ボーダーレス

いわゆる人種差別なんてものがあるようであるがミトコンドリアイブまでたどればたった一人の母なる母からすべての人類は生まれたことになる。実際は7人のイブに集約できるなんて説もあるがそれもおおもとは一人のイブからってことだろう。現代人にいたる17万年前の母なる母。その大いなる母・グレイトマザーの子供であり兄弟が現存の人類すべて。なにが人種だってぇの?人種じゃなくて環境適応の結果が肌の色の違いであり体型や容姿の相違に過ぎないのだ。強い紫外線に曝されれば肌はDNAを守るためにメラニン色素を増やして黒色に変化する。その変異が長期間に渡ると獲得形質が遺伝する。これがアフリカ系の人々がブラックビューティーな肌を持った経緯。

北欧の日照不足な環境に適応すればノルディックな白色の肌になり寒気をいったん鼻腔に溜めて温めて暖気に変換し肺へと温かい空気を送るために高い鼻梁が形成される。身長が長大になったのも日照不足が原因だろうか。日照は成長やバイオリズムに関わるホルモンであるメラトニンやセロトニンの生成と関連するし、日光は光合成細菌が祖先であるミトコンドリアにとっても欠かせない栄養源である。その少ない日光を効率的に確保するために皮膚の表面積を増やそうと身体が長大化したのだろう。白人と黒人の差とは単なる環境適応の違いに過ぎないのである。

黄色人種はその中間だろうか。ほどほどの日照と湿気が多いアジアの風土に適応した結果、黄色の肌を持ちやや小柄で鼻がいささか低いナリとなったのだろうか。ことほどさように人種などないのである。あるのは単なる環境への適応だけなのだ。そんな単純な生物学的な基本を教えずに中学校の社会科では「ニューヨークは人種のるつぼ」なんて教える。そういう単細胞な洗脳はもう止めた方がいい。人種などないのだ。人種などない事が理解できれば無用な国家間紛争は軽減するだろう。部族間の争い、人種間の紛争、すべては「あいつとオレは違う」という「違い」による排他思想のなせる業。実は違いなどないのだ。違っていると思わされているだけで人間はみんなグレイトマザーの子供で兄弟で仲間なんだ。それに気づけば無駄な排他思想は消滅する。「兼愛と非攻」の心が自然に芽生える。戦意が消え去り刀は自然に手から落ちる。

そう私たちはみんな母なる母の子供なのだ。兄弟喧嘩ばっかりここ2000年やってきた。とっても仲の悪い兄弟たちだ。いい加減に気づけよ、みんな兄弟なんだって。姉に向かってナイフを投げ、弟に拳を振り下ろし、兄に原爆を投下し、妹に放射能をぶっかけている。それが我々の真の姿なのだ。グレイトマザーは草葉の陰でずっと泣いてきた。なんでお前たちは解らないのだ。肌の色が違おうと体型が異なろうと思想が少しは違おうとみんな私のお腹からでた子供なのにって。母性文明。我らグレイトマザーの子供たちが真にその偉大なる母の意をくみ取った時に次なる平和な文明がスタートするのだ。もうその時期は近い。いやそのような母性文明をもう一度みんなで構築するのだ。今は下ごしらえの時期。

そうするべきソフトをまずはインストールしなければならない。人類が文字通り人種の差などがないという「差取り」を悟ることが共有できればそれで大幅な進歩が約束される。日本の内部においても世界支配の手先だの、パシリだのポチだのと「口撃」激しい人物がいる、あっ、オレか(笑)そうかもしれないが所詮は銀河系の外から俯瞰すれば虫けら以下というか塵・チリに過ぎない存在なのが我々すべてである。チリとホコリが紛争したってね、あ〜た、ホウキでさっさと掃いておしまいよ。まあそうなんだけど当面の問題は人類の意識のパラダイム・シフトまたはパラダイム・ジャンプが喫緊の課題。

ウソ発見機(ポリグラフ)の第一人者で元CIA尋問官であったクリーヴ・バクスター氏はふとしたきっかけでデスク脇の観葉植物ドラセナにポリグラフで使う皮膚電気反応計を装着することを思いつく。それはほんの遊び心からの発心であった。そして人間が恐怖を感じるように植物ももしかしたら恐怖を感じるのだろうか?という素朴な疑問を実験することを試みた。まず始めに熱いコーヒーを電極を取り付けた葉の横の葉に垂らしてみた。無反応。記録表には変化が見られない下降線のみが印字された。それから14分後にバクスター氏は頭の中でこんなことを思いついて考えた。「マッチを持ってきて電極の葉を焼くのが恐怖を感じさせるのには最適だな」と。するとバクスター氏から1.5メートル離れた位置にあるポリグラフ装置の記録ペンが表の一番上まで跳ね上がったのだ。声を出して話してもいないし、バクスター氏から4〜5メートル離れた位置にあるドラセナの葉を触ったわけでもない。無論まだマッチで火を起こしそれで葉を焼いてもいない。ただ「葉を焼いてみよう」という明確な意思を心に持っただけなのだ。

この衝撃的な一件からバクスター氏は言ってみれば「生命体の心の揺れを計る実験」を、植物から乳酸菌や大腸菌、藻類などのバクテリア、鶏卵、肉片、人間の白血球、人間の血液へとその範囲を拡大していく。そして既存の科学界からは抵抗を受けながらもある確信へと到達する。そうすべての生きとし生けるモノはすべて何らかの意識を持ち受容し発信していると。東洋の仏教が諭してきた「山川草木はすべからく仏である」というワンネスの思想が科学的な客観的なデータとして記録表に刻印されたのである。偉大なる母グレイトマザーの子供の中にはたまに優秀な子供が生まれるようだ。東洋の叡智と西洋の実証科学がここでめでたく融合するのである。そうこの地球上に生を受けた生き物は、いな、この宇宙上に命を授かったモノはすべて一つの意識体に包まれた大いなるワンネスな存在なのだ。生命とはつながりリンクし交流する存在だったのだ。

ヨーダは言った。「ほれあそこにも、ここにもフォースがある」と。このフォースという言葉を意識と置き換えたらどうだろう。動電場と置き換えてもいい。そう私たちは無限の意識界でつながり動電場という宇宙をくるむ繭の中で生かされて存在しているのだ。慈愛。宇宙には愛が満ちている。それなのに私たちはいまだに「兼愛」も「非攻」も履修していない。

クリーヴ・バクスター氏はこのような生命間の意識の交流を「原初的知覚(Primariy Perception)」と呼んだ。故・間中善雄博士は人体に遺体制として残存する情報受容機構を「原始的信号系」とし、未知なるという意味でXを頭文字にし「X信号系仮説」を唱えた。生命現象に謙虚に対峙した東洋の碩学と西洋のサイエンティストが見事なフラクタルリンクを奏でています。そしてハロルド・サクストン・バー博士は「動電場理論」を提唱して生命体が全宇宙と電気的にリンクしていることを立証した。

人類史だけを見ればそこには母なる母である偉大なるミトコンドリアイブの愛がずっと降り注いでいる。ミトコンドリアDNAは連綿と母性を通じて母から娘へと受け継がれてきた。女性はこの偉大なるグレイトマザーのDNAの継承者なのだ。もっと威張っていい。もっと発言していい。女性こそが文明転換の鍵を握る種族なのだ。

バクスター氏やバー博士の知見から得られた真理とは私流に解釈すれば、「この世の中は宇宙の愛によってつながっているということ。この宇宙はひとつのユニットでありその証拠は容易にデータとしても抽出できる科学的に検証可能なものということ。科学と宗教は相容れないものではなく融合すべきであるということ」だ。

大いなる愛によって我々は存在している。その事実を鑑みるときにはじめて母性文明のスタートが始まるだろう。

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2012.08.01 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 墨興安国論

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