癒しの原点 25

「こころは身のヌシなり、静かにして安からしむべし。身は心の奴(やっこ)なり、動かして労せしむべし」

身心の主従関係を明確に分別して、宇宙のたった4%の物質をもとにゲノムのたった1.5%により合成されるタンパク質で構造化されたこの60兆個の細胞身体はあくまで主(あるじ)に仕える奴隷のようなものであり、

身心の真の主体は「こころ」にあり、「こころ」こそが細胞宇宙のマスター(師)である。

「身体はホットによく動かし、心はクールに保つ」の「動中の静」こそが養生の要諦である、

と説く! フューッ、アヴァンギャルドだぜ!

貝原益軒の『養生訓』が特に素晴らしいのは、ハンス・セリエの「ストレス学説」を先取りしたこのようなボディよりもマインドを重視した身体倫理学を構築したことにあるのだ。

身心を疲弊させ元気をマイナスし気血をストップさせるようなショックドクトリンなマインドコントロールにより、ボディの親方であるマインドが乱されて精神疾患や各種疾病が激増する今という時代に、

『養生訓』の叡智は今後、新たな光りを放つだろう。

日本と世界を取り巻く「テロ対正義」の駆け引きがエスカレートし、少しばかり「心の冷静さ」を欠く品性のない軽率な言説がネットや主要メディアを賑わしております。

確かに様々な陰謀が世界の裏側では渦巻いているのでしょう。しかしこれは知的にも精神的にも身心ともに未成熟な、赤ん坊のような霊性しか持ち得ない現生ホモサピエンスの文明社会には必然のツキモノとも言えます。

相も変わらぬ戦争や紛争への傾斜をいかにして阻止するか?これは現代人が抱える喫緊の課題であります。

マーチン・ルーサー・キングやマハートマ・ガンディーがこの現在の混乱、カオスな現状を見たら、何と思うでしょうか?

「暴力を暴力で返すことは、暴力を増殖し星のない闇をさらに深めてしまう。闇に闇を追い払うことはできない。それができるのは光のみ。憎しみに憎しみを消し去ることはできない。それができるのは愛のみ」Martin Luther King Jr.

「人類は非暴力によってのみ暴力から脱出しなければならない。憎悪は愛によってのみ克服される。憎悪に対するに憎しみをもってすることは、ただ憎悪を深め、その範囲をひろげるだけである」Mahatma Gandhi

平和とは永遠に手に入らないものなのでしょうか?

私がこんなブログを書くのも、実はこれで人類社会を正常化して本来の宇宙の真理に沿った共生社会に人類文明のベクトルを矯正したいが為なのです。

とてもそんな風には見えないでしょうが、これでそれなりに大きな野望があるのですよ。

わたしは東洋医学を取り巻く思想的ソフトの懐(ふところ)の深さをよく認識していますので、特に「邪正一如」思想を中核に据えた「養生文明」を次なる文明のトレンドにしたいという夢があるのです。

62桁の宇宙構造と138億年の宇宙史を想起するとき、ヒトゲノムのイントロン領域98.5%が起動し、60兆個の細胞のヌシである心が解放され多次元で多層な全宇宙のフォース・フィールド・データにアクセスが開始される。

その瞬間にヒトという種族はすべての生命種とゲノムを共有する大きなファミリーの一員であることを思いだし、充足した気分に浸るのです。

道に迷ったら自然を師として仰ぐ。これこそが先賢先哲が歩んだ王道です。

「聖人と称し、仏陀と号するも、もとよりヒトなれば畢竟、我、講求討論の友にして、師とするものは天地なり」

とは江戸中期(1723〜1789)に生きた思想家であった三浦梅園の言葉です。

天地父母である自然をこそ神とし、師とするのなら、ヒトはみな自然のヤッコに過ぎません。

ヤッコ同士の争いはまったくもって醜いです。

今こそ「ラブ&ピース」じゃん!

イスラム圏は平和を愛するお国柄でしょ?イラン国は他国にここ300年間も武力行使をしなかった平和国家だそうだよ。

まるで267年間の長きにわたり戦争をしなかった江戸期の日本みたいだよね。

そんな平和な時代だったからこそ貝原益軒、三浦梅園、安藤昌益らの革命的な思想家が江戸期に生まれたのでしょう。

ここはひとつ踏ん張り所ですな。

イスラムラブの心意気で、ここだけは行きましょうや、みなさん!

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2015.01.26 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 命曼荼羅

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