身体論の解体と再構築 19

栄養学者の故・川島四郎博士は私が中学生の頃に、

健康カテゴリーの文壇のスターだった。

いまでいうビタミンサプリの発明者でもあった。

軍事用の兵食は川島博士のプロデュースに

よるところが大きい。

この川島博士はフィールドワークも得意とし、

アフリカなどに出かけては野生動物の食の生態を

研究していた。そうした研究からわかったことが

野生の草食動物などは四六時中、いつも少しづつ

エサとなる草などを食べ続けているという事実だ。

人間のように三度三度とキッチリと時間や回数を

決めて食べ物を食べる動物は

ほとんどいないというのだ。

だから川島博士もそれを見習って、

博士の朝ご飯と昼食は、つまみ食いの少量を

四六時中で、夜の9時半にしっかりとした夕食を

食べて、ライオンのようにそのすぐあとにゴロッと

横になり眠る習慣をつづけた。

こんな生活で95歳まで健康長寿を成し遂げた。

博士は晩年はどちらかといえば菜食派だった。

それは生き物は身の丈に合った食べ物を食べるのが一番

という哲学からそうしたようだ。

ヒトも若く体力があり、ウシでもブタでも

とっくみあいで殺せるくらいの精力がある時には、

そうしたものを食べるのが適している。

しかし、もうそんな余力がなくなったのなら、

そのへんの草や木の実を食べるのが理に叶っている

というのが博士独自の哲学だ。

だとすると若い頃は肉食系で

年をとったら菜食系がイイ、と思いがちだ。

さて、少し人類のここ5万年ほどの

食のアーカイブを俯瞰してみる。

するとここ4万年が狩猟採集生活の肉食系で、

その後の1万年が農耕牧畜定住の穀菜乳食系と

いう大きなトレンドが見えてくる。

この大きなトレンドの移行は、

五大陸に栄えていたキャメロプス(過ぎし日のラクダ)や

ゲニオルニス(275キロの鴨)などの

大型哺乳類や鳥類を人類がすべて食べ尽くしたことが、

背景にあるような気がする。

大型動物はいってみれば「歩く焼き肉食べ放題レストラン」

だったわけだ。いやそれだけではない。

大型動物は「革製品アウトレットセール」であり、

「インテリア・家具・住宅建材の大催事場」であり、

「ガソリンスタンド」、「アクセサリーショップ」でもあったのだ。

つまり大型動物はあらゆる意味で原始人類にとっては

命をつないでくれる神からの、地球からの贈り物だったのだ。

サーベルキャットやオオカミやハイエナのような

肉食系の猛獣たちに人間が狙われてその餌食になる危険性や、

人間が仕留めた獲物の解体時に、そのスキを襲われる危険性が

あったことは確かだろう。しかし、

歩く焼き肉食べ放題&生活必需品見本市であるケナガマンモスなどは、

ユーラシアのマンモス・ステップの草原に進出した人類にとって

あまりに魅力的だったはずだ。

オーストラリアにいたゲニオルニスなどは275キロの鴨だ。

その羽毛はフランスのファッションメーカーの

モンクレール社のダウンベストやダウンコートにしてもイイような

素晴らしい素材だったろうし、その肉はローストにしても、

スモークにしても、鴨鍋にしても旨くてたまらなかっただろう。

そんな理由でたぶん、地球上の大型動物の大半は、

人間の腹におさまり、いろいろと活用されて、

やがて地上から絶滅したのだ。

そうしてそんな便利な大型動物が地上からいなくなって、

困った人類はしょうがなくついに農耕と牧畜を発明したのだ!

そこから人類は爆発的に数を増やす。

ということは、農耕と牧畜を主体にした食や生活が、

人類の健康や長寿に向いていたと、分析できるかもしれない!

ある意味、これは人類にとって革命的な出来事だったといえよう。

人類は農耕と牧畜と定住により文明を興して、

ここ1万年で人口を72億人にまで増大した。

もしも地球生命圏における淘汰のシノギを

地上の生息圏を奪い合う仁義なきニッチ戦争と捉えれば、

人類がここ1万年の覇者であることは間違いない。

人類は肉食系から否応なく穀物菜食乳製品の食のトレンドへと

移行することで、安定した健康と長寿を手に入れたのだ。

では、そうしたことを踏まえて、

いったいこれからの私たちの食の羅針盤を

どこに位置づけたらいいのか。

川島レシピでいくのか?

絶対的肉食系、あるいは絶対的草食系でいくのか?

イイ加減派を貫くのか?

ちなみに食事を味わいながら規則正しく食べると、

オレキシンという脳ホルモンがよく分泌されて、

筋肉の代謝が促進されて、血糖値の上がり過ぎが

抑制できることがわかっている。

そんな知見も合わせて、やはり、

私はこれまでどうり「イイ加減」の量と質を

臨機応変に組み合わせて、

楽しんで食べ物を美味しく有り難く

頂く路線でいくつもりだ。

絶食や少食はもうこりごりだ。

もしも絶食がヒトを健康長寿に導くのなら、

飢餓の問題など皆無だ。

飢餓とは栄養失調のすえの病的状態への移行、

その末路は絶命を意味する。

だから断食は断じて健康のためにするものではない。

あくまである種の強制力を身体総体に働かせて

身体にゆさぶりをかける一時的なデトックス的な

ショック療法であり、それは貧血や栄養失調を伴う医療的にみれば

極めて危険な行為でもあるのだ。

この断食の負の側面は、よくよく吟味したがいい。

消化器もその消化器の上皮にある栄養素を受け取る受容分泌細胞も、

それを使うことで発達する。

もしも食べ物を食べなければ、これらの器官や細胞はみな萎縮して廃絶する。

食べるから消化器が活き活きと働くのだ!

食べるから消化器が活き活きと働いて身体が生きかえるのだ!

食べることは生きること!

人類はこれまでに何度も飢餓に遭遇したことだろう。

そのたびにグレリンが鳴り続ける胃袋をさすりながら、

飢餓をどうにか克服したいと切望したはずだ。

そうしてホモサピエンスは20万年をかけて

ようやくスーパーに行けば、

100グラム幾らでお肉が買える時代を引き寄せたのだ。

お肉だけではない。お米も野菜も御菓子も

なんでもスーパーやデパートには揃う。

もうマンモスを追いかけなくていいのだ。

よくぞここまでたどりついた。

我が人類をたまには誉めようではないか(笑)

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2017.02.25 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 養生クリエイター

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