コギト エルゴ スム

笑い療法なんて方法があって良く笑ったあとに血液を調べて免疫細胞のNK細胞が活性化している、なんて立証されているわけです。それでとにかく気分良くいて目標をもってやりがいのあることに邁進していれば癌も治っちまうよ、という説があるのです。荒唐無稽かと思いきやまんざらでもなくというか、心が肉体を支配して統制しているのは事実です。動電場という人体の鋳型である神経やDNAに先行するかもしれない指示系統の役目をみても心の重要性はよくわかります。人間の電気的平衡は気分の落ち込みで変動します。ウソ発見器にみるまでもなく敏感に心の状態は動電場の変位を誘起します。クリーブ・バクスター博士の実験においては人体に存在する白血球がホストである宿主の精神状態と連動した活性を示すことが発見されました。ホストが感動すれば白血球も感動するのです。つまりこれを大胆に一般化してしまえば心と60兆個の細胞はまったくひとつの如しなのです。古来より東洋医学においては身心一如の医学観が説かれてまいりました。西欧のデカルトは心身二元論を研究したのちに身心一元論を展開する予定であったとも聞いています。心の悩みを心だけをいじることで解決することなどできません。その心の在りかとはその身体であり60兆個の細胞なのですから。身体を無視した心の操縦法などありえません。心と身体は一体で、一致した事象なのです。禅問答にこんな話しがあったかと記憶しています。ある弟子が師匠のもとにいき質問します。

弟子「悩みを解決する方法を教えてほしい。この心の煩悶を解決しなければこの先すすめない」
師匠「ではその心をそこに置いていけ。あとでその心をみて治しておくから」
弟子「そんなことはできません」
師匠「では心がどうのと言っているのはウソか?心を分離して置いていけないのなら心などないに等しいだろが」
弟子「もったいないお言葉です。いまこの瞬間に煩悶は解けました」

なかなか含蓄のある寓話です。さてだからと言ってすべてが解決するわけでもありません。ただ論点としては心と身体を分ける身心二元論からは何も得ることはないだろうということです。心の在りかを肉体の脳や腸や皮膚にわけて思考する考えもやはり偏狭でありましょう。心と肉体が不即不離ならば髪の毛にも指先にも涙のひとしずくにも心はあるのです。このユニットというひとまとまりの構造体である肉体はすなわち心の在りかであります。それはより大きなユニットであるユニヴァースに包含されています。このユニヴァースにも心がありましょう。すべてが相似形で成り立つこの宇宙空間です。宇宙にも意思があり心があるのは当たり前です。恐らくはこの宇宙の心と通じた瞬間に人は幸せを感じるのではないでしょうか。大いなる愛。慈愛。すべてを愛で包みこむこの宇宙。すべてを産み育てはぐくみ何も見返りを求めない大いなる母ユニヴァース。我々は慈愛の世界で生かされているのです。

昨今の政治状況はあまりに苛烈です。しかし政治経済とは人間が人工的に造りだしたマトリクス(鋳型)に過ぎません。管理と支配のマトリクスで生きる我々はそれはそれは苦しい状況に息がつまりそうです。でもこんな人工マトリクスなど実にせこく脆弱な鋳型に過ぎないのです。より大きな愛で造られたユニヴァースというマトリクスにはちっこい人間世界のマトリクスなど太刀打ちできません。所詮は人間の浅知恵が造りだした架空の鋳型こそが人間の造りだしたこの支配構造です。支配されているのは確かですがその中でより高次の大いなる宇宙の愛を感じることは可能です。ただそのへんをブラブラ散歩しただけで私は宇宙の大いなる愛を感じます。田んぼの畦をよちよち歩く鴨の夫婦が、茶畑からひょっこり顔を出した野ウサギが、カアカア空で鳴いてるカラスが、蛙の歌が、電線でお喋りにいそしむツバメたち、野草や木々、川の調べが、頬をなでる風が、みんながみんな優しく私を迎えてくれます。これ以上の幸せはありません。ただこの世に生かされている。これ以上の幸福はないでしょう。あるがまま。その一事に気持ちが収斂された時、このうえもない至福を味わいます。

人工の管理社会に生きようとも幸せを感じる瞬間を多く持ちたいです。それも養生法です。命を命たらしめるような生き方を心がけましょう。心が喜べば身体も喜んでいます。区別はいりません。他者との区別、物と心の差別、その別なる差をクリアーすることが差を取ること、すなわち「さとり・悟り」であるとはある宗教家の教えです。もともと宇宙ユニヴァースの「みこころ」は悟りです。「差付き・差着・執着・意固地・傲慢・偏狭・排他・エゴイズム」はすべてが迷いの心より生じた悟りから遠ざかる思惟なのでしょう。宇宙の心と一致させていく。それにはやはり身体操法も一助になりそうです。動電場の軸であるプラス電気に帯電した体軸・脊椎・正中線を意識してみる。姿勢を正す、かつ、身体を緩める。こんな意識で肉体を操縦していると案外「ユニヴァースかあちゃん」の気持ちがスッと脊柱に浸透してくるかもしれません。宇宙はフラクタルです。ならば人間も宇宙と一体なのです。

いやなことばかりが生起しているように見えますがそれも人類向上のための脱皮とみるとまた視点が広がるかもしれません。

甘いと言われましょうがあくまで希望を失いたくないのでこんな希望的推測を書くのです。

あくまで個のユニットはみずからの責任で維持しなければなりません。因果応報。養生に励めば相応の福が訪れるでしょう、ね?(笑)

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2012.06.28 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 命曼荼羅

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