うぶごえ

「メスメルは、ちょうどこの医学界の近代化の嵐のうちに、偶然医学の盲点をつくような治療についのめりこんで終った。それは多数の患者の賞賛と共にアカデミーの側からの手痛い反撃を受けるはめに彼を追いこんだ。正に「彼は早く生まれすぎたし、遅く生まれすぎた」のであった。彼の死後百年たって、ピエール・ジャネは「メスメルのおかげで初めて人間は注意の集中と分散、つまり疲労と注意と催眠と神経性分利と詐病との間に区別を設けなければならなくなる。こうした知識が一緒になってやがて現代の心理学を描きだすようになる」といった。そして人間はこれまで超感覚的で魔術的な現象と見なされていた多くのことを、明晰な意識のもとに論理的に理解することができるようになる。(ステファン・ツバイグ)メスメルの生涯は、われわれに一つの教訓を与える。もし医学に志すなら、よしあしは別として医学の現体制のうちで、許されるものと許されないものをはっきり頭に入れておかねばならない。自分流なやり方で、一人の患者の涙をぬぐってやっても、それが学問の世界で得点になるなどと望んではいけない。大勢には順応しなければならない。医学の現体制がいつ変わるかは、ただ後世の歴史家のみが知り得ることである。人間の一生は短い。次の時代には承認されるかもしれない反逆が、正当に評価されるまで生きていられないことが多い。医学界で成功するには、秘すべきものは秘し、現段階で権威の認めることだけに専念したほうがよい。患者の賞賛や感謝と、富と学界の名誉や地位とをあわせ得るためには微妙なバランス感覚が必要である。そうして手に入れたガラスの城が、いかにもろい永続きしないものであるかというような悲観的なことは、考えないほうが安穏に暮らせる秘訣である」『ちぐあん随筆』医博 間中善雄 医道の日本 平成3年12月号




ここ4回の記事で引用文として掲載してきた間中善雄博士の

洒脱な文章は、今回の冒頭文が最終章の締めとなる。

抱腹絶倒?!

まことに辛辣な視点をユーモアにくるんだ、これぞまさに

間中節と呼べる希代の名エッセイと、

わたしは受け取ったが、

皆さんはどんな思いでお読みくださっただろうか?

東洋医学が現体制の医学界でどのような立場にあるのか、

は十分におわかり頂けたはずだ。

もしも、間中博士の文意がいまひとつよくわからないご諸兄は、

この4回分の文章をもういちど通読し、また再読熟読されることを希望する。

現実問題として、私が痛切に感じているのは、

とにかく学歴もない、名誉もない、地位もないの

ナイナイ尽くしの馬の骨の私が、なにを言っても、

世の中のほぼ100%のみなさんには寝言にしか思われない、

というこの一点に尽きる。

もしも、わたしに高学歴があり、それなりの博士号とか、

なんらかのステイタスのある肩書きがあり、

名前が売れていてメジャーだったら、

大方のみなさんは、私の言うことを素直に、ヘヘぇ〜と

地面に額をつけて聞いてくれるだろう。

しかし現実は真逆なのだから、いくら愚痴を言っても

はじまらない。

そういうわけで、アルアル尽くしの間中博士が

わたしのようなナイナイ尽くしの声をこのように代弁してくれるのは、

ほんとうに心底ありがたいのだ。

俺が言っても誰も聞いてくれないが、

間中博士が言えば、少なくとも俺が言うよりは

聞いてくれる者は多いはずだ。

もっとも、すでに間中博士がご他界して25年以上はゆうに経過している。

当業界ではいまだにその名を知らぬ者はないが、

一般の世界ではどうだろうか。

たぶん、一般の世界では間中博士と言っても

ピンとくるものは、ほとんどいないだろう。

アッ、しまった!

それじゃあ、ダメじゃん(笑)

ということで、僭越ながら今後はハリィー今村が

間中博士の遺志を引き継いで、

イケイケ、ブイブイで、大声でがなりたてていきます!

まあね、当業界にまたまた敵を増やすようで何だけど、

東洋医学も俺的には、色んな意味で問題あり過ぎ。

気の問題ひとつとっても、私がこの業界に入っていらい、

はっきりいって、何の進展もない。

気の問題といえば、わたしたち鍼灸指圧医療の

いちばんの根幹問題なわけ。

その根幹問題を解決しないで、それで気があるのか、

ないのか、経絡があるのか、ないのか、

ツボとは何なのか、とそんな基礎的な問題も

うやむやにしたままだもん。

ある意味、やっぱりダメだこりゃあ、じゃん。

でも現代科学なんてものは、はっきりいってものすごく

スローで遅れているから、気を科学的に観測するという

技法もなかなか確立されないというシビアな現実がある

ことは十分に承知している。

そんな背景もあるから、はなしは余計にややこしくなるわけだが。

なんだかこのはなしも迷宮入りしそうなんで、わたしなりの意見を言うと、

ようは気の問題は解決しないが、とにかく鍼灸指圧の現場では、

実際に治効効果は確実にあるわけで、

だから、まずはそうした現場の治効効果を積み重ねていくことは

今後も絶対にやっていくべき事ではある、とわたし的に強く思うね。

いわゆる「鍼灸指圧をやったら鍼灸指圧で治った、

それで鍼灸指圧で治ったから鍼灸指圧が効いた」という

「やった、治った、効いた」を「三た理論」などというそうだ。

そしてこの「三た理論」だけで世間を納得させようというのは、

暗示やプラシーボ効果を除外できないから、

それではダメだ、と言われるそうだ。

ようはちゃんとした治験データ、エビデンスをもとに、

治効効果を説明せよ、というのが医学界の趨勢、常識ということらしい。

だけどさ、それはあくまでアカデミーの世界の話でしょ?

わたしのようなナイナイ尽くしの名も知られていない、

カリスマ治療院でもない、まったくの在野の治療師にとっては、

「三た」を達成することがすべてなわけよ。

ここ、いちばん、重要なところ、そこんとこ、

アカデミーのエリートのお坊ちゃん方、おわかり?

腰が痛いといって這って来院した患者が、

帰るときには、スタスタと普通に歩いて帰る。

これが出来なければ田舎の治療師は生きていけない。

患者だって「三た」ができると見込んで、

わたしのもとに駆けつけるのだ。

『 治療師は「三た」ができる「サンタ」かな 』

おい、ヘタな一句、出来ちゃったよ(笑)

ふぅ〜、まとまりがつかないダラダラとしたくだらない文章を

これ以上、羅列しても読者の皆様を切れさせるのが関の山なので、

そろそろ締めたいと思うが。

締めるといっても、いったい何を言えばいいのか?

私はべつに古典鍼灸を研鑽している古典派ではない。

かといっていわゆる科学派と呼ばれる現代鍼灸のグループにも属していない。

鍼灸指圧業界のどのブランドにも属さないまったくの

いっぴき狼、独立派だ。

だから、なんの気兼ねもなく好き勝手な事を言えるのが、

おれの強みでもある。

気や経絡があるかないかの、あるなし論争なんて、

ほんと無意味でくだらないよね。

べつに気を科学的に解析する必要もないじゃん!

気を科学的に解析して、

気を出すマシンでも開発する気かね?

チーゴンマシーンなる機械が、随分と前に中国で売り出されたけど、

中身はニクロム線が一本で、あれなら電気ストーブの方がマシだ、

っていう、笑い話があったっけ。

気はね、生き物に宿り、生き物を活かしてナンボなの。

でね、気が何なのか、は俺も本当のところはわかりはしない。

でも、コリに指を当てて、コリに鍼を刺して、

コリに温灸を当てて、そうしていると、

コリの底から得体の知れないモノがうごめきだすことは

本当の事なんだ。

それが気かどうかはわからないけど、

俺にとっては、どう考えてもそれは気だと思える。

一般論はどうでもいい。

俺にとっての気を語る。

それでエエんとちゃうかい?

鍼灸指圧の素晴らしさは治療だけにあるのではない。

鍼灸指圧の素晴らしさは気と触れる喜びにある。

鍼灸指圧の素晴らしさとは術者と患者の気が交流することで、

術者と患者の心身がよみがえり変化することにある。

鍼灸指圧の凄味とは、気の交流を通して

ひとの体を新しく作り替えることにあるのだ!

ルネッサンス(生まれ変わり)。

鍼灸指圧は体を作り替え、生まれ変えさせるのだ。

すなわち鍼灸指圧によって新たな体を作ることができるのだ。

その鍼灸指圧で作られる新たな体とは、

全宇宙の気と同調する『気竜シンクロボディ』だ!

わたしは日々の治療でこの

気竜シンクロボディを量産している。

わたしの治療院では日々、

新しい気竜シンクロボディを得た新人類が誕生している。

気竜の「うぶごえ」が今日も光伯堂に響く。

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2017.06.30 | | コメント(3) | トラックバック(0) | 養生クリエイター

コメント

わたしらは

ハリーワールドを通して全宇宙と交信中です。

そして大地と交信する。それでいいのだ。(笑)

SNSの友達がアイルランドを旅行していまして

溶岩が海水やらで浸食されて六角形に割れている海岸の

写真を見せてくれたんですが、ゾゾーってなりました。

ミツバチの巣にそっくりで。うん、フォースはある。

自分では感じないけど。いや、感じなくなる程劣化している私。(笑)



2017/06/30 (金) 04:44:16 | URL | 桑畑五十郎 #- [ 編集 ]

≫ 鍼灸指圧の素晴らしさは
≫ 治療だけにあるのではない。


これですね!

患者も、術者も、
多くの人が忘れてますよね。
双方向性こそが、
医療だということを。

触っても見てもくれない医療なんて、アリ?

術者も患者に興味なく、
患者も術者に興味なく、
相互交流なしの、

そんな医療なんて、アリ?

「ナシ」ですよ!


痛みがとれるとれないとかいう、
以前の話。。

2017/06/30 (金) 08:41:33 | URL | 瓜食めば #- [ 編集 ]

桑さん、そうそう、ヨーダも仰ってます。

ほら、あそこにも、ここにも、フォースがある、ってね。

宇宙の成り立ち、発祥は宇宙論の仮説である程度、説明されつつある。

でも、これ仮説だし、誰かがずっと138億年、見ていたわけではない。

もちろん、そうした証拠を集めて、仮説はできているから荒唐無稽ではない。

でも、いまだにダークマターもダークエネルギーもダーク、つまり暗黒、暗闇、真っ暗闇でござんす、のまんま。

こういうのオレ、すごく好き。

科学を極めれば極めるほどに人間が謙虚になる。

そういう科学なら大いにけっこう。

イギリスのミステリーサークルには、ヒマワリやブロッコリの花弁に見られるフィボナッチ数列を意味するものまであるとか。

宇宙人なのか、何者か知らんが、ヒトサマの麦畑で遊んじゃあダメよ(笑)








瓜さん、話せば長くなるので、本編の記事でこれからは書いていきますが、

東洋医学とひとくちに言っても無限の型、アレンジがある。

わたしはそれでイイと思うんです。

古典派、科学派、折衷派、一匹狼派・・・

一匹狼派は、たぶん、孤独の道になるでしょう。

でも、アタシはそれでイイのです。

べつに自分の気の世界を一般化する必要はない。

あくまで個人戦ですからね。

気もひとくちにすべてを同じ土俵で語るのは無理がある。

気功家、鍼灸家、指圧家、それぞれ、みな異なる気を感じているかもしれない。

治療もそう。

治療こそ一般化など絶対にできない世界。

1回1回、ひとり、ひとり、すべてが違う。

また、それでエエのだ!

2017/06/30 (金) 19:12:10 | URL | 今村光臣 #- [ 編集 ]

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