Light

アレをはじめて見たのは静岡脈診医学会に

在籍して間もない頃だ。

カミワザの腕を持つ盲目の鍼医の師匠に、

鍼治療の手ほどきを受けている最中だった。

私が鍼を打つ役になり患者側になった友人の

足のツボを探していた。

「ぜんぜん、ちがう、そこじゃない」

師匠は厳しい言葉を容赦なく浴びせてくる。

しかし、師匠には私のやっていることは

もちろん見えてはいないはずなのだ。

ようやくそれらしいポイントを見つけた。

すると師匠は間髪を入れずに

「うん、そこだ。そこに鍼をまず立てて」

まったく、なんで、いちいち、ぜんぶ、わかるんだ?

「いいよ、そのまま、ほんの少し刺入して」

私は必死に師匠の導きのままに鍼を打つことに集中していた。

没我の境地とはこんな状態を云うのだろう。

周囲の雰囲気がなにか、ガラッと変化したような気がした。

目がかすんだのか?

鍼を打っている手先からロウソクの炎のようなシルエットに

光りのミストが立ち上がるのが見えてきた。

「うん、いいよ。気が立ち上がったきたよ。

よしっ、今村君、そこまで、ハイッ、鍼を抜いて、

すぐ、閉じるっ」

冷や汗なのか汗が身体に溢れる。

とにかく身体が熱い。

「今日みたいな鍼が、いつも打てるようになれば、

いい鍼師になれるよ」

師匠の誉め言葉も上の空で、さっき見えたものが

なんだったのか、胸がざわつき、気になった。

カミワザの腕を持つ鍼医の師匠がこの会を去ると、

それからほどなくして私もこの会を退会した。

それからはどこの研究会にも派閥にも属さず、

311後はいっさいの東洋医学関連の団体と

関係を持たずに今に至る。

アレにはあの没我の坩堝の一時だけでなく、

これまでに通算で5度ほど遭遇した。

いつも鍼治療をしている時だ。

こんな仮説はどうだろうか?



【 ヒトの体壁筋肉系に発生する凝りは、

鍼灸指圧の治療をすることで、

「ATP⇔ADPのゆらぎ」が高まり、

凝りの中の分子構造が攪拌されることで、

凝りは凝りでなくなる。

その凝りが凝りでなくなるとき、

固体であった凝りはまず流動性をもった液体のような

状態に移行する。液体化した凝りの成分は、

体液の中に流れ込み、血液やリンパ液の流れに従い、

全身へと送られ、やがて肝臓や腎臓で解毒・再吸収が

おこなわれると要らないものが体外へと排出される。

また凝りの一部は、治療師の手から送られた

量子的な力で気体のようなミストに変換されて、

直接にツボから発散されて、体外へと排出される。

その時にツボから揮発した凝りに光線が当たると、

それが光りの粒、光りのミストとなって視覚化する。

凝りが溶解するルートには液体化と気化の

二つのルートがある。

指圧はどちらかと云えば凝りの液体化に向いた術。

鍼はどちらかと云えば凝りの気化に向いた術。

だとすると灸は火で凝りを燃やして気化する術と

いえなくもない。

凝りという固体は鍼灸指圧の治療で、

液体化し気化することで、

身体から消し去ることができる。

凝りを身体から消し去ることができるから、

鍼灸指圧は効くのだ(C) 】

とする仮説だ。




この仮説でいくと指圧治療中によく発生するDLS現象は、

凝りの液体化と捉えることができ、

現象と仮説に整合性ができてくる。

そして鍼治療中に発生する光りのミスト現象も、

凝りの揮発化という仮説で決着がつく。

治療師の個人的な特殊な体験を

すべて科学的に証明することは、

たぶん無理だろう。

しかし、それでも、それなりの科学的な仮説を

組み立てて、自分の体験を万人にわかりやすく説くことは、

治療師としてなずべき義務だと私は強く感じている。




鍼灸指圧治療で高まった患者の体壁筋肉系の

「ATP⇔ADPのゆらぎ」は、

凝りを溶解し、DLS現象を引き起こし、

やがて光りのミストに昇華する。



私の指先からはじまった竜の動きは

クライマックスにひとすじの Light となり、

天空へと飛翔する。

竜が飛翔し飛び去った体壁筋肉系には

やがて静寂と身心の爽快感が残る。



私の名前は光臣。

光りの使い、という意味を持つ。

そして治療院の屋号が光伯堂。

光りのマスターの舘だ。

私の風貌がヨーダに似ているのはダテではない。

凝りを竜に変え、光りに変える治療師は

世界広しといえど、

わたしひとりくらいのものだろう。

銀河最強のジェダイ・グランドマスターもとい、

銀河最強の指圧師、ここにあり!

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2017.03.23 | | コメント(10) | トラックバック(0) | 養生クリエイター

コメント

初めまして。

いつも知識と勇気と
インスピレーションを頂いております。
ありがとうございます。

盲目の鍼医というのは、もしかして
塩見哲生先生のことではないでしょうか?

2017/03/24 (金) 14:21:14 | URL | 瓜食めば #- [ 編集 ]

こちらこそ、はじめまして。


ようこそ、本ブログへ。

こちらにコメントを頂きまして、ありがとうございます。

爪食めばさん、

もしかしてご同業ですか。

ちなみに私の師匠は残念ながら、塩見氏ではございません。

私の拙いこんな記事でも、読むとなにかインスピレーションが湧くと

云って頂くと、こちらも勇気が湧いてきます。

温かいお言葉、本当にありがとうございます。

また、いつにても、コメントなど頂きますれば嬉しく思います。

どうぞ、今後とも宜しくお願い申し上げます。

ご挨拶にかえて。

2017/03/24 (金) 19:04:29 | URL | 今村光臣 #- [ 編集 ]

治療歴25年のハリー先生と
同業として並ばせて頂くのは
とてもおこがましいのですが、
まだ駆け出しの鍼灸師です。
歳だけ食ってますが。。

3・11の時にはちょうど鍼灸学生でして、
医療人が放射能についていっさい言及しないことに対し、憤懣やる方ない気持ちを抱いて爆発しそうになっていた時、ハリー先生のこのブログに出会い感激、それ以来ずっと、知識と勇気とインスピレーションを頂いております。

あらためて、ありがとうございます。
本当に救われ、感謝しております。

2017/03/25 (土) 09:41:10 | URL | 瓜食めば #- [ 編集 ]

そうでしたか!


よくぞ、ここにコメントをくださいました。

こちらこそ、あらためて、お礼申し上げます。

311後の医療界は、はっきりいって、ほんの少数の者を除けば、

存在価値を失ったと云っても過言ではないでしょうね。

鍼灸指圧界も、いったい何を今までやってきたのか?

後藤艮山の爪の垢を煎じて飲め、と言いたい。

医療は民衆のためにあるもの。

権力に媚びをうるなら、そんな医療者は要らない、っすね。

まあ、それでも、民衆の側が三猿エフェクトで陥落中なので、

そうした気概も長持ちしません。

自分も311直後からそれなりの防御策は継続して提示してきました。

しかし、いまは別な角度から覚醒を促す方針に切り替えています。

そのひとつが、私なりの生命観を打ち出すこと。

自分もまだまだはな垂れ小僧ですから。

爪食めばさん、どうぞ、今後ともお付き合いのほど、お願い申し上げます。

少しプロっぽい文献なんか、これからアップしましょうかね。

ここの常連なら、そのくらいのレベルでも十分についてこれますから。

楽しみが増えました。

鍼灸師でこれまでコメントをくれた方もおりましたが、

どういうわけか、あとが続かない。

諸事情がおありでしょうが、やはり同士との交流は格別ですから。

2017/03/25 (土) 19:28:10 | URL | 今村光臣 #- [ 編集 ]

≫存在価値を失ったと云っても過言ではない

まったくその通りであると思います。
「医療乱るれば、国乱る」が、
リアルに現実ですね。

鍼灸真髄の澤田健や代田文誌、
切脈一葦での葦原検校の、
鍼灸原始での石坂宗哲の、

医療人として「なんとかしよう」
という必死な意気込みと哲学に、
僕は感動を覚えます。

治療師は本来、いち職業ではない。
ライフスタイル、
生き様だと思います。

本当のところは命が何なのかは
常にわからない。

東洋医学のベースになっている
東洋哲学の本質は、

命の不思議に対する
畏敬の念だと思います。

そこんとこの教育から
はじめなければならない。
自分も含めて、現代人は。
頭でっかちで、
とことん馬鹿になって
しまっているなぁ。。




2017/03/25 (土) 22:05:08 | URL | 瓜食めば #- [ 編集 ]

まったくですね。


アメリカの伝説的な手技療法家、ヒーラーであったロバート・C・フルフォードは、

生命は科学ですべてが読み解けるような分子レベルの遊技場ではない、と仰っておりました。

命なんて科学ですべてが読み解けるという錯覚。

このおごれる科学万能イズムとも言える認識を改めることから

まずはスタートしなければなりません。

生命科学と言いますが、あくまでそれは命という科学で読み解けないものを、

科学で読み解くとしたら、こうなる程度の学問。

だから、ATPやミトコンドリアをキーワードにして命を解読しても、それはひとつの方便なんです。

活きた凝りに立ち上がる不思議な動きは、

科学で解説するよりも、むしろファンタジーやメルヘンやポエムがふさわしい。

あるいはアートかも。

治療師は生き様、ライフスタイル。

いや、まさに。

鍼灸師&鍼灸ジャーナリストの松田博公さんの著書に、

全身鍼灸師、という表現がありました。

行住坐臥、これ鍼灸指圧の心境で、わたしも生きてます。

そんな治療師としての生き様は、盲目の師匠から伝授されたような気がします。

師匠と一緒にいると心の奥底まですべて読まれていると、

いつも感じていました。

全身に師匠の気を浴びていたのでしょうね。

柔らかく滑らかな日本の伝統鍼灸の鍼の技。

それを継承できたのは盲人の鍼医の師匠たちのお蔭と

ここにきて認識を新たにする次第です。

2017/03/26 (日) 00:56:20 | URL | 今村光臣 #- [ 編集 ]

残念ながら僕にははっきりと師匠と
呼ばせて頂ける方はいませんが、

僕が恩師と勝手に思っている
先生のうちのお一人が、
伝統について語られていました。

伝統の「統」の文字は、
昔は「燈」の字で、「伝燈」と書いた。

燈の炎は、誰かが消えないように
大切に受け継いでいかなければ、
簡単にこの世から消え失せてしまう。

自分も何百年、何千年の歴史の中で
大切に受け継がれてきたものを、今
こうして学んで、君たちに伝えている。

だから皆さんも、
「伝燈」を伝えていく
聖火ランナーとして、
重大な役割を担っていることを
自覚してほしい、と。

先人に対する感謝と、
大自然の不思議に対する畏怖の年、
はかない命の、
生きるという健闘への賛美。

そういうことが重要視される世界を、
つくっていきたいですね。

2017/03/26 (日) 13:11:20 | URL | 瓜食めば #- [ 編集 ]

いい教えですね!


フランス語のトランスミット(伝統)という言葉には、

継承と解体の二つの意味があるとか。

継承しなければ、いずれ解体されてしまうのが伝統か?

はたまた継承することは解体と同義か?

ただ漠として前例を踏襲することが伝統なのか?

色々と思考実験が楽しめます。

伝統という前例があるから、前衛という遊びができる。

伝統の世界には前衛を抱擁する余裕がある。

私はどちらかといえば前衛を押し出したい。

それもまた伝統のラインのなかのひとつの光りだと認識しております。

自分も師匠と呼ぶには師事した時間が短すぎます。

しかし、ほんの一瞬でも鍼の得体の知れない世界を垣間見せてくれた。

その一瞬が私の治療師の内面を変容させ、身心を革命したとするのなら、

かつての師を師と呼んでもいいのではないか。

そんな気持ちでこの記事を書きました。

自分は指圧師の資格を持ちます。

指圧はサルのグルーミングに端を発した700万年以上の歴史をもつ手技。

鍼はたぶん7万年前頃に手にした道具。

そう言う意味では指圧はよりプリミティブ(原始的)で、鍼はモダン(近代的)と、私独自に解釈しています。

プリミティブを追及することでモダンへと到達する。

そうした過程を経てつかんだナニカをこれから世に問うつもりです。

ヒトの白血球はヒトの意識と電気的に呼応します。

身体のなかだけでなく、数キロ、いや500キロ離れても、

ヒトの意識とそのヒトの白血球は電気的に連絡しあいます。

こうした細胞間コミュニケーションはプライマリーパーセプション(原初的知覚)と呼ばれます。

いまのスタンダードな科学観よりも早過ぎて異端とされてスルーされている科学的エビデンスにも、

東洋医学を補強するヒントがあったりします。

バー博士の動電場理論の発見、バクスター博士のプライマリーパーセプションの発見は、

私に大いなる気づきをもたらし、今なおインスピレーションを刺激しつづけています。

伝統の火を消すことなく、その火をさらに強く輝かせる。

伝統はエネルギーをチャージされることでスパークする!

2017/03/27 (月) 05:56:22 | URL | 今村光臣 #- [ 編集 ]

風姿花伝でいう「守破離」ですね。

伝統をただ意固地に守るだけの偏屈の人、
あるいは何の伝統も踏襲せずに
下積みの努力を怠る
薄っぺらいオリジナリティの人。

どちらかの人が、多いと思います。
自戒もこめて。


メンターという言葉がありますが、
僕に強烈な閃きと導きを与えてくれた
先生たちを、僕は勝手に恩師だと思って、
感謝の想いと、お歳暮もお中元もしない
不義理の謝罪の念だけを
送り続けています(笑)。
塩見先生もそうですし、
もちろんハリー先生も僕の
「勝手に恩師」です(笑)。
このご恩は、患者さんへの療術の結果
として、お返しさせて頂きます。

僕ははりきゅう免許だけですが、
手技をとても重要視しています。
経絡治療系の鍼灸師には軽蔑される、
いわゆる揉み鍼スタイルです。
あ、あくまで、前揉・後揉です!(笑)

一去年、杉山真伝流の按摩術の原典が
発見されたと聞いてビックリしましたが、出版された『杉山真伝流按摩舞手』の
内容に大喜びしました。
母指をほとんど使わない。
これこそ鍼灸師の手技スタイルだと思い、
自分のものにする工夫を続けています。




2017/03/27 (月) 08:52:09 | URL | 瓜食めば #- [ 編集 ]

ゴッホも駆け出しの頃は、もう、もの凄いヘボ絵描き。

子供の絵の方がよほどまし、と言うレベル。

だけど、ゴッホのスゴイところは、そこからの努力。

すでに絵描きとして名を成した先人の絵のスタイル徹底的に研究し真似し、

読書家で相当の学問を積んでゴッホの自分なりの宇宙観を絵に表現しつづけた。

そしてついにゴッホにしか描けない唯一無二の絵を生むことに成功した。

成功したと言っても当時の画壇サロンには、見向きもされず売れた絵は生前には一点とも言われている。

そして最後には発狂して自殺してしまった。

ゴッホの死後、ゴッホの絵は徐々に評価されはじめ、今では億円単位で取引される人気にまでになった。

渦巻き模様の空が印象的な星月夜という作品は、

よく色んなコンテンツでネタに挙がる。

渦巻きはヒトの指紋にもある。

この渦巻きの息吹こそ、わたしたち鍼灸指圧家の気の発火点。

実は指紋はコアラにもあるとか。

コアラとサルが分岐したのは7000万年以上前。

他にも指紋がある動物種はあるが、指紋はヒトの場合、すべてのヒトで異なる。

伝統を継承し派閥に属しても、ひとりひとり指紋が異なるように、

ひとりひとりの気は異なる。

オリジナリティーのことで言えば、昭和の名灸師の深谷伊三郎の本に面白いエピソードがありました。

なんでも、あるシロウト療法で灸を施していたような、そんな者がある日、深谷のもとを訪れて、

自分しか知らない門外不出の秘伝のツボを教える、と意気込む。

しかし、それを聞いて呆れたのが、古典に明記されていたごくごく普通の常用ツボだったというオチ。

古典、基礎を学ばないと、こういう愚に陥る。

つまり独善のオリジナリティーなど、とっくのとうに誰かがやってしまっていて、

知ったかぶると大恥をかくということ。

だからこその基礎、古典なんですね。

ゴッホも絵がうまくなりたくて、とにかく徹底的に自分を追い込んで基礎を勉強した。

そして、ある時期からガラッと絵がうまくなる。

下積みという蝶の羽ばたきは、やがてその術、腕、技を変容させて竜巻を起こす。

バタフライ・エフェクト。

蝶の羽ばたきは竜巻になる。

爪食めばさんは、きっと、これから竜巻のように

羽ばたく、そんな予感がします。

2017/03/27 (月) 19:28:55 | URL | 今村光臣 #- [ 編集 ]

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