ニッポン宝島

医療とは利権である。医療とは詐欺である。医療とは奴隷化である。医療とは人殺しである。医療とはマッチポンプである。医療とは人間の営みである。医療とは自身の問題である。医療とは愛である。医療とは人助けである。医療とは命の理である。医療とは崇高である。医療とは仕事である。

医療を仕事に選んだのだから素人とは違う見解に至ったのは必定であろう。そして今や色んな思いが爆発しつつある。良いのか悪いのかは定かではないがとにかく書き連ねていけばまた何か見えてくるだろうから、「そこはかとなくかきつくればあやしうこそものぐるおしけれ」の心境ですすんでいこうと思う。

言いたいことは山ほどあるのだがそのつどビリッと電気的インパルスがはじけたネタをつかまえて記事にしていきます。なるべく前記時とのつながりはもたせながら徐々に養生法の核心に迫る所存です。なんだかいきなり中途で所信表明かよ(笑)これも思いつきなんでご容赦を。

さて本題にいきましょうか。医療が詐欺であるとか医療が人殺しであると言ってもそんなに驚かない人もいればとってもビックリする人もいるであろう。ビックリした人はそれだけ深く医療カルトにマインドコントロールされていたってことで、驚かない人はマインドコントロールが解除されていて医療信仰が軽いか、もともと疑り深いか、陰謀論の卒業組か、覚醒者か、まあそんなとこだろう。どちらかと言えば本ブログは後者に向けた記事が多いと言える。本当は医療カルトに深く洗脳されている者を脱洗脳したいのだがおいそれとこのカルトから足抜けさせることは難しい。それほど医療を単純に良いものと思いこんでいる者は多いのだ。医療なんて医療者のカネモウケの為に存在するに決まってんじゃん。利権だよ、単に。そう思わせないために意味不明な医療に関する情報があふれているのが現代世界。

小説、漫画、テレビドラマ、映画、テレビのバラエティー・情報番組・特集、学校教育、ワクチン接種推奨キャンペーン、母子手帳、乳児幼児の保健指導、近代栄養学、世間に流布する常識、くだらないウソ八百の健康情報。

現代医療カルトを補強する情報には事欠かないのが今の世の中である。この中に東洋医学に関するものが幾ばくかあるかというとほんの1%にも満たないだろう。あるいは本当に良質でためになる医療の情報が万人に分かりやすく解説されるケースなどもほとんどまれである。医療情報は常にコントロールされているのだ。悪意をもって。

明治維新とは戦争準備国家だったので戦時医学であったドイツ医学を採用したことはすでに触れた通りである。別に漢方医学よりも蘭方医学のほうが優れていたから採用されたわけではない。戦場において切った貼ったに適した医学は外科や消毒に長けた医学のほうが良いというぐらいの理由でドイツ医学を国策医学とし漢方医学を蹴飛ばしただけなのだ。欽明天皇の頃西暦500年前後に韓国や中国経由で輸入されてその後1400年間をかけて洗練された日本鍼灸、日本指圧、日本生薬医学はこの明治維新の際にゴミのように葬り去られたのである。国家百年の計など持ち合わせていなかった維新の指導層は馬鹿ばっかであったのだ。この時に鍼灸医が生薬を扱う権利も剥奪されてしまう。鍼灸と生薬の蜜月すら奪われたのだ。

内側の腸管上皮から生薬の成分で癒やし、外側の皮膚から鍼灸指圧のエクスタシーな治療を施す、という内外から身体を慰撫するユートピアな医療が明治維新などというお祭り騒ぎの際に消滅しているのだ。これに言及する者はほとんどないない(だからジャンジャン俺が言うよ 笑)本当にトンデモナイ大罪を明治新政府は犯している。国家的な犯罪者だぜ、こいつらは。つうか世界にも稀に見る発展を遂げて世界に誇れる医療文化であった日本医学を解体し破壊したのだからバーミヤンの大仏をぶっ壊したのに匹敵する罪である。いやそれ以上か。漢方医とは生薬と鍼灸指圧でワンセットだろうに。まあ薬剤師なんてのは外来から持ち込まれた職業だろう。シーボルトのお目付役にビュルガーという異人がいた。日本の最初の薬剤師だそうだ。この御仁はかなり胡散臭いぜ。このへんを洗っていくとまた医療史が違った視点で見えてきたりする。まあ陰謀論の領域だが世界は陰謀で成り立っているのはもう常識でしょ。陰謀論を馬鹿にするなかれ。医療の世界こそ陰謀が渦巻くトンデモな世界であるのだからして(笑)陰謀史観ぬきでは医療史の本質は見えてこない。

「漢洋の脚気相撲・かんようのかっけずもう」なる珍事を今の時代にご存知の方はほとんどいないだろうね。これは漢方医と蘭方医のどちらがよく脚気を治すことが出来るか、という「東西医学・脚気治療デスマッチ」のこと。この勝者に明治新政府は国策医学を任せましょう、みたいな意味合いで行われた感じではあるのだが結果が政府の思惑と異なり漢方側の圧勝だったらしく「勝者無し」みたいにして脚気相撲の結果詳細は隠蔽されてしまうのだ。この一件はいろんな見方ができる珍事ではある。政府なんぞはいつもあらかじめ設定した結果を引き出すためにタウンミーティングや原発政策公聴会を開くわけで(仕込み、サクラ、やらせも抜かりなく)当時も恐らくはそんな感じだったのだろうと推測できる。ただ結果があまりにも漢方医の圧勝というまったく予想できない事態だったので困り果てた挙げ句にインペーということにしてしまったのだ。実にお粗末だわね。こんな手合いが国の指導層として威張り散らしてたんだから。今と何にも変わりゃあしない。

こんな珍事のあともめげずに漢方医たちは時の帝国議会へと漢方医を存続するための請願運動を一生懸命に行った。しかし三回も帝国議会で審議された後にアッサリと破棄しやがったのだ。出来レースだったのだ。最初から漢方医学は存続対象じゃなかったのだよ。戦争にはドイツ医学だったのだ。だから当時の漢方医たちが「ふがいない」からこんな風になったというわけではないのだ。必死に抵抗して権利を守ろうとした医人がいたのだよ。時の西洋医5千2百人、漢方医2万3千人。私たちは2万3千人の無念を知るべきなのだ。この中には秘伝や家伝によって一子相伝で師から弟子へと術を伝えてきた歴史があったのだ。当時はアルバイトを兼ねた人体生理を学ぶ機会として医師の卵たちは按摩術をよくしたのである。アルバイトを通して人の身体をくまなく触り人の肉や皮膚のもつ力を感得していったのだ。生薬を扱うには本来は経絡・ケイラクが理解できていなければ使いこなせるものではない。経絡が古い言い方ならあえていえば身体というものを皮膚を通して理解するということである。「皮膚身体観」を身につけて初めて生薬も扱えるのである。なぜ皮膚なのか?皮膚こそが身体生理の鏡・鑑・カガミだからである。今はどうか?漢方薬を扱う者たちにそんな自覚があるだろうか?とてもおっかない医学が横行しているのが今の世の中である。

生薬医学と鍼灸指圧がワンセットであるのには理由があったのだ。「内外の膜はひとつながり」なのである。腸管上皮と皮膚は口と肛門を境界としてつながっているのだ。だから皮膚を按摩することで内膜へと意識を働かせることを覚えたのだ。皮膚を触ることで内臓の病変を感知する能力を養ったのが按摩術であったのだ。医師のアルバイト、修行にすらちゃんと意味があり、それもふくめての漢方医の歴史であったのだ。この日本における漢方医たちの錬磨の歴史まるごとを明治維新は捨て去ったのだ。少しは失ったものの大きさが理解できましたでしょうか?言いたいことのまだほんの一部ですがこのへんで本編を引き取りましょう。

医療とは歴史である。医療とは積み重ねである。医療とは錬磨である。医療とは修行である。医療とは財産である。医療とは文化である。医療とは宝である。

宝船はまだ帆を広げたばかりです。

スポンサーサイト

2012.10.30 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 鍼灸指圧

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

«  | ホーム |  »

プロフィール

kouhakudou

Author:kouhakudou
FC2ブログへようこそ!

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR