健康はツール

「身を苦しめ形を労して深山に入り、神仙を求め、二親を棄て、骨肉を損(へ)らし、五穀を絶ち、詩書を廃し、天地の宝に背き、不死を求めるは、世を通じ非を防ぐ所以のものにはあらざるなり」(『新語』慎微篇)


この言葉は今から2200年以上前の漢代初期の儒家であった

陸賈(りくか)という人物が、不老不死を求めて

養生に励む道家(神仙家)に対して放った痛烈なクレームだ。


ザックリと意訳すると

「健康を求めるあまり回りが見えなくなって

健康オタクになることは人生の本望ではない」

とでもなろうか。



健康オタクの神仙家にとっての養生法の実践は

個人的に解脱し健康を手に入れて不老不死の仙境を

目指すことが究極の目的であったが、

儒家にとっては個人的な健康はあくまで手段であり

道具、ツールであった。



では儒家にとって健康になる目的とは何だったのか?というと、

天下万民の救済のために自分自身の力をいかんなく

発揮するために健康になること、だった。



まるで清朝末期の鍼医であり武術家であった

黄飛鴻(ウォン・フェイホン)みたいな心境かしら。




健康になることは、あくまで手段であり目的ではない。

ハリィーにとっての目的は世界が平和になり、

戦争も原発もない文明を築くこと。



まったく2000年以上前の儒家の言葉が、

そのまま今の自分の心境に当てはまることには驚くばかりです。




古典の言葉をただ引用したり、解釈するだけではなく、

極めて個人的な意見を加味しながら、オレ流に咀嚼する。




そんなエキセントリックな論考に飢えてきて、

無性にそんな遊びをしたくなりました。

なにしろここんとこ分子レベルのネタばかりだったので(笑)




温故知新シリーズ。

古いヤツもまた良し(森山周一郎のナレーション、菊正宗のCM調で 笑)

ちょっと続けてみます。

スポンサーサイト

2016.05.24 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 命曼荼羅

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

«  | ホーム |  »

プロフィール

kouhakudou

Author:kouhakudou
FC2ブログへようこそ!

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR