真実の光り




人間の体の事なんか、

ほとんど何もわかっちゃいない。

だけど、そんな本当の事を言えば、

あらゆるアカデミズムの威信が失墜する。

だから、そうは言わないで、

医学は日々進歩していると、騙しているのだ。

もちろん現場の水際の医療技術は、

テクノロジーの発展もあり、

むかしを思えば格段の進歩を遂げている。

でも、だからと言って、

体の事がむかしよりも、よくわかってきたわけではない。

とくに自然治癒なんてものは、

サッパリ、わからん部分。

トカゲの尻尾が再生するように、

カサブタが出来ると自然に剥がれ、

新しい皮膚や肉が盛り上がってくる。

このメカニズムも、いちいちエビデンス的に

説明できるのだが、だからと言って、

自然治癒を促進する方法は、

まだ開発されていない。

受精卵が十月十日で赤ん坊になるのも、

それを操作することは不可能。

そうして摩訶不思議な母体生活を終えて、

ひとはこの世に命を授かる。

生老病死。

生まれ、老い、病み、死ぬ。

これを仏教では四つの苦しみと説くそうだ。

だが、このなかの「病み」だけは、

予防も治療もできる人間が介入できる部分だ、

と昭和初期に活躍したある鍼灸師が言った。

その鍼灸師も残念ながら最後は病に倒れた。

人間の力は、たかが知れている。

医療の力も、たかが知れている。

西洋医学も東洋医学も素晴らしい。

だが、いまもって生命は摩訶不思議な

得体の知れないカオスなのだ。

エビデンスを寄せ集めても生命は出来ない。

生命はあらかじめ勝手に生命なのだ。

その生命に翻弄されず、振り回されず、

生命に手綱をくくりつけ、

生命を自在に操れたら?

その時、わたしたちは

生老病死を超越できるのかもしれない。

いかにすれば、生命に手綱をくくりつけられるのか?

それは生命と真剣勝負をするしかない。

私は25年間、治療師として生命と真剣勝負をしてきた。

負けたことのほうが多いが、

時に快勝する時もある。

なぜ負けて、なぜ勝てたのか?

それは生命のみぞ知ることだ。

だが、この人間の体には特有の構造的欠陥があり、

その構造的欠陥部分をどうにか未然に

手当てできれば、恐らくは、

かなりの症状疾病の予防効果が見込める。

そのくらいは見えてきた。

人体の構造的欠陥とは頭が重いことと、

腰で自重の65%を受け止めるという

この2点だ。

美形のロック・スターも、頚椎症候群で苦しんでいるそうだ。

一級で一流でも、人体の構造的欠陥のことは、

知らなかったようだ。

惜しい。あまりに惜しい。

いや、じつは世界のどんな大富豪もインテリも、

人体の構造的欠陥については知らない。

なぜか?

それを知ることができるのは、

俺のような人間だけだからだ。

メジャーとか、ガクレキとか、

そんなものはいっさい関係ない。

真実を知るには生命と真剣勝負あるのみ。

そこを経たものにしか、

真実の光りは見えない。




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2018.01.04 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 養生クリエイター

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