命を耕す 18

「近代医学の方法を無視してしまうということは原則としてありえないわけです。臨床的にも、感染症などに対しては近代医学の方が優れている面があるわけですからね。近代医学にはもともと二つの柱がありまして、一つは、細胞病理の研究です。これは外科手術の発達にかかわっている。もう一つは細菌学で、こっちは薬の研究開発にかかわっています。近代的な薬理学というものは、外部から体内に侵入してくる細菌などをやっつけるための方法として生まれてきて、それがだんだん体の器官の機能を良くするように働きかける薬物をつくるように発達してきているわけです。

ただ、この二つは両方とも、攻撃型の、悪いものをやっつけてしまうという考え方を基本にしている。これに対して、中国医学の伝統のなかにあるのは、簡単に言えば、自然治癒力を強めていくという医学観なんですね。

西洋医学ですと、自然治癒力とは保険衛生の領域に属することであって、病気にかからないように環境要因を抑制するという二次的な役割を果たすものに過ぎない。しかし、東洋医学は、病気になったときの対処の仕方というのはもちろんありますが、それ以上に病気にならないようにすることに力点がおかれている。

身体観では、体を気の流れる場として見るということ。

そして、医学的には、自然治癒力の強化を基本におく、というこの二つが東洋の伝統だということを注意しておく必要があるでしょうね」

哲学者・湯浅泰雄インタビュー『気の人間学へ向かって』
引用「別冊宝島103『気は挑戦する』」JICC出版局







命の本質を求めて止まない求道者たちを今、もっともホットに熱くしているブログと言えば、本ブログをおいてほかにございません。

さて、いよいよ本シリーズも佳境に入ってまいりました。

『命を耕す』熱い講義、第18本目がスタートです!

いわゆる気功という一種、不思議な健康法が一大ブームとなったのは、かれこれ25年前頃をピークとしますが、ちょうど当時、私は鍼灸の専門学校の学生でしたので、

鍼灸学校の学友には西野流呼吸法に通っている者もいたりして、それなりに気とは何か?に触れる機会が多くございました。

ただこうした派手なヒトを気で吹っ飛ばすような武道系の外気功や、スプーンを曲げたり、透視をしたり、物品を移動させるテレポーテーションなどの超能力のたぐいに属する「特異功能」は

テレビを主体とするメディアがセンセーショナルに取り上げるに充分な絵であった反面、メディアという魔物の消費力によって、

あっという間に派手な気功のこうしたほんの一面は一般大衆に飽きられてしまい、挙げ句の果てに気功による遠隔治療によって法外な治療費を要求した詐欺師の気功師が逮捕されるに及び、

またポット出のにわか気功師や最初から詐欺目的の日本人ニセ気功師たちの金銭欲が透けて見えるにいたり、この一時期、日本を熱くした気功ブームは坂を転がり落ちるように終息してしまいました。

しかし、そんな渦中にあっても、一級の哲学者や医療関係者たちがこの気功ムーブメントに着目し、気功の何たるか?に挑み、命の本質へと到達すべく静謐で高度な論考洞察を繰り広げていたことは見逃してはなりません。

本シリーズの冒頭の引用文はそうした様々な識者による優れた気功に関する論考から引用しております。

さて、本講義の冒頭引用文もたいへんに素晴らしい見解と目が覚める思いです。

前稿においても哲学者の湯浅泰雄氏の秀逸な気や東洋医学に関する論考が垣間見えます。

中国医学は死体を用いた解剖学に立脚せずに、生きた生身の命をもとにシステム化された医学である、との指摘はまことに正鵠を射て核心を突き、こちらの心臓を射ぬかれたように、ハッとします。

そうなのです。生きた生身のピッチピチの命の躍動こそが、気の溢れる生命の本質です。

概して気の臨床現場においては、子供や若者の気の動きは活発で、老人や病位が深く重い者ほど気の動きは不活発です。

この物質としての肉体は気という生命力のうつわ、容れ物に過ぎませんので、気の量の多少、気の動きの具合によって、生命の発現様態が変わってきます。

気さえコントロールできれば、命はその本文を全うします。

昨日は市井のプチ仙人の84歳のKさんが5度目の来院をして、また色々と面白い話しを聞かせてくれました。

なんでも「このあいだここで指圧をやってもらうまでは、50メートルを走っても息が切れてハアハアしてしまってたのが、今じゃあ100メートル走っても全然息が切れない」

と言ったので、ビックリして「走るって、どこを?」と聞いたら、

「な〜に、散歩の途中でいつも走ってみて、体調を確認してるだよ」

だそうで、どこまでも凄いプチ仙人の生き方に、こちら養生法の探求などと言っている若造は一泡もふた泡も吹かされてしまいました。

彼曰く、わたしの気功指圧を受けて以来、「とにかく嘘のように体が軽くなって、息が深く吸い込めるようになった」とのことで、昨日などは帰り際に、

「身体がこんなに楽になって、ほんとありがたいだよ・・・」と感極まって涙まで流して喜んでおいででした。

指圧師冥利に尽きるとはこのことです。

背中の左側の肩甲骨の下に居座っていた気のカタマリである凝りを押しても、今回からは前回まで程の痛みを感じなかったようで、ここにいた大物の龍も、小物の龍に孫悟空の毛をむしってフーッと一息するが如くに変化して、

虚空のかなたに同化していっているようです。まだあと少し気の淵には龍が棲まっているようです。

でも、この龍はKさん自身であるかもしれません。

余剰の気や詰まって溜まった気を、邪気(じゃき)とか邪実(じゃじつ)と、東洋医学では呼びます。

あるツボに溜(た)まってしまった気のカタマリである凝りという淀(よど)みが取り除かれて、滞(とどこお)っていた気の流れが元通りになって、新たな正気(せいき)が呼吸や飲食から宗気(そうき)や衛気(えき)や営気(えいき)となって全身経絡中に供給環流され、真気(しんき)が丹田(たんでん)に充実して、元気(げんき)が身体中に満つれば、命はハツラツとしてまた輝き出すのです。

Kさんの体が軽くなっていく自然治癒の過程を見ていると、まさに東洋医学とは湯浅泰雄氏が喝破した通りに

「体を気の流れる場として見て、自然治癒力の強化を基本におく」

ことの大切さを感じずにはいられません。

命は幽玄深淵にして、単純シンプルなのです。

心臓外科の第一線において物質的な命の中枢である心臓をナマで何度も触れてきた故・福増廣幸氏も、アメリカの伝説的ヒーラーで数々の難病をその手技ひとつで救ってきたオステオパシー医であった故・ロバート・C・フルフォード博士も、

最後の最後にたどり着いた病気の原因としたものこそが、体表筋肉の「凝り」でありました。

「百病は一気の留滞による生ずる」「流水は腐らず」

気の流れる身体に、気が滞りなく流れてさえいれば、ヒトは健康なのです。

「押せば命の泉湧く」

浪越イズムは現場の命の哲学です。

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2015.04.17 | | コメント(2) | トラックバック(0) | 鍼灸指圧

コメント

しゃっくりツボ

ドクターハリー光臣、こんにちは。感じてるよ~指先の拍動。。。そうすると、手がとっても温かくなってくる。その手で自分の凝っている首や肩を指圧すると、とーっても気持ちいいです。
で、娘が一昨日、しゃっくり止まらない~ってタイムリーなこと言うもんだから、ハリーになった気分
で耳の後ろの首を下方に指圧すると、ピタッと止まりました。。

押せば命の泉湧くかぁ~当時は軽く聞き流していたけど、深い言葉ですね。

プチ仙人Kさん、素敵ですね~~それにしても100メートルダッシュって。。。。。

2015/04/17 (金) 11:06:32 | URL | かおちゃん #tJwXaRLI [ 編集 ]

フォースと共に レッスン 1

は、合格ですかね、かおちゃんは。

あとは場数を踏んでいけば、三層九歩の、一層目をクリアできます。

たぶん、あと20年くらいすればね(笑)

最近は治療院のBGMが映画音楽大全で、スターウォーズのメインテーマが流れてくると、

本当に自分がジェダイの騎士になった気分で、気持ちいいですね(笑)

ただジョーズのテーマで鍼打ったり、ロッキーのテーマで按摩したりと、

かなりイッテル治療師みたいで、でもインディジョーンズの曲はイイっすよ。

「気の王国」の秘宝を巡るアドベンチャーほど面白いものはない。

命の本質とは何か?その鍵を手に入れる旅路は厳しくも、有益な旅でした。

旅はまだまだ終わりませんね。

仲間を連れてレッツゴーですわ!

2015/04/17 (金) 21:48:42 | URL | 今村光臣 #- [ 編集 ]

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