羅鍼盤 4

私の生命観を根底から変えた最も偉大な言葉は「命は病、病は命となり」

実はこの言葉に出会うために私は鍼灸師になったのかもしれない。忘れもしないあの日、この言葉の衝撃に嗚咽し熱い涙が頬を落ちるのも気にせずに、私は声をあげて泣きました。

ヒトが文字から得た情報によって泣くことがあるなんて、ドラマか漫画のフィクションの世界にしかないと思っておりましたが、自分がそのドラマの主人公になるとは予想だにしませんでした。

「わたしはまだ治療の何たるかなどまったく知らなかったのだ。治療などと称して患者の症状を取り除こうとするのなら、いっそのこと患者の首をかき切ってしまえ!命と病は決して切り離せるものではない。命は病、病は命なんだ!」

江戸期に入る前に近江は多賀大社に本拠を構えていた鍼術の一派「多賀法印流」が到達したこの医の境地「命観」は、世界に誇る日本医道の精華であると私は確信しております。

この多賀流の自分流の意訳をとあるサイトの掲示板に記しましたら、ある心療内科の医師が「いや、感動した!見事です」とのコメントを下さり、ひとしきり会話が弾んだ経験がございます。

なんでもこのドクターが申すことには「医者たちが自分の専門の疾患にかかって病に伏せったり、亡くなったりするのは、患者が経験すべき病気を横取りした報いであり、実は病気には意味があり、患者はその病気を通して精神的にも肉体的にもこの世で成長するいい機会なのだが、それを邪魔するから医者は因果応報に相応のしっぺ返しを頂戴するのだ」

として、多賀流の言葉が命の真相を喝破していることを絶賛してくれました。

この世の中の医療というものはとにかく病気や症状を取り去ることのみに明け暮れており、その症状がいったい何の因果で発現しているかとか、その症状にも何らかの意味があるかもしれない、とか

そんな事にはまったく頓着せずに、ひたすら病因分析をして「これこそが病気の原因だから、これさえ取り除けば万事うまく行く」というロジックを血眼になって広言し、

いつもいつもこの「こうだから、こうする」の線形的なロジックのループをまるでネズミがクルクルと回転する歯車に乗って永遠にそこで必死に漕ぎ続けているように、今この瞬間にも病気の原因を追い求めている。

しかし病気にも意味があるのは、感染症に罹患することで癌が自然治癒する丹毒症や「コーリーの毒」や丸山ワクチンの例が何よりの証拠となることはすでに本ブログ読者の皆様にもようやくご理解頂けるようになったかと存じます。

なぜ私は冒頭の短い文言であれほど泣いたのか?

それは自分が治しているという傲慢なそれまでの治療家然とした気概が余りに恥ずかしかった事もあるし、邪正一如の多賀流の命観がまさに細胞生理における解糖系とミトコンドリアの関係性とガンとの関連にマッチしてその奇跡的なロジックの一致に感銘したこともあるが、

何と言っても、この言葉こそが医療の本質を鋭く突いていて、この言葉こそが命の何たるか?をもっともよく悟らせてくれたという嬉しさ、歓喜の突き上げによりあれほど泣けたのでしょう。

本質を悟るとはこういう事を言うのです。

中医学ですら邪と正を分別し差別して、ワルモノである邪を探す論理から卒業できなかったのです。

なぜこの日本において、邪正闘争の無限ループを抜け出して、邪正一如の真の命観にアクセスできたのか?

これはやはり天台本覚思想に端を発する「山川草木悉有仏性」の仏教思想に根源があり、縄文から地下水脈で伝わった自然崇拝のアニミズムと通底している日本独自の神仏混合の風土こそが、この世界に誇る革命的な医学観を打ち立てたとは、

鍼灸師であり鍼灸ジャーナリストの松田博公氏が流麗な語り口で分析しておられるのだが、まさに日本という土壌が生んだ土着の命観は読む者をして、400年の時を越えて鍼医スピリットが交感スパークし、私の涙腺から溢れる涙を惹起したのです。

ワルモノを追い求める医療から決別した時、はじめて命の流れのすべてに意味があるとする視座を得ることができるようになりました。

ガンの解読においても、ワールブルグ効果にこだわらない、小胞体ストレスやオートファジーやリソソームや遺伝子との兼ね合いで複雑に捉える視点もこのところセレンディピティに脳裏に炸裂しつつあります。

微細な一点の解析で、命の何たるか?などわかろうはずがありません。

命とは綾なす二重ラセンのダンスなのですから。

たまには健康も医療も養生も何もかも忘れて、命の流れにただ身を任せるのも、実はこれこそが真の養生なのかもしれません。

すべてを忘れてしまうほどの悟りの境地を中国哲学の荘子では「坐忘(ざぼう)」と言い、西原克成博士は「憶(おく)に記(しる)す」と表現しました。

すべてを忘れても「命は病、病は命」の「邪正一如」観だけは、医療家として、鍼灸師として、鍼医として忘れてはいけないと殊勝にも心に誓う年末です。

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2014.12.31 | | コメント(5) | トラックバック(0) | 命曼荼羅

コメント

回し車より

二重螺旋の観覧車に乗って周りを眺めて、新しい年を
迎えるといたしましょうか。今年もいろいろ気づく事が
ありました。ありがとうございます。良いお年を。

2014/12/31 (水) 07:19:39 | URL | 桑畑五十郎 #- [ 編集 ]

胸の鼓動が高鳴るような.....

ハリー先生♡突き上げる思いにリードされて、しばしタンゴを踊るかのような妄想気味の朝です。ジェニファー演じるダンス教師が競技会前夜スタジオで二人きりのレッスンをする時相手に言った言葉や、今は亡きパトリック・スウェイジが恋するベイビーにダンスの手ほどきをするのに胸の鼓動を感じさせるあのシーンを思い出し、読み終えるとともに素敵な映画を見終わった時みたいにドキドキしてしまいました。世のブログの中でこれほどときめく(笑)素敵なブログは他にはないでしょう♡朝からこのようなコメントですみません。毎日ダンスシューズを履いていた頃の私を思い出して、懐かしさと喜びに浸ってしまいました。今日も一日頑張れそうです!ありがとうございます♡

2014/12/31 (水) 07:48:40 | URL | 四十鈴 #- [ 編集 ]

ときめき観覧車

と言えば、アタシは観覧車が大の苦手で、かなり好きという変異的な性質を遺伝的に有しておりまして、

「わーい、観覧車、楽しいね」「ほんと、いい景色、でもちょっと待てよ、いま思いだしたけど、俺って高所恐怖症じゃん?、やべぇ、なんか軽く心臓バクバクしてきた!悪いけど、少し目をつぶるから、アンタっち、絶対に揺らさないでよ」「キャハハ、わたしっちは全然、平気だよね〜」「うん、平気、平気」「おい、マジで怖いんだって、あっ、俺に乗るんじゃない!」

って、いつぞやは、脂汗が出てブルッてうずくまっている背中に子供が馬乗りになってきて、わーい、わーい、って、それが観覧車のテッペンだったんで、ほんとアレは怖かった。確か清水のエスパルスドリームプラザの観覧車の思い出(笑)

怖いんだけど、浜松パルパルの「コクー」にも乗った。普段見ることができない鳥の視点バーズアイから天地を俯瞰できて箱庭のような地上世界をリアルに見ることができて、スーと血の気が引いて気が遠くなる程に怖いんだけど、やっぱり楽しいし(笑)

ただスケルトンのナガシマスパーランドのアレは心底怖くて、あれが怖くない連れ合いには絶対に勝てないとあの時に悟ったね(笑)

怖い割に随分乗ってるね。

今日は午後のひと時を子ども達と連れ合いの実家の近くの浜辺を散歩して楽しみました。風がなく、波も穏やかで、砂浜や松林を子供とかけっこしたり、波と戯れたり、拾った棒で砂に字を描いたり。たまには海岸を散歩するのも、初期人類のDNAデータを再起動させてヴィクトル的な野人の感性を取り戻すにはいいですね。

パトリック・スウェイジは何か野趣があって身体知がにじみ出ているいい役者さんだったよね。アタシは好きな俳優だった。「ゴースト・ニューヨークの幻」の時もいい味出てました。

昨夜は何気に「ターミネーター」の1をしっかりと観賞しました。リンダ・ハミルトンってメッチャ美人ではないんだけど強い母性を感じるクセのある顔の女優さんですね。ターミネーターは実は4シリーズのすべてが好きです。

1と2は完結していて、完璧でそれはそれで素晴らしいんだけど、3はちょいとギャグ色がオツで、4はもちクリスチャン・ベールとか、その他の俳優もみな良かったし、北斗の拳的な未来がかなりツボだった。

トレーニングバーでまずは横隔膜から上の筋群を鍛えて早2ヵ月は経過したんだけど、ここにきてハンドグリップで握力強化もはじめて、パトリック・スウェイジ的な色気を醸すためのエイジングへの闘争を挑んでおるところです。

もしやバレエでもなさっていたのですか?「リトル・ダンサー」だったとか?ヒュー、かっこいい!マイヤ・プリセツカヤにミハイル・バリシニコフの世界っすね。

さて、桑さんと四十鈴さまには、今年はお正月から親しくお付き合いをさせて頂きまして、本当に本当に、ありがとうございました。

来年もよろしくお願い申し上げます。

2014/12/31 (水) 22:38:57 | URL | 養生法の探求 #- [ 編集 ]

まるでポルコと女の子達!

観覧車の中での様子が目に浮かびました。ほんと、怖い割にいっぱい乗っておられますね(笑) ハリー先生♡いつかパトリック・スウェイジみたいになったら、きっとイカウシにいらしてください!アンチェインドメロディを用意してお待ちしておりますので!!

今朝もそれぞれの部屋でしっかり読ませていただいてから、梅昆布深むし茶をよばれ、おせち料理をいただきました。ひらめいて残しておいた紅芯大根を菊花型に包丁を入れ、甘酢に漬けましたら見事な色になりました。ゆずの皮を細かく刻んで真ん中に乗せると、お重の中で文字通り花を添える美しい一品となりました。

新暦元旦、素晴らしく晴れ渡る青空。今は輝く雪に抱かれ、とりまく生き物たちと会話するかのごとく、私達なりに養生いたしてゆきますので、これからもどうぞ心温まるおつきあいをお願いいたします。

2015/01/01 (木) 13:18:48 | URL | 四十鈴 #- [ 編集 ]

1年経つの早っ!

桑さん、四十鈴さま

いや、ほんと1年が経つのが早いこと、早いこと。

よっしゃ、パトリック・スウェイジなボディを目指したるで(笑)

紅芯大根は目出度いお席には重宝する色合いですよね。そんで保冷庫にしまっておけば、かなり持つそうです。

白い普通の大根と合わせて、紅白なます、なんてのもいいらしいっすよ。

アタシは30日にシュワちゃんのごっついボディを拝みながら、煮込んだ豚の角煮がなかなかいい感じに仕上がったので、

ひとり悦に入り、ちょくちょくお箸を進めつつ、今朝はお雑煮を美味しく頂きました。

こちらもたいへんに良いお天気です!

さてと、今年の抱負でも記事にしまっかね。

2015/01/01 (木) 13:48:48 | URL | 養生法の探求 #- [ 編集 ]

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