活ッ 17

「先(まず)員利鍼(えんりしん)にて痞根(ひこん)、陽陵泉(ようりょうせん)をつよくさすべし、又百会(ひゃくえ)より少し血をもらすべし、かならず治るなり」

これが江戸後期、幕末の鍼の名手であった葦原検校(あしわらけんぎょう)の書「鍼道発秘(しんどうはっぴ)」中に記載されている「活(かつ)の鍼」の一節である。

「活の鍼」とは脳貧血や外傷や打撲によるショックなどで急に気絶してしまった者を蘇生(そせい)させる鍼術のことを指すのだが、使っているツボはわずか3つであることは実に驚くべき事である。

少し解説を試みると痞根(ひこん)というツボは奇穴(きけつ)に属するツボのひとつで、奇穴(きけつ)はこういった特殊なケースでのみ使用する

通常の14経絡(けいらく)上の361余の正穴(せいけつ)と区別して扱われるツボ群を称するのだが、

この痞根(ひこん)もつまりはそういったサブ的なツボとして重用される背面腰部付近に出現するツボであり、まずこの痞根(ひこん)周辺を探り

「生きたツボ」を見つけて、強めに刺鍼(ししん)して全体の経絡に気を響かせて、腹部のどこかに鬱積(うっせき)してストップして停滞してしまっているであろう真気(しんき)を再還流するように促し、

次ぎに陽陵泉(ようりょうせん)という膝下外側にある正穴(せいけつ)にやはり強めの刺鍼(ししん)をすることで末端部の気の流れを加速させることで腹部の気のコリの再稼働を遠方からも応援し、

最後に頭頂部のこれも正穴(せいけつ)の中の正穴(せいけつ)だがすべての経絡(けいらく)の気が集まるという意味がある百会(ひゃくえ)というツボに

ほんの鍼先直径の小さな穴を開けて瀉血(しゃけつ)を施して、少しだけ出血させることで全体の気血の流れを調整するためのベント処置を試みれば、

どんな気絶状態でも必ずや治る、と日に100人以上もの患者を治療し快癒させていた実在の鍼の名手は申しているのです。

名人であった彼もまた初期の頃には随分とみずからの鍼治療によって患者を脳貧血にいたらしめ気絶させる事があったと言われております。

その冷や汗をかくような凄絶な治療体験の中で、また気絶を元通りに復する「活の鍼」も磨かれたと言えるのです。

わたしもこれは指圧だけだったのですが、治療も後半のクライマックスにさしかかり、患者が気分が悪いと言いだしたが最後、アレヨアレヨと気を失ってしまった経験がございます。

その転瞬後に、こちらの気が動転する中で何とか幾ばくかの処置をしてこの患者は息を吹き返しましたが、今こうして思いだしても心がざわめく程に実に冷や汗ものの体験でした。

鍼道(しんどう)の秘(ひ)に到達した者がだけが発(はっ)する事ができる言葉とは、冒頭の如くかくも短いのですが、実にその文中には絶ゆまぬ修練とその末に獲得された奥義が内包されており、貴くも味わい深いものです。

モーツァルトは虫垂炎の治療と称した間違った西洋医学式の瀉血法で大量出血に逢い、その失血によるショックで死亡したとの説が有力視されていますが、

現代の鍼灸師には常識である虫垂炎時に使用するスーパーサブな特効穴(とっこうけつ)は正穴(せいけつ)ど真ん中の足三里穴(あしさんりけつ)の下二寸にある奇穴(きけつ)・蘭尾穴(らんびけつ)で、

ここに小さくひねったお灸を5壮も施せば、いとも簡単に即効でモーツァルトの虫垂炎など治せたかもしれません。

「活の鍼」の瀉血(しゃけつ)に見られるように東洋医学における「血の医学」は実に洗練されており、すでに江戸末期には「血の医学」と「気の医学」はかなりの完成度で融合していたと見なせそうです。

シーボルトは日本のこんな高度な「気血の医学」を垣間見て、恐らくは驚天動地の感想を抱いたというのが真相ではなかったのかと、そんな感慨に浸る葦原検校の「活の鍼」の一節のお話しでした。

「血は気の行く所につき従うなり、気行けば則ち血行く、気止まれば則ち血止まる」
『医林縄墨』(明時代 1584年)

東洋医学、鍼灸指圧は生命を生命たらしめる糧(かて)である気血(きけつ)を自在に操(あやつ)れるからこそ気絶を治し、虫垂炎を回復させ、万病を予防し治療できるのです。

さて本日も予約は満員!

正穴(せいけつ)、奇穴(きけつ)が我が治療院で待ってます。

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2014.11.22 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 命曼荼羅

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