気竜のように

杉田玄白が解体新書を書いたことを知らぬ者は恐らくはいない。

ほぼ100%の日本人は杉田玄白がなにをしたか、

を学校教育で習い、常識としている。

さて、それで、その杉田玄白はなにゆえに

解体新書という翻訳本を書こうと思い立ったか、

というと、西洋からもたらされた解剖学の本に

描かれた内臓の図と、実際に杉田が見た

人間の死後解剖した内臓の姿が、まったく同じであり、

それが漢方医学の教える臓腑の図とまったく一致していない

ことに愕然としたからだ、とされる。

杉田は、推測するに、べつに漢方医学を糾弾したくて

解体新書を書いたのではないだろう。

ただ、正しい人体の内臓観を広く世間に知らせること。

それもなるべく早くそうすること。

その一念のみで行動した結果、途方もない難事業で

あった翻訳という仕事をわずか4年ほどでこなし、

解体新書を世に問う偉業を達成したのだ。

解体新書に先駆けて、鍼医の山脇東洋が「臓志」という

解剖図を掲げた書物を先行して発刊していたことは

記憶に留めておいてほしい。

それで、こうした正確でリアルな人体内部の臓腑の姿が

明らかになった時、なぜ日本漢方や日本鍼灸のなかに、

それでは、実際の人体内部と経絡を相関させて、

ありもしないサンショー経やシンポー経は速攻で廃して消去して、

あらたな実際の解剖図とピッタリと一致する経絡学説を

創設する動きが芽生えなかったのか?

というこれまでに自分が思いもしなかった疑念がここ数日で

浮上してきた。

もしも杉田玄白が解体新書を発刊した時に、

日本漢方界、日本鍼灸界が中国から伝えられていた東洋医学の

五臓六腑(六蔵六腑)の臓腑観を書き換えて、

現実のリアルな人体に即した経絡図を描き出していたら。

もし、それが実現していたら、日本鍼灸は中医学から完全に独立した

世界初のリアルな東洋医学を樹立できたことだろう。

そんな事を思うにつけ、

東洋医学がなぜ西洋医学と融合できないか、の原点を

わたしはこの杉田玄白とその周辺に見て取った。

では、いまの自分に何が出来るのか?

今後、どんな情報を自分が発信していけばいいのか?

それは現時点では未定だ。

ではあるが、それなりの目標が見えてきた。

ほんとうの意味で東洋医学を一般化し、未来に永続させるためには、

これまでに東洋医学界に溜まりに溜まった汚泥とも膿ともいえる

恥部や欠落点や破損箇所を徹底的に洗い出し、

目張りをし、修正を加えて、オートファジーのように

クリーニングをしなければならないのだ。

中医学の教科書にすら、例えばシンポー経とサンショー経の扱いについては、

とりあえず、そういうもの、として扱え、と書かれている。

はぁ? なんのことだい? ひとをバカにするにも程がある。

ありもしない臓器に伝達される経絡って、いったい何なんだ?

そして、もしも、本当にそんな経絡があるとしたら、

ありもしない臓器ではなく、どの臓器にそれは伝達されるのか?

こういう基本的な問いにすら、なんら答えることなく、

漫然と古典医学を素直に学べ、だって?

おれには、そんな体質がものすごくイイカゲンに思える。

本気で生身と対峙すれば、経絡などある意味、概念に過ぎない

ことがわかる。一点への刺激がキレイに直線をトレースして、

それがある特定のひとつの臓器にストレートにヒットする?

そんな漫画みたいなことは現実の体壁では起こりえない。

一点への刺激は波及的に全身のすべての細胞へと伝播する。

場の医学、においてはホログラムに「一即全」だ。

この量子論的なホログラムな経絡観では、

あまりに包括的過ぎて、個々の病変・症状へのアクセスに都合が悪い。

よって、苦肉の策で誰にでもわかるように、

また誰にでも使いやすいように線形的な経絡学に

ディレクションされた、というのは私の直感から来る予想に過ぎない。

でも、けっこう図星、当たっているように思うが、

どうだろうか。

そうした誰でも使える経絡学を作る過程で、

六蔵六腑で統一したほうが、キレイにまとまるから、

シンポー経とサンショー経が捏造された、と見ていいだろう。

こんな風に俯瞰していくと、現場の直感から、

本当のリアルな経絡像が描けそうだ。

杉田玄白が解体新書を書いてリアルな内臓観を一般化した。

それとおなじように、ハリィー今村は、

リアルな経絡像を描くことで、

果たして東洋医学界に革命をもたらすことができるのか?

うん、たぶん、無理だね。

エッ、諦めるの、ハヤッ(笑)

石頭業界を甘く見てはいかん。

ひとは自分が築いた価値観を崩されるのをとことん嫌う。

それが権威筋の立場なら、さらに強い。

そういう意味ではすでに固定化した組織で、

自由な発想など許されないのは自明だ。

指先の奥底にダイブして、

コリの底で気竜と共に泳ぎ、浮游し、飛翔した25年余。

わたしにはわたし独自の経絡観がすでに芽生えてきている。

しかし、その自由な発想は、恐らくは発表すれば、

徹底的な反発を招き、STAP細胞よろしく潰される運命が待ち受けている。

ゆめゆめ、独創的な発想で注目を浴びよう、などと思わない方がいい。

そう、間中博士も警告していたじゃないか。

メスメルと同じ運命になると。

でも、やはり、わたしにとって、

ツボは点であり線であり面であり場であるところの、

「ツボ=全」な量子論的なホログラムな経絡像こそがリアル
なのだ。

杉田玄白はその偉業で歴史に名を遺した。

馬骨無尽、今後の奮起で歴史を変えることができるか?

まっ、べつに歴史なんざ、アタシにとっては、

どうでもいいんだけどね。

ようは鍼灸指圧を古典の呪縛から解放して、

もっと自由に羽ばたかせたいだけさ。

そっ、気竜のようにね、ふふ(笑)

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2017.07.03 | | コメント(11) | トラックバック(0) | 養生クリエイター

コメント

一番乗り

ダハハ。

ちょっと、思いついたことをメモしておく。

認知症の原因物質のアミロイドβタンパク質という変性タンパク質は40代から脳内に溜まり出す。

おれも47歳。認知症の予防は、まさに今から、いや、今でしょー。

で、物忘れというか、いいことを思いついても、アミロイドβタンパク質が記憶を邪魔して、あとで、思い出せないと、もったいないからね。

それでと、アッ、なんだっけ、なにを書くつもりだっけ、ほら、もう忘れてる、

ヤバッ(笑)

そうそう、思いだした。

アタシの浅学非才の脳内データには、中医学の教科書に、

気の実態を克明に記述したものを、寡聞にして知らない。

コレって、そもそも、とんでもない問題だよね、と思いついたわけ。

あぁ、良かった、思いだして(笑)

ただ、気がどうの、気をどうしろ、とは書かれているけど、

その気をダイナミックに絵としてイメージできるように文字で描出したものを、これまで読んだことがない。

気ってのは、わたしが感得した気竜のように、とてもダイナミックでエネルギッシュでファンタジックな

七色に光り輝きながらビームをそこら中に放射しつつ飛翔する、まるでキングギドラみたいな実態。

あるいは体壁筋肉系の海面を飛び跳ねるドルフィン、一匹のイルカ、エンドルフィン。なんとかラッセンという画家の描く絵かよ(笑)

絵なら、静岡県立美術館が所蔵する伊藤若忡の樹下鳥獣図屏風みたいな、いやミホミュージアムのゾウとクジラの屏風か、はたまた、郡虫図のラセンのフラクタルか。

あるいは、曾我ショウハクが描く群仙図屏風のサイケデリックな世界か。

いや待てよ。そうだ。ヨーダが泥中から飛行機をフォースで吊り上げたっけ。

つまり気とは動きなわけ。

それなのに、文字で描かれた気の記述には、そうしたダイナミックな動きが、これっぽっちも感じられない。

スタティック、な静止画像ばかりのカッチカチ、コチコチの文字世界。

これは文字の国、漢字の国、中国が文字を重視して情報を伝達したことに起因するのか、どうか。

でも、中国絵画の南宋画には、気を表現したようなまるでホカホカと湯気が出ている臓器みたいな山水画もあるし、

太極拳にしても、その動き、それ自体がまさに気を表現しているようにも見える。

文字ってのは、平面にへばりついた二次元だから、気という立体の3Dな躍動を表現するには、ふさわしくないのかもしれない。

いまはコンピューターグラフィックで、どんなSFもリアルに近づけて見せることができる時代。

だから、わたしの気竜も、そうした映像媒体で動かしたほうが、うまく伝達できそうだ。

と、朝から認知症予防のためのメモを記してみました。

朝日が出ております。

しかし、いきなり、昨日から、超アツイね!

2017/07/03 (月) 05:44:54 | URL | 今村光臣 #- [ 編集 ]

あと1個、メモっとく。

江戸期の漢方医の安藤昌益は、あらゆる学説、論理をすべてハリセンでぶっ叩き、

崇高なる釈迦や仏陀や老子など、並み居る聖者賢者の教えにも、ぜんぶダメだしをして敵に回し、

とうぜんのこと経絡説もディレクションせよ、と唱えた。

これぞ革命家と呼ぶにもっともふさわしいラディカリスト、それが安藤昌益だった。

ただ、安藤の経絡説の見直しは、いささか中途半端であったと、いわれている。

その意気や良し。で、その衣鉢を継ぐは、

現代に安藤のスピリットを体現せんとするこちとらハリィーの坊やだぜぃ!

安藤さん、アンタがやろうとした一部は、アタシが果たします。

経絡説を盲信せず、実体の気を見つめることで、新たな経絡像を描き出す。

そのくらいのことは、オレがやらねば!

2017/07/03 (月) 07:22:32 | URL | 今村光臣 #- [ 編集 ]

すごい猛スピード、破壊力、、

インスピレーションが多すぎて、
アタマがウズウズウズまきまきするぅ~。。

2017/07/03 (月) 08:04:06 | URL | 瓜食めば #- [ 編集 ]

おっし、休日の草刈り、終了!

まあ、半分くらい、できただけでも、良しとするか。

とにかく庭の草の勢いがハンパねぇわい(笑)

雑草のあの強さで、とことん破壊していく。

いや、リニューアル、オートファジーしていくぜい。

そういえば、このオートファジーという用語、

アレからぜんぜん、流行らないよね。

なんでだろう?

陰謀?

まあ、そういうものかもね。

と、そんなオモテの世界はオレには縁がない。

そう、この東洋医学界をこそ前進させるのだ!

みんな恐ろしくて、とてもじゃあないが、口にできないという、とんでもない爆弾発言を

ここんとこ、ポンポンとブチ挙げているんだけど、

その恐怖感を判るのは、おなじ業界人の瓜さんならではでしょうね。

うえの連中は完全スルーでしょう。

べつにそれでいいし、そのほうがいい。

邪魔されないうちに、ルネッサンス鍼灸指圧のベースになるハリィー流・新経絡学説をまとめてしまおう。

といっても、すでにここに公開した青字の部分がキモで、特別にそれほど新しい発想でもないけど。

ただ、漫然と古典を踏襲するよりも、自由なスピンオフバージョンもあったほうが楽しいぜ、

という提案ね。

2017/07/03 (月) 10:23:08 | URL | 今村光臣 #- [ 編集 ]

ういっす、では、ひとりごと、すすめます。

古代人の感性は、今よりも優れていたから、

現代人が感覚できない気のたぐいを鋭敏に捉えた。

そうした経絡敏感人がスタッフとなり、

皮膚の一部にハリを刺したその鍼響がどこへ通じるかを逐一記録した結果、

ついにあの経絡人形に描かれたツボマップが大成された。

というのが、そこそこ進歩的で常識的な当業界のお偉いさんたちの、これまでの意見、通説だった。

でもね、本当に古代人の方が感性が鋭敏で皮膚体壁のセンサー機能が優れていたか、どうかは、

古代にタイムマシンに乗って行って、古代人の皆さんの身体に聞いてみないと、実際は、わからないわけ。

だから、これも、あくまで推測の域を出ない仮説。

この経絡敏感人という特異的に気を感知する体質を持つ現代人は、調べるとけっこうな数にのぼる、というのは、エビデンスがある本当のことだが、

このへんになってくると、ちょっと微妙なんですね。

はじめに経絡ありき、で、あるツボに刺激を送ると、こっちへと気が伝播するなる誘導があるか、ないか。

厳密には、そうした経絡の知識がまったく無い者を対象にこうした実験がされるはずだが、

実験というものは、恣意的にデータを取ろうとすれば、いかようにも出来る、というのも常識。

意地の悪い見方だが、経絡敏感人についても、今後は再考が必要かと、個人的に思っている。

当業界の皆様には、たぶん、徹底的に嫌われるだろう論理の虚を、いまあぶり出しているわけです。

そうすることで、わたしは自分をダイハード状態に追い込んで、窮鼠猫を噛むパワーを自分の内から引き出そうと画策しているのか?

うんにゃあ、それは、あ〜た、ちょっと、あたいの事が、まだなんにも、わかっちゃあ、おりませんってなもんよ。

そうして徹底的に恥部や欠損部分や修正箇所を洗い出したすえに、これまで胡散臭いと敷居が上がってしまった東洋医学の敷居をググーッと、

これでもかと、引き下げることで、これまで吸引できなかった患者をドドーンと吸引し、

2000年来の悲願である東洋医学の黄金時代を引き寄せようと画策しているのさ。

なっ、最後まで聞いてみないと、ひとの心の中なんかわからんだろ?(笑)

オレは東洋医学界ぜんぶの底上げを狙っているのだ!

でね、そのためには、シンポー経やサンショー経の問題は当然のこと解決しておかねばならない事案。

百歩ゆずって、例えば古代の鍼医たちは、私たちに宿題を残した、とそういう仮説はどうだろうか。

科学のない時代には、その時に手に入る哲学や理論で医学を補強するのは、これはこれで自然なことだった。

だから易や陰陽五行理論を東洋医学が採択したことは、べつに荒唐無稽でも胡散臭いことでもなく、極めて当たり前の選択だった。

分子生物学も遺伝子学もない時代。顕微鏡すらないのだからウイルス性疾患や細菌性疾患などの感染性疾患が

なにが原因で発症するのかなど、わかりようもなかった。

ではあるが、感染性疾患を東洋医学ではかなり古い時代に特定し、それが普通の風邪とは異なる病変であることを見抜いていた。

エキレイの気、と感染性疾患を呼び、その病態を中医たちはちゃんと把握していたのだ!

顕微鏡のない時代の鍼医たちの、この先見性にはブラボーと賞賛し、唸るしかない。

そんな時代背景を鑑みれば、東洋医学の古典的理論、生理観に現代医学とは異なる時代遅れな思想や、荒唐無稽と思える描写があったとしても、無理はないし、

むしろ、そうではあっても、それでもなんとか病める民衆を救おうとし、そして実際に救ってきたアジアの鍼医の2000年の苦心、努力は絶賛すべきと声を大にしたい←

だから、古典鍼灸には、当時の限界が含まれる、ということだ。

その限界とは、やはり解剖学を重視しなかった中国医学の特有の空気感も影響しているだろう。

解剖学を発達させて外科学を進歩させるベクトルへと傾いたのは欧州の医学だった。

ただし、欧州であっても顕微鏡が発達するまでは、無菌室で手術することはマレで、外科手術の予後において致死率が70%を越えた時代を経験しているのだ。

べつに欧州の医学が際だって進歩発展していたわけではない。

19世紀、20世紀初頭までは、欧州もアジアも医学のレベルはほとんど同じだったのだ。

さて、江戸期に蘭学が輸入されたのちに杉田玄白の一件が持ち上がる。

そののちについては本記事で俯瞰している。

話を戻ろう。

そう、古代の鍼医たちは自分たちの医学観の限界を知っていたかもしれない。

どうにかこうにか中医学の基礎となる理論は作ったが、いかにもハリボテ感満載で、経絡の線を引いてはみたが、11本ではおさまりが悪い。

だから捏造だけど、しょうがない、架空の臓腑であるシンポーとサンショーを設けて、そうすることで、今はなんとか、しのぐ。

でも、未来の鍼医たちよ、あなたたちは、きっと私たちの不足を補い、修正を加えて、自分たちが出来なかった東洋医学の完成型を生み出してくれるだろう、とね。

つまり古典鍼灸の世界は、わたしたちへの宿題。

それを錬磨することで、別バージョンへとブラッシュアップさせて、

進化させよ、というメッセージだ、とわたしは受け止めたら、どうだろう、と

ひとりごとを言ってみる。

鍼灸指圧はまだ未完成の医学だ。

わたしたち現代の鍼医がひとりひとり刻苦努力して、

コンプリートスタイルに仕上げなければならない。

古典を漫然と踏襲する派閥がいてもけっこう。

でも、オレは上述したように、考える。

だから、今の医学、生理学から使えるツールを持ってきて、

エンジンをターボにし、ドアをガルウイングにし、

いやテスラモーターズの最新車種のような未来系の

東洋医学を作りたい!

2017/07/03 (月) 14:24:59 | URL | 今村光臣 #- [ 編集 ]

先生!
ちょっとお勉強の時間、
よろしいでしょうか?

心包経・三焦経と並んで、
東西医学入門でその不整合性に
みんながひっかかり、
そのままズルズルうやむやにしっぱなしな、
解剖学的意味での「脾臓」についての
お考えをお聞かせください。

「リンパ器官の親玉」だとか、
「赤血球の品質管理」などの
教科書説明では、
まったくシックリいきません。

虫垂のように無くても良いとされて、
けっこう簡単に摘出オペされますが、
それにしてはその物理的な大きさ、
存在感がとても大きいように思います。

また、膵臓の尾部と脾臓とは
位置的に接していますが、
東洋医学で言うような消化機能的な連動は、
実際まったくないのでしょうか?

先生のお考えを
聞かせて頂ければ幸いです。。


2017/07/03 (月) 18:30:59 | URL | 瓜食めば #- [ 編集 ]

瓜さん、

脾臓に関して卓見をお持ちの医学者だったのが、

かの解剖学者の三木成夫博士です。

三木博士の生前の唯一の書が(間中博士も生前は一書しか刊行されなかったのと同じ)

「胎児の世界」中公新書、です。このなかにも脾臓に関する論説があります。

「脾の遊離はやはり現実にあった。脾臓はこのとき、造血機能を陸上歩行のための四肢の骨髄に譲り、みずからは今日の独立脾の姿に変わっていくのであるが、それは、動物が水から陸に向かって上陸を始める、あたかもその変態の初期におこなわれる。予想どおり、脊椎動物の「上陸」と密接不可分の間柄にあったのだ」

三木博士の師匠筋の小川鼎三教授(医学の歴史、だったか小川博士のこの書は必読)が、

三木博士が脾臓は腸管から飛び出た臓器だ、といったとき、

おもむろに乗り出して、三木博士に眼力をもろに照射したというエピソードも、三木博士の没後に刊行された他の本に記載があります。

これはと思う先賢の医学者たちは、このように脾臓の磁力に惹きつけられています。

脾臓はご存知のようにもとは造血装置。

ヒトをはじめとする脊椎動物は上陸の過程で造血機能を骨髄に移行した。

だから脾臓は役目を終えた退役軍人よろしく、もはや要らない臓器だとして、

簡単に切除する暴挙が成されているのでしょうかね。そのへんよく知りませんが。

脾臓の今の役割は、免疫系統の司令塔ではないか、とわたしは見ています。

三木博士の弟子の西原克成博士は三焦経は脾臓を中心とした細網内皮系を指しているのでは、と言っていた記憶があります。

つまり三焦経は、免疫系、と言い換え可能かもしれません。

免疫ネットワークはもちろん全身に張り巡らされていますが、例えば頸部リンパ管、腋下リンパ管、ソケイ部リンパ管の三箇所に、

むりやり三焦経の三という数字をあてがってみるのは、こじつけにしては出来すぎ、といったところでしょうかね。

脾臓と膵臓が何らかの連動をしている、ということは普通にありそうです。

そもそも腸管内臓系は体壁筋肉系を動かす司令塔、中枢です。

腸管内臓系が食と性の二相を求めて動くために作られたのが体壁筋肉系という動力装置です。

そして、体壁筋肉系は外界のセンサーとしても機能し、その情報を弁別し腸管内臓系に伝達します。

この関係が「内蔵体壁反射、体表内臓反射」なんですね!

そして東洋医学のツボ理論は、この腸管内臓系と体壁筋肉系のデュアルシステムを使いこなしたから、

2000年の長きに渡り有用なツールとして機能してきた、というのがわたしの見解です。

生命が生きるために編み出した腸管内臓系と体壁筋肉系の相関関係を巧みに利用した鍼灸指圧はだからこそ、世界一優れた医療だ、と言えるのです。

体壁筋肉系への刺激は全細胞へと波及し腸管内臓系の蠕動運動を促進します。

どこを押しても、どこに鍼しても、どこに灸しても、それらの刺激はすべて気と分子ホルモンを介して全身の細胞を活性化し、腸管内臓系を動かす。

動くモノ、それが動物。

動くから生きている。

血流も気流いや気竜も常に動くことで生命を活かす。

2017/07/03 (月) 19:23:03 | URL | 今村光臣 #- [ 編集 ]

先生!
僕鳥肌です‼
ありがとうございます‼

2017/07/03 (月) 20:33:13 | URL | 瓜食めば #- [ 編集 ]


瓜さん、

アタシ、これまで読んだ文献など、いまおさらいしてまして、

シンポーとサンショーに該当する臓器の候補としては、

膵臓、胸腺、脾臓、免疫系、などが挙げられていますね。

膵臓は、たぶん脾経のほうがしっくりくるのでしょうか、

あぶれた臓器をそのままサンショー&シンポーにドッキングといったところですかね。

シンポーが胸腺というのは、経絡の走行からいっても、かなりシックリくる。

とはいえ、アタシが狙ってるのは、こんなクイズの解答を探すことではない。

あくまで、新しい経絡説、新しい東洋医学の価値観を生み出すということ。

いまでは、どんな日本を代表する鍼医のカリスマも怖くなくなった(笑)

だって、だれもこうした細かい齟齬を正していないんだから。

それでも抜群の治効が挙がっているということは、経絡説が間違いとかそんなレベルではない証拠。

経絡説があろうが、なかろうが、ようは鍼灸指圧が素晴らしく効くという証左。

では、その素晴らしく効くのは、なぜか?

ここから新しい価値観が創造できるはず。

マンネリを打破しなければ革命は起こせない。

やるしかねぇ。

うん、さっき、言ったセリフだっけか?(笑)

2017/07/04 (火) 19:51:07 | URL | 今村光臣 #- [ 編集 ]

東も西も、
ベクトルが違うだけで、
どちらも同じ石頭業界。

子どもの目線で、
カラダの神秘の
不思議の探検にワクワクしたい!

三焦の焦げるのは、
脾臓指令で
上中下
マクロファージの
インターロイキンの
ヒートショックプロテインの
炎症作用で燃え上がるから?!
とか?!

おもしろ過ぎる~。。

2017/07/04 (火) 20:31:20 | URL | 瓜食めば #- [ 編集 ]

心臓の心筋細胞のなかには、顆粒状の袋に入ったナトリウム利尿ペプチドという血圧調節ホルモンが無数にある。

心臓のなかの小胞→心の胞→心包→シンポー経、とかね。

瓜さんのその三焦ヒート論と同じく、経絡説は、どんな風にでも、現代生理学とコラボさせることは可能だよね。

でも、そんなディレクションひとつ、しない、できない石頭業界だもん(笑)

お陰様でアクセス数、急降下(笑)

ついに三桁わって、二ケタ台に突入。

さすがに、これだけ、コアな内容になると、ついてこれる読者は減るね。

べつに、だからといって、内容を変えるつもりもない。

養生法と言えば、アレを食えば身体にイイ、あのメソッドをやれば血流が良くなる・・・

こんな万番煎じのパンピー相手のハウツーガイドをするのが養生法アドバイスと、みなさん、お思いでしょう。

でも、こんな程度のアドバイスは、もうこれでもかと、誰でもやってる、やってきたこと。

そして、そんなドウデモイイそうしたアドバイスで、いったい、国保のドブ捨てゼニは減ったのか?

減っちゃあいない。こちらは鰻上りに40兆円を越えた!

こんな現実を前にして、もう、アレを食え、アレをやれ、そんな低レベルなアドバイスなど、やってはいられんだろう。

どんなモノを食べても、何をやっても、それなりに効くし、それなりに効かない。

まあ、暗示とプラシーボ込みで、ちょっとは精神衛生上は、やらないよりはマシという程度。

健康になる、ってのはそんなに簡単なことではないし、簡単なことでもある。

ようは、答えはひとつではなく、万人は万の体質をもつすべてが異なるタイプ。

そこへ画一化したメソッドをガイドする?

愚かだね。自分にマッチした健康法は結局は自分で編み出すしかない。

世界の、日本の長寿村の長老たちは、健康法の実践者か?

かれらは健康長寿になろうとしてなったのか?

そうではない。その地に産する食を食べ、その地で働き、その地で自然に淡々と生きてきた、ただそれだけだ。

本来はひとはそのように健康なはず。

なのに、なぜ病気、病状が発生するのか?

現代社会、現代人はたぶん長寿村的生活から離れていったから、と言えるだろう。

では、そんな長寿村的生活に戻れるのか?

それは、戻れる者もいるし、戻れない者もいる。

自然なサイクルの自然な暮らし、ができなければ、それそうおうの健康法を編み出すしかない。

そのためには、本質的な役に立つ身体論がまず必要だ。

東洋医学に新しい価値観を生み出す。

わたしがやろうとしているネオ経絡論は、そう言う方向への布石だ。

2017/07/05 (水) 01:14:13 | URL | 今村光臣 #- [ 編集 ]

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