呼吸する大地

大気中には窒素が約80%、

酸素が約20%、二酸化炭素が約0.035%含まれる。

だから肺いっぱいに空気を吸い込むと、

その8割は窒素ガスだ。

しかし、この肺に入った8割の窒素が肺胞から血液中の

ヘモグロビンに付着して体内には決して吸収されない。

窒素という元素はアミノ酸やタンパク質や核酸という

人体に必須の分子を合成する必須の素材だ。

だからもしもこの空気中にある膨大な窒素を酸素と

同じように肺から吸収できれば、なにかとてつもない

進化をヒトは遂げるかもしれない。

ところが決してそうはならない。

なぜかといえば、大気中の窒素ガスは二つの窒素原子が

三重結合で強固に連結されているため、そのままでは

生合成には適さないのだ。

この使いにくい大気中の窒素ガスをアンモニウムのかたちで

取りこみ、植物にプレゼントしているのが植物の根に共生する

窒素固定細菌という細菌だ。

窒素固定細菌の発見は大豆などの豆科の栽培植物が肥料の少ない畑でも

立派に育つことから注目され、やがて土壌菌のなかの窒素固定細菌が

窒素源を植物の根にプレゼントしていることが発見された。

窒素固定細菌が大気中に膨大にある窒素をまず土中へと引き込み、

植物にプレゼントする。すると窒素固定細菌から与えられた窒素は、

植物のなかでアミノ酸やタンパク質となる。

この植物のなかのアミノ酸やタンパク質をヒトを含む動物たちが

食べて腸管から吸収して、DNA合成やタンパク質合成を行う。

そうして動物の体内で使われた窒素はやがて

動物の糞や尿や死骸となってまた大地へと返還される。

大地へと返還された動物の屎尿の窒素は

その後、どうなるのだろうか?

恐らくは一部は微生物により発酵して分解されるだろう。

これが昔ながらの肥だめの金肥だ。

しかし、こうした土中の窒素の有機窒素とアンモニウム窒素の

うちの大部分は、まず微生物により硝酸塩という分子に

変えられることがわかっている。この硝酸塩はアンモニウムと異なり

土の粘土粒子と強く結合しないので、土壌中の植物や微生物が利用できない。

硝酸塩は雨により地下水や川へと流されて、最後には海へと流出する。

雨で流されなかった土壌窒素も、その大部分は脱窒素細菌と呼ばれる

特殊な細菌の働きで、窒素ガスに戻される。

この脱窒素細菌が大気中の窒素ガスを補給する重要な使命を担っているのだ。

もしも脱窒素細菌が窒素ガスを大気中へと戻さなければ、

硝酸塩の形で海に窒素が溜まり、大気中の窒素ガスが減り、

窒素固定細菌が利用できる大気中の窒素ガスが減ってしまう。

硝酸塩を窒素ガスにして大気中へと窒素ガスを補給する大事な土壌細菌が

脱窒素細菌なのだ。

これで大気と大地の窒素ガス循環の大きな輪がつながった。

大気中にある窒素ガスは土壌中の窒素固定細菌により大地へと吸引される。

大地へと吸引された窒素は植物やヒトや動物に使われて、

また大地へと還される。

大地に還された窒素は脱窒素細菌によりまた大気へと放出される。

大気→大地→動植物→大地→大気→ 大地→動植物→大地→大気→大地→

これこそが自然が成し遂げた奇跡の窒素循環の仕組みだ。

私たちは肺から窒素を吸収できないが、

大地は窒素固定細菌と脱窒素細菌を通じて窒素を呼吸している。

そうなのだ。この柔らかな土は窒素を呼吸する生き物なのだ。

この生き物であり呼吸する土へと戦後の慣行農業は

これまで膨大な窒素肥料を散布してきた。

この農場、庭、家庭菜園、ゴルフ場などに投入された

窒素肥料の窒素は、三分の一から半分しか植物に吸収されないで、

残りは硝酸塩となり、地下水や河川、そして海洋へと流出している。

これらの窒素が高濃度に含まれた飲用水はヒトでも特に幼児、

そして他の動物にも有害であるとされる。

硝酸塩が河口に流れ込むと富栄養化を引き起こし、

藻類の大量発生が水系の生態系バランスを破壊する。

また窒素肥料の大規模な大量投入は地球レベルの窒素循環を加速させる

ことで、大気中の二酸化窒素の濃度を上げているという。

この二酸化窒素はオゾン層を破壊し、酸性雨の原因となり、

二酸化炭素の300倍もの温室効果をもたらすという。

いわば人為的な窒素毒による大地と海洋と大気の窒素汚染が

いま進行しているのだ。

戦後の窒素肥料の慣行は、食料増産という大義名分があったようだ。

しかし、その弊害が顕在化した今、果たして既存の農法だけに

頼ることの是非を真剣に問う時代が来ているのかもしれない。

つい先日に農業関係に詳しい識者に聞いたのだが、

いわゆる窒素、リン酸、カリの肥料の三大要素や

カルシウムやマグネシウムなどの施肥に関する書物、

コンテンツはゴマンとあるが、

土壌菌と植物の関係性や、土壌菌の代謝産物を研究したものは、

これまで農業関係のコンテンツにおいては、どちらかといえば

レアなネタに属したという。

窒素循環ひとつみても自然界は精緻なエコロジーの仕組みを奇跡のように

達成していたのだ。そこへドカドカと割り込んで入ったのが、

人為的な窒素肥料の投入だったのだ。

柔らかな大地は柔らかに窒素を呼吸している。

そのリズムに従えば本来的な農が達成できるはずだ。

むろん、私は農に関してはまるっきりの素人だから、

わかった口を聞くつもりは毛頭ない。

ただ大気と大地とヒトや動植物の窒素循環をこうして俯瞰した時、

窒素固定細菌と脱窒素細菌の重要性が浮かび上がり、

その妙なるバッテリーに深く頭を垂れる気持ちで一杯になる。

我が師とするは常に天地なり。

わたしの指先でポップに弾ける一酸化窒素もまた

自然界の窒素循環の一部をなす。

わたしの指先は呼吸する大地と共にある。

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2017.01.28 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 養生クリエイター

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