N の気

植物は根に土壌菌を共生させて、そこで物質のやり取りをして

自身の成長の糧(かて)とする。この植物の根と土壌菌の

共生の場を根圏(こんけん)と呼ぶ。

窒素固定細菌のリゾビウム細菌と豆科植物の合コンは、

まず豆科の側からセッティングされる。

居酒屋ならぬ根圏屋で最初に出されるお通しは、

植物の根から運ばれてくるフラヴォノイド(フラボノイド)だ。

植物たちは植物にしか作れない有機化合物をたくさん作る。

いまそれらの植物に特有の有機化合物はフィトケミカルと総称される。

豆科の植物が根圏で窒素固定細菌のリゾビウム細菌を誘引するために

分泌するフラボノイドもフィトケミカルの一種だ。

そうして豆科の根に招かれた土壌の合コンメンバーの

リゾビウム菌は、今度はお返しに複雑な糖類の生産をはじめる。

複雑な糖類と言えば恐らくは多糖体のようなネバネバした複合糖質だろう。

このリゾビウム細菌が生産した複雑な糖類は豆科の根毛を縮らせて、

根毛細胞に侵入するためのトンネルのようなものを植物側に作らせる合図だ。

こうして豆科の根毛に入るゲートができると、リゾビウム細菌は豆科の根毛細胞に

侵入する。そうすると豆科の根毛細胞のサイズが大きくなり、

バクテロイドと呼ばれるリゾビウム細菌と豆科植物の根毛細胞の複合体が出来る。

このバクテロイドという秘密基地が豆科の根と窒素固定細菌の共生の拠点だ。

バクテロイドは豆科植物の生産する特殊な半透膜で覆われて、この膜を通じて

リゾビウム細菌の空中窒素固定によってアンモニウムに変換された

豆科植物の窒素源となる窒素が植物側にプレゼントされ、また植物側からは

炭水化物や糖類やアミノ酸やイオンなどのリゾビウム細菌にとっての

おもてなしの御馳走分子がたっぷりとふるまわれる。

こうして宴もたけなわに二次会のカラオケへと馳せ参じるのだ。

いや失礼。もとい。

そうしてこの豆科植物の根と窒素固定細菌のリゾビウム細菌の秘密基地となった

バクテロイドは根粒(こんりゅう)と呼ばれる球形の組織を形成する。

大豆の根を引き抜くと、そこにはまるで実がたくさん成ったような

バクテロイドの根粒の玉があるのを見るだろう。

まさにそれはわたしたちの命を育む必須窒素の源でもある金塊ならぬ菌塊だ。

菌塊のバクテロイドで窒素固定をおこなうリゾビウム細菌はニトロゲナーゼという

酵素で空中の窒素ガスをアンモニウムに変換する。

この時に、もしも酸素にさらされるとこのニトロゲナーゼによる

酵素反応はフリーズしてしまう。だから、バクテロイドには

酸素とニトロゲナーゼが触れないような仕組みが施されている。

この酸素をニトロゲナーゼと触れないようにガードする仕組みとは、

レグヘモグロビンという分子による酸素の吸着だ。

レグヘモグロビンはその名が示すとおりヒトのヘモグロビンと

同じような役目を果たす。鉄元素をキレートに使い酸素を吸着するのだ。

鉄元素は酸素にくっつくと酸化鉄の様相を帯び鮮紅色を帯びる。

豆科の根にたくさん実った菌塊は金色ではなく赤色なのだ。

レグヘモグロビンという分子のうちのレグヘモの部分を、

リゾビウム細菌の遺伝子が生みだし、

グロビンの部分は豆科の遺伝子が産生する。

お互いにとってなくてはならない必須の分子を、

なんと、種の異なる細菌と植物が共同で作成するのだ!

根圏での合コンは二次会もふけてこうして実を結び、

レグヘモグロビンという子供までもうける、まことに

晴れ晴れとした結婚生活へと成就した。

たびたび失礼(笑)もとい。

このような植物の根と土壌菌の共生とまったく同じような仕組みが、

わたしたちの体内、とくに腸内で行われていることがわかっている。

このヒトの腸内の腸内細菌がヒトの健康に及ぼす仕組みは、

いま世界の医療、健康カテゴリーのもっともホットな関心事だ。

例えばヒトの腸内細菌は食べた植物性繊維やアミノ酸を使って

脳内セロトニンの前駆体を産生することがわかっている。

また肥満か痩せ形か、が腸内細菌の質に左右されることが判明している。

かいつまんで言えば、太らないためには腸内細菌の善玉菌を増やすことだ。

これらだけでなく免疫の正常化などにも腸内細菌の役目は大きいようだ。

土壌菌と植物の根が共生する根圏の全容解明や、

ヒトの腸内細菌とヒトの健康の関わりの研究は、

いまスタートしたばかりともいえる新しいニッチなフロンティアだ。

だから、まだまだ確定的なことはそれほど多くない。

しかし、たぶん、こうは言えるだろう。

ヒトのDNAの構成材料である核酸やアミノ酸、

ヒトの機能タンパク質や構造タンパク質のすべてのタンパク質の材料となる

窒素のみなもとは植物の根圏に共生する窒素固定細菌が大気中の窒素を

レグヘモグロビンに守られたニトロゲナーゼという酵素でアンモニウムに

変換したのが始まりである、と。

そしてその土中の窒素固定細菌が固定した窒素はもとをたどればこの

眼前の大空、大気中に含まれる約80%の窒素である、と。

そうなのだ。空気と称し、ふだん私たちはまるで意識しないが、

この空気は決してからっぽではなかったのだ。

そのからっぽに見える空気のなかには私たちの命の源となる窒素Nが

膨大に漂っていたのだ。

この大気中を膨大に漂う窒素が窒素固定細菌により土壌中に取りこまれ、

バクテロイドから植物へとプレゼントされることで、

わたしたちヒトや動物は、植物と大地と大空とむすびつく。

そしてやがてわたしたちが排泄し死骸となった窒素化合物は、

土壌中の脱窒素細菌によってまた窒素ガスに変換されて、

大空へと還される。

たしかにヒトは肺から窒素を取りこむことはできない。

しかし肺にめいっぱい空気を吸った時、

その肺いっぱいの空気のなかの吸収できない窒素80%に、

「これまでいつもありがとう、そしてこれからもよろしく」

くらいは言ってもいいのではないだろうか?

いや、もしも、肺中や大気中の窒素に感謝を述べるのなら、

当然のこと食べ物や植物の窒素にも、バクテロイドの窒素にも、

窒素固定細菌にも、脱窒素細菌にも、

感謝の言葉を述べなければいけないはずだ。

生理学や生物学を突き詰めていくと、いつも宗教的な感情が芽生えてくる。

わたしたちの体は窒素なしでは生きられない。

その窒素の源を探り、自然界の窒素循環を学ぶ時、

わたしのなかに窒素に自然に手を合わせる気持ちが湧き上がった。

鍼灸指圧で分泌量が増す皮膚と血管壁の一酸化窒素も、

この自然界の窒素循環の一部を成す。

鍼灸指圧は一酸化窒素のお蔭でその治療効果を増す。

目の前の大気中に、足もとの土中に、指先に、

Nの気がいつも流れていた。

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2017.01.29 | | コメント(2) | トラックバック(0) | 養生クリエイター

コメント

今さんっ!!

2017/01/29 (日) 08:29:10 | URL | 中尾勇人 #- [ 編集 ]

中さん、おひさでやんす!

ちょっくら、ここんとこ、込み入った話をしてますが、

ついて来てくれてるようで、ありがたいことです。

土壌方面は、どちらかといえば門外漢ですが、

腸内細菌のことを知るためには、

不可欠な領域と認識するにいたりました。

セロトニンも一説によれば、もとは細菌同士の分子言語とか。

それが種を超えて動物界に浸透した。

細菌も植物も動物もヒトもどうも、みな仲間のような気がします。

その共生系の生態系を支えているのがたぶん、

窒素循環の大きなサイクルでしょうか。

いままで窒素なんて元素は随分と遠い存在だったのですが、

一酸化窒素に注目することで、

急に窒素の世界が手元に舞い降りてきました。

これからどんな思索が広がるのか、

自分でも未知への旅となりそうです。

2017/01/29 (日) 13:23:48 | URL | 今村光臣 #- [ 編集 ]

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