気龍と共に

凝りには「活きた凝り」と「死んだ凝り」の

二つがある、と私はこれまで分類してきた。

そして「活きた凝り」を動かして竜を出現させて、

その患者に出ている症状を寛解に導くことはたやすいが、

「死んだ凝り」は、いかんともしがたい、

と判定してきた。

この判断は今もそれほど変化はない。

しかし、完全に死んではいないで、まだかすかに息がある

死にかけの凝りを復活させることができる、

というレベルには、ようやく到達したようだ。

そんな臨床例がここに来て、

ポツポツと獲得されつつある。

西洋医がCTスキャンやMRIでどこを調べてもサッパリ原因が不明で、

治しようがなかった顔面痙攣が完治し、

孫を抱いて前に進もうとすると足が進まなくなる

原因不明の症状で、整形外科や接骨院に

通ったがどうしようもなかった症例が緩解した。

どちらにも、ファーストタッチの時には、

死んだも同然の凝りが見て取れた。

だからどちらもファーストタッチの感触からは、

1回で治す一発治療はとても無理で、

寛解には時間がかかるだろうと予想していた。

ところが、治療を開始して数回後に

どちらの凝りにも竜が現れたのだ!

これなら治る、とその時に予想し、

その予想は見事に的中し、

この二つの症例は改善・寛解・完治の

方向に急速に進展した。

これまでの25年間、私は「手の内」を

ずっと見つめてきた。

太極拳も気功も拳法もヨガも、そんな他流のメソッドには

目もくれず、ただひたすらに「手の内」を

見つめてきた。

いや見つめてきただけではない。

いつも必死に1回、1回、その患者の症状を治そうと、

指先に気を充実させてその気を患者の体内に送り続けてきた。

術というものは守破離(しゅ・は・り)というプロセスを

たどり進化するという。

最初はゆっくりと、それから少し調子が上がり、

最後には急激にレベルが上がるのだ。

この術の進歩の度合いを判断する3つの階梯レベルで判定して、

今の自分はどこにいるのか?

恐らくは守と破の二段階はすでに通過し、

最高レベルの離にようやく手がかかったところだろうと、

いまそんな感慨を抱いている。

「手の内」を錬磨して25年。

どんな凝りも竜の導きで息を吹き返す事が

見えてきた。

気ナビゲーションに立ち上がる竜。

気龍をあやつれば治療は無敵だ!

気龍の使い手、気龍をあやつる治療師。

その名もドラゴン・ハリィーの誕生だ!

決して平坦で楽な道ではなかった。

それはいまもおなじだ。

でも、だからこそ、世界の誰も知らない、

誰も言えないオレの身体観、オレの世界が語れるのだ。

唯一無二、ワン&オンリーな鍼灸指圧治療。

蝶の羽ばたきは竜巻に変わる。

いま、気龍に導かれし治療師が、

世界へ羽ばたく!

2017.04.14 | | コメント(9) | トラックバック(0) | 養生クリエイター

ドラゴン流

昨日に来院した常連さんは、

いま2週間に1回のルーティーンで

我が鍼灸指圧・光伯堂に通っている。

昨日が7回目の治療日だった。

このHさんの主訴は、お孫さんを

抱いて歩こうとすると、

どういうわけか足が前に進まなくなる、

という、いささか風変わりな症状だ。

第1回目の治療時のファーストタッチの感触は、

生きた凝りが死んだ凝りに変じる一歩手前、

つまり死にかけた瀕死の凝りがそこかしこに

みられるかなりヤバイ状態だった。

はっきり言えば、ほぼぜんぶ死んだ凝り。

そんなファーストタッチの感触だったから、

これは随分と寛解してくるまで回数を重ねなければ

ならないだろう、と予後を予測していた。

ところが、ファーストタッチの次ぎの回の

2回目の治療の際に、竜が現れたのだ!

これは、相当にラッキーだ、

と内心、わたしはほくそ笑んだ。

もしかしたら、意外に早く快復してくるかもしれない。

昨日の7回目の治療日にHさんは開口一番に、

「腰回りがものすごく楽になってきた。

うちは山の田舎だから、隣の家が50メートルくらい

離れているんだけど、そこまで行くのにこれまでは、

3回は休まなければ着けなかったのが、

昨日はぜんぜん休まないで、一気に

まったくなんの疲れもなく着いちゃったもん。

それでこのあいだの日曜日にイベントがあって、

そこの駐車場の案内係をやっただけぇが、

一日終わっても、たいして疲れなかった。

だいぶ、良くなってきてるやぁ」

と仰った。

実際に触ってみると、腰にあった棒状の固い死にかけの凝りが、

無くなって、柔らかくなったのが、わかるのだ。

またこの棒状の死にかけの固い凝りは腰だけでなく、

肩甲骨の周囲にも、肩にも、

大腿部の裏にも、あらゆる部位に出現していた。

2回目の治療時に竜が出現した時に、

これらの死にかけの凝りが息を吹き返したのだ!

竜が目覚めて、凝りの中を駆け巡り出すと、

体は急速に快復していく。

Hさんの症状は、まずは10回でどうか、

と予測していたが、7回目でイイ感じに

体が進化しはじめた。

気ナビゲーションを操り、

竜が現れれば、無敵だ!

ある著明な気功師&鍼灸家が東京の鍼灸の研鑽会で

講演した講演録が手元にある。

それはとてつもなく貴重で素晴らしい講演内容だ。

この文献を今回の脳内Xファイル棚卸し祭りでは、

公開できなかったが、べつにとくに理由があったわけではない。

この内容を昨夜、また読み返していたら、

なんとなく自分の今のレベルがそれなりに見えてきた。

自分も進歩していないようにみえても、

実は少しずつ進歩しているようだ。

Hさんに竜が出現するとは、思ってもみなかった。

しかも、それが2回目の治療時の早い時期に

現れるとは。

ドラゴン流・指圧は患者と共に進化する。

2017.04.12 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 養生クリエイター

学習するコリ

大勢の体を触ってきた。

延べ人数は3万を超えるだろう。

この数にはもちろん同一人物が含まれる。

つまり常連さんが1回来るごとに、

それをカウントした数だ。

実際はもっと多い数になるが、

少なく見積もっての最低人数で3万超えとする。

常連さんになる患者と、一見さんで終わる患者。

いろいろある。

医療や治療という側面でみれば、

本来は治れば、それ以上のお付き合いはない。

しかし、常連さんと呼ぶように、

週1回とか、10日に1回とか、

月に1回と、通う回数を決めて、

来院してくれる患者さんがいる。

そうした常連さんは最初の初発症状が治っても、

通い続けている患者だ。

なぜ、では初発症状が治ったにもかかわらず、

通い続けているのだろうか。

その理由は、もちろん養生のためであるし、

またその症状が再発しないための予防であるし、

当院へ通っていると体が楽で気持ちよく過ごせるから、

という現実に御利益があることが、

最大の理由だ。

でも、そこに私なりの視点を導入すると、

また少し風景が違ってくる。

初診時のファーストタッチ、

つまり一番はじめに来院して、

最初に触った瞬間のコリ感。

このファーストタッチの感触をもとに、

その後の治療の指針が出来る。

常連さんになった患者とは、

だから、このファーストタッチの感触を

つねに思いだしてもらい、それを反芻することで、

その時々の体の状態、治療の効果を

おたがいで判定していく。

そうして見えてくるのが、

コリには学習能力がある、ということだ!

体は触られることで、治療されることで、

それが当人にとって必須な大事なケアである、

ことをちゃんと学習していくのだ。

最初はあれほど痛く感じたキツメの指圧も、

回数を重ねるごとに、痛みよりも気持ちよさが

増してくる。

コリはちゃんと自分に何が必要か、を知っているのだ。

だから、コリをほぐすには、ある程度の強さを伴った

指圧が必要だとわかると、コリはそれを痛みとして

受け取らず、快感として受け取るようになる。

そうすることで、治療が、治療から体作りへと

進化するのだ。

1回で治るケースは、まずないと思った方がいい。

そもそも1回で治そうなどとは、虫が良すぎるのだ。

もちろん、こちらは常に1回、1回で、

その1回分の成果を出す治療はしているつもりだ。

だから、1回で劇的に症状が改善するケースも多々ある。

でも、1回ではコリはまだ学習能力が身につかない。

コリは治療の回数を経るごとに、賢くなっていく。

そうしてコリが優秀なエリートになる頃には、

体はファーストタッチの頃よりも、

はるかに柔軟に変化しているのだ。

コリは、体は、治療することで進化する。

経絡という気ナビゲーションシステムは、

細胞レベルではDNAへと電磁場エネルギーを供給している。

だから経絡内の気の流れのつまりであるコリを

ほぐして、気の流れを良くしていくと、

細胞レベルのDNAの力が増していくのだ。

進化とは一般には種としての進化をいう。

しかし、個体レベルでも、ヒトは進化できることを

わたしは鍼灸指圧師の25年間の臨床体験で感得した。

鍼灸指圧治療は個体レベルで

ヒトを進化させるのだ!

コリは学習する。

コリは学習することで、

日々、健康な体へと進化するのだ。

経絡系は肉体レベルをナビゲーションして、

三次元構造に導くマッピングガイドだ。

であるのなら、経絡系のコリをほぐすことは、

ナビゲーションシステムを正常に働かせて、

三次元構造の肉体レベルをよりよく

導くことは自明なのだ。

コリをほぐすことはコリに学習能力を持たせ、

経絡系という肉体のナビゲーションシステムの

機能を高めることで、全身を進化させるといえよう。

ただコリをほぐすことに、

これほど深い意味があるのだ。

ひとは脳だけで学習するのではない。

コリを通して全身で学習するのだ。

我が治療院の常連さんは、

すでに現生人類よりも進化した新種だ。

2017.04.11 | | コメント(2) | トラックバック(0) | 養生クリエイター

体は治すのではなく作る

治療とは何だろうか。

治す、は治療師の仕事だが、

治る、は患者の生命力の問題だ。

治すと治るがひとつになった時に、

治療は成功したと言える。

しかし、それは考えてみれば、

そんなに簡単な事ではない。

治す、つもりで治療師が

治療をしても、

治る、だけの生命力が患者の側に

なければ、治すと治るは一体化しない。

あるいは、治す、がヘタでも、

それを補えるほどの生命力が

患者側にあれば、それは治すと治るが一体化して

治療が成功したように見える。

また、治す、がどれほどうまく高度でも、

治る力が落ちてしまった非可逆的な病症では、

治すと治るが一体化する事は不可能だ。

治療師に世間一般が要求するものは、

治せて当たり前、という偏見だ。

しかし、よく考えてほしい。

上述したように、ほんのちょっと思考を巡らすだけで、

治すとか治るがそれほど単純ではないことが

わかるはずだからだ。

先日、常連さんと話していて、

いま言ったような話題になった。

いくら治すと言っても、

治すとか治るとか、そんな単純な話じゃないよね、と。

それでその常連さんは、

「うん、だって、自分が不養生をしていて、

それが原因で症状が出ているんだから、

それを治せ、というほうがおかしいわけよね」

と、まったくもって素晴らしいご返答に、

わたしは感無量になった。

治せて当たり前。

こんな偏見を治療師に押しつけるのは、

お門違いなのだ。

またカリスマ治療師に頼れば、

なんでも治るなどと、思わないほうがいい。

その治った奇跡の例の隙間には、

治せなかった例が夥しく累積しているだろうから。

西洋医に診てもらってもいっこうに良くならなかった症状が、

私の治療で良くなるケースはある。

しかし、それは治すと治るが一体化したそれなりに

マレな例だと自重を込めて言いたい。

ひとつやふたつの成功例を大げさに宣伝して、

まるで万病が治せるようにアピールする、

そんなマーケティングが世間にはたくさんある。

でも、わたしはこれまでそんな破廉恥なマーケティングを

やったこともないし、やろうとしたこともない。

もっとも、治療院の壁には42歳の二人目不妊が

治り、無事に出産した成功例を一例だけ、

貼ってはある。

でも、この一例だけ。

もちろんその他の症例や同様の成功例は

相当数あるが、それは当たり前だが自慢したり、

マーケティングに利用するような事ではない。

治って当たり前。治せて当たり前。

このプレッシャーに私は、

25年間さらされてきた。

自分の症状がその治療師の治療で軽くなれば、

その治療師の腕が良い、と患者は思う。

しかし、もしもたいして症状が好転しなければ、

あいつはたいしたことはない、

とレッテルが貼られるのだ。

いや、一度で何でも治るものではないし、

もしもすべて一度で治るなら、

まさしく神の手、カリスマだよ。

月1回でも通い続けて、

顔面痙攣が完治した御婦人が、

いまも毎月通っている。

体は治すのではなく作る、のだ!

2017.04.10 | | コメント(8) | トラックバック(0) | 養生クリエイター

わかりにくいは素晴らしい

いつからか、わかりやすい、という事が、

もっとも大事なことのように言われ始めた。

漢字でそれまで表記されていた地名や町名が、

いきなり平仮名に変わったりして、

驚いたのも今は昔だ。

あらゆるものがわかりやすくゆるくなるトレンド。

そんななかで生まれたのが、ゆるキャラだ。

たいしてカワイクもないテキトーなデザインの

意味不明なキャラクター。

本当にこんなものが世界に誇るクールジャパンなのか。

私にはこうした、わかりやすいゆるゆるトレンドは、

まったくもって恥も外聞もないくだらないシロモノに

しか思えないのだ。

職人たちが魂を込めて作ったものは、

決してわかりやすくもないし、ゆるくもない。

アスリートをはじめとした一流を目指す者たちは、

決してゆるい日々を送ることはない。

ゆるいモノを作り、ゆるい生き方をしていれば、

そんなモノは売れなくなり、そんな生き方では

一流にはなれないからだ。

わかりやすくゆるくすることは、

低レベルに合わせることと同義だ。

わたしたち鍼灸指圧師は、

わかりやすく鍼灸指圧の効くメカニズムを

一般に公開する義務がある、と私は思い、

これまでわかりやすい科学的な説明に

注力してきた。

しかし、どういうわけか、ここに来て、

そのわかりやすい科学的な説明が、

とても幼稚で荒っぽい論説に思えてきたのだ。

なぜ、そんな風に思えてきたのか、

自分でも不思議でわからないのだ。

たぶん、もうそんな時代に迎合して媚びる論説に、

飽きてしまったという事はどうもありそうだ。

中世の鍼術指南書の古典文献などは、

どうにもわかりにくい。

専門に研究している鍼灸家でも、

その意味がわからない言葉が幾つもあるのだ。

同じ時期に書かれた同様の書物などと照らし合わせて、

一言一句を吟味する地道で粘り強い探求心が要求される。

そんなアスリート同然の求道者が解凍した古典コンテンツは、

わたしのような在野の凡人が読んでも

一度ではとても理解できない。

しかし、何度も読んでいるうちに、スッとその意味が

溶け込んでこちらの体内に入りこんでくる瞬間が訪れる。

そんな時、この道を選んで良かったと思えるのだ。

わかりにくいからこそ、しがみつく。

わかりにくいからこそ、飽きない。

わかりにくいからこそ、わかった時の感動が大きい。

わかりにくいことに、本当に大切なことが隠されている。

わかりやすいゆるゆるトレンドは、

人々からわかりにくいことを探る楽しみを

奪っているとしか思えない。

鍼灸指圧は胡散臭くわかりにくいだって?

そうだよ。

だから鍼灸指圧は素晴らしいんだよ。

ちょっと聞きかじったくらいで鍼灸指圧の凄味なんか

アンタにわかるわけがないじゃん。

こっちは25年かかって、鍼灸指圧の凄味が

ようやくわかってきたんだからさ。

わからない世界をわかろうとする。

そこからコミュニケーションが生まれるのだ。

わかりにくい世界に入って本当に良かった。

わかりにくい万歳(笑)

わかりにくいことはまったくもって素晴らしい。

2017.04.10 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 養生クリエイター

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