活ッ 15

西洋医学は東洋医学よりも2000年は遅れた医学であるが、東洋医学は東洋医学で実はここ2000年のあいだ何の進展もなく止まったままの医学であるからして、結局、どっちもどっちでたいして人類の医療は発展も進歩もしていない。

これが医療の真相なのだ。西洋医学の世界はよく言われるようにデカルトが心身二元論を唱えて以来、急速に人間機械論を推し進め、ようは物体、

モノとしての人体を事細かに追及した結果、今や臓器移植が普通に行われ、幹細胞を操作してあらゆる組織や臓器すら作成可能だと豪語するに到っているのだが、

臓器移植によりドナー(臓器提供者)の人格がレシピエント(臓器受給者)に乗り移るケースなどはまさに組織や臓器や細胞にすら「心」があることの証明であり、

つまり心身は決して二つに分けることなど出来ないことまで判明しているのだが、そういったエビデンスがあっても一向に機械論的な生命観が修正されないのはいかがなものか?と思うのは多分、わたしのような人間だけに限られるのだろう。

デカルトは実は心身を二つに分けて考えたあとに、もういちど一つに合わせて考えるつもりであったそうだが、もしも彼がもっと長生きして心身一元論に到達していたのなら、

機械論と生気論が融合した西洋式の独自の生命観が誕生して、西洋医学はいまごろ東洋医学を追い越して「 SATORI 医学」に一番乗りしていたかもしれない。

モノ・ボディであるヒト細胞60兆個にはそれぞれ細胞核DNAが備わり300匹からのミトコンドリアが共棲しており、それぞれの細胞は独自の命をその細胞内で養いつつ、

ホストである本体の電磁場ボディと共生しているのだから、細胞ひとつひとつにもまた電磁場ボディから環流した「気」や「心」が宿っているのだ。

万能細胞からあらゆる組織や臓器をホストである電磁場ボディ抜きにシャーレや培養器で生みだしたとして、いったいその

「カオナシ」のような無人格の組織臓器に果たしてその後いったいどんな性格が宿るのか?少し想像しただけでもかなり恐ろしい。

科学の粋を集めた分子医学によって得た電子顕微鏡の世界のナノレベルのミクロの細胞知識は実にわたしたちの知性をよく刺激してくれるのだが、それだけにとどまらずにまた今までに想像もしなかった不安も与えてくれる。

さて、東洋医学がここ2000年間に怠(なま)けてやってこなかった事とは何だったのか?と言えばこれはひと言で言えば機械論的な視点を導入しなかったということになろう。

「気の医学」がずっと「気の医学」のままだったからここまで東洋医学は人心(じんしん)と乖離(かいり)してしまったのだ。

機械論が全盛の科学時代には機械論をも取りこんで、「気の医学」をさらにパワーアップすべきだったのだが、東洋医学界は

タコツボのような偏狭なツボ利権コミュニティーを造って、そのなかでヌクヌクと「気の医学」に浸り安住する道を選択してしまった。

それゆえの現今の東洋医学の凋落だとわたしは見て取っている。これから東洋医学がもう一度見直されるためには、もっとも旬でフレッシュな最新の分子医学のデータを取りこんで、東洋医学の素晴らしさを伝えることにある。

「百病は小胞体に溜まった変性タンパク質によって生じるが、鍼灸指圧によって細胞核DNAセントラルドグマを起動してヒートショックプロテインを大量に増産することで、小胞体ストレス応答な機序を発動し、小胞体に溜まった変性タンパク質を一掃することで、百病は予防し治療できる」

これこそがわたしが今現在言える超最新の東洋医学の治効理論である。

まだ誰も言及していない「セントラルドグマ」と「小胞体ストレス」と「小胞体ストレス応答」と「ヒートショックプロテイン」という用語を使用して

こんな風に東洋医学の素晴らしさをアピールすることで、わたしはここ2000年来の東洋医学の遅れを取り戻すつもりだ。

「気の医学」が専売特許である東洋医学と「血の医学」を発展させた西洋医学は目出度くここにおいて融合し、未来型の「気血(きけつ)の医学」へと進化するのだ。

「重陰は必ず陽となり、重陽は必ず陰となる」『素門』

西洋医学と東洋医学が、機械論と生気論が、還元論と全体論が、「血の医学」と「気の医学」が、心と身体が、ともに頂点でスパーク放電した時に「 SATORI 医学」の地平が開ける。

スポンサーサイト

2014.11.20 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 命曼荼羅

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

«  | ホーム |  »

プロフィール

kouhakudou

Author:kouhakudou
FC2ブログへようこそ!

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR