか、愚鈍な者でも即座にわかるように、

いささか幼稚なモデルを生み出すことで、

その本質を伝えようとした。

つまり気が流れるルートの経絡が12本、

あるいは14本、または12本プラス8本などと

されるこの臓腑経絡説とは、ある意味、

単なる空想の産物、つくりばなし、に過ぎないのだ。

こうした実際とは異なるフィクションを持ち出して、

より誰でもわかりやすい経絡像を描くことで、

後輩の新米鍼医がこの道に参入しやすいように敷居を下げて、

より大きく間口を広げることで、鍼灸術の発展を願った。

それが臓腑経絡説のキモと言えるだろう。

もちろん、これはすべてわたし独自の仮説だ。

しかし、この仮説に習えば、次ぎにわたしがやるべきことは、

この経絡説の見直し、そして経絡という用語のリニューアルとなる。

わたしの指の実感では、DSに指を当てていると、

フォースフィールドのテンションが高まるにつれて、

DSからドラゴン・フォースが湧き出てくる。

その動きはその名の通り、まるで竜がうごめき、

竜が脈動し、竜が飛翔するありように酷似している。

そしてその竜は決して体壁の一本道を選んで通過するわけではなく、

一点から湧き上がった竜は四方八方に無限に飛び散っていく。

一即全、竜の動きは「部分に全体が投影される」のホログラムモデルを

あてはめると、シックリくる。

DSから始まるドラゴン・フォースの動きは、

点から線へ、線から面へ、面から場へと、

ディメンション(位相)を拡大し、

やがて暗在系のすべてにアクセスし、融合し、同化する


巨大なるフォースフィールドに包含される心身一如。

その心身一如に出現した小さな滞りであるDS。

そのDSに指圧をし、DSに我がフォースを注入する時、

DSに溜まっていた患者のフォースは我がフォースと同期し、

解き放たれた患者のフォースと我がフォースは一体となり、

母なる父なる広大無辺にして深遠なるフォースフィールドの淵源を

求めて飛翔し帰還する。

経絡などないのだ。

あるのはDSとフォースフィールドの関係性だけだ。

あえて言えば、DSから始まる患者とわたしの二つながらのフォースの脈動が、

さざ波として顕在化するその患者の体壁筋肉系を、

経絡と呼ぶことはできるかもしれない。

しかし、今さら体壁を経絡と呼び換える必要もあるまい。

体壁は体壁で宜しい。

体壁もフォースフィールド、生命場の一部なのだ。

DSの一点から始まるドラゴン・フォースの奔流は、

全細胞60兆個を振動させる。

これがハリィー式ネオ東洋医学における治療の真髄だ。

このようなDSからのフォースフィールドへの働きかけが、

やがて患者と術者のココロとカラダを変えていくのだ。

ハリィー式ネオ東洋医学は治療だけが目的の医療ではない。

DSとフォースフィールドを通して体を、おのれを、

宇宙の真相の一端を、知ることが最大の目的だ。

体は通常医学が教えるような、ココロとカラダではない。

体はココロとカラダとフォースがいったいとなった、

いやココロとカラダはフォースに包み込まれた、

宇宙の巨大なフォースフィールドの一部
である。

そのことに気がつくために、ココロとカラダは存在するのだ。

ココロとカラダの真の意味を知るためにDSは出現するのだろう。

DSに控えるドラゴンはいつもあなたを真なるフォースフィールドへ

いざなうエヴァンジェリスト(伝道師)だ。

2017.07.08 | | コメント(1) | トラックバック(0) | 養生クリエイター

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