気身一如

「医学という言葉を聞くと、今、日本では、いわゆる西洋医学ということになっていますけれど、世界中を見まわしたら、いろいろな伝統的な医学がたくさんあります。しかし、大別して、いわゆる東洋医学と西洋医学とに分けることができます。西洋医学のほうは、科学を基盤にして、人間の感覚でとらえることのできる『モノ』というもので人間の病気をつかみ、また、『モノ』で病気を治そうとしてきたわけです。しかし、これは、たいへんなカベにぶつかっています。で、片方の東洋医学は、今の科学ではまったくキャッチできない『気』というものをもとにして考えているわけです。人間の体には『気』というものが流れていて、これが、とどこおりなく流れていれば健康だけれども、この『気』の流れがわるくなったのが『病気』だから、その流れをスムースにさせてやれば、病気というものは治る、というわけです。ハリやキュウでは『ツボ』ということを言いますけれど、体中に気の流れがあって、その結節点がところどころにあって、それが『ツボ』であると。だから、そのツボを、ハリとかキュウで刺激してやる、という治し方なんです。ところが、その気の流れとか、ツボとかいっても、いくら人体を解剖しても、何も見えないから、西洋医学では、こういうものを認めていなかったんです。しかし、その後、生物体から、人間の目に見えないエネルギーが出ているのを、特殊な装置で撮影できるようになった。ソ連の電気技術者の、キルリアン夫婦が、高周波を発振する電気回路を設計して、人間や植物から出ている目に見えないエネルギーの写真をどんどん撮りだした。アメリカでも、このキルリアン写真の研究グループができて、何冊も本を出しています。ところが、そこに生命体があったから、それからエネルギーが放射していて、それが写真にうつったんだ、と、こう考えますね。しかし、ここに重大な問題があるんです。ここに一枚の葉がありますね。この葉っぱは生きているから、まわり中にエネルギーを放射しているのが写真にうつります。ところが、その葉っぱの先の一部をハサミで切り取るんです。切ってしまったんだから、そこに『モノ』はないんです。ないけれども、まるで元通りにあるように、まわり中に光を出しています。これを、どう説明するか、という問題です。東洋医学では『気』というものは目に見えないけれど、これが体の中を循環していて、この『気』によって体ができて、動いている、と、こう説明しているんですが、これを科学でどう説明するか、というと、それは、できないでしょう。あらゆるものは原子からできていて、そのつながりあいで、いろんなエネルギーがでてくる、という考え方なんですから。こういうふうに、切ってしまっても、なお、そこからエネルギーが出ている、とうことは説明がつかないわけです。ところが同じ科学的な手法を使って、このキルリアン写真のようなものを出されると、今までの科学の立場をどう説明するか、ということになりますね。大変な問題だと思います。人間にも、同じようなことがあるんです。私の友だちで、交通事故で足を切られた男がいるんです。ところが、足の先は切ってしまって、ないのに、小指の先がかゆい、とか、親指がいたい、とか言うんです。だから、私なんかは、それは、頭の中に、足の先にあたる局在があって、そこが、かゆいとか、痛い、とかいう命令を出しているから、そう感じるんだろう、と言ってごまかしていたんですが、いざ、こういう写真を見てみると、そうじゃないんですね。モノ自体ができる前に、『気』というものが動いていて、その上に、いわゆる目に見える『モノ』ができている、ということになるんですね」大森英桜『正食医学 講義録第②集』日本CI協会





身と気はひとつなり。

身だけを診る西洋医学。

気だけを診る東洋医学。

もしも、身も気も同じように診る医学が完成したならば、

いまよりももっと医学は進歩するはずだ。

西洋医学と東洋医学はいまのところは水と油、犬と猿。

二つの医学のあいだには永遠に埋まらない大きな溝がある。

どうしたらこの溝を埋めることができるのか?

東洋医学者と西洋医学者がともに歩み寄る良策はないものか?

キルリアン夫婦のオーラの発見。

ハロルド・サクストン・バー博士の「エレクトロ・ダイナミック・フィールド仮説」。

クリーブ・バクスター氏の「プライマリー・パーセプション仮説」。

西欧人が科学的な手法で発見したこれらの気に類するエネルギー場の研究が、

今後進展していけば、もしかしたら西洋医学が東洋医学に接近する機会が

出てくるかもしれない。

果たしてそれはいつのことか?

あと数十年先か、あるいは数百年先か。

う〜む、そんなに先だと、オレ的には面白くないな(笑)

ということで、オレはオレで勝手にこれらの先端科学と東洋医学を独自に融合して、

オレ流のアヴァンギャルド気医学を打ち立てていくぜ!

気というエネルギーは身という分子世界をガイドするナビゲーションマップだ。

気という導きがあるからこそ、そこに分子が集合できる。

気身一如。

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2017.06.08 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 養生クリエイター

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