常識を疑う

昔と言ってもそんなに昔じゃないけどその昔(笑)東大の先生が「スポーツは体に悪い」って言い出したら少し話題になった後にアッサリとメディアからいなくなりこの話題も結局は一般化しなかったんだけど、いや本当にスポーツなんざ身体に悪いんだぜ。いいことなんてひとつもない。いやひとつくらいはあるのかね、よく知らないけど。だってスポーツみたいな事をやってる野生の動物は皆無。彼らはエサが欲しい時と外敵から身を守る場合にだけ瞬間的に走ったりするそうだ。それ以外の時はノンビリしてるのよ。人間だって本来はそうやって生きてきたのだ。エサのために狩りにでかけ、果物や実を採取するために野に出かける。それが運動であり労働であったのだ。たくさん採れたり大物を仕留めたら保存したり分け合ったりして共生して生き延びてきたのだろう。東南アジアの島の洞窟からマグロやカツオの骨がたくさん見つかってどうも1万4千年前の人類がすでにマグロやカツオを捕獲して食べていたことが判明したと少し前にニュースされたけど、あの巨大で時速80キロくらいで泳ぐマグロをどうやって捕ったのかたいへん興味深いのである。

もとい、そんで関節に過度な負荷を与えれば関節が痛むに決まってるじゃないか。ただでさえ四つ足の状態から二本足の竹馬に乗ったようなアクロバティックな仕草を取り入れたのが人類なのだからそれだけで腰に、膝に、足首に負担が来るのである。人間のプロポーションは35%の両足で残り65%の上屋(うわや)を支える構造である。腰に重心があるのはこれでスンナリ理解できようが、結局歩く、立つという行為は65%を股関節、膝関節、足関節で分散して支えるということであり、つまりはいつもそこに負荷がかかり続けるということを意味するのである。それで長い間の立ち仕事が老境にさしかかると膝や股関節の痛みとなったり、腰が曲がってしまったりという老人特有のプロポーションを形成することになる。曲がった部位や痛む部位にその人の生きてきたアカシが刻まれるのである。

労働が果たして素晴らしいことなのか、そうでないのか、は分からないけど、身体という観点で見れば労働とは関節に過酷な事業であることはたしかである。身体を動かすことを推奨するスポーツなるものは本当のところ人間の身体生理や関節構造を理解したうえでそう言っているのかはなはだ疑問である。関節が重要な部位であり白血球造成器官であり骨の膨らんだ関節骨頭を大切にしいたわることは免疫の視点からも極めて重要なのであり、まだ身体が十分に発達していない子供を長く歩かせるだけで免疫が低下して風邪のような症状を呈する場合が多々あることなどほとんどのスポーツ指導者は知らないだろう。小さい時から過酷なスポーツなどで子供をしごいては絶対にいけないのである。

それなのにウラン利権主催のオリンピックなど見せられればスポーツで一旗揚げようなんて思う子供や親が出現しかねないのだ。スポーツは良く言うように世界の民の目をもっとも大事な世界支配層の奸計を探るというトッププライオリティ(最優先事項)から目を逸らさせるための目くらましであり、まさに3S政策の一環に過ぎない側面もあるのである。もちろんそれだけではないし、純粋な動機から求道者のごとくひたむきに打ち込む姿は人を感動させその本人を向上させることもまた事実であろう。しかしやはり漁業や農業に従事する方々の日に焼けた肌こそ私には美しく感じるのである。

過度にスポーツを礼賛しない。スポーツはあくまで好きで趣味でやる人、仕事としてスポーツする人には文句を言う筋合いではないが、万人が健康のためにするものではないことだけは確かである。

結句、スポーツは身体に悪い場合もある。関節をいたわりますように。

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2012.09.17 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 身体操法

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