「自然の造る驚嘆すべき所産について考えを巡らす汝、人間よ、

自然の所産を破壊することが冒瀆の行いなりと思い至るのであれば、

人の生命を奪うことがこの上なき冒瀆の行いなることを思え。

生命を尊ばぬ者は、まことに生きるに値しない」

レオナルド・ダ・ヴィンチ







ええと、このダ・ヴィンチの言葉は、ここんとこ頻繁に取り上げており、

これで都合、養生アルカディアを入れて、4回目の引用になるかと存じます。

ちなみに、この文章は原文ではこの四行の前座の文章と、この四行の三行目と最後の行のあいだにも文章があるんですが、

わたし流にそのへんは塩梅ではしょって、

これだけの短い文章にまとめてあります。





ご存知のようにダ・ヴィンチは生涯において老若男女30人ほどの人体解剖を実施し、

今、500年後の医学を学んだ私のような者が見ても驚嘆するまことに正確な解剖図を数々ものし、

むろん、その解剖図の中にはダ・ヴィンチのイマジネーションが生みだしたイリュージョナルな

現実の正確な解剖図とはおよそかけ離れた不思議な絵図もあるにはあるのだが、

例えそんなフェイクな解剖図があったとしても、

当時の世界各国の医学における解剖図のレベルから見たら、

ダ・ヴィンチの描き出した解剖図はとにかく超ド級に優れており、

やはりダ・ヴィンチは500年経た今の時代でも、

天才と呼んでいい数少ないホンモノと断定できます。





その生涯のうちの後半生のほとんどすべての40年間に渡る人体解剖の探求の果てに、

実はダ・ヴィンチが放った言葉こそが冒頭の言葉なのです。







ダ・ヴィンチが終生にわたり人体解剖にこだわったのは、はじめは単なる知的な好奇心が原動力となったと思われます。

とにかくあらゆるモノ、コトに興味を持ったとてつもないマルチタレントの持ち主がダ・ヴィンチその人でありましたから、

その様々な興味ある分野のひとつとして人体の正確な把握がダ・ヴィンチの生涯探求すべきターゲットになったのです。

そしてサンタ・マリア・ノベッラ病院に内通することで、幸運にも多くの人体解剖に接し、

それはそれは美しくも正確なまるでターミネーターの世界のような硬質な解剖図の多くをものすることに成功したのです。





さて、そうして人体の中身を正確に把握したことが、

現存する非常に少ない20点以下の完成、未完成の絵画作品の中の人物描写に

余すことなく顕現・分泌されていることは

専門家をはじめダ・ヴィンチ好きな皆様によく知られたところです。




それで普通は、だから、あ〜、やっぱりダ・ヴィンチって天才よね!

だって、正確な人体解剖を経たからこそ

こんな聖ヒエロニムスの頸部の鎖骨やクビのスジの生々しいリアルな描き方ができて、

「モナリザ」や「洗礼者ヨハネ」や「岩窟の聖母」の中の登場人物のような

妖しくも美しい永遠の両性具有な謎めいた人物表現が可能だったのよね!

と、「ダ・ヴィンチは天才」、という定型イメージ、固定概念を反芻することで

一種、安心し満足するものなのです。





でもね、俺は、ほらけっこう変人じゃん!

だからその定型イメージの反芻では満足しなかったの(笑)

いちおう基礎医学は履修しているから、そりゃあダ・ヴィンチの解剖図の

とんでもないレベルの高さ、凄さくらいは俺にだってわかる。

しかし、俺が着目したのは、こうした画才に裏付けられた正確な解剖図の描写力、

凄さではないんです!





そう、だから、つまりは、冒頭の言葉なんです。

ダ・ヴィンチは人体の内部を正確に把握することで、

いったい何をつかみ取ったのか?

いやその掴んだ何か、からどんな哲学へとそのパッション(熱情)を

昇華し止揚したのか?





ダ・ヴィンチの凄さとは、

つまりは、まさに、あの言葉なのです!






ダ・ヴィンチの生きた時代からすでに500年が経とうとしています。

この今から20万年前の原始ホモサピエンスの時代からすれば、

いやルネサンスの500年前の欧州文化から見れば、

それはそれは文化も文明も進歩したはずの現代において、

いったいどうして未だに戦争を止めることもできず、

自然破壊を食い止めることもできず、

挙げ句の果てに原発を再稼働させ、

戦争の出来る法案が可決路線に

なってしまっているのでしょうか?







現代文明は明らかにダ・ヴィンチの到達した哲学から後退し、

いまや人類は絶滅危惧種のレッドデータのトップに躍り出る

馬鹿過ぎるサル、

劣等種に成り下がっています。






「(この地球は今から46億年前に奇跡の如くにここ太陽系の第3惑星として誕生し、

これまで38億年の生命史をつむぎながら、人類はこの美しい星の片隅に住まわせてもらってきた。

このかけがえのない美しい自然がなければ人間も他の地球生命種も

一時もここにいることはできない。この)

自然の造る驚嘆すべき所産について考えを巡らす汝、人間よ、

(原発事故を引き起こし)自然の所産を破壊することが冒瀆の行いなりと思い至るのであれば、

(戦争や紛争によって)人の生命を奪うことがこの上なき冒瀆の行いなることを思え。

(ヒトは自然の子、自然こそ父であり母であり神)

(神なる自然にはぐくまれやしなわれる)生命を尊ばぬ者は、

まことに(この地球にともに)生きるに値しない」



これからの私たち大人に課せられた使命とは、

文明の変革です。




この近代文明という巨大な災厄を、

もう一度、パンドラの壺に封じ込めて、

そのかわりに、パンドラの壺の底に残っていた

「のろまな希望」の種(たね)を取り出して、

その種を播いて、芽吹かせて、

花を咲かせ、実を結ばせることが

今を生きる大人に課せられた使命です。





来るべき「養生文明」の扉をなんとしてでも、

わたしたちの手でこじ開けましょう!




何度でも、何回でも、言おう。

リスペクト、ダ・ヴィンチだぜ!

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2015.08.31 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 命曼荼羅

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