The dawn of Harii 7

純粋に哺乳類の中で直立二足歩行をする動物はいないが、鳥類はそのほとんどがある意味、二足歩行である。といっても歩くのを専門にしているのはダチョウやニワトリやエミューなどであり、その身体のプロポーションは見ての通り頭部は非常に小さく軽量化されており、その替わりにダチョウなどの下肢の筋肉の発達は見る者を圧倒する程に重厚で力強い。

なぜヒトだけが直立二足歩行に踏み出したのかという命題には通説では、これまで住み家としていた森林にエサがなくなったので、やおらサバンナへと歩き出した、というサバンナ説が一般にはよく知られている。

しかしかつてのサバンナにはサーベルタイガーのたぐいの猛獣がうろうろと徘徊しており、うっかりサバンナにおぼつかない二足歩行で迷い込めば即座にこれらの猛獣の消化管の消化産物に成り果てたことは容易に想像できる。よってサバンナ説は一蹴されている。

他の類人猿を見ても完全な二足歩行を達成している種はいないのだが、マングローブという水辺の森を住み家とするテングザルは時折、二足歩行をする事が確認されている。水中を歩く際には両手を上に挙げて歩き、赤ん坊のテングザルは親の胸にしがみつき顔は水面に出た状態で移動する。もしも人間ならば肩車をするだろう。

さてヒトの全体重の上の部分の65%は骨盤を構成する仙骨の第2仙骨孔に負荷されているのだが、この自重を支えるという作業がいかにストレスになるかは少しいつもより長く歩いたり、立ったりするだけで簡単に実感できる。

わたしたち地球に生きる生命種はすべからく地球1Gの重力負荷ストレスに常にさらされているので、加齢により脊椎のあいだが徐々に狭くなり、ついには脊柱管狭窄症になるのは誰も避けられないと言える。

わたしは鍼灸師なので日々扱う症状のほとんどは首凝りや肩凝り、背中の痛み、四十肩、腰痛、坐骨神経痛、股関節痛、膝や足首の痛み、とすべてこれらの不定愁訴は自重に耐えている骨や筋肉や関節の悲鳴と言っても間違いないと確信している。

四つ足で脊椎を物干し竿にして内臓を吊っていたのなら、自重の負荷はバランス良く四肢に分散され、もちろんのこと脊椎の間が縮まる事もないし、それほど腰痛や肩凝りや首凝りに悩まされる事もなかっただろうが、

しかしどういうわけかヒトだけが直立二足歩行という荒技に打って出たのだ。その引き金となった原因や動機とはいったい何だったのだろうか?実はなぜヒトだけが直立二足歩行を始めたのかはいまだに謎なのだ。

イギリスの科学ジャーナリストのエレイン・モーガン女史は独自の解読により、ヒトがなぜ直立二足歩行ができるようになったかの謎を解明してしまった。もっともエレイン女史の説はいまだに一般化もしていないし、アカデミズムからはバッシングに遭っているのだが、

わたしは彼女の説には賛同している。その詳細は彼女の著書にゆずり、ここでは概要のみに触れるが、かいつまんで言うと、ヒトはかつてアフリカにいた幼年期にプレートテクトニクスの動きによって海が陸地に流れ込んで大きな湖が形成された時に、そこに閉じこめられた。そしてやむを得ずにヒトの祖先はその湖畔の環境に適応して半水生生活を送った。

その際にまるでマングローブの森で暮らすテングザルのように二足歩行の訓練をして次第に二足歩行が自然に出来るようになり、また水中生活に適応して体毛の多くを消失して、また水中から食料である魚や海藻や貝類を食べることを覚えた。

この自重による関節負荷から少し解放されて半水生生活を100万年か200万年送ったホモサピエンスの祖先が、後に二足歩行を始めたアウストラロピテクス・アファレンシスたちに進化していった、とする水生類人猿仮説「アクア説」である。

この水中の食料資源に依存した時期に大脳の発育に必須の脂肪酸やアミノ酸やミネラルやビタミンなどが貝類や海藻や魚から摂取されたことで、脳神経ニューロンが飛躍的に増大し、大容量の情報処理をこなす事ができるようになり、結果として400ccほどしかなかった脳容量が1400〜1600ccにまで増大したとエレイン女史は喝破している。

また体毛のほとんどは水生においては特に必要なく、イルカやアシカやクジラの表皮を見てもわかるように、むしろ体毛は泳ぐ際には水流を乱して邪魔になるので自然に消失したと分析している。もしかするとカバやブタやハダカデバネズミもまた東アフリカのオアシスの我々の仲間だったのかもしれない。

やがて氷期が訪れてアフリカは乾燥と冷気に包まれて、この広大なエデンの園は跡形もなくなくなったのだろうか?あるいは大洪水が起こり、水生類人猿の痕跡はすべて海中に没したのか?

もしもすでに直立二足歩行が可能になっていたのなら、住み家とした湖が干上がった際に、徒歩で水辺を求めて海岸や川岸へとアドベンチャーの旅に出ることは可能だ。少なくとも森林から降りたばかりの拳歩行(ナックルウォーキング)しかできないサルよりは、はるかにバランスのいい歩き方ができたはずだ。しかしサーベルタイガーに狙われる危険は常につきまとっただろう。

なんとか東アフリカの海岸沿いにかつての故郷と同じようなマングローブの森に囲まれたオアシスの海浜を探し当てた半水生類人猿は、そこに定住して海の幸をたっぷりと堪能する楽園生活を長く送るうちに、大脳が肥大して歩きも素晴らしくうまくなり見た目も機能もヒトらしく進化していった。

東アフリカの海岸沿いのダナキル地塁に閉ざされた水辺の楽園から、直近の同じ東アフリカの沿岸沿いの新しいエデンの園に引っ越したホモサピエンスの祖先は、今から7万年前のインドネシアはスマトラ島のトバ大噴火のあおりで成層圏にまで巻き上げられた火山灰による地球寒冷化の急速な進行により、

南アジア全土とインド、アラビア半島、アフリカが大規模な生態系の激変に見舞われた影響を直接こうむり、エデンの園は危機的な食料の不足に見舞われて人口が激減していったのか?

アヴェロンの野生児やカスパーなみの嗅覚をもっていた初期ホモサピエンスはここで一気に賭けに出たのだ。そう住み慣れたエデンの故郷を捨てて、海藻や貝の香りを頼りに新天地を求める旅に出る決意を固める。

それはなんとたった150人の小さなノアの一群だったという。今から5万年前にわたしたちホモサピエンス直系のご先祖様たちがアフリカ大陸を後にして、ついに海岸沿いに紅海を目指して歩き出した。

この150人の中に鍼医はいただろうか?わたしはいたと思っている。いや150人の全員がすでに鍼を自在に操れたかもしれない。貝の口を開き、魚の血抜きをし、皮膚を染色しボディーアートに興じる。

日常的に彼らホモサピエンスのご先祖様たちは鍼をスマホの如くに使いこなしていただろう。すでに痛みのある部位に鍼を刺して染色すれば、痛みが緩和されるということすら認識していたかもしれない。

我が身を養生できる最強集団がわたしたちホモサピエンスのご先祖150人集団だったと仮説を立てるのも面白い。

マングローブの森に誘(いざな)われ、鍼を手にした一群はそれからわずか5万年で地球のほとんどすべての大陸を踏破する。柔軟にして最強の環境適応能力を見せた人類。

その壮絶にして素晴らしき人類のグレートジャーニーを影で支えた立役者とは、ヒートショックプロテインという生体防御タンパク質と、血流をうながす一酸化窒素と、NK細胞と脳細胞とミトコンドリアを賦活するβエンドルフィンの3大リガンドを自在に操れる鍼治療だった?

5万年いや20万年の鍼の歴史はダテじゃない。

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2014.12.05 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 鍼灸創世46億年記

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