極私的按摩手引(序にかえて)

按摩術ってのは実は根源的な医療なのであり、その起源たるや2000年前の中国の古い医書「素問」の中でも第一番目の医療であるとリストアップされていたなんてもんじゃなくて、ようは猿人時代のグルーミング(毛づくろい)やノミ取りにまでさかのぼることができると推測する。実際にこのグルーミングはお猿さんにとってはとても大事なリラクゼーションなのであり快楽ホルモンであるβエンドルフィンや催乳ホルモンであるオキシトシンなどがグルーミング中には分泌されるそうである。恍惚感と母性本能、他者を認知し思いやりいたわる感情がグルーミングによって培われていると言える。オキシトシンというホルモンは女性が子供を産んだ後に母乳を与えるうえで欠かせないホルモンという意味で催乳ホルモンとしての名が有名なのだが実はこのオキシトシンの効能はそれだけにとどまらずに実に応用範囲が広くかつ重要なホルモンなのが近年に至り解明されつつある。

このオキシトシンを抽出した液をスプレー状にして鼻へ噴霧するとかけられた者は他者を信頼するようになると言う。内分泌という体内へと分泌されるだけでなくフェロモンのように働き鼻の嗅覚細胞、もしくはヤコブソン器官を通して脳へとオキシトシン情報が伝達されることで脳内ホルモンとしてのオキシトシンが連動して分泌されるのだろうか。赤ん坊の頭皮からは快感ホルモンであるβエンドルフィンのたぐいが外分泌されているなんて記述も散見される。この赤ん坊の匂いもまた母子の絆を形成し健全な子育てには欠くべからざる物質のようである。我が身のつたない体験からもそんな気がしないでもない。子供を抱くと不思議と心が安らぐということはある。いやそれだけでなく一種の快感のようなものを感じることは確かである。だから用もなく子供を抱いて逆に子供にいやがられたりするのだが(笑)多分、子供の身体からは何らかのフェロモンのようなものが発散されているのだろう。あるいは柔らかい身体の感触が猿人のグルーミングのような効果を発揮するのかもしれない。

子供や他者の体温を感じ、重さを感じ、柔らかさを感じ、匂いを感じるからこそ他者をいたわる気持ちが芽生えるのである。この他者を感じいたわることが医療の原点である。医療の源はやはり猿人のグルーミングにまで行き着くようだ。お猿さんが人間よりも知的に劣るとか考えるのは実にヒューマニスティック(人間中心主義)にして愚かであろう。野生のサルは仲間が病気になるとキンポウゲ科オウレンの根茎をどこからか掘り採ってきてその病気のサルの口中にみんなでそのオウレンを詰め込むそうである。生薬名の黄連(オウレン)の効能は鎮静、消炎、止血、健胃作用である。別に生薬のガイドブックなど知らないだろう野生のサルが生薬の知識を使いこなし縦横に利用しているのである。薬事法も医師法もサルには関係ないのだから実にうらやましいとも言える。もっとも生薬だからって安易に処方できないのは何度か触れたがこのような猿人時代からの生薬の知識の集積こそが生薬医学、漢方医学の膨大な経験知となっているのだ。

だから5000年くらいの歴史なんてもんじゃない。人類史700万年と共にあるのが東洋医学なのだ。グルーミングが按摩の起源であり、オウレンを掘り採るサルこそが生薬治療の起源である。わたしたちは何が医療なのか?何が真実なのか?何が身体に良いものか?を本来的に知っているのだ。しかし頭でっかちの近代・現代文明の教育やメディア情報によってその持てる本能を曇らされてきた。それゆえに人々は健康への道に迷いインチキ医療を右往左往するハメに陥っている。文明というくだらない垢(あか)を徹底的に削ぎ落とせば猿人の感性を取り戻すことも可能だろう。それにはまずは我が身と対話することからスタートするのが良いだろう。

身体との対話こそが医療である。その窓口はやはり皮膚なのだ。いや二枚の膜である。この「二膜の内外」に命は存在する。「生命現象とは二膜の内外における適応命理な現象である」と言える。皮膚という大きな外膜、腸管上皮という大きな内膜が人体が外界に触れる二大膜である。ここからあらゆる外部情報、物質が流入してくる。それは血液に運ばれたり、皮膚の電磁波の流れる道を伝わったり、感覚器が受容した信号物質が電気に変換されて脳神経系へと伝わったり、いろんな方法で情報が集積されてくる。それは最後には60兆個の細胞膜という小さな膜に伝わりそこで細胞内へ入れていいものかどうかが吟味され良いと判断されれば細胞膜のチャネル(開閉口、ゲート、門、ドア)が開かれて細胞内へといたることになる。そしてさらに細胞質内に入った物質や情報は細胞内小器官によっても吟味されて取りこまれると、酸素呼吸や物質合成が開始される。ここまでが外部環境から内部へといたる経路である。

これを昔の人は Door In (導引)と呼んだのだ(笑)そして物質や情報は今度は細胞膜の内側からもと来た道をたどるように出て行きその間に細胞生理に利用されていく。これを昔の人は In Door (引導)と呼んだのだ(笑)導引術(どういんじゅつ)とは二千年以上前の気功のようなエクササイズであり呼吸術であり身体操術のひとつであるが、私個人の新解釈としてのドーァイン=導引説(ちっと苦しいな 笑)でしてあまり気になさらないようにお願いします。つまり膜の内外におけるドア(チャネル)の開閉現象が生命現象なのです。膜の内外で生命は躍動しています。だから膜に触れる医療だけが「適応命理」のプロセスを促進するのです。医療とは触れることで始まります。お猿たちは実に良い医療を手にしています。人間も負けてはいられません。按(あん)ずるは押し揉(も)むこと、摩(ま)するは撫(な)でさすること。按摩=盲人ではありませんよ。だから「勝新按摩・かつしんあんま」だけが按摩ではありません。勝新太郎が主演する映画「座頭市」の按摩シーンはあんま(笑)りにも馬鹿馬鹿しくて爆笑もんです。あんなやり方じゃあ受け手の身体がおかしくなっちまう。まあエンタメに文句言ってもせんないがあれはあれで大いに問題ある。

さて按摩礼賛とはまだまだいきませんが按摩のことってあんまり(何度も言うな 笑)よく知られていないからおいおい開陳しましょうか、という気になって少し記事にしている次第です。また気が向けば取り上げます。

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2012.11.05 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 鍼灸指圧

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