オレ流あんま論(風の巻)

私は中国医学における紀元前の治療が大好きであり、まずは按摩をする、という「ファーストタッチは按摩から」がキホン中の基本として身についておりそれで今までの20年間の日常の治療活動を行ってきた。それが私の指先に神を宿らせた秘訣だと自認している。按摩術を蔑(さげす)むような風潮は江戸期にすらあったのはすでに触れた通りで、それは医療から慰安(いあん)へとブレたことによって引き出されたトレンドであり本来の医療としての按摩術は蔑視されるような安易で安直で浅薄なものではないという反発が江戸期の11もの按摩術に関するガイドブックの発刊を促したこともまたすでに触れたとおりである。按摩ほど根源的で本来的で生得的で体感的で官能的で自然治癒を促進する療法はないのである。按摩こそが医療の原点なのである。しかしこの鍼灸業界においてすら鍼や灸よりは按摩などの手技が劣るかのような暗黙の差別が存在するようでならない。こんな狭く崩壊の危機のあるコミュニティーでヒエラルキーをこさえて上下関係など作っていたら本当に鍼灸指圧は未来へと永続できはしないだろう。

私が手ほどきを受けた鍼灸学校の先生たちはよく「按摩や指圧がうまい者は鍼灸もうまい」と教示してくれた。つまり按摩という手技によってまず指の感覚を鍛えよ、と諭していたのである。鍼灸指圧とは指の医療なのだから指治療に上下もなにもあるはずはないのだ。一事が万事、指センサーが発達すれば指治療は上達する。この二本の親指、ふたつの手、という自在に動かせる道具こそがどこにいてもどんな時も私たちを治療し守り命を永続してきた治療器具であったのだ。約5000年前のアイスマンが自分に入れ墨の痕跡を残す何らかのツボ治療がほどこせたのも指があったからである。旧石器時代には世界中の部族に入れ墨をする習慣があったようだが、それは鍼治療と共に広まったファッションであったとする仮説を提唱している民族学者もいるようだ。私はそんな文献や発表があったことは知らなかったがネットで検索してみたら鍼灸学会においてすでにそんな学術発表が成されていた。斜め読みしてみたところだが少し私が思うところと共通するところが垣間見えた。

アイスマンの所持品や入れ墨からわれわれ鍼灸家が引き出せる情報は貴重で膨大である。東洋医学界にとって確かに今世紀最大の発見と言えるだろう。その携行品の中には白樺の森から採集したサルノコシカケという生薬の中では最高級の上薬もあるのだ。サルノコシカケというキノコを携行食品として持参しながらアイスマンは旅をしていたのだろうか。またその所持品の中には使い方が分からない鉛筆のようなものがあるのだ。私はこれを読んだ時にスグに「あっ、治療器具だな!」と想像したのだがこれをどのように使うのかが分からなかったのだ。その課題に昨日は取り組んでみた。恐らくは世界中でこの問題に挑んだ鍼灸師は私が初めてではないだろうか、と自負している。まあ他にやった人がいたとしても別に驚かないけどさ(笑)で、何をしたかって言うと鉛筆の先の芯の部分をライターで熱くして皮膚へと触れてみた。これは焼鍼(しょうしん・やきばり)、燔鍼(ばんしん・太い鍼を真っ赤になるまで熱して皮膚へと触れる鍼術)の応用として鉛筆が使えるかどうかを確かめたのである。アイスマンが所持していた鉛筆のような道具がもしも本当に鉛筆だったとしたらと仮定して実験したのである。

実に興味深い実験であった。手とヒザと足首へと熱した鉛筆の芯を触れてみたのであるがまさに灸治療の原点を体感した瞬間であった。恐らくはアイスマンが所持していた鉛筆状の道具は自分用の治療器具だっただろうと推測する。旧石器時代では身の回りで手に入るものを使って治療しただろう。黒曜石を鋭利にすれば鍼になるし、動物や魚の骨はむろん鍼になったし使っていただろう。むき出しの自然界と接する生活では切り傷などは日常茶飯事なのでありそこが化膿すれば排膿のために切開する必要が生じるのだ。これが言わば鍼の原点でもある。鍼とは原始時代のメスであったのだ。それが徐々に洗練されていき痛みを取るという未病治な使い方になるまでにはおよそ1万年ほどの時間の厚みが加わらねばならないのだ。途方もない人体実験を経て中国において紀元前になり鍼灸按摩術は漢字によって体系化が成されることになる。アイスマン以前の時間の厚み、アイスマン以後の時間の厚みが加わった後の中国での鍼灸術の開花という視点が必要なのだ。

約20万年前に東アフリカを後にしてアジアとヨーロッパへと旅だった人類の祖先たち。彼らもまた日常においてケガやキズを負ったことだろう。彼らだって何らかの治療器具を有していたのかもしれない。医療とは人類発祥と共に存在したはずだ。でなければ命の営為を持続できなかっただろう。狩りの疲れを、採集の疲れを、旅程の疲れを癒した最初の医療は按摩であったと推測する。特に足腰の疲れが顕著だったのではなかろうか。アイスマンも坐骨神経痛で苦しんだようだ。腰椎や足首に炎症があったと解剖所見が提示されている。もしや帰る家には愛妻や愛する子供たちがいたのだろうか。弓矢の行商人であったなどという憶測もあるアイスマンであるがその実は家庭を愛する普通のおとうさんだったのであろうか。普通のおとうさんになった自分もまた今になりアイスマンには別な感情移入ができるようになってきた。旅先で不慮の死を迎えたのは無念だっただろうに。東洋医学界へと破格な情報提供をしてくれたこの「おとうさん」に線香の一本も捧げようか。

按摩の按と言う文字はテヘンに安らかと書く。安らかとはウチの中にオンナがいること。按摩のルーツは洞窟の中の原人夫婦の仲むつまじい「夫婦按摩・めおとあんま」だったのかもしれない。

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2012.11.09 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 鍼灸指圧

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