以上で未満

「・・私は西洋医学イコール科学的医療とは考えていない。たしかに、いろんな検査手段によって、五感だけでは捉えられないような病態を客観的にとらえるという面は科学的であり、それこそ正に東洋医学に欠けている面でもある。また、西洋医学を学問として見れば、科学的に手続きが整っていると思う。しかし医療の実際面を見れば、重大な矛盾を抱えていることは見逃せない。例えば西洋医学では病名に拘るが、ある人を高血圧症、慢性肝炎、リウマチ、神経痛などと診断しても、その患者さんを総合的に理解したことにはならないし、血圧が高ければ降下剤、熱には解熱剤、痛みには痛み止めという治療など、実際に行われているのは対症療法が殆どである。また、風邪のような身近な疾患を例にとっても、自然治癒との比較もせず、まして漢方薬との比較などはせずに、カゼ薬を「使った、治った、だから効いた」と「三た」理論を展開しているのは西洋医学も同様なのである。次々と新薬が登場し、しばらくするとそれが消えてなくなり、また次ぎの新薬に取って代わられるというのも常識であるが、それを医学の進歩などと称しているのも不思議である。なかでも最も非科学的なのは、西洋医学のどういう面が患者さんの役に立っているのか、どういう面が有害無益なのかをほとんど認識していないことではなかろうか。もし医者自身がこのような矛盾、限界などに気づかなければ、ふんぞり返っていられるのだろうが、それに気づいて悩む医者も存在するのである。拙著『中神琴渓』『はぐれ医者』を読んでいただいた医師の中にも、次のようなお便りをくださった方が少なくない。ここではある整形外科医のお便りの一部を紹介させていただく。「昭和五十年に大学を卒業し、昭和六十一年まで主として第一線の整形外科でやってきました。特に後半の数年間は、手術や診療に明け暮れました。外傷で手術を必要とする場合はいいのですが、大多数の患者さんは手術の対象外です。ご承知の通り、有効な治療法はありません。ワンパターンのように温熱療法や牽引を指示するだけで、せいぜい牽引の方向や強さを調整する程度です。薬も効果がある場合はめったにありません。外来では毎回のように、同じ症状が続くことを聞かされ、それに対してできるのは、日常生活の注意をし、とにかく励ますことぐらいでした。無力感に陥っていた時に、昭和六十二年ふとしたキッカケから漢方のことを知ったのです。実際に漢方をやり始めてみますと、無力感を抱いた整形外来と随分違うことが分かりました。一つは、体全体を見ようとしますから、今まであまり触らなかったお腹にも触れます。それまで理解しようとしなかった、冷えやシビレにも関心が出てきました。同じ病名がついていても、人によっていろいろな違いがあることに気づきました(以下、省略)」他の医師たちからのお便りでも、同様の悩みを抱えていることがうかがえる。皆さんはとても真剣で、何とか患者さんの役に立つような診療をしたいのだが、西洋医学が役に立つのは一部の分野だけということに気づいたのである。この問題に触れると際限がないので簡略するが、結論として、西洋医学には東洋医学を批判する資格などないはずであるが、現実には西洋医学が主役であるから、へたに逆らうと後が怖いので、西洋医学と歩調を合わせて科学化を目指しながら、併せて東洋医学の独自性を追求することが現実的な対策になるようだ。しかし、素晴らしい面を取り入れるべきなのは当然であるが、西洋医学的な検査法やデータを並べさえすれば科学的、と信じているかのような若者が増加している様は、誠にうす気味が悪い。・・私は今までもいろんな噂を耳にし、その噂を確かめるために、実際に何人かの方々にお会いしてきた。その結果、名人と呼ぶかどうかは別として、世の中には「桁外れ」の素晴らしい人物が存在するものだとつくづく感心させられてきた。もちろん、自称名人・大家とは区別しなければならないが、書かれた物や言葉ではなく、治療の実績を確認すれば鑑別できると思う。彼等に共通しているのは、教科書や常識から離れ、患者さんから学び創意工夫し、独特な治療法を開発していることである。またマスコミには登場せず、初心者を集めてホラを吹くこともせず、同じ職業の人よりもむしろ他の業種の人たちと交流し、何の宣伝もなしに遠方から患者さんを集めていることも共通しているようである。なかなか難しいことではあるが、私は少しでも彼等に近づきたいものだと念じている。もし、そのような域に達することができるならば、西洋医学からの非難なんぞ、物の数ではなくなるだろうから。」『はぐれ医者が見た鍼・灸』小田慶一  医道の日本・平成3年12月号



鍼灸指圧師として25年間余、臨床にたずさわってきた。

少なく見積もっても、3万タッチを越える患者さんを触ってきた。

そうした経験から導かれる私の生命観をこのブログに書きつづってきた。

この世の中には本当に多くの医療情報が溢れている。

そのなかには有益なものもあれば、無益なものもある。

有益な医療情報を称賛することに私もやぶさかではない。

医学の進歩発展は大いに喜ばしいことだ。

しかし、こうした一般論は私にとってたいした問題ではない。

私にとってのたいした問題、一大事とは、

できればどんな症状だろうと、その場で即座に一発で治すこと。

このことに尽きるのだ。

どんな症状も1回で治す一発治療、いわゆる神の手の領域こそが

わたしの目指す到達点なのだ。

もちろん、神の手などという言葉はひとさまをだまくらかす詐欺用語である

ことは充分に承知している。

ではあるが、やはり治療師である私はあくまでそこを目指したい。

神の手を目指した結果、少しはそれに近くなったかどうかは、

まだよくわからない。

しかし、少なくとも凡人の手よりは神の手に近づいたと思っている。

わたしの術のレベルはそういう意味では、

凡の手以上神の手未満、と言えるだろう。

いつなんどきどんな症状であっても

コリの底に眠る気竜を目覚めさせることができれば、

たぶん神の手の領域に到達できるだろう。

気竜に遭遇する機会はいぜんに比べて

格段に増してきている。

精進潔斎。

おごることなく気竜と対峙していく。

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2017.06.25 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 養生クリエイター

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