The dawn of Harii 3

大喜びで雪の中を転げまわる程の快活さとたくましさを見せつけて、自然そのものの野生に生きる原始人の嗅覚がいかに鋭く、そしてその嗅覚に頼ることで自然界において生き延びる可能性が増すことをまざまざと証明したフランスは「アヴェロンの野生児」ヴィクトルが亡くなった1828年に、

ドイツの南部ニュルンベルグで地下室に長く幽閉されていた16歳ぐらいの少年が逃げ出したのが発見される。所持していたメモから彼の名はカスパー・ハウザーであることが判明する。

地下室という暗闇の中でパンと水以外に何も与えられなかったカスパーにはまさに驚くべき感覚が宿っていた。彼は遠方に生えている果樹の種類をそこから漂ってくる葉っぱから発せられた臭い分子を目を閉じて鼻粘膜で捉えることで判定できた。また足音だけで誰が近づいてきたのかを識別した。

さらに指先で触れるだけで金属を識別し、磁石のN極とS極の違いを当てた。光りの世界を強制的に失っていたことで代償性に嗅覚や聴覚や触覚の他の感覚が亢進し特異的に発達を遂げたのだろうか?

カスパーは発見後は介護を受けて暮らしたようだが、視力には問題は無かったようだ。一般的にはヒトも含む動物の遺伝子はしかるべき幼年期に光り刺激を網膜で受容することで視力を獲得するものであり、

その時期にもしも光りを受容することができないと視力を発現し維持する遺伝子が起動せずに、その後の一生を盲目で過ごすことになってしまう。これもまた遺伝子がエピゲノムな環境対応によって調整されている好例と言えよう。

残念ながらカスパーは王家の血を引く血統に属するとの噂により政治的謀略に巻き込まれ発見から5年後の1833年に殺害された。

ヴィクトルとカスパーはその驚異的な感覚をもって、本来的に人間に備わっている感覚器の潜在的な能力がいかに素晴らしいかを私たちに教えてくれたのだ。

カスパーは怒濤の如くに押し寄せる色彩と臭いに途方に暮れ、ヴィクトルは生肉を好んだのだが焼いた肉を食べることを強制されてやがてそれに従った。文化とはある種のプログラミングなのであり、我々はそれぞれが属する文化により感覚器の閾値(いきち)すら規定されてしまうのだ。

ムスティエ文化、アシュール文化、ナトゥフ文化、オーリニャック文化、グラベット文化、ソリュートレ文化、マドレーヌ文化など初期人類が原始の森や草原で興した文化は、彼らの感覚器の性能を決して鈍化させることはなかったであろう。1万2000年よりも前の人類は恐らくは皆すべてヴィクトルやカスパー並みの感覚を有していたのだ。

今でもアフリカのネイティブたちは私たち西欧的な文化圏から来訪した者に、私たちには何も見えない何キロも先を指さして「あそこにシマウマがいる」と言って、そんな馬鹿なと思ってランドクルーザーで近づくと、本当にシマウマがいて驚愕させるが、

つまりは、わたしたち近現代人の感覚器のすべてはすでに猛烈なスピードで鈍磨しているのである。視覚も、嗅覚も、聴覚も、触覚も、あるいは味覚すらも私たちは今や初期人類の感覚から余りに劣るのかもしれない。

便利なテクノロジーに頼る生活の代償として、わたしたちは嗅覚受容体遺伝子の60%をすでに消失したように、全感覚器もまたすでに多くの機能を失っているのだろうか。

外部環境を五感を総動員することで知覚し、その時々にあった適応をエピジェネティクスに遺伝子発現して生命体は内部環境を整えてここまで生き延びてきた。つまり五感というセンサーこそが生き残りのためのかけがえのないツールであったのだ。その大半を喪失した現代人が今みずからの生きる道を誤ったとしても何も不思議ではないのだ。

今や地球環境は生命体が生きるには余りに過酷な悪化の一途をたどっているのだが、もはやあらゆる意味で外部環境を察知するセンサーが鈍化した末期ホモサピエンスにはそのことに対するセンサーも働かず、危機意識が顕在化することもないのだ。

政治劇が選挙をすると言うのだが、果たして地球の危機を訴えている政党がひとつでもあるだろうか。火山の噴火、地震の多発。経済だの増税だのの前に、なずべきことがあることに気がつかないのだろうか。やはり現代人の感覚器はすでに99%劣化しているようだ。

今から4万5000年前から2万8000年前に欧州は今のイタリア、フランス、東部全域に及んだ初期ホモサピエンスが興した文化をオーリニャック文化と呼ぶ。

その痕跡はフランス南東部、アシュデル峡谷のショーベ洞窟壁画にくっきりと刻まれている。炭素14法によればショーベ洞窟に肌が黒くほっそりとしたホモサピエンスのクロマニヨン人が住んでいた時期は今から3万2000年前から3万年前と、2万7000年前から2万5000年前の二つの時期という。

壁画に描かれた動物は馬、トナカイ、ヨーロッパバイソン、フクロウ、ホラアナライオン、マンモス、サイなどで、今にも動き出しそうなリアルな絵は見る者を圧倒せずにはいない。

この時期のユーラシア大陸はそのほとんどが森林ではなく大草原であった。マンモス・ステップと呼ばれたこの草原にはその名の通りに、毛足の長いマンモスが闊歩し、バイソンやレイヨウなどが大量に棲息していた。

この動物たちがオーリニャック文化を生みだした私たちご先祖様の食料となり、衣服となり、食器となり、装飾品となり、恐らくは骨などが利用されて鍼治療用の鍼が出来たのだろう。

動物の毛皮を剥ぐ過程ではまだ息のある動物の体内が、皮膚へとサバイバルナイフのような石器を刺すごとにそれに反応して動くさまがつぶさに観察されたことだろう。

ヒトはまず動物で、生き物の体内と体表が連動して同期するという「内臓体壁反射、体表内臓反射」の真実を読み取ったのではなかろうか?

人類ホモサピエンスがアフリカを旅だって約4万年ほどは狩猟採集生活に明け暮れた。つまり4万年間のあいだ、ほぼ人類はずっと肉食を主にしてきたのだ。

皮を剥ぎ、肉を裂く、長き4万年の中でヒトは動物の生理を学び、動物の体表と内臓の仕組みを学び取ったのだ。その生肉から湯気が立ち上がる経験の中でオーリニャック文化人たちは独自の命観を構築していった。

この時代に半獣半人のキメラな絵図が描かれ、マンモスの牙で彫りだしたフィギュアが遺されている。そうタイガーマスクならぬ「ライオンマン」。顔がライオンで、身体はヒト。

このイメージで彼らはいったい何を表現しようとしたのか?ライオンの強さと同化しようとする願望が表出されたのだろうか?

活写された動物たちの生き生きとした姿からは、彼らの動物たちへの愛を強く感じる。

浅薄な動物愛護精神からは決して読み取れない真のSATORI精神を、わたしはオーリニャック文化人であるホモサピエンスのクロマニヨン人たちから転写されました。

鍼は間違いなくこの時代にすでに実践されていたと私は推測しています。

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2014.11.30 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 鍼灸創世46億年記

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