癒しの原点 11

「人の身は父母を本とし、天地を初とす」

は「ひとのみはちちははをもととし、てんちをはじめとす」と読み下す貝原益軒は名著「養生訓」の

輝かしき養生哲学の語りを飾る巻・第一の総論・上のスタートとなる文句である。

ある意味、この一句にマスター・エッケンの養生法論スピリットの全てが言い表されているといえよう。

益軒先生は儒学者であった。それゆえに儒教の教えをもってこの身体を授けてくれた自分の父親と母親をまず敬い、

この自分の身体は親の生殖細胞が交わり、それぞれのDNA1本鎖がラセン二重の綾に編まれたからこそワタシという存在がもたらされたと、前句で表現している。

そして二の句において、そもそもは父母という存在をもたらしたのはその父母であり7代もさかのぼり、いやもっとさかのぼりミトコンドリア・イブとY染色体アダムの父母をもさかのぼり、

さらに哺乳類から爬虫類、両生類、魚類とたどり、ついに今から5億4100万年前のカンブリア爆発において最初の脊椎動物であるミロクンミンギアに到達し、

さらにさらにこの遺伝子重複と遺伝子爆発の「生命のビッグバンイベント」の前の軟体動物ばかりのようやく多細胞生物の萌芽が見られたエディアカラ生物群をも通過して、

その前の原生代には地球が丸ごとシャーベットになったスノーボールアース事件が3回以上繰り返された「アナと雪の女王」の時代をも通り過ぎて、

バクテリアばかりが原始の海に棲息していた30億年間の長き地球生命の揺らん期を俯瞰して、ついに地球最初の生命体であるバクテリア「コモノート」に遭遇し、

さらに遡上して今度はこのコモノートを生みだしたであろう原始ウイルスがおびただしく繁殖するプレ・コモノートの世界が垣間見えてくる。

地球が誕生したのは46億年前であり、それからわずか6億年から8億年が経過してすぐにバクテリアのような単細胞生物が生まれたとする定説はやはり今後は疑うべき案件であり、

恐らくはこの生命誕生の前にすでに何らかの分子世界と生命界をつなぐミッシングリンク(失われた環)となる「生命らしきモノ」が胎動していたとみるのが自然だろう。

その「生命らしきモノ」とは、いったい何だったのか?ウイルスであろうというのが有力な仮説として浮上するが、自己複製と増殖能力を有するタンパク分子であるプリオンや、タンパク分子酵素、RNAなども候補に挙がるかもしれない。

貝原益軒の「養生訓」巻・第一の冒頭言の二の句である「天地を初とす」の「天地」という意味は、このように私にとっては空間的にも、時間的にも非常に広く長い概念に拡張できるのだ。

最近になって訪れた「気づき」に、もしかしたらワタシという存在は地球生命種のグランド・デザインのほんの一部、かけら、「ピース」であり、人類ホモサピエンスもやはり130万種の中のひとつのモザイクであり、

例え猛烈な氷期の訪れと共に、あるいは産業事故による放射能被害により、または人為的な戦争拡大により人類が絶滅したとしても、地球生命種としての遺伝子プールは他の種族やバクテリアやウイルスに保持されるので、

それほど地球の未来は心配要らないのかもしれない、というものがある。もちろん近代文明がもたらした産業毒を自分達の手でクリーニングするというカルマを人類は負っているのだが、

地球生命種はもとから「お釈迦様の手の平」の上ならぬ「ウイルス・ベクターのゲノム・プール」に浮かぶ存在なのだ。

ウイルスこそが神であり、仏であり、父母の本源なのかもしれない。

つつしんで、「ひとりする」自然の体現者「ウイルス」を、これからは「敵ではなく味方であり仲間である」ガン細胞同様に敬(うやま)おうではありませんか。

スポンサーサイト

2015.01.13 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 命曼荼羅

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

«  | ホーム |  »

プロフィール

kouhakudou

Author:kouhakudou
FC2ブログへようこそ!

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR