手の内 17

「トリニティ」における私のこれまでの論説集 ←クリック!






昨日は愛知県は東海市からMさん親子が本年最後の治療にご来院くださいました。

ディスプレイ用に飾ってあるプロ仕様の東洋医学専門書をパラパラとながめながら、

「エッ、これ初版が昭和36年!そんな前からこんなイイものがあったのに、ぜんぜん知られていないんだもの」

と仰ったので、

「あっ、その本を書いたナガハマ先生は、たしかGHQが鍼灸禁止令を発布して、日本鍼灸を抹殺しようとした時に、先頭に立って闘った本業界では超有名な人物だね。そのGHQに日本鍼灸が完全につぶされそうになった時は、東洋医学に理解を示していた西洋医も加わって一丸になって、GHQとやりあったんだって。そのお蔭で今もなんとか日本鍼灸が残ったんだけど、でも、そのあとにつづく現代の俺らの世代は、これからもっともっと、闘わなくてはならないんだけど、まだまだだね」

なんて会話を楽しませて頂きました。






むかし、新聞の記事で読んで私の脳裏に記憶に残っているのが、富山県の伝統彫刻の透かし彫りを受け継ぐ彫り師の

「伝統は技の低下で消えるのではなく、時代に受け入れられなくなって消えるのだ。時代に合わせていかなければ伝統も死に絶える」

という言葉です。



日本の東洋医学である鍼灸指圧は日本の伝統医療、伝統文化です。

GHQによる日本鍼灸抹殺の危機という苦難の時代を経て、なんとか現代も生き長らえている伝統です。

しかし、本当の意味で現代という時代に合っているのだろうか?

私は常にそのことを考え続けています。




冒頭クリックは本年の6月末よりネット版の

スピリチュアル女性誌「TRINITY」に私が連載した全記事を集めたページです。

恐らくは本日にも、本年最後の記事 vol.12 がアップされる予定です。

気についての、現時点での結論めいた事を公開します。






「参加型人間原理」に従えば、

あらゆる事象もそれを認識し観察する者がいて、はじめて存在できる、

とされます。





だから気というものも、この理屈でいけば、

気というものを認識し観察する者がいて、はじめて存在できる、

となります。






気と現代科学を融合することで、

気を現代人が認識し観察できる事象に引き上げる。

これはどうしても、わたしたち世代の鍼灸指圧師がやらなければならない

絶対的な使命です。






どうにかフォロワーに先んじて、

新しい概念を提示できたかもしれません。






わたしのこれまでのトリニティにおける5回の気論を読んでしまうと、

読んだ読者にも、いろいろな気づきや閃きが生じ、

カンがいいフォロワーは、自説の如くに、

その気づきや閃きをもって、

論説を展開してしまうので、

少し、ヒヤヒヤしていたところです。





アカデミズムの世界では、権威ある学術誌に論文が先に採用され、

掲載されることが、のちの評価の絶対的指標になります。



すでに私と似たような口調のコンテンツ、論説が散見されはじめていたので、

そういう意味でも、ここのところ、少しナーバスになっていました。






いよいよ2015年も残すところ、わずか。

東洋医学のニュートレンドをどこまで

引き寄せることができるか?

現代に合うアヴァンギャルドな鍼灸指圧をいかに一般化できるか?

ハリィーの挑戦はこれからも続きます。







本年最後の『養生アルカディア』vol.12に

どうぞ、ご期待ください。

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2015.12.25 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 鍼灸指圧

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