One&Only

指圧という手技には道具は必要ない。

必要なのはこの手だけだ。

だからやろうと思えば誰だって指圧くらいは出来そうに思う。

ただし、それはあくまで素人レベルの指圧風の何かが出来る、

という程度のことである。

指圧をプロが業としておこなうには、

そんな素人レベルの指圧風の甘っちょろいレベルでは

到底通じない。

凝りは百人百様、千変万化だ。

そのすべてに適応できる術がプロには要求される。

癌の末期の凝りを何人も触ってきた。

膵臓ガンの末期に肩から肩甲骨の両脇に出現した凝りは、

まるで亀の甲羅のような膨隆を見せた。

その固いことと言ったら、押している指が痛んだのを思い出す。

膀胱癌の末期の男性の凝りは独特だった。

それは固さもさることながら、その冷たさが尋常ではなかった。

鍼を打つ手先が痺れるほどに冷たいのだ。

鍼を打ちながらこちらの体温が奪われていくのがわかった。

鍼を打ちながら寒気を感じたのはこの時だけだ。

ひとの身体が氷なみに冷たくなることをはじめて知った。

肝臓ガンの末期の凝りは背中全体がすべて鉄板のように固かった。

乳ガンからくる肩こりもそれはそれは固かった。

癌に付随する凝りとはこういうものをいう。

しかし、これらの癌に付随する凝りもわたしは決して敵とはみない。

果たして人体に生起する生理現象に敵や味方があるのか?

生理現象はあくまで適応の姿だ。

内外環境の変化に細胞核セントラルドグマが応答し、

しかるべき分子を発動しているそのありようが生理現象なのだ。

だから、生理現象には敵も味方もない。

あるのは命のあるがままの姿、それがあるだけだ。

24年間で3万タッチ以上の凝りを触ってきた。

そうしてわかったことのひとつは、

命は摩訶不思議でカオスでコスモスでフラジャイルな存在だ、

ということだ。

凝りも命のひとつの顕現だ。

凝りもまた摩訶不思議でカオスでコスモスでフラジャイルな様相をみせる。

でも、うまくいくと、凝りは自発的に勝手に動き出して、

みずからのちからで凝りをほぐしていく。

この凝りの自発的な運動を引き出すことこそが、

プロの指圧師の妙技なのだ。

凝りを取るのではなく、

凝りをほぐすのではなく、

「凝りの自発的な運動を引き出すこと」

これができてはじめてプロの指圧師と言えよう。

果たしてそのレベルに到達しているプロの指圧師がこの地球に

何人存在するだろうか?

思うにそれほど多くはいないはずだ。

いや、もしかしたらわたしだけかもしれない。

ワン&オンリー。

ひとつにして唯一のワザの追及。

24年間の臨床はすでにそんなワザをわたしに授けています。

今日も86歳のスーパーおばあちゃん、市井の達人のOさんが

来院されます。

定期的な凝りのケアが、あの背筋の伸びとアクティブな生活を

支えているのです。

日本が生んだ手技の宝は、こうして知る人ぞ知る通人に愛されて、

いまなおしぶとくそのワザを伝承しております。

日本の指圧よ、永遠なれ!

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2016.09.06 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 養生クリエイター

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