ツールがルーツ 6

鍼灸指圧はアート。

わたしの指は長年の指圧により、

いささかコブが目だち、爪も変形している。

これまで25年間の指圧師人生で、

3万タッチを越える多くのヒトの身体を触ってきた。

現在、現役で指圧を業とする指圧師が

日本にどれだけいるのか、正確には知らないが、

わたしはもちろん現役の指圧師だ。

遠方から我が治療院に来院される皆様がこぞって

クチにする言葉が

「先生の治療院がうちの近くにあれば

毎週でも通いたい」というひとことだ。

どうも私のような指圧をする指圧師が

全国的にいないようなのだ。

私の指圧術がとくべつに優れているわけでも、

とくべつに変わっているわけでもないはずなのだ。

あくまで基本に沿って、丁寧に一圧一圧に心を込める、

いわゆる日本人らしいおもてなし精神でおこなう指圧。

これは基本を踏襲しているに過ぎない。

ただ、もしも自分のやり方で、

なにかヨソサマと違いがあるとすれば、

それはある場合には、押す時間が非常に長くなる、

といった独自のイレギュラーなリズムがある、

というくらいだ。

治療の値段も特別に高いわけではない。

15分間1000円からで、

1時間で4000円だ。

都市部の平均価格からすれば馬鹿みたいなディスカウントだ。

基本的な指圧を良心的な値段で提供する。

とくべつなことはなにひとつない。

しかし、私にも矜持くらいあるのだ。

世の中にはアートと呼ばれるものがある。

普通はアートと言えば芸術作品を連想する。

ようは絵画や彫刻などの美術品のたぐいだ。

美術品はともすればとてつもない高額がつく。

ただペンキをぶちまけただけにみえる

アメリカのポップアートのジャクソン・ポロックの作品など、

いまでは億単位で取引されている。

もちろん有名処のゴッホなども億の世界だ。

こうしたモノとしての芸術とはべつに、

音楽もまた芸術だ。

音楽はモノではないので、意味不明な金銭取引は

比較的に少ないような気がする。

そういう意味では音楽は純粋だ。

音楽は鼓膜を空気がゆさぶりマッサージすることで

ひとを感動させる芸術だ。

しかし、それは瞬間の出来事で、

美しい調べが鼓膜を震わせても、

その瞬間が過ぎれば消えてしまうものだ。

音の振動は一瞬だが、音の振動は電気信号となって

脳へと神経伝達されると、脳内で情動となって感動を呼ぶ。

古来、中国では最強の気(き)は音だったという。

実は音は耳だけでなく皮膚でも感知されている。

だからヒトは耳と皮膚の両方で音を捉えているのだ。

指圧は指圧師の指で患者の皮膚を押していく。

指圧師の指先は微弱な赤外線を発し振動している。

指圧師の指先の振動は患者の皮膚に触れることで、

その振動を伝達する。指圧師の指先の振動は

患者の皮膚を振動させると、その振動の波は

患者の皮膚へと様々な紋様を描きながら、

波打ち広がっていく。

指圧師は患者の皮膚というキャンバスに

色を塗り、音を聴かせるアーティストなのだ。

アートの語源のなかには、腕という意味も含まれるそうだ。

腕の意味を少し拡大してその先っぽの指先まで含ませれば、

やはり私の仕事は立派なアートだといえよう。

指圧というアートはモノではないゆえに、

ポロックやゴッホの作品のように高額をつける

わけにはいかない。

そして音楽という総合芸術のように美しいホールで

大勢のひとを一度に楽しませることも不可能だ。

場末のやれた雑居テナントの二階の小さな店が

指圧アートの展示会場だ。

モノとしての価値はないし、

すべてのひとに認められた価値でもない。

しかし指圧というアートはどんな素晴らしい芸術と

肩を並べても決して恥ずかしくない純粋な芸術だと

わたしは胸を張りたい。

わたしにしか描けない絵を、

わたしにしか出せない音を、

わたしは治療院で描き奏でるのだ。

鍼灸指圧という絵筆と楽器をツールに、

治療という芸術作品に挑む。

スポンサーサイト

2017.03.13 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 養生クリエイター

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

«  | ホーム |  »

プロフィール

kouhakudou

Author:kouhakudou
FC2ブログへようこそ!

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR