虹を越えて

311が勃発した瞬間はちょうど姉に電話していた時であった。ユラユラと長い揺れがここ静岡県にも押し寄せたし、関東圏に住む姉は電話口にて、「凄い揺れてる、怖い」と口走り電話を切った。あばら屋のテナント2階で営業しているので、逡巡する間もなく階段を降りてみたが、スグに揺れが収まったし、その数分後に患者さんが予約していたので、また治療室に帰った。次の患者さんは気のおけない若い常連さんで、今の地震について話しながら治療をした。彼はスマホで逐一、情報収集してくれて、治療ベッドの上で私に指圧されながら、「なんかヤバイよ、津波が7とか10メートルとかって、10メートルだとビル3階は越えるよ」、彼は企業の清掃業を請け負う会社を経営しており、若い頃は命綱ひとつで滑車を利用しながらビルの壁面ガラスを拭きながら何度もビルを上下した経験があり、リアルな感覚で津波の高さを表現していた。興奮して治療どころではなかったが、私は彼と会話する中で、「そういえば福島には原発があったよね?やばくねぇかな!」と口走ったのを今でも忘れない。津波による被害はカタスロフィであったが、それにも増してフクイチ原発クライシスはさらなる破局であった。いまだにフクイチで煮えたぎっていたウラン燃料はグツグツと地下で灼熱の炎を燃やし続けているのだ。そして夜間のフクイチ・ライブカメラを見れば一目瞭然であるがモクモクと膨大な放射能を大気中へとまき散らし続けている。収束など程遠い人類がかつて経験した事のない放射能禍が今現在も進行しているのである。311前と311後ではこの地球はまったく状況が変わってしまったのだ。明らかに地球の大気に含まれる放射性物質の濃度は311後から現在までずっと上がりっぱなしである。もしも200種類以上のウラン元素崩壊産物、放射性同位体、核分裂生成物にそれぞれ特有の色がついていたら、さぞや美しい、いや、恐ろしい色に地球の空気は染まりつつあるのだろう。リアルにその事を表現したのが黒澤明の晩年の作品「夢」中の「赤富士」であった。

この「夢」という映画がどのように評価されているのかよくは知らないが、このような映画がかつてハリウッドの全面的な協力で完成したことはいささか驚きをもたらす。かの国こそがウラン利権や原発利権の総本山でもあるのだから、反原発の要素満載の映画が撮られた事じたいが少し奇異に感じられるのである。まだ当時は幾ばくかハリウッドの知性にも余裕があったのだろうか。それはともかく「赤富士」に続く2篇も見逃せないシーンが続くキモの連続である。この「夢」という作品に込めた黒澤明の思いは私流に解釈すれば、ウラン文明への決別ということになろうか。反原発なんて生やさしいものではない。近代文明を総括し徹底的にその深部の膿をえぐった作品こそがこの「夢」なのだ。原発が爆発し赤く染まった富士を背に逃げまどう民衆。まったくリアルに今の状況を予言していた。日本国民はあの映画のようにリアルに逃げまどったりしなかった。統治側が周到に情報をコントロールしたせいか、本当の意味での放射能の恐ろしさを知る事もなく、ダラダラと惰性で今まで何も生活を変えずに来てしまった者が多数であろうと思われる。つまり日本人の大半はリアルに映画のように逃げるのではなく、現実を正確に認識する事から逃げ続けてきたと言える。現実逃避をし、見ることも、聞くことも、言うことも拒み、真実を知らず、希望的推測を頼りにナアナアでここまで来てしまったのではないのだろうか?いったいどうしてそんな事ができるのだろうか?金色か瑠璃色か暗黒色か怪しく光り輝くプルトニウムがそこかしこに舞い飛んでいるのに。

ウラン燃料の精錬工場では黄色いウラン粉末が飛んでいる。この黄色い粉末を人体が吸い込むと肺胞組織から侵入し赤血球の鉄イオンと置換されて血液に乗って全身へと運ばれる。腸管内へと入っても鉄元素と間違えて体内へと吸収され同じく全身へと運ばれる。シェーンハイマーのネズミを使った実験に見るまでもなく、放射性同位元素は生物体内へとアッという間に取りこまれるのである。これら放射性同位元素は通常の必須ミネラルと同様の扱いを受けるのである。細胞生理に必須の金属元素、ミネラルはまず細胞内小器官のミトコンドリアに一時貯蔵されるから、真っ先に被曝する部位とはミトコンドリアなのである。ウランの場合は鉄元素と入れ替わるので赤血球のヘモグロビンの鉄とウランが入れ替わってしまう。酸素を運ぶもっとも大切な役目を担う赤血球が破壊されるのが鉄元素と置換するウランやプルトニウムの内部被曝である。赤血球とミトコンドリアが壊滅したら、とてもじゃあないが、通常の健康な生理は望めない。お先は真っ暗闇でござんす。劣化ウラン弾症候群に苦しむ米兵の訴えは聞くに堪えない。イラクで起こっている悲酸な放射能禍は日本の未来でもある。今、求められているのは内部被曝を未然に防ぐ医療なのだ。

311は私の医療観を根底から変革した。必死に生き残り策を模索する中で私の医療観は変容し続けた。内部被曝に遭遇しても人体を健康に維持する医療を構築する。これだけを追及してきたとも言える。フクイチ1号機の水素爆発の瞬間映像を見てから後の私はそれ以前の私とまったく別人になったのだ。あの指先まで冷たくなり震える程の恐怖を感じたあの時から今日まで私は内部被曝を防御する医療をずっと探ってきた。だって当たり前だろうが!わたしたち医療に携わる者が真っ先に被曝対策を提示せずに誰がそれをやるというのだ?いいかい、医療とはヒトを救う仕事だよ。ヒトを救うために医療者の道を選んだんだぜ。それなのに被曝に無関心でいられるなんてとても俺には信じられないぜ!でもね、医療の世界からはまったくといっていいほどにマトモな被曝対策は聞かれない。西欧医学の世界はともかくも、鍼灸業界からも何らそんな声が聞こえてこないのは一体どうしたわけだろうか?われわれは意外に権力からは遠い位置にある。医療機器や薬剤メーカーともほとんど無縁の存在である。そういう意味では西欧医たちよりも自由に発言できるポジションにいるわけだ。であるのなら、わたしたち鍼灸師は率先して被曝防御の医療を提言すべきではなかろうか。いや目に見えない気なるものを扱える繊細な神経を持ち合わせているのなら、肉眼で捉えることはできないが細胞の数兆分の1という大きさの元素などいとも簡単に触知する事など可能だろうに。この放射性同位元素は気ではない。あくまで物質なのだ。目に見えない気が扱えて目に見える物質が扱えないわけがなかろうに。

古来、空にかかる虹は「瑞祥、吉兆」とされた。ポスト311の放射性同位元素を含む大気は太陽光線にその放射性金属が照らされてキラキラと虹色に輝いているのだろうか?たとえ美しく輝く空であったとしてもそれは決して生物を健やかには育んではくれない。やがて虹の一粒は人体内に入りこむと、猛烈な勢いで細胞を老化させてしまう。みんな知らぬ間に浦島太郎になってしまうのがポスト311のリアルニッポンなのだ。虹色を無色にする方法はあるのだ。それこそが311後の医療者に求められた医療なのである。前人未踏のあらたな東洋医学は地獄の中にあって花開く。

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2013.05.28 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 鍼灸指圧

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