The dawn of Harii

1991年、オーストリアとイタリアの国境付近のアルプス山脈の溶け出した氷河の中から一体のほぼ完全な男性ミイラが発見された。発見時には10年前に付近で遭難した登山客であろうと予測されたのだが、放射性炭素を用いた年代測定法により現代からはるか昔、5300年は前に遡る時代に生きていた人間であることが発覚する。

この40代半ばとおぼしき男性ミイラは発見されたエッツタール峡谷にちなんで後に研究者たちから「エッツィ」と呼ばれ、また氷の中から見いだされたので別名を「アイスマン」と呼称されるようになる。

初期の研究ではアイスマンはビジネスマンであり、商用で出張する際にふと眠りについた場所に運悪く、たまたま吹雪が押し寄せて凍死してしまったと予測されたのだが、後のX線解析による詳しい調査によりアイスマンの左肩には矢尻が食い込んだ痕があることがわかり、死因は凍死ではなく、矢で射ぬかれた襲撃にあったことが判明した。

またアイスマンは銅製の斧(おの)や短剣、弓矢を所持しており、他には使用方法の分からない鉛筆のようなものや、白樺林で採取された最高級の漢方薬の高貴薬であるキノコであるサルノコシカケを携行しており、

またアイスマンの出で立ちは、しっかりとした樹皮繊維を使ったオーバーコートのようなものから、動物の毛皮のスーツ、革製の帽子、中綿のように草を敷き詰めた革靴まで実にオシャレで洗練されたファッションに身を包んでいたことがわかっている。5300年前の人類は決して「はじめ人間ギャートルズ」ではなかったのだ。

そして最も度肝を抜いたアイスマンにおける一大スクープこそが、彼の腰部や下肢背面にかけて坐骨神経痛の際に使用するツボに施されたドット状の入れ墨が発見されたことであった。

現在わたしたち鍼灸師が学ぶ経絡図に描かれた経穴の位置にピッタリと一致するアイスマンのツボ・タトゥーは、取穴(しゅけつ)の精度が余りに高く、東洋医学に造詣が深い世界中の鍼灸師や研究者をして心底、驚嘆させた事は言うまでもない。

ここにおいて、にわかに浮上した問題こそが「鍼灸中国起源説」から「鍼灸汎世界起源説」へのパラダイムシフトであった。

鍼灸指圧を運用するための東洋医学ガイダンスである中医学の古典的バイブルの「素門」「霊枢」という二大経典が編纂されたのは確かに中国は紀元前300年頃であり、

中医学は文字の国であり、記録の国であった中国においてここ2000年間で一大発展を遂げたことは誰も疑わない事実なのだが、

では、紀元前に編纂され体系化された鍼灸医術の起源はいったいどこまで遡れるのか?と言えば、これはまだ茫洋として判然としないといっていいだろう。

つまり、アイスマンのツボに刻印された入れ墨はこの鍼術の起源問題に大きな大きな一石を投じた事件であったのだ。

ニューギニアを専門とするある民俗学者はアイスマンに触発されて鍼の起源を自分なりに探り、恐らくは原始医学としての人類に共通の鍼治療が全世界的に広く普及しており、

鍼治療における出血を止めるための止血法として煤(すす)をツボという鍼治ポイントに塗り込んだのが皮膚に着色されて、これが入れ墨の起源となり、

やがて全人類が皮膚を入れ墨で染めていくタトゥーの風習を生みだしたとの仮説を鍼灸学術会議の壇上に招かれて提唱した。

だとするのなら、鍼の起源は実に人類史をはるか昔まで遡るのだろうか?

いったい人類はいつ鍼というものを手にして、それを治療用の医療器具として使用したのだろうか?

ヒトが衣類らしきものを身につけたのは今から7万2千年前頃と分析され、裁縫用の針を手にしたのは3万5千年前頃と推定されている。

動物の毛皮を衣類用に編んでいたその針を、狩りで捕獲しようとして暴れたシカの角で誤ってザックリと開いた背中の傷口を縫うのに使用するまでに、それほど時間はかからなかっただろう。

いやうっかりと踏み抜いたイバラのトゲで化膿した足裏の腫れをひかせるために針を打って、排膿を促したのが早かったか?

恐らくは針を身体に刺すというよりも、このように創傷部位を縫合し、切開するために使用したのが最初の鍼ではなかったろうかと、私は仮説を立てた。

この傷口を縫合し、切開していた鍼が、やがてアイスマンの坐骨神経痛への処方のような瀉血(しゃけつ)を主体とした「血の医学」の鍼治療に変わり、

それからほどなく欧州から伝播した鍼治療が3000年ほどを経て、紀元前のユーラシア大陸の東端で「気」を調整するための現代の「気の医学」の中医学にまで昇華していく、

この人類と鍼術の変遷を私なりに探索する旅へといよいよ出発します。

題して「鍼医の夜明け」

渾身のライフワークに挑みます。

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2014.11.28 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 鍼灸創世46億年記

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