草木虫魚を友とする

市販のヨーグルトの中で生きているバクテリアであるサーモフィルス菌やブルガリクス菌は同じカップ内で暮らしていた仲間の菌たちの命の危機を察知する。パーティー会場でにぎやかな宴が催されている最中にバクスター氏はスポイトに残って付着していたサンプル用のヨーグルトをひとしずくウォッカトニックのグラスに落としてかき混ぜた。すると5メートル離れた位置にあった電極をつないだヨーグルトに劇的な反応が起こり記録表のペンが大きく揺れ動いたのだ。パーティーという喧騒の中で様々な多用な刺激と情報が飛び交う空間においても仲間の菌たちの命の危機と絶命ということに注意を向けて反応することはかなり高度な知覚と呼んでもいいだろう、とバクスター氏は解析している。

人間も多くの情報の中から意図的に情報を選択して注意を限定して行動しているのだから人間なみの知覚をバクテリアも有していることになる。いや、バクテリアなみの知覚を人間も有しているという言い方の方が正しいだろうか。シャム猫のサムの大好物であるローストチキンが腐敗菌にいくぶんか侵蝕されていた。そのローストチキンの切れ端をサム愛用のお皿に乗せたその瞬間に電極をつないだヨーグルトにまたもや大きな反応が現れたのだ。一般的には悪玉菌と呼ばれる腐敗菌の危機を善玉菌と呼ばれる乳酸菌が敏感に感じ取っているのだ。悪玉菌と善玉菌はまるで話しでもするようにお互いに意思疎通を行っているようである。いや実際にそうなのだろう。そうして絶え間ない情報交換がバクテリア界でも飛び交っているのだ。

鶏卵に電極をつないでおく。飼い猫のサムは気まぐれで望まない時にヒトに抱かれることを良しとしない。午前3時35分、真夜中の研究室は静まりかえっていた。バクスター氏は隣の部屋のサムをいきなり抱きかかえて廊下を歩いてみた。その瞬間に実験室の電極をつないだ鶏卵はサムが爪をむき出し目を真ん中に寄せたこっけいな顔で飼い主に向けて表現した「今は抱っこされたかないの!」のいやがる感情を受信したのである。グラフにはくっきりとその反応が記録されたのだ。トムとジェリーじゃあるまいし、ネズミでもない有精卵でもない鶏卵がネコの感情を察知するって?どうもそうらしい。

鶏卵を熱湯に落としてゆで卵にする。鶏卵の断末魔の叫びを部屋に居合わせたセントポーリアが聞いてしまう。このセントポーリアはその後どうしたことか2年間も花を付けなかったのだ。鶏卵と植物が意思を交流している?どうもそうらしい。

鶏卵は孵化器の中の3日目の鶏の胚と同じく1分間に175回の周期で電気的に振動をしている。動電場という鋳型(マトリックス)。生命を生命たらしめる命の青写真。無精卵の玉子にも鋳型が振動し脈打っているのだ。生命はワンネス(一体性)なる意識界もしくは動電場界で生かされているようだ。

教育機関では通常の生理学や生物学、物理学しか習わない。しかしそれだけでこの世界は成り立っていないようなのだ。いやそれだけでこの世界は説明し尽くされていないのだ。そうパラダイム(枠組み)を拡大してみようじゃないか。既存のパラダイムという子宮から今あらたな生命が発生しそうである。産声が聞こえたようだ。元気な声である。

我々は無限の意識界で生きている。もしかしたら生物も無生物もすべての存在が意識をもち回転し振動しているのかもしれない。そして万物は交流しリンクしつながっているのだ。万物と春をなす、とは老子の言葉だろうか。そう万物は交流し接合し無限のエクスタシーを奏でているのだ。モノリスへと突入した宇宙飛行士ボーマンはそこで何を見たのだろうか。インフィニティーとの出会い。ヨガにおけるエンライトメント体験では仙骨のチャクラが開きクンダリーニという蛇に似たエネルギー体が脊髄上を貫通し上昇していくという。あるヨガ実践者はクンダリーニ体験後に仙骨付近が火傷状になりそのエネルギーの流れに翻弄されて死線をさまよったという。安易に開けてはいけないのが生命の秘界である。ボーマンの見た世界とはそのクンダリーニ体験であるとはその行者の言葉である。

肥田式強健術の創始者である肥田春充翁も山中の修練のさなかに身体を光りが貫いて悟入する。それは高貴な宇宙との一体感であったようだ。その後は超人的な能力が開花する。しかしそれはやはり秘界でありそれを目的に修行を積むなどは本来の目的ではないのだろう。そうした肉体を通した個人的な悟りは本人のみの悟りであり、大勢の人間が悟りとは何なのかを理解することにはならない。彼が得た悟りって何だろう?と想像するしかない。特殊な修行をしないと、特殊な経験をしないと悟れないのだろうか。坐禅をし続ければ悟るのだろうか。千日も山をさまよえば悟るのだろうか。個人的な悟りでは啓蒙のしようがないのだ。

そんな「悟り啓蒙問題」がバクスター氏の40年の実験記録により払拭できてしまうのだ。バクスター氏は東洋でいうところの「悟り」という「ボーダーレスな差の無い宇宙」の一端を記録表に刻印し続けたのだ。有り難や、有り難や(笑)バクテリア同士が交流し、大腸菌がヒトの会話に反応し、植物が人間やイヌの感情を感知し、500キロ離れても白血球は持ち主の感情の揺れをトレースする。人間同士だけでない動物と植物という生命界の種をも越えて、500キロという空間の隔たりをも超える包括的な意識界。そのような客観的な事実を理論的に理解し実感することで万人が「悟り」という課題を履修できてしまうのだ。バクスター氏の発見は万人の納得できる「差取り」の立証である。

差のない、支配のない、万物がこの宇宙に生まれた生を享受できる社会。それこそが安藤昌益が望んだユートピアだろう。そこへと導くソフトが今生まれたのである。科学的に悟りの世界は立証できているのだ。植物界と仲良くしなければ文明は行きづまる。映画「アバター」のメッセージともリンクしています。

みんなミトコンドリアイブの子供。人種などない。

行きましょうよ、そろそろ、みんなで仲良くさ。

調和した悟りの文明へ。

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2012.08.04 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 墨興安国論

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