来たぜ、ようやく!

「道は一を生じ、一は二を生じ、二は三を生じ、三は万物を生ず。万物は陰を負い陽を抱き、冲気をもって和をなす」42章
「天下の物は有より生じ、有は無より生ず」40章

これは老子の言葉である。一説によると宇宙創生の原理を説いているとされる。さてこの中にも気という文字が登場している。つまり何らかのエネルギーがあって始めて宇宙が発生すると言っているのである。気がある、のではない。気という文字で表現し得る何らかの媒体が存在すると言っているのだ。ここを間違う者が多い。文字は単なるシンボルなのであって、その文字で何を表現しようとしたのか?をくみ取らなければ文字という亡霊だけを追うことになってしまう。実はここ2000年来の東洋医学界はこの愚にはまってしまったと私は見ている。いつもいつも気とは何か?という問答の繰り返し。実に馬鹿らしい論争が延々と2000年間も繰り返されてきた。時代はすでに科学時代なのだから、科学用語へとどんどん変換還元すればいいだけの話しである。

有は無より生じる、のくだりも、もしも、無をそのまま何もない、ブランク、空白、と言う意味に捉えればサッパリ意味がわからなくなってしまう。無とは無しという意味では決してないのである。無とは目には見えないという意味であり、目に見えない何物かがまずあってその言わばエネルギー体のようなものから物質が生起してくると言っているのである。つまり宇宙創生時にはすでに宇宙中にエネルギーが充満していたということである。

この原初の始原的エネルギー、母なる母胎となるマトリックス、すべての生命体の鋳型となるブループリント、この情報媒体&エネルギーをピアニストであり科学者であり哲学者であるアーヴィン・ラズロは「量子真空に満たされたアカシックフィールド」と呼んだのであるが、私はこう呼んでみたい。

この宇宙はプラズマという電子状態でつながったひとつながりの媒体である、と。そう今やプラズマという概念が私の中でヒットしスパークし続けているのである。このプラズマを気と古代中国人は表現したのだろうと推定する。もしも今、その古代中国人たちがこの世界にデロリアンに乗って現れて、現在の科学ではまだ未解明であるがすでにガン細胞がプラズマ照射されたりプラズマ培養液にさらされることでアポトーシスすることを知れば「あっ、このプラズマこそがまさに私たちが呼んだ気の実相に他ならない」とのたまうであろうと確信している。

かの偉大なるドク、ハロルド・サクストン・バー博士は40年近い数々の実験から万物が宇宙と電気的に連動していることを突き止め、動電場(エレクトロ・ダイナミック・フィールド)という概念を理論化した。デスク脇の観葉植物のドラセナの葉の表面にウソ発見器の電極をつけて、葉っぱを燃やしてやろう、と思うとドラセナが嫌がる気持ちを発見器が記録したのを機に、ヨーグルト内のラクトバチルス菌が仲間の菌が死滅する際に電気的に叫び声をあげる事をも発見し、また人の口腔内から採取した白血球が物理的に500キロ離れてもホストと電気的に交信する驚愕的な事実まで見いだしてしまったクリーブ・バクスター氏はこの生物間で行われているバイオコミュニケーションの信合系を原初的知覚と名づけた。たとえ鉛やコンクリートの壁だろうと植物はいとも簡単にこの壁を突破し貫通し意思疎通しているのである。

ビタミンCの発見者であるアルベルト・セント・ジョルジは「「細胞は電磁場を利用する複雑な生命体で、細胞壁は半導体の作用をする」といい、外科医でありながら後半生を東洋医学の研究に捧げた故・間中善雄博士は「細胞膜には遺体制として原始的信合系が存在する。この信合系をX信合系とする」と言っていた。間中もジョルジもバクスターもバーもラズロも老子もみな同じものを見、違う表現を試みたのだ。

そうなのだ。みなプラズマのプリズムが見せた一断面、その片鱗の輝きの中に宇宙の真理を見いだしたのだ。ならばもういいのではなかろうか。そろそろすべてを統合する理論を打ち立てても。まことに僭越ながら浅学非才なれど私がいっちょブチアゲさせてもらいまっせ!

「この宇宙はプラズマによって生み出され育まれ回転している」

ここに堂々の宣言を致します。プラズマ一元論の誕生です。

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2013.03.28 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 細胞宇宙

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