ボディ・スキーマ




このブログでは今や時流から外れて

まったく旬のネタではないが、

『気』について多くの論考を繰り広げてきた。

ただそれは思いつくままに繰り広げてきたので、

そろそろ一定の見解を示したほうがいいか、

それとも、まだダラダラと結論は先送りにするか。

と今考えたら、やっぱり結論は先送りにすることにした(笑)

どうせ、結論なんか出ないし。

それで、ちょっと前から気になったのが、

ボディ・スキーマというもの。

直訳すると身体図式みたいになって、

意味がよくわからなくなるんだけど、

わかりやすく言えば

『自分のボディの輪郭線』くらいのイメージ。

どういうことかというと、

クルマでトンネルを通過する際に、

思わず首をすっこめたり、

山高帽をかぶって鳥居をくぐるときに、

やっぱりついうっかり首を引っ込める、という

言わば自分のボディラインの感覚が

延長すると脳が勝手にそれを錯覚し、

その通りに身体が動いてしまう、

そんな現象の際にボディ・スキーマという概念が

持ち出されるのだ。

だから釣り人のボディ・スキーマは釣り竿から釣り糸、

そして釣り針の先まで延長されるし、

ヤマイモ掘りの名人は穴掘りの道具の先に、

野球のピッチャーはボールに、

イチロー選手のボディ・スキーマはバットの先端から、

たぶん野球場の広さに、

宮本武蔵は山のてっぺんに居て、

ふもとに来た刺客が見えたというから、

武蔵のボディ・スキーマは山全体に、

拡張し得ると言える。

私の指先はいつの間にか患者の体から抜け出して、

大宇宙に広がることもある。

ボディ・スキーマの典型的な例が、

大人が子供に向かってコチョコチョやる仕草だ。

触ってもいないのに、

子供は大人が離れたところからコチョコチョと

こそぐる仕草を手でやると、

それだけでくすぐられたように感じて、

ゲラゲラと笑う。

これも脳が勝手に反応するボディ・スキーマだ。

気功師たちは身振り手振りで相手に気を感じさせる。

果たして本当に気が出ているのか?

この現象はまさに子供に対してのコチョコチョの

ボディ・スキーマと同じ現象と解釈できないだろうか?

というか、そうした要素も当然含まれるはずだ。

気とは何か、と問うとき、

わたしたちは安易にそうした実体としての気が

当然のことあるという前提で話をしがちだ。

だが、ここにボディ・スキーマという概念を

導入すると、また様相が一変する。

今言ったような事を言い出すと、

ガチガチの気の信者たちから猛反発を喰らいそうだ。

だが、このブログの読者はわずかに100人程度。

リアクションは恐らくは皆無だ。

ボディ・スキーマという概念は、

いろんな意味で面白い。

ヒトの意識はもしかしたら無限大に

拡大できるのかもしれない。

そしてその拡大した意識がもしも情報交換に使えて、

キャッチできたら?

インターネットを越える巨大な

ボディ・スキーマ情報ネットがその先に広がってくる。

案外、そんなボディ・スキーマ情報ネットを

すでに人類は使いこなし、

私たちは知らず知らずそれを活用し、

普通に暮らしているのかもしれない。





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2018.03.01 | | コメント(0) | トラックバック(0) | NOISE&VOICE

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