我が師

「天地達観の位には、聖人と称し仏陀と号するも、もとより人なれば、

畢竟 我 講求討論の友にして、師とするものは天地なり」



江戸中期の思想家・三浦梅園の言葉だ。

意訳すれば「自然こそ我が師」になろうか。



世の中には通説や定説があまたある。

そんな通説は時にお互いの理論が噛み合わずに喧嘩し、

時に間違いが発覚し信用を失い捨て去られる。

つまり通説や定説ほど当てにならないものはないのだ。



どんなに偉く立派な人のこしらえた定説であっても、

所詮はそれは人の産物だ。

自然こそが定説の見本市だ。

と梅園の言葉を読み換えてみたい。



自分が論説を張れるのも、ひとえに実践があってのこと。

指先で実際に患者に触れて、患者の命の息吹が、

指先からわたしの体内にインストールされるから、

なにがしかの思想がわたしの脳内でスパークするのだ。




そう、わたしの先生はいつも指先の向こうにおります。

今日もきっと指先の向こうの我が師が、

なにかを教えてくれることでしょう。

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2016.06.05 | | コメント(1) | トラックバック(0) | 命曼荼羅

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2016/06/05 (日) 15:14:32 | | # [ 編集 ]

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