活ッ 14

音楽家(声楽家)である姉から一昨日に電話があり、モーツァルトに関する前記事が面白かったとの感想を聞いたのだが、そのほんの束の間の会話の際に少し「気づき」がありまして、

ようは西洋医学が東洋医学よりも常に進歩しているという間違ったイメージがいったいいつ頃に形成されたのか?そもそも西洋医学は東洋医学よりも進歩したことなどあったのか?との疑念が思い浮かびました。

実際に江戸後期に来日して日本の西洋医学の礎を築いたとされるシーボルトにはまだ虫垂炎の知識すらなく、注射器も聴診器も持っていなかったのだし、

シーボルトが好んで処方した「ヲクリカンクリ」なる薬物はなんとカニの目玉だったというし、また「蝲蛄石(オクリカンキリ)」はものの本によると、

脱皮前のザリガニの胃に溜まったカルシウム結石であり、なんでも体内に貯留した酸敗液を尿にして排泄させる効能があるとされていたというのだが、

かのシーボルト先生がオハコのこの処方箋といい、大量出血を引き起こし失血によるショック死の危険性が常につきまとう西洋医学式の瀉血(しゃけつ)法といい

果たして当時の欧州の先端医療は実際にはどれほどのレベルだったのだろうか?

私がみるところ、いや実は彼ら西洋からの訪日医療団こそが日本鍼灸や日本漢方から当時の最先端の日本の東洋医学の医療知識を学び取り、その知識をもって

西洋医学の世界に東洋の鍼術を真似た注射器が華々しく開発され、漢方医学の薬物の叡智からヒントを得て様々な薬物が創薬されるに到ったのではなかろうか?

つまり「事実は小説よりも奇なり」で、江戸末期にわが国に蘭学が興り蘭方医が増えていった事は歴史が教える真実ではあるのだが、

だからといって別に当時の日本鍼灸や日本漢方が蘭方よりも劣っていたわけではさらさらなく、いやむしろ時の日本鍼灸や日本漢方は恐らくは世界一洗練された東洋医学に到達していたであろうことは間違いなく、

それゆえにシーボルトもビュルガーもケンペルもライネもみな一様に日本の医療のレベルの高さに驚嘆瞠目し、なんとしてでもその精髄を奪い取り

本国の雇い主や支配層へとこれ幸いに誇らしげに東洋医学の医療資産をごっそりと手土産として持ち帰ったのだ。これぞまさに世界中を植民地にして憚らない西洋グローバル侵略ギャング団の面目躍如なり。

西洋医学というか近代医学が高く評価され出したのはその医療技術の高さからではなく、恐らくはゼンメルワイス(1816〜1865)の消毒思想やリスター(1827〜1912)の殺菌術が徐々に注目されて、ベルグマン(1836〜1907)による無菌法が普通になり、

パスツールやコッホ(1843〜1910)により病原バクテリアが顕微鏡下に特定されて、フレミング(1881〜1955)が発見したアオカビ分泌物の抗生作用から抗生剤「ペニシリン」が1940年頃から大量生産され、

天然薬であった阿片からモルヒネが、キナ皮からキニーネが、ベラドンナからアトロピンが、麻黄からエフェドリンが単離されて、ヤナギの樹皮からサリシンが抽出されてついにドイツバイエル社から解熱鎮痛薬「アスピリン」が販売されるに到った20世紀初頭においてであり、

それまではやおら解剖学の知識だけは立派で消毒もせずにメスで腹を切りさばき、その雑菌だらけの外科医の手で内臓をまさぐられた患者たちは、次々に体内に増殖した病原バクテリアの細菌毒素エンドトキシンショックによる敗血症で、

術後の予後不良な40%超の患者があえなく絶命していたのが、みなさんが涙を流さんばかりに崇拝して止まない科学の御威光輝かしき18、19世紀の西洋医学の現実であったのだ。

モーツァルトもまたそんな摩訶不思議な18世紀の西洋の最先端医学の治療を受けて、医療ミスで死亡したのである。近代医学には確かに優れた側面が多々あるのだが、

わたしに言わせれば根本的に 『2000年は遅れた医学!!!』 と言わざるを得ない。

「血は独りでは生ぜず、気に頼りて以って之を生ず」
『医論三十篇』(韋協夢・撰 清時代 1798年)

気というバイタルフォース(活力)により血液は、腸管内臓と骨髄腔のなかで生み出されるのだ。

すでに気力が低下して造血能に翳りが見えているところに輪をかけて、生命力の源である血液を抜いたらどうなるか?

モーツァルトの主治医には2000年前の鍼医には当たり前に備わっていた気血(きけつ)の基本知識すら欠落していたのだ。

「真気なる者、天より受ける所、合気と併さって身を充たすものなり」『霊枢』

モーツァルトに必要な処置とは天より受けた元気である真気を補充するための「合気(こくき)=穀気」の供給、つまり正しい食物の補給であったといえよう。

虫垂炎には民間食養法では「ごぼうのおろし汁」を飲ませて治します。過度な肉食や魚の小骨が刺さって虫垂内で繁殖増殖していた悪玉菌類が、ごぼうの強い香り成分であるフィトンチッドの殺菌作用により滅菌、殺菌されてしまうのでしょう。

たべたものが血となり気となり薬となる。

食薬一如

医療なんて本来は決してそんなに難(むずか)しいものじゃない、はずだ!

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2014.11.17 | | コメント(1) | トラックバック(0) | 命曼荼羅

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2014/11/17 (月) 18:29:30 | | # [ 編集 ]

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