羅鍼盤 5

命と病を、健康と疾病を、善と悪を、正と邪を、男と女を、大人と子供を、天と地を、陰と陽を、動物と植物を、ヒトとヒト以外を、生物と無生物を、ミクロとマクロを、地球と宇宙を、生と死を、文明と自然を、西洋と東洋を、古代と現代を、過去と未来を、因と果を、始まりと終わりを、問題と答えを・・・

私たちは常にこれら相対する二項概念を頭の中で対立させて思考するクセがついて久しく、また何か問いを発したら、必ずその問いには答えが存在し、その答えはひとつでなければならないとでも思っているかのような強迫観念に支配され、

そして答えが合っているかどうか常に他者に承認を求める性癖すら身についてしまっている。しかし現実のリアルな世界において、必ずしも通説や定説という予定調和の線形的なロジックでは解けない問題がゴマンと存在することは

誰も疑う余地などないだろうし、そもそもこの62桁の無限大宇宙の構造解析すら仮説の域を出ずに、宇宙はひとつではないとする多次元・多重宇宙論などが取りざたされる程に森羅万象は不可解なのだ.。

命の世界もまた私に言わせればまさに「生命宇宙」と呼ぶにふさわしい「カオス&コスモス」ワールドであり、ある場合にはコスモス(秩序)な整合性を発見したとしても、

またある時はカオス(混沌)な予測不可能な事象が発現して先のコスモスが覆されて、バランスが乱れて陰陽が混ざり合うという、大いに戸惑う存在こそが「命」というものである。

多賀法印流という鍼医集団が打ち立てた医学界の革命的な金字塔であった「命は病、病は命」の「邪正一如」観に触れた衝撃は、わたしの思考パターンを内部から徐々に変容させていった。

「ガンは敵ではなく味方であり仲間である」という提言はつまりは「命は病」の「邪正一如」の文脈にあることがご理解頂けましょうか。

多賀流の命観からすれば、ガンを敵視しない姿勢は決しておかしなことではなく、むしろ正統な多賀流思想の直系であり、同じ文脈からワールブルグ効果のセオリーを解読していくと、

ガン細胞が解糖系を亢進していることもカオスではなくミトコンドリア機能不全をはじめとする細胞内外環境システムの変異をバックアップするためのコスモスな整合性のある現象であり、

このガン細胞の解糖系の亢進の副産物である乳酸や変性タンパク質などがオートファジーの亢進により再利用されていることもまたコスモスな調和ある生理現象である事が読み取れてくるのだ。

通常医学はガン細胞を遺伝子の変異による疾患と見なすのだが、この変異という概念の中にも確実に調和あるコスモスが存在することは無視してはならない。

つまり遺伝子は常に環境というトリガー(引き金)により発現をオン、オフするエピゲノムな機能を基本とするのであり、

遺伝子が勝手に暴走したり、勝手にデタラメにランダムに発現することは決して無く、あくまで環境に適応するかたちでDNAセントラルドグマが起動している事は改めて強調しておきたい。

鍼灸指圧の素晴らしさとは実はエピゲノムに働きかけてストレス応答タンパク質のヒートショックプロテインを分泌して、

皮膚という免疫の最前線で活躍する樹状細胞の細胞膜レセプター・トールライクレセプターを刺激することで全身の免疫力を活性化できることにあるのだ。

「人は地に法(のっと)り、地は天に法り、天は道に法り、道は自然に法る」
老子・25章

この中国哲学の老子の一節の中で使用されている「自然(しぜん)」とは、対象として目に見える山川草木の自然を指すのではなく、モノやコトが本来のままに、あるがままにはたらくという意味であるとされ、

同じく「道(みち)」もまたモノやコトに内在する本質であり、作用であるとされる。

この自然という今では普通に使用される言葉も意外にわかったようで分からない曖昧で抽象的な言葉であり、それは漢字圏の中国や日本だけでなく、

「ピシュス、ナートゥーラ、ネイチャー」と自然を表現する西洋はギリシャ・ラテンに始まるヨーロッパ思想史においても同じく難しい概念とされている。

江戸期の鍼灸家であった安藤昌益はこの自然という熟語に「ひとりする」という読み仮名を振り、また男女と書いて「ひと」と読ませ、天地という文字を「転定」の漢字に置き換えてしまった。

この天地という宇宙はまさに「転がりつつ定まった」存在だと安藤は言っているのだろうか?

動的平衡トレンドの随分と先を安藤は行っていましたね。

わたしにとってのお気に入りキーワードは「変わらなくあるために、変わりつづける」

今年も「ひとりする」自然な「みち」の流れに従い、あちこちを「転がりつつ」もいつも「定まった」ここ本ブログを拠点に「変わらなくあるために、変わりつづける」命を見つめて、情報発信に勤しみました。

変わらなく、読み続けて下さった読者の皆様には多大なる感謝をあらためて申し上げます。

貝原益軒翁に言わせれば「養生の道は、病なき時つつしむにあり」だそうです。

未病治こそが真の養生です。

来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

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2014.12.31 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 命曼荼羅

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