SATORI 13

ウイルスはDNAを種から種へと運ぶベクターであり、現在わかっているウイルス株5000万種のうちヒトに害を及ぼす数百種の病害ウイルスも最初は感染症のような健康被害をホストにもたらすが、やがて新たに侵入したウイルスはホストの絶命とともに自分達ウイルスが共倒れになるのを防ぐためにその病害毒性を弱めてホスト体内にニッチを確保して居座ることを決め、

ホストの側は免疫細胞を駆使してB細胞が新種のウイルスにマッチする免疫グロブリン抗体を産生することで免疫記憶を獲得して新しい抗体産生遺伝子がB細胞に備わり、またウイルスに対抗する分子であるインターフェロンなどのサイトカインをマクロファージなどが分泌することで新種のウイルスに対抗し、これらホスト側の総合的な免疫力によって新種のウイルス性感染症が克服されることで、

ウイルスとホストの双方の生存に有利な環境である「相利共生」か、もしくはどちらか一方だけに利益がある「片利共生」のいずれかとなるウイルスとホストとの「攻撃的共生」環境が成立する道がウイルス進化論的にウイルスとホスト間で選びとられていくのである。

ヒトのDNAのうち純粋にセントラルドグマを起動してタンパク質合成を行うのは機能遺伝子の1.5%に過ぎず、残りの9%はヒト内在性レトロウイルスと呼ばれる領域と、LINEとSINEと呼ばれるこれもウイルス由来の痕跡部分が合わせて34%で、また3%のDNAトランスポゾンという可動遺伝子と呼ばれる遺伝子重複を起こす部分も実はレトロウイルスの性質にそっくりな領域であり、つまりはDNA全体の46%ほぼ半分がウイルス由来のDNAで占められているのがヒトゲノムの正体なのだ。

恐らくはほとんど誰もがこのヒトゲノムに占めるウイルスの痕跡の総量割合の多さには驚愕せざるを得ないだろう。もしかするとウイルス由来であるのかどうかまだはっきりと分からない残りの52.5%の部分もまた何らかのウイルス関連領域だとすると、ヒトゲノムのほとんどがウイルスに関連していることになってしまう。

これはいったいどういうことなのだろうか?ダーウィン進化論を発展させた進化の綜合説では、進化の原動力は突然変異と自然淘汰とメンデリズム(メンデルの法則)により進化すると仮定しているのだが、今やヒトゲノムにおける進化の痕跡から判明した事実とはヒトのDNAにはおびただしいウイルスが入植した痕跡がありありとあることなのだから、このウイルス由来のヒトゲノムの真の意味を精査して新たな進化論を提示する時期が到来していると言えよう。

昨今はウイルス性感染症のデング熱やエボラ出血熱がちまたを騒がせており、そろそろ新型インフルエンザ・ショックドクトリンがうたれて前橋レポートで無効性がはっきりしたまったく効き目などないインフルエンザ・ワクチンの接種が政府官公庁から恥も外聞もなく正々堂々と大々的に推奨される時期が訪れているが、

本来的にウイルスというものは地球生命種130万種にとっては様々なゲノム情報を交換するために欠かせないベクター(運び屋)であり、このウイルスのDNAベクター能力に依存して地球上の生物はニッチ(生態的地位)を確保し、生を謳歌できることを鑑みれば、ウイルスを怖がることは笑止千万な態度と思われるのだ。

ウイルスがDNAのベクターであると同時に、ウイルスに感染されたホスト生物もまたDNAのベクターであり、ウイルスもホストも含めて地球生命種130万種はすべからくDNAベクターであると結論できる。

地球生命を分類した進化の系統樹というものはいつも線形的な幹に枝が伸びてその先に種が書き込まれるイメージ図が描かれるのだが、実際の生命の進化はこんな平面的なものではなく、すべての種がDNAを伝播し合いつながったまるで繊維がグルグルに絡まり合った鞠(まり)のような立体的でカオスな構造こそが生命進化の真の構造なのだ。

わたしたちヒトは決して進化の頂点に君臨する地球生命種の覇者でも勝者でも何でもなく、DNAベクターという立ち位置から俯瞰すればウイルスもバクテリアも植物も動物もヒトもみな同じくまったく平等でフラットなニッチに存在する仲間である。

ウイルス進化論というキワモノの進化学説から見えてきた新たな生命観はまごうことなき SATORI な生命観でした。

生命には差など無い。「差取り」こそが生命の本質だったのです。

恐らくはAIDSウイルスすらもやがてヒト免疫細胞と共存する道を歩むのではなかろうか?これまでどれほど多くのウイルスにより「感染症淘汰」が起こったのかは不明だが人類はこれまでも常に新種のウイルスに罹患されて多くの者がウイルス感染症により死滅してきたが、生き残った者がウイルスに耐性を身につけて子孫をつなぐことで人類はここ700万年をやりくりしてきたのだ。

こうした病害性ウイルスにももしかすると新しいゲノム情報をインプットするという役目があったのかもしれないし、常にこうした新しいゲノム情報が蓄積されていくことで生命は地球環境の激変に適応する能力を高めていったと言えるのかもしれない。

ヒトが火を使って調理することを覚えたのには、恐らくはウイルス対策ということもあったのではなかろうか?ウイルスは通常はカプシドと呼ばれるタンパク質の殻にRNAやDNAの核酸をくるむ構造をしているが、タンパク質は熱変性によりその構造を容易に変性タンパク質に変える性質を逆手にとって熱を加えることでウイルスの感染力を機能停止に追い込むことが可能である。

下痢症を引き起こすノロウイルスは85℃で1分間、加熱するだけで最早、何らかの症状を引き起こす能力を失う。つまりウイルスに罹患されて身体が発熱するのは、熱刺激によりウイルスを殺傷せんとする身体の自然治癒反応なのであり、また熱ショックにより生体防御タンパク質の自然治癒のカナメのヒートショックプロテインが体内に旺盛に分泌されることで免疫細胞のマクロファージがウイルスに対抗するサイトカインであるインターフェロンを分泌して、体内に侵入したウイルスを沈静化するのだから安易な解熱剤の投与がもたらす弊害は計り知れないと言えよう。

ヒトは決してウイルスに無防備なのではなくヒートショックプロテインを中心とした免疫力によって何とかウイルスと共存する道を獲得形質してエピジェネティクスに適応して進化してきたのだ。

「ウイルスは敵か味方か?」という問いに今の私は

「ウイルスは敵でも味方でもなく、ただDNAを伝播する運び屋である」と答えよう。

だとすると、わたしたちヒトもまたただDNAを伝播する運び屋に過ぎないとも思えてくる。

俺の人生も畢竟すればただDNAを運ぶ束の間の人生か。はっはっはっ!

戦争、原発、リニア、TPP、秘密保護法、様々な事柄に憤激し思い悩むのがバカらしく思えてくるね。

「 SATORI 進化論 」は随分とサッパリした人生観に帰着しそうで何だか面食らっちゃうよ(笑)

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2014.10.19 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 命曼荼羅

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