スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--.--.-- | | スポンサー広告

アンチ共生




だいぶ寒さが緩んできたと思ったら、

今度は花粉の襲来だ。

およそ自然界と人間は折り合いが付かない。

だけど、いちいち文句も言ってられないから、

その場、その場をしのいでなんとか生きている。

一時期から、共生だの、エコロジーだの、

持続可能社会だの、というなんだか

自然崇拝の延長のような思潮が

ドヤ顔で幅を利かせるようになった。

はぁ? 

自然ってそんなに慈悲深くヒトに優しいかい?

俺はちっともそんな風には思わん。

いきなり大地震を起こして、

大津波を引き起こし、

このあいだ7年前には東北の地で、

数万人の貴い命が奪われたばかりだ。

あおりをくって原発がはぜて、

住み家を追われた大勢の住民も、

いまだに住み家を追われたままだ。

自然が慈悲深く優しいのなら、

こんな仕打ちをするわけがない。

だいたい地球の歴史を見れば、

これまで夥しい生命種が38億年のあいだ地球の

自然変動に翻弄され、大量の種が絶滅したことなど、

ちょっと調べればわかることだ。

なのに、なぜ、共生だの、エコロジーだの、

という言葉がこれほどもてはやされるのか?

まあ、単なる流行り言葉、トレンド、

流行語大賞という程度のものと私には思える。

時代のキーワードを念仏みたいに唱えていると、

それなりに需要があるから、ただそうしているだけだ。

共生なんてキーワードには深い意味は特にない。

ただ漠然と思考停止にお題目を唱えていると、

なんだか気持ちよくなって、

いいことを言ってる気になって、

誰かがそれを称賛してくれるから、

そうしているまでだ。

自然は常に恐ろしい魔物だ。

いつなんどき自然が刃を向くか、

常に気をつけていなければならない。

自然は恐ろしいテロリストだが、

人間はとても脆弱な存在なのだ。

だから人間は自然に優しくなんか一切しなくていい。

ただひたすら人間は人間にとって

快適な環境を生み出すことだけに専念するのだ。

人間が人間にとって快適な環境を

本当に生み出そうとする時、

少なくとも人間が住む範囲の自然環境は

クリーンになり、人間の健康度は助長されるだろう。

つまり自然に優しくするためにエコロジーを

するのでは決してない。

自然に優しくするために共生するのでもない。

人間に優しくするためのエコロジーであり、

人間に優しくするための共生なのだ。

俺は最近、そんな風に考える。





スポンサーサイト

2018.03.05 | | コメント(0) | トラックバック(0) | NOISE&VOICE

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

«  | ホーム |  »

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。