The dawn of Harii 4

初期ホモサピエンスが棲息していたとされる洞窟は今のところ西ヨーロッパで150箇所以上が発見されているが、その中のフランスのラスコーやショーベ、スペインのアルタミラなどの洞窟に見られる今から3万年ほど前からの我々の祖先クロマニヨン人が描いた壁画の素晴らしさは、現代を生きる彼らの子孫である末期ホモサピエンスの心を揺り動かさずにはおかない。

しかし彼らクロマニヨンのミケランジェロやダヴィンチや葛飾北斎や伊藤若冲がその絵の動物にどんな思いを込めたのか?またいったいこの壁画は当時の仲間のクロマニヨン人にどんな風に観賞されていたのか?を知ることはなかなか困難である。

ショーベ洞窟壁画においてはホラアナライオンの群れが描かれているのだが、ライオンの顔はほとんどが横顔で少しづつずらして描かれているので、これはパラパラ漫画のようなアニメーションの原点ではないか、と分析されている。

本当にこの分析の如くアニメのように観賞していたのかは定かではないが、洞窟の暗闇の中でライオンの鼻面に松の枝に火を灯して掲げたライトを移動しながら見れば、もしかすると本当に DVD「野生の王国」のようにライオンが動いている様がありありと見えたかもしれない。

こういった分析もそもそもは私たち現代人の世界観での解釈ということになるので、嗅覚受容体遺伝子が100%機能していたであろう初期ホモサピエンスの芸術家が果たしてどんな思いでこれらの動物を描き、どんな観賞がされていたのかは、やはり鈍磨しきった感覚しか持たない私たちでは真にわかることなどできないのだろう。

確かにあの有名なアルタミラのバイソンなど今にも動き出しそうで、その皮膚上には経絡や血脈すら浮いているように見えて、息を呑むほどに美しい。

しかし例えば純粋にアーティストの情念が発露したこれらの絵図が、実は非常に実用的に活用されていたという可能性は無いのか。

つまりシューティングゲームやダーツのように、壁に描かれたモチーフとなった動物をイメージトレーニングで仕留めるという、いわゆる狩猟のためのシミュレーションとしての動物壁画という解読である。

あるいは狩りの際に誤ってサイの角に刺されて亡くなった仲間への報復を、壁に描かれたサイを見ることで誓い、次の狩りへのモチベーションを高めたディスプレイか。

はたまた次世代の子ども達、ハンター候補者たちに動物の名前や種類や生態を教える壁画学校のような役目すら果たしていたかもしれない。

いや苦労の末に射止めた獲物を魚拓のようにして後世のわたしたち子孫に見せたかったのか。

アカデミズムの上品な解釈ではうっかりその絵の素晴らしさに高尚な分析をしてしまうのだが、わたしのような野人の分析にかかると、このようにかなり実用的な使われ方をされていたのではないか、なる解読すら可能だ。

横アングルで首から上ばかりを描いたホラアナライオンの群れの絵は、実は槍(やり)を打ち込んで一発で仕留めるには「この首のここの部位を狙え」という非常に実践的なアドバイスのために描かれたとしたら、養生法の探求的には実に面白い。

いまだ貨幣など発明されずに、生きるためには食べ物を獲得することであり、その食べ物を獲得することのみに一生のほとんどを費やしたであろう700万年前から1万年前までの700万年の人類史において、人生に芸術を楽しむ余裕などほとんどなかったのか?

いや、オーリニャック文化ではすでにマンモスの牙を加工してフルートのような笛が作成されていた。中空にしたものを半分ずつに分けて、ご丁寧に松ヤニで接着するという手の込んだフルートは、現代の名手が奏でればかなり美しい音色が聞けるだろうと予想されている。

ネアンデルタール人とホモサピエンスを別(わ)けた一線とは、実は音楽や絵画などの芸術を保有したかどうかの違いだったのではとの解読も聞く。二足歩行が可能なヒトのみが足を使って音を出し、ステップを踏むことができる。口笛も吹いただろう。ネアンデルタール人とホモサピエンスの両者ともにすでに言語は獲得していた。

ネアンデルタール人の声帯はホモサピエンスとは異なるため、お互いが同じような言葉を発してはいなかったようだが、ネアンデルタール人はよりボディランゲージの割合が高かったとも言われる。ネアンデルタール人が言葉を交わす様はまるでバレリーナや歌舞伎役者のパフォーマンスのように見えたのだろうか。

ラスコーの洞窟からは打楽器のバチ、横笛、うなり板という先史時代の楽器が見つかっている。ライオンやバイソンやサイのイメージと共に奏でられたベースや笛やドラムの勇壮なうねりは、クロマニヨン人たちの丹田を低周波音でマッサージし、

全身の気血を活性化し、ステップを踏ませ、有酸素運動のダンスによりミトコンドリアの熱産生を促進し、氷河期の身体をよく温めて免疫力を賦活し、彼らクロマニヨンの一族の身心を統合し、ひとつにまとめたのだ。

中国は太極拳のルーツは凄腕の鍼医であったイラン人と目される華陀(かだ)が開発した5種の動物を真似たエクササイズである五禽戯(ごきんぎ)であるが、

オーリニャック文化人たちは華陀よりも3万年ほど早く、サイや馬が疾駆するステップを真似て、太極拳ならぬクロマニヨンダンスに汗を流していたとすると、養生の歴史もまた3万年の長き歴史を有すると思えてくる。

ヒトのこころとからだを癒す音楽やダンスこそが医療の原点かもしれない。

3万年前にすでに音楽や絵画芸術が開花していたのなら、恐らくは原始的な医療も芽吹いていたであろう。北シベリアに住むエヴェンキ族によれば、トナカイの腱を引き抜いて干したものは強靱な糸になり、ブーツを縫うのにもってこいなのだ。

末期ホモサピエンスの脳量よりも10%増しであった優秀な脳科学なホモサピエンスのご先祖様が工夫して加工すれば、このトナカイから生みだした糸のように細い「セイリン」製の鍼かと見まごうような立派な鍼が開発され、使用されていたかもしれない。

分解されてしまう有機物は化石に残らない。どんな鍼がクロマニヨン人たちには使用されていたのか?

ロマン溢れる原始鍼灸への考察は、わが60兆個のDNA螺旋の記憶をたどる時空を越えた細胞内インナートリップである。

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2014.12.01 | | コメント(2) | トラックバック(0) | 鍼灸創世46億年記

コメント

そして日が落ち、真底深い暗闇の中で互いの皮膚をさすり合うとき、こころから安らいだ気がする。

2014/12/01 (月) 09:37:46 | URL | M.H #- [ 編集 ]

夜も更けて、温められた石のベッドの上で、フカフカのホラアナグマの毛布にくるまって、ラビットファーのスカーフで耳まで温めた川の字で眠るクロマニヨン人の親子が見る夢は何か?

子ども達はトナカイのステーキの御馳走か?妻はシルバーフォックスの新作コートか?おとうは新しい猟場で疾駆するアイベックスを仕留める夢か?

間氷期であってもマイナス35℃まで冷え込んだ2万年前から3万年前のヨーロッパに住んだブッシュマンのような色黒のクロマニヨン人たち。

止めどない空想はどこまでも広がります。

2014/12/01 (月) 17:17:27 | URL | 養生法の探求 #- [ 編集 ]

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