生命力の本質

「私は昭和52年1月現在、大阪府の岸和田市で薬局を経営しているが、薬の販売に従事して22年、針灸治療院を併設して2年経ってしまった。旧制の七高から九大理学部数学科を出て全く無関係の薬局の主人となり、しかも針灸師になるなどと一度も考えた事はなかった。どこかの諺に棺の蓋を閉じるまでその人の一生は分からない、というのがあるが、人生は長い目で見なければ本当のところは分からない。薬局をはじめて3年経った頃、妻がひどい病気になった。京大、阪大、日赤と大病院を回ったが病名も不明で治らない。その頃は健康保険が完備する前であったから薬局のほうが病院よりも薬が豊富であった。麻疹の治療に使うガンマーグロブリンなどを子供のために取寄せて病院へ持って行くと「こんな高価な薬は病院で使えないので始めて見ますが、薬局の子供はよろしいなあ」などと言って注射してもらったものである。抗生物質も、副腎ホルモン剤も、輸入品で情報も入手も薬局のほうが早い時代であったから、指示があればすぐ取寄せて使用したのにも拘わらず妻の病気は全く治らなかった。それが、何気なく読んだ漢方の雑誌の中の漢方薬であっさり治ってしまった。これが漢方医学を研究し、漢方薬を販売しようというキッカケになったのである。以来20年、知人や問屋から冷笑されながら漢方薬にとりつかれたまま過ぎたが、そのうちに、神経痛の患者を治すのにはどんなに努力しても2日以上かかるという壁にブチ当たった。まあ早くて2日、遅ければ10日以上かかる事がある。或る日、重症と病院で診断された坐骨神経痛の患者に、昼頃漢方薬を処方したら、夕方の5時頃普通と変わりなく歩いているのを見かけた。二人の人に支えられた患者が数時間後に正常になっているのに驚いて尋ねたところ、帰宅の途中で針をやって治ったというのである。それがキッカケでついつい針灸学校に通い47年9月に免許をとることになってしまった。その頃、またまた長男がひどいノイローゼになったのを、たった1回の針灸治療で、小田原の間中善雄先生に治していただいたのがキッカケで、先生を師匠として無認可の押しかけ弟子となってしまった。師は「針灸は東洋医学の中でシステム化することの出来る数少ないものの1つであり、又、2本の針さえ使えばほとんどの病気は治療出来るものである」と教えて下さった。私が専攻した推計学から見ても適用するのに一番便利な医学のように考えられ、その点、湯液を使う漢方のほうが遙かにシステムになりにくいようである」     

入江正著『経別・経筋・奇経療法』医道の日本社






昨日は2週間ぶりにIさんが来院した。

Iさんが2週間前に来院したのは、

痛くて痛くてどうしようもない腰痛をどうにかして欲しい、と

訴えてのことだった。

整形外科で診てもらうと、重症のヘルニアだから手術をせよ、

とばかり言われ、手術はイヤだと断ると、

痛み止めの注射を打たれ、痛み止めの飲み薬を渡され、

痛み止めの湿布を処方されて、それらをすべて試してみたが、

まったく腰の痛みが治らない、ということだった。

腰を触ってみると腰の筋肉が強度に緊張していた。

これだけ腰の筋肉が硬くなっていては、うまくないだろうと

思いながら、入念に腰に針を打っていった。

針治療が佳境に至ると、幸運にも凝りが動き出した。

わたし流の表現でいうところの「竜」のお出ましだ。

腰の凝りに潜んでいた竜たちが一斉に解き放たれた。

みごとに体壁筋肉系を飛び回る竜たち。

やがてひととおり竜の飛翔が終わると腰の筋群に静けさが戻る。

治療後にIさんはベッドから立ち上がりながら、

「アレッ、もう腰が軽いやあ!」と驚いていた。

昨日、2週間ぶりに来院して開口一番、

「あの日の次ぎの朝はまだ少し腰にハリがあったけど、その次ぎの日から

もうぜんぜん痛みが無くなっちゃって。湿布も、痛み止めの飲み薬も

もうぜんぶやめちゃった。魔法みたいに腰が楽になった。

アレだけいろいろとそこら中の病院に回って、

カネをたくさん使ってバカみたいだっけ」

冒頭の文中にもあるように、針治療はうまくすると、

たった1回の治療でも劇的な効果を発揮するケースがある。

痛みをこらえて這うように来院した患者が、

帰るときには普通に帰る。

そんなケースが鍼灸指圧治療の現場では

意外にも多々あるのだ。

もちろん1回で治るケースばかりではない。

10回で治るケース、三ヶ月かかるケース、

半年、一年、三年、五年と長くかけて治すケース、と

患者の様態により治る経過はケースバイケースだ。

1回で治る魔法のような一発治療はたしかに

ある意味、それを成功させた鍼灸師をドヤ顔に

させる治療の華ではある。

そんな魔法の鍼治療がひとつでも出来ると、

それを成功させた針灸師の心に少なからぬ自信が芽生える。

では、Iさんの腰に打った針の「手の内」はどんなものだったのか?

それは、いつもどおり普通に針を打っただけのことだ。

いままでどおりのやり方で、これまでどおりの針を打ったのだ。

俺が治してみせるぞ、とか、よしっ、一発でこの痛みを取ってやるぞ、

とか、そんな子供じみた「力み」は25年の臨床経験ですでに

キレイに抜けて枯れている。

こうした「力み」は、治療の邪魔なのだ。

治療はあくまでサラッと軽く柔らかく進行する。

そうした時に、はじめて竜たちが手助けをしてくれるのだ。

Iさんの腰の痛みは無くなったが、持病の坐骨神経痛が

その後、顔を出して、昨日の来院となった。

腰の辺りに残存していた残りの竜たちが昨日の針治療で

うまい具合に飛翔していった。

治療はシステム化できる部分と、そうでない部分がある。

マニュアルで口頭や文字で教えること以外の部分、

そこに生命力の神秘が潜む。

コリには生命力の本質が隠されている。

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2017.06.14 | | コメント(2) | トラックバック(0) | 養生クリエイター

コメント

≫ こうした「力み」は、治療の邪魔なのだ。

≫ 治療はあくまでサラッと軽く
≫ 柔らかく進行する。

≫ そうした時に、はじめて竜たちが
≫ 手助けをしてくれるのだ。


むむぅ……。。

沁みます。。

「脱力して、気を出す」

という、一見、相反することを、
同時に両立させるための
心の置き所、境地、と言いますか……。

解りそうで、解らなそうで、
つかめそうで、つかめなさそうで…………

甘噛みの、宙ぶらりんな、このカンジ………

まいにちまいにち
身心修行中です。。

2017/06/14 (水) 12:34:14 | URL | 瓜食めば #- [ 編集 ]

瓜さん

黒澤明が「赤ひげ」の主人公役の三船敏郎に要求したのが、

リラックスした迫力。

ただそこにいるだけで威厳を感じるドストエフスキーのようなオーラ。

指圧や鍼のさいのフォースの扱いもおなじかと。

リラックスして気が抜けたらもともこもない。

しかし力んで無駄な力が入ったら双方に理は無し。

疲れるだけ。

ゆるいんだけど、軽くない。

あっさりしているけど、上質。

そんな感じで待っていると、ヤツラが踊り出します。

ヤツラを引き出せるかどうか。

この一点が治療のキモです。

このヤツラについて科学的に説明しろ、と言われても、たぶん無理でしょう。

ここがほんとの手の内の極み。

術のキモってのは、だから言葉で伝えるのは不可能ですね。

それでも、そこに挑んだ者もいるにはいます。

次稿でそんな先人をピックアップします。

彼が今生きていれば共闘できたのに。

そういう人に限って早世してしまっている。

ナイナイ尽くしだけど、押し出し、だけは、やっていかねば。

2017/06/14 (水) 19:08:11 | URL | 今村光臣 #- [ 編集 ]

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