4年後の真実

「周流する惟(た)だ一気 天地は人と同じ」 陸游『宴坐』


無想無念で患者に鍼を打つ時、ある瞬間をもって入静にいたる。

その静けさのなかから、眼前に明滅する光りが満ちてくる。

あるいは鍼先のしたで激しく躍動した動きが、

やがて天空へと雄飛する。




ひとの身体は解剖学や生理学でわかる部分だけで構成されていない。

ひとの身体は分子レベルの構造物にプラスする何かで成り立っている。

この「プラスする何か」を恐らくは中国古代の鍼医たちは、

気と呼ぶことにしたのだろう。




人体構造に「プラスする何か」を気と呼ぶことで

古代人たちはわたしたち現代の鍼医に宿題を遺してくれた。




気とは何なのか?

陸游は冒頭の詩句のように気を捉えた。

天地も人も周流する気により養われている。

ただ天地の気は途絶えることはないが、

ひとの気はいつか途絶える。

そのことを陸游は以下のように表現している。




「天地は故(ことさら)に息(や)まず
 人為は此(ここ)に窮する有り」   陸游『剣南詩稿』



昨日に来院された常連の御婦人は4年前にシビアな手術をした。

三大療法のうちの二大療法の洗礼を受けた。

わたしは術前、術中、術後とこの患者に温灸と指圧で対処しつづけた。

術後のソケイ部のリンパのむくみが出ることもなく、

薬剤の副作用による手足の末端のシビレも早期で取り除くことができた。

ヨガや温泉はいつからか止めて、今はゲルソンジュースとわたしの

治療を継続しているのみだ。

ここ4年間を振り返り、

「こうして4年後も元気でいられるのは、この治療を継続したお蔭だと思う」

とこの患者が昨日の治療後にしみじみと仰った。




人為が窮する場合もあるが、

人為が効を奏する場合もある。




治療という人為が天地の理に沿い、

天地の気と人の気が治療により周流すること。

治療の目的とはきっとそんなところにあるのだろう。




4年後の真実は、

そんなあらたな気づきをわたしにもたらしています。


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2016.05.30 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 命曼荼羅

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