躰を創る 18

「坐禅を学び服薬を休(や)めて自(よ)り

 時に復(ま)た病の沈沈なるに従他(まか)す

 此の身 全く強健なるを要せず

 強健は多く人我の心を生ず」    白居易




中国は宋の文人、白楽天の40代以降の後半生は病との闘いであったが、その病と対峙する人生のなかで、白楽天独自の養生観が形成された。

この冒頭の詩を少しわかりやすく訳せば




「クスリを飲むのを止めて、クスリの替わりに坐禅メソッドをはじめて、

 もしも、そのために今現在の病状が悪化して病気が進行してもかまわない

 なぜならそもそもわたしはこの身体が強く健康であることなど

 はじめから望んでいないから

 健康である人間は病弱者を見下して差別するものだから

 それならいっそのことわたしは最初から病弱で結構だ」



とでもなりましょうか。





本シリーズは「躰を創る」と題してお送りしてきました。

ここのところ他媒体への原稿執筆に追われて、随分と記事更新が滞りました。

それゆえに本シリーズの論考もここまでのところ中途半端です。





他媒体への記事内容を構想するなかで、また諸々の思惟が浮上しております。

「躰を創る」と一概に言っても、これは百人百様であり、ひとりひとり躰の体質や歴史が異なりますから、

なかなか「これぞ万病を治す方法だ!」

などと言えるメソッドは提示できません。

なにか日常の養生のヒントになればと思い、本ブログや他媒体へと記事を書いております。





病気と健康を区別・差別せずに、病気や症状がありながらも幸福であることはできないのか?

20世紀以前の人類はいまだ抗生剤も消毒薬も手に出来ずに、本当に様々な疾病で苦しみました。

しかし、そうした病気と人生を共にするなかで人類は後世に偉大なる芸術を遺し、

多くの文化を引き継ぎました。






白居易は病弱な我が身を通して人生を深く洞察したのです。

「此の身は応(まさ)に病と生とを斉(ひと)しくすべし」

白居易のこの言葉からは、病と命はひとつである、とのメッセージを強く感じます。





「躰を創る」ことは病を見つめ、命を見つめ、そして

命を慈愛することを学ぶこと、なのかもしれません。






まだまだ私もヒヨッコです。

どうぞこれからも皆様のご指導、ご鞭撻のほど、お願い申し上げます。

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2015.06.30 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 鍼灸指圧

躰を創る 17

身辺が少し忙しく、こちらブログ更新が停滞気味で恐縮です。

わたしは性格上、あるひとつのことが気になり出すと、そればかり思考する癖がございまして、今後はこちらブログともうひとつ連載原稿についての企画執筆を兼ねた脳内空間を構築していくこととなりますので、

どちらもうまく調和させていけるように今後は精進する所存です。

ということで、未定でありました他サイトへの連載記事の話が少し進展しております。

この現在進行中の案件が正式に採用されましたら、また詳細をご報告させて頂きますので、その際はよろしくお願い申し上げます。

どういう方向性の記事にするか、ここのところアイデアの降臨を待っておりましたが、だいたいこんな感じでいこうというイメージもようやく湧いてきました。

それで少しだけこんな感じになるという予告をしてみますが、これまでこちら「養生法の探求ブログ」を読んでくださった読者の皆様から様々な反響がございまして、

その反省点などを踏まえて、新しい切り口で新規連載にトライしてみようと画策しております。

よくこのブログを読んで聞かれた感想が、「先生のブログは面白いけど、少しムズカシイ」という言葉で、この「ムズカシイ」という言葉にはいつも背筋が伸びる思いが致しました。

かの「藤枝梅安」の作者である小説家の故・池波正太郎さんはそのエッセイで、

「読者が読んで難しく感じるようでは、うまい文章とは言えない。読み手がサラッと何の苦もなく楽に読めるのがイイ文章だ」と文章の極意を教授してくれておりました。

ですからわたしの文章が、「ムズカシイ」と感じることは、すなわち私の文章がヘタと同義なわけで、こうした反省を踏まえて新しい連載企画はよりわかりやすく、より読みやすく、より親しみやすい文章を心がけようと考えております。

アイデアとしては日常生活の中で見つけた小さな発見や気づきをとっかかりのネタとして、そこから縦横無尽に62ケタの森羅万象を語る、というスタイルでいこうと今、まずは第一回目の連載原稿の構想を練り始めております。

ここまで本稿は身辺情報の告知にのみ費やされましたが、近況報告ということでご承知頂きたく思います。






さて、前稿はワタシ的には少々過激な内容でしたが、もう少し過激な部分を補強しておきます。

その前稿で過激であった箇所はというと、いわゆる現在の鍼灸学で学ぶ気の流れるルートである経絡の場が体内のみとされるが、実は古代はインド医学やチベット医学の経絡イメージと同様に中国古代の原初的な経絡図はきっと身体を包むマユのような経絡イメージであったはずだ、という点です。

このような発言がなぜ過激な発言に相当するかということに関しては鍼灸業界の鍼灸コミュニティーに在籍していない一般の方には今一その過激さが分かりかねると思いますが、

実際にはこうした既存のここ2000年来の中医学体系の経絡イメージに異を唱えることは、とてつもなく過激な発言とこの業界では受けとられるはずです。

ただし、私の発言などまだほとんど何の影響力もございませんし、この鍼灸コミュニティーおいて私はまだ無名ですから、別に何を発言しようと自由ですし、この自由な発言を確保するために鍼灸コミュニティーとは無縁の立ち位置を確立してきたのです。

とにかく基本的に命というものは非常に柔軟な動的可塑性を保持しており、こちらの前頭葉のバカ猿程度の知恵・思惑など完全に見透かされて、

こうすればこうなるはずだ、という線形的な治病予測など一切歯が立たないのが気フォースのありよう、だということはこれで26年間の鍼灸指圧師の臨床経験で骨身に染みておりますから、

今後もこの命のありようとダイレクトに通じたリアルな「ボディ・ブレーン・宇宙論」を基軸に論説を展開する所存です。




えっ、「ボディ・ブレーン・宇宙論」?!

なんのこと?!

また「ムズカシイ」ことを言い出した!

と言われそうですね(笑)





宇宙論におけるメジャーな潮流に美人物理学者として話題になったリサ・ランドール女史らが提示した「膜宇宙論」があることはすでによく知られておりますが、

このわたしたちが住む宇宙も、他次元宇宙の膜と触れあうことでその膜同士が触れあう境界に熱が生じて宇宙が始まった、とするのがこの膜(メンブレン)に由来する「ブレーン宇宙論」です。






そうわたしはここ26年間ずっとわたしの指先の膜を患者さんの体表の膜に触れる膜と膜が触れあう仕事をしてまいりました。

この身体宇宙の膜と膜が触れあう中からわたし独自の身体宇宙論が形成されてきました。






多くの次元の膜宇宙もその一番最初は原子よりも小さな宇宙のタネが急速に超急膨張のインフレーションを引き起こし、ビッグバン宇宙が生じたとされます。

曇って中が見えなかったビッグバンの卵宇宙が晴れ上がって、ビッグバン宇宙の中に閉じこめられていた光りが宇宙全域へと電磁波となって放たれたのが宇宙誕生から38万年後のこと。

これが「宇宙の晴れ上がり」という現象。

わたしたちボディ構造もまたきっとこんな宇宙の仕組みをフラクタルに投影しているはずです。





「活きた凝り」はまるで素粒子が凝縮していたビッグバン宇宙みたいだ!




術者と患者のふたつの身体宇宙がその膜を触れあうことで境界が熱を帯びてあらゆる身体要素が活性化するのです。

鍼灸指圧とは身体宇宙に新しい次元を引き起こす医術であるのかもしれません。





宇宙は観察されることで存在すると言われます。

身体宇宙を観察しつづけた精華が今後は新しいネットサイト宇宙へと伝播します。






どうぞ今後とも本ブログならびに、新規連載サイトへのアクセスのほど、よろしくお願い申し上げます。

2015.06.23 | | コメント(6) | トラックバック(0) | 鍼灸指圧

躰を創る 16

東洋医学という医療の枠組みからイメージするものは、鍼灸指圧などの物理療法と生薬医療の漢方薬という二つの顔であることは言うまでもありません。

また医療というよりも養生というカテゴリーに拡大するとそこには様々な長生法である食養や、導引などのエクササイズや、気功や按摩などいわゆる東洋式の健康法のたぐいが含まれてきます。

ザックリとまとめて東洋式養生法というカテゴリーを創れば、上記の鍼灸指圧や漢方薬部門からあらゆる養生法のすべてが包含されてしまうと言えます。

こうした中国を発祥とする医術養生体系は専門的には中医学体系と呼ばれております。

ではこの中医学の由来はどこにあるのか?というと、これは漢民族が中国を支配した今から2300年前頃に成立したと言われており、つまりは中医学とは漢民族に伝承されていた漢医学であるとも囁かれます。

ご存知のように中国大陸には55部族もの少数民族が暮らしておりますから、それぞれの少数民族が独自の固有の医療養生システムを保持しているはずですから、ただ多数派のいち民族である漢民族だけの医療がなぜ国策医学として体系化されたのか、は少し色んな意味で考察の余地がございます。

まだるっこしい論説はしたくないのでアッサリと結論めいたことを提示して本稿の核心に迫りますが、古代中国において国家というものを安定させるために必須なマインドコントロールとは、つまりは国王を絶対的な権力者として神・カミのように崇めることだった。

宗教儀礼のなかで国王を神の使いか、もしくは神そのもののように演出することで国民を洗脳して、国王の意に従う国民を創り、国家を国王の支配下に収めた。

これが古代国家の成り立ちだったとまずは強引に認識してみます。

ではこの国王を神のように崇める王朝にとって邪魔な存在とはいったい誰であったのか?

わたしがみるところ、恐らくはシャーマンであった巫医がもっとも邪魔な存在だったのでは、とかねがね感じておりました。

神の代弁者もしくは神の使いは国王ただひとりでなければ、国王の権威は保てません。

55部族の少数民族にそれぞれその民族が信頼する神の声を伝えるシャーマンが居り、それぞれの少数民族は何か困ったことが発生したり、病気になった場合にはまずこのシャーマンを頼り、シャーマンのアドバイスにより身心の安定を得ていたとすると、

やおら国王などを持ち出されても、自分たちの信頼するシャーマンのアドバイスを優先します。

ようは殷王朝がキョウ族を徹底的に弾圧し復活しないように首を落としたおびただしい遺体を穴の中に埋めたように、国家とは常に支配の邪魔になるシャーマン的な勢力をしらみつぶしに潰すことでその強大な支配力を維持すると言えます。

薬草の知識に長けた「賢い女( ※ 賢い男も含む)」であった中世欧州の「魔女」たちは、国家が制定する国家宗教の支配の邪魔になるがゆえに魔女狩りに遭い、魔女裁判のうえ火炙りに遇されたのです。

その数は30万人とも言われます。

国家なる化け物は支配の邪魔になるものを徹底的に弾圧してかかります。

本シリーズの始まりの枕に引用した沖縄のシャーマンであるユタのエピソードを思い起こせばお分かりのように、この日本という国家も近世江戸から近代日本に舵を切る明治維新の際に、

ユタを弾圧したと同じく東洋医学を弾圧し、それに替わる国策医学として西洋医学を採用したことは誰もが知るところです。

民衆が手軽にできる自治的な医療があれば、国家が威張って厚生事業を展開する必要などありません。

グローバル医薬ビジネスはその国や民族が保持していた固有の自治的医療や養生法をメディアや国家政策をつかって、蚊帳の外へと追いやることで巧みに世界の医療マーケットを創造し、莫大な利益を吸い上げる医療ビジネスを展開してきたのです。

ここまでの本稿の論説で何を言いたいのか?というと、

ようは中医学もまた恐らくは国家医学となる過程で当時のシャーマンたちを惨殺したかもしれないし、また東洋医学を文字文献に体系化する際にその医学コンテキストの中からシャーマン的な要素をすべて排除した可能性がある、と言いたいのです。

インド医学やチベット医学における経絡図は体内を走行するのみならず、体表にまで浮上し、カラダを繭か卵のように皮膚上から気の粒子が包み込む経絡図が描かれ、あたかも天地とつながっているように経絡の行き先が空中や大地へと自由に連なる絵図などが記載されています。

どういうことか?

つまり中医学はこの自由気ままでアヴァンギャルドな経絡をこの小さな体内に封じ込めてしまったのではないのか?

そう本来はヒトという存在はインド医学やチベット医学が描く経絡イメージのように、天地とダイレクトに接合した文字通り天人合一で自由な無限の可能性を秘めた神のような存在だった。

これはヒトが天地父母である大宇宙と常に一心同体の身体観だ。

しかしこの天地宇宙と通じていた経絡イメージを中医学においてはただ体内を周遊する今の私たちが教育された経絡図に矮小化してしまった。

いったいこれにはどんな意味があったのか?

ここにひとつの国家戦略があった!とわたしはずっとココロのなかで考えておりました。

先日にsasaraさんがご来院された際に、ふとそんな話をしたのですが、ここにきてリアルにこのことが気になり出しました。

ヒトは本来的に宇宙や地球と一心同体な天人合一な存在であるのなら、国家などという卑小な存在の前にひれ伏すことはおかしな話で、

まずもってヒトはこの大宇宙の理や気に我が身を同化し恭順すべき存在なはずです。

鍼灸指圧術には実は治病という側面ではなく、本来は宇宙と同化できるヒトの周波数調整という非常にスピリチュアルな側面もあったのではないのか?

なるイメージがここのところ我が意識界に降臨しております。

病気を治すのではなく、身心の調整調律をするために鍼灸指圧を受ける。

こうした新しい鍼灸指圧の受け方が広まることは未病治医療の普及にも貢献できます。

精気神をつなぎとめ天人合一に目覚める新しい鍼灸指圧。

そんなニューパラダイムの東洋医学の地平が今、眼前に姿を現しています。

「相互治癒、相互変容」の結果、いよいよ自分の中で新しい東洋医学が胎動を始めました!

養生文明・クオラムセンシング・ムーブメントを先導するは

新しい東洋医学に目覚めたオレ様、ハリィーだぜい!

2015.06.20 | | コメント(2) | トラックバック(0) | 鍼灸指圧

躰を創る 15

光伯堂ガチンコ体験記(笑) ←ここをクリック!




すでにこちらでは何度かご紹介しておりますが、翻訳業をされているsasaraさんが先日に我が治療院に初来院されて、

その際に受けた私の気功指圧のリアルな生(なま)な感触や感想を

ご自身のブログ「 So it shall be 」の「君に会うために」という記事に書き起こしてくださいましたので、こちらに転載させて頂きました。






一般に鍼灸院で治療を受けるというと、普通は何らかの痛みや不具合の症状という愁訴があって来院されるケースが一般的です。

もちろん鍼灸指圧は医術なので、こうした患者と呼ばれるような状態の方へのケアが主なケースになることは致し方ありません。

しかし、鍼灸指圧術を受けることは決して「術者と患者」という医療の枠組みだけではなく、

「ヒトとヒト」、「気と気」、

が出会う奇跡のシーンが待っていることが、

こちらsasaraさんの記事から読み取れると思います。

どうぞ、素晴らしい体験記を熟読して、鍼灸指圧術の真髄の一端に触れて頂きますれば幸いに存じます。







わたしたちは近代文明、科学技術文明、資本主義社会などと言われる位相システムで否応なく生きていかねばならないヒトという存在です。

こうした反自然な文明システムはヒトと自然とのつながりを分断する弊害があることは論を待ちません。

また西欧に発祥した近代科学思想はヒトの心と身体を二つに分けることで、心理学と身体学を分離してしまったとも言われております。

心の問題は心療内科や精神科、身体の問題は内科や外科と、このように分類するのが西欧式の医学体系です。

こうした近代の分析分断思考をベースとした自然支配システムの終局的な局面として今や3.11原発事故が顕在化していることも周知です。



この問題が山積した近代システムを、自然や生命と共に生きる新しいサスティナブルな共生パラダイムに組みかえることは急務です。

わたしたちはこれからいったいどんな文明システムを構築していったらいいのか?

今まさに人類は絶滅か、存続か?

のきわどいフェーズに立たされているといっても過言ではありません。






そんな不穏なご時世にあって、今一度、生命とは何なのか?

を見つめ直すのは決して無駄な所為ではないと思う次第です。

かのシュレーディンガーは「生命とは何か」という著書においてインド哲学の梵我一如に触れることで、

生命はカオスにしてコスモスであるという悟りへと論を止揚しました。

この本の後書きに訳者である鎮目恭夫氏がこんな素晴らしい言葉を書いております。




「今日われわれは、生物の個体の生命はどこにあるかを問う場合には、それは当の個体の身体の内部にあるのではなく、身体とその環境とからなる世界全体の中にあるという考えに十分注目することが必要だ。さもなければ、少なくとも環境問題に適切に対処することはできない」シュレーディンガー著「生命とは何か」岡小天、鎮目恭夫訳に収載された「21世紀前半の読者にとっての本書の意義 岩波文庫への収録(2008年)に際しての訳者あとがき」より




もういちど地球や宇宙とつながるには、まずは心と身体をつなげることが必須となります。

心と身体が分離していて、いったいどうしたら地球や宇宙と一体になれるというのでしょうか?

ココロの本体、いやカラダの本体こそが梵である宇宙そのものなのですから。




近代社会システムに無理やり接続されていた経絡やツボを、本来のカラダや地球や自然へのトーラス循環に接合し直す作業(まさに映画「マトリックス」のように!)も

また鍼灸指圧術の「治療」とは異なるひとつの真髄です!

ヒトを本来の身心一如で梵我一如なインタラクティブな「宇宙の子」たらしめる。

これこそがヒトを治療することの究極なのかもしれません。




あなたの身体と心をつなぎあわせ、あなたを地球と宇宙とつなぎあわせて、

アートマン(個我)とブラフマン(全一)を融合することが、

養生文明へのファーストステップとなりましょう。




周流する一気と融合し天地とひとつになることは、それほど難しいことではありません。

ただ治療院のベッドに身を横たえて、気功指圧師の指技に身をゆだねればいいのです?!





と、そんなこんなをここのところつらつらと連想しておりました。

2015.06.19 | | コメント(5) | トラックバック(0) | 鍼灸指圧

躰を創る 14

「周流する惟(た)だ一気   天地は人と同じ
 
 天地は故(ことさら)に息(や)まず 人為(じんい)は斯(ここ)に窮する有り」

                          陸游・著『剣南詩稿』より






中国の歴史において宋の時代(西暦960年〜1126年)の300年間に文化文物が花開いたことはつとに有名であるが、

この時代に文人(ぶんじん)や士太夫(したいふ)と呼ばれる一種のインテリエリートの地位が確立されて、彼ら文人たちが宋時代の文化をリードしたとも言われている。

養生法の探求というカテゴリーにおいても、この宋時代の文人たちが非常に興味深い独創的な見解を数多く遺しており、

詩人として有名な白居易(白楽天)、『東坡養生集』12巻を表した蘇東坡、養生探求において蘇東坡にまさるとも劣らぬ旺盛な関心と実践を示した詩人の陸游が、

宋時代の養生探求の三大家と目されている。

冒頭の詩は『宴坐』と題した詩人の陸游85歳の作品である。






意訳すれば

「この大宇宙はただひとつの気が周流することで維持されており 

人にとっての天である外部環境も

人そのものである内部環境も

この周流する大宇宙のひとつの気で養われている

大宇宙の気は滞って止まってしまうことはないが

人における気の流れは滞って止まってしまうことがある」

とでもなりましょうか。







「躰を創る」ということの究極はこの陸游の詩に表現されているように、

「天地人の気を融合していくこと」

と言えます。







つまりカラダのどこにも気の滞りがなければそのカラダは天地宇宙と一体と言えます。









天地も人も カオス(混沌)にしてコスモス(秩序)

医術という秩序を果たしたならば  あとは混沌に任せるが宜しい

2015.06.17 | | コメント(2) | トラックバック(0) | 鍼灸指圧

躰を創る 13

またまた亀さんが ←ここをクリック!




はい、本ブログではすでにお馴染みのこちら冒頭クリック記事は、翻訳家の亀さんが主宰するブログ「人生は冥土までの暇潰し」の最新トピックです。

亀さんとはまだ実際にお逢いしたことはございませんが、どういうわけかたびたびアタシの事を取り上げてくださり、なんと言いますか妙に気が合うというか、それでアタシもちょくちょくお邪魔しては駄文をコメントしております。

翻訳家ということでは、これまたここのところリンク・シンクロしているのが先日にご主人様をドローン偵察隊として我が治療院に送り込んだという(笑)

昨日にここコメント欄にも初コメントをくださった sasaraさんの

ブログ「 So it shall be いまにいいことあるで」サイトにも私はここ最近、2回ほどコメントをしております。




わたしは自分がブログを始めてからは、自分のブログで言いたいことが言えるので特にフラストレーションが溜まることもなく、

それゆえにヨソサマが主宰する個人ブログへはこれまでほとんどコメントをしなかったのですが、

時代はいよいよ「養生文明・クオラムセンシング・ムーブメント」を迎えたとのインスピレーションから

今後も翻訳家のお二人のブログには熱視線かつ気が向いたらコメントしちゃう方針でいきたく思っております。




翻訳家という観点で言えば、自分は語学における活字言語の翻訳はできませんが、

東洋医学における「身体言語」の翻訳ならできます。

そうわたしはつまりは身体の発する言葉・メッセージをこの指で読み、それを翻訳して治療したり、

その身体からのメッセージを広く一般に伝える仕事をしております。




恐らくは言葉のプロである亀さんと sasaraさんは、わたしが身体言語を翻訳する治療家であることにシンパシーを感じるからこそ珍重してくれるのでは、などと勝手に思っております。

ツボや「活きた凝り」が語るなにがしかの言いたいことを代弁する作業は意外に面白いものです。

ということで、ご両人さま、今後ともよろしくお付き合いの程、お願い申し上げます。



さて、初めに戻りましてこちら亀さんの冒頭クリック記事「『STAP細胞の正体』を読み終えて」のコメント欄にコメントした内容をもう少しここで拡大しておきますが、

船瀬俊介氏と森下敬一博士は東洋医学の根幹概念であり生命の基礎物質と位置づける「気」に、なんといきなり大胆にも「宇宙エネルギー」という言葉をあてはめてしまっています。

それでこれは大問題と思いまして、うまくこの言葉を引用して記事をしたためた亀さんに応援メッセージを書いた次第です。

いやさ、大御所の医療ジャーナリストと、また千島喜久男博士の直弟子である博士の権威あるご両人に対して単なる野人に過ぎないアタシが物申すなんてそれはそれは大それたことではありますが、

こと「気」ということに関しては、これでヒトサマの知らない修行を実地に26年間も積んできましたから、

「気=宇宙エネルギー」とか、はては「ソマチッド」なんてまだ既存の科学用語にもなっていない海のものとも山のものともつかぬ概念を気学に持ち込まれては、

これはやはり黙ってはいられません!





気とは何か?という問題を扱う場合には、実は細心の注意が必要なわけで、そのへんのデリケートな事情がこちら大御所のお二方にはもうひとつしっかりと把握できていないのでは、と危惧する次第です。

気の何たるか?の提示の仕方しだいで、今後の東洋医学の命運が決まってしまう、と言えるほどに気を扱う際には慎重さが必要です。

それだけの覚悟がある者だけが気について語る資格があるといえましょう。

ただし、船瀬俊介氏と森下敬一博士が「気」に言及したことでこのようにまた私流の気論を展開することができるのですから、話題提供という意味でのクオラムセンシングな役目を立派に果たしてくださった事には改めてここに感謝申し上げる次第です。





東洋医学、東洋哲学は「気」ぬきでは成立しえない

「熱烈『気』歓迎」、

アイ・ラブ・ニューヨークのワッペンならぬ

「 I love 気」のマグネット・プレートをクルマの後部に貼り付けるような、

そんな「気がなけりゃあいてもたってもいられないしなにもはじまらない」

という「気一元論」で成り立つ世界です。




つまりこの隘路に迷い込んで環境汚染にあえぐ近代文明を救うのも、

身体自治の未病治の養生法を制するのも、

すべては気フォースの理解にかかっていると言えます。






話題提供と言えば植物と動物の両方の性質を兼ね備えたウミウシのエリシア・クロロティカについては、

ウイルスがゲノムベクターとなって、水平遺伝を果たし、

植物と動物の種を越えたゲノムプールの攪拌が起こっているひとつの証左として

こちら「植虫類」の生態が静かにホットなネタとして各界で注目されていることをここに付記しておきます。




すべては気フォースのチカラで成り立つ世界ですが、

特に生物界のゲノムの多様性をはぐくんでいるのは

間違いなくウイルスたちの

とてつもないゲノム・トランスポーターな働きです。




ということは、生命界は気・フォースとウイルス・フォースの

ふたつながらのフォースの融合した場と言えるかもしれません。



なんだかとりとめもない記事となりましたが、

ここはひとつ宋学の祖である朱子の言葉を引用して締めてしまいましょう。



「天地と吾が身体の気はふたつではない」『朱子語類』




ヒトは大宇宙をそのツボ「活きた凝り」に孕み、

ウイルスをその細胞核ゲノムに棲まわせる

ミクロコスモスにしてマクロコスモスな

すべてと通じ合うカオスです。

2015.06.14 | | コメント(4) | トラックバック(0) | 鍼灸指圧

躰を創る 12

「凝り」の分子レベルにおけるアヴァンギャルドな見解 ←ここをクリック!






本シリーズ「躰を創る」のコアな論点は、前シリーズ「命を創る」で俎上にあがってきた凝りの2類型における「活きた凝り」「死んだ凝り」の判別であり、

これは「脳死判定」にも匹敵するシビアなジャッジメント「凝りの生死判定」という創発タームである、ことを本シリーズでは強調し提示して、このところホットな「活きた凝り」論議を重ねておる次第です。

さて前稿までのあいだに「活きた凝り」に修飾語をこれでもかとキラキラと付着し装飾して、これまでチマタの医学常識では

単なる筋肉痛における乳酸の滞積と同様なまるでゴミ扱いであった「凝り」に新たな市民権を与えるギミック(遊び)なオプションを幾つも「活きた凝り」に追加しました。

それでさらにここに追加すべき凝りの新スペクトルとしては、この冒頭クリック記事における「小胞体ストレス」という表現語彙(ターミノロジー)は欠かせないと思い、今回こちらの記事を冒頭に貼っておきました。

久しぶりに読み返してみたら、この記事はけっこうしっかりとまとまっていて、この「 S A T O R I 」シリーズはこれでかなりチカラが入ったシリーズだったな、と思いだしました。

手前味噌でなんだけど「 S A T O R I  14」がお経(きょう)みたいに長ったらしくてなかなかイイ味を出してますから、ご興味のございました方には再読して頂きますれば幸いに存じます。




さてさて、細胞内生理に関する「滞(とどこお)り」という問題に関しては、小胞体に変性タンパク質が蓄積する小胞体ストレスもたしかに重大なリスク要因ですが、

たとえばこうした小胞体ストレスのような細胞内の不溶性の堆積物を分解する機構にオートファジーという機構がございますが、このオートファジーが機能しないことも不要産物の滞積のリスク要因として挙がってきますし、

またこうした不要産物を最終的に分解消化する液胞であるリソソームがそのリソソーム内において必須の分解酵素の不具合が生じて不要産物の消化が滞り、リソソーム内が消化不良の不要産物でいっぱいの便秘になってしまうリソソーム蓄積病、

正式名称「ライソゾーム病」も小胞体ストレスやオートファジー不全と同様に細胞内の「凝り」と捉えることができますし、

さらに、酸化や還元などの生化学反応を司り解毒やATP産生を引き受けているオルガネラであるペルオキシソームやミトコンドリアの不具合もまた細胞内生理を滞(とどこお)らせる重大なリスク要因と言えます。




つまり細胞内の分子レベルにおける「凝り」としてはザッと列挙しただけでも、

①小胞体ストレス、②オートファジー不全、③ライソゾーム病、④ペルオキシソーム病、⑤ミトコンドリア病、があることが判明しており、

またこれに⑥細胞核異常、⑦細胞膜異常、⑧細胞骨格異常、⑨細胞外マトリクス異常などの細胞内小器官の不具合も追加すれば、

なんと単なる乳酸蓄積とされた「凝り」には万華鏡のような様々なリスク・スペクトルが存在したことにハタと思い当たるというわけです。





たかが「凝り」されど「凝り」

「凝り」を触って足かけ26年間!






「人は小さな胞、天は大きな胞だ」『語類』





とっても小さな細「胞」のミクロな「凝り世界」を探求することで、

小さな胞である人や大きな胞である天のありようが見えてきて、

さらにもっともっと大きな宇宙の大構造や

またもっともっと小さな素粒子の世界にもあまねく浸透している

「マターとダークマターとダークエネルギー」で構成される情報場とも

「気」によってつながりインタラクティブにアクセスしあうことで

「活きた凝り・未病治アプローチ養生」の道筋に

新たな光りが見えてくるかもしれません。




「活きた凝り」に新たなスピリットを吹き込む挑戦はまだ始まったばかりです!

2015.06.13 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 鍼灸指圧

躰を創る 11

ウミガメ いのちをつなぐ岬 ←ここをクリック!





こちら冒頭クリック先にて紹介されている新刊本の写真絵本

「ウミガメ いのちをつなぐ岬」は、

わたしの治療院の常連クライアント様かつ、親戚筋のわたしより少し年輩の櫻井季己(さくらいとしみ)こと

トシミ兄ちゃんが写真を撮り文を書いた絵本で、つい先日に発刊されたばかりの本です。

アカウミガメという海亀の仲間は日本の沿岸に上陸しては卵を産み、子ガメが孵化するとまた海に帰るというライフサイクルを遙か昔の恐らくは日本列島が形成された3000万年前頃から延々と繰り返してきています。

そんな日本という国をよりどころにして暮らす生物の大先輩がここ牧之原市の隣の御前崎市の海岸の砂浜で毎年、今の時期から運が良ければ誰でもその産卵風景を見る機会に恵まれます。

アカウミガメはだいたい夜間に産卵目的で上陸してくるのが習慣で、トシミ兄ちゃんはだから夏の時期は1週間置きに夜中に浜に出掛けては、アカウミガメが上陸しているかチェックして撮影許可を頂いているのでシャッターチャンスに遭遇すればカメラに収めて朝になったら帰宅するという

これまたアカウミガメと夏期はいささかライフサイクルを共にするそんな生活をかれこれここ10年以上もつづけてきました。

トシミ兄ちゃんのアカウミガメに対する愛情がいっぱいつまったこの本は、じっくりとその写真を見ながら、優しい文章を読みすすめていくと、

まだ生態がよくわかっていない不思議な亀さんが私たちの暮らすこんなに近場に共に暮らしていることに安心感を持つとともに、

生物の種としては大先輩の亀さんがこうして「変わらなくあるために、変わりつづけて」2億年以上も生き続けていることに

懐かしさや親しみや「畏れと慎み」や尊敬の念が湧いてきます。




どうぞお子さまのいる本ブログ読者の皆様におかれましては、もしも機会がございましたら我が治療院の常連クライアント様であり、

親戚のトシミ兄ちゃん渾身の本作品を手にとって頂けたらと思います。




いちおう小学校の中・高学年向きというコンセプトですが、ウチのうえの小学校・低学年の2年の娘でも読むことができるほどに優しい文章かつ貴重な写真が満載です!

巻末の名古屋港水族館監修のアカウミガメの豆知識コラムなどは、大人にもなかなか興味深いデータが掲載されていて、たとえばアカウミガメは90分間も息を止めて海中に居ることができるダイバーである、なんて知らなかったなぁ!

3.11後にこうした本が出版されるのもなんだか奇遇だし、こんな素敵な本を出版した男性が自分の身内で自分の治療院の常連クライアント様であるというのも実に奇縁です。






読後感としては色んな思いがあるけど、アカウミガメと人間を比べるのはなんだけど、

人間ってそんなに立派でもないし、そんなに利口でもないし、

やっぱり人間ってもしかしたら「ホモ・スツルツス」、

つまり「愚かな猿」で「バカ猿」かもしれない、と

トシミ兄ちゃんの本を読んで率直に痛感した次第です。

なんだかアカウミガメに対して申し訳ないことを俺ら人間はいっぱいしちゃってるんじゃない?




愚かな人間ゆえに引き起こした原発人災の後遺症をいかにソフトランディングな位相に持ち込むか?

おっ、これこれ、これはこちらハリーの本題ですね!





ということで前稿までのまとめを少ししておきましょう。

本シリーズ「躰を創る」のコアな論考イシューとしてこれまで取り上げたのは

パワースポットとしての健康体に見られる「活きた凝り」と、

パワーブランクとしての病体に見られる「死んだ凝り」の違いは何か?の

「凝りの生死判定」という問題が大きなテーマです。






そこでまずは「活きた凝り」の特徴としては

「活きた凝り」には生命のもとである気が凝縮しており

気とは物理的な生物電磁気などの各種エネルギーであると同時に

生命情報としての心、意念、意識、愛の

この顕然秩序としての形而下学的な物理科学的要素と、

内臓秩序としての形而上学的な心理学的要素の、

エクスプリシットオーダーな明在系と

インプリシットオーダーな暗在系の、

二つながらの気フォースのありようが融合したまさに命そのものの姿が

「活きた凝り」には見られることが判明いたしました。







そうしてこの「活きた凝り」に気功指圧を治療すると、

「活きた凝り」はパワースポットとしての命の能力をフルに発揮して、

指圧による圧力ストレスに応答して皮膚と血管壁から一酸化窒素やヒートショックプロテインが分泌され、

また気功指圧により電磁波や脈動する赤外線が輻射されることでこれらも新たな気ストレス刺激として作用して、

こうした一連の気功指圧による圧力刺激や気刺激により「活きた凝り」が

「刺激惹起性多能性」を獲得することで、まるでミューズ細胞やSTAP細胞のように

細胞本来が保持している動的可塑性を快復することで、

「活きた凝り」のパワーが開放されて、凝りが解消される、

ことを学びました。







「活きた凝り」は気の凝集した命そのものであり、

「活きた凝り」の気を再還流してもういちど宇宙の流れに同化させて合流させて

凝集していた気を活かすことができるから

気功指圧はスゴイのです!







「天・人の間における事と理とは、奥までストンと通じあっていて、そこにはごくわずかの隙間すらない」『朱子語類』






天と人はいつもふたつながらにしてひとつの気でつながった存在です。

2015.06.12 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 鍼灸指圧

躰を創る 10

広島と長崎の原爆直爆後の『養生法』とはなにか ←ここをクリック!




福島原発の事故後の収束がまったく進まずに、日に日に最悪の事態が進行しているという暗い情報がネット内でも噂されておりますが、

冒頭クリック記事には3.11後に俄(にわか)に脚光を浴びた長崎原爆の爆心地で被曝医療を実践した医師である故・秋月辰一郎博士の被曝防御の養生対策の一端と、

広島原爆の直爆に遭遇しながらも一命を取り留めて、その後の身心の不調を乗り越えて、被曝防御の核心を掴み、結婚し子供や孫に囲まれながら今現在も元気に過ごしておられる平賀佐和子さんの経験実話が記載されております。

わたしは3.11が起こるまえに秋月先生の体験談を知り、平賀さんに実際にお逢いし、娘さんやお孫さんにもじかに会い、その壮絶なる被曝後の経験を語る講演を聞いておりました。

だからこそ3.11勃発のわずか8時間半後にネットに被曝防御のアイデアを発信できたのです。

爾来4年間これまで内部被曝をいかにして未病治するか、にこだわってここまで情報発信に勤しんできたことは、すでに本ブログ読者の皆様がご存知の通りです。

わたしがある種の確信と信念をもって内部被曝防御のアイデアをこうして公開発信できたのも、この二人の功績のお蔭であることをここに強調し、お二人には多大なる感謝を改めて申し上げる次第です。




「血液は『食べたものが血となり肉となる』の道理で、日々頂く食べ物により血液の質や量や体質が決まるから、食べ物から意識的に良いものを選択することで幾らでも体質を変えることは可能だ。血液の総入れ替えをすることが被曝に打ち勝つ方法である」

平賀さんは講演会でこんな要旨を力説しておりました。




この『食べたものが血となり肉となる』を医学的に立証したのが千島学説なのですが、千島学説同様に、玄米食やマクロビオティックの周辺にも少なからぬ誤解や偏見があり、

また狂信的な玄米教ともとれるカルト的なマクロビ信者にとっては平賀さんや秋月博士の経験談がいわば錦の御旗というか、鬼の首を取ったような手柄と勘違いする傾向もあり、

つまり、被曝防御=玄米食、とか、被曝防御=マクロビ食、という短絡的な固定化、教条化がされる傾向には注意が必要かと存じます。

あくまで平賀さんや秋月博士のケースは爆心地からの経験談であり、今回のような恒常的な低線量の内部被曝に対する対策とまったく同じであるわけではありませんので、

そのへんは少し注意して、3.11後という視点を見据えた被曝防御の叡智というベクトルでわたしはこれまで情報を発信してまいりました。






すでに何度もわたしなりの内部被曝防御策は提示しておりますし、特に山崎農業研究所の季刊誌「耕」132号の「養生の時代」特集における「3.11福島原発事故後の『養生法』とはなにか」の私の記事においては、

内部被曝をいかにして未然に防ぐか、の情報をコンパクトに凝縮して公開してありますから、もう一度、こちら記事を参照いただきますれば内部被曝を防ぐコンテンツは充実するかと思います。





それでキャッチーなコピーでたったひとことで被曝対策の養生法を私流にアヴァンギャルドに申せば

「ネバネバヒートで放射能に NO!」

ということになりましょう。






内部被曝で体内に入りこんだ放射性金属核種は重金属をキレート(つまみ出し)するキレート食材であるビタミンやクエン酸やネバネバ粘性物質でつまみ出して、

血液中につまみ出した放射性金属核種は速やかに尿や便や汗として体外へと排泄するために、指圧により皮膚と血管壁から一酸化窒素のガスを分泌して

血管壁を拡張して血流を促進することで放射能デトックスを達成し、

また指圧治療や鍼灸治療によって細胞核ゲノムのセントラルドグマで生み出されるヒートショックプロテインという生体防御タンパク質のチカラを引き出すことで、

ジノトキシック(遺伝子毒性)に放射性金属核種の結合によって傷ついたDNAを修復し、

また放射性金属元素の電離作用によって発生した活性酸素によって劣化した細胞膜や体タンパク分子構造をもヒートショックプロテインによって修復する

このキレート、一酸化窒素、ヒートショックプロテインの3つの被曝防御アイテムの能力をフルに活用することで

たとえロシアや中国へと移住しなければならないかどうかはともかくも、当面の身体自治は可能なはずだ、と

わたしは3.11後、ずっとぶれることなく一貫して主張しつづけてきました。






「ネバネバヒートで放射能に NO!」

というキャッチコピーには、



①ネバネバ多糖の摂取による放射性金属核種のキレート作用、

②ヒートショックプロテインによるDNA修復と細胞保護、

③NO(一酸化窒素)による血流促進、認知機能改善、免疫向上、




の3つの被曝防御の知恵がこめられていることがこれでおわかり頂けましたでしょうか?






冗談みたいな覚えやすい軽いノリの言葉で、被曝防御の知恵の真髄をすべて伝えきる。

こういうことができるのが東洋医学の最上の医療者である上医の資質である、とわたしは認識しております。

エッ、わたしが上医か? だって?

いやいや、そりゃあ、まだまだそこまではいっておりません、

と自省自戒しておきます。







「ミューズ細胞」というSTAP細胞と同じく酸性のストレス刺激で皮膚の間葉細胞を初期化して万能細胞にする方法が2010年にすでに東北大学の出澤真理教授らによって立証されているとのことです。

さてさて、ようはSTAP細胞にしろこのミューズ細胞にしろ前稿で申し上げたように、つまりはストレス応答として細胞が変化するというところがミソなわけですが、

冒頭クリック記事の主役である平賀さんは被曝直後に「梅干しとタクワン」を本能的に欲して食べたと証言しておりました。

どちらも酸っぱい刺激ですから、もしかしたら腸内の未分化間葉細胞の造成がこの梅干しとタクワンの弱酸性の刺激で活性化した、なんてことがあったのかもしれません!






刺激惹起性多能性獲得細胞( Stimulus-Triggered Acquisition of Pluripotency Cells )が省略形のSTAP細胞の正式名称です。

細胞を惹起して造血系を活性化する刺激ストレスは酸性刺激だけでなく、

STAP細胞を誕生させたもうひとつの刺激因子である物理的刺激の細管をくぐり抜ける際にリンパ球が受ける

「剪断力(せんだんりょく)」つまり圧力ストレスも非常に興味深いトピックであると思います。




圧力と言えば指圧、指圧と言えば一酸化窒素!

もしかしたら指圧による一酸化窒素の効能のひとつには、体内の幹細胞の活性化という効果すらあるかもしれないと私は睨んでおります。

( ※ 一酸化窒素にはマクロファージを活性化する効果はすでに判明している!ということはマクロファージはガン細胞やウイルス罹患細胞や老朽化した細胞を貪食するから、その結果、これら不要な細胞がクリーニングされて、そこに新品の細胞が幹細胞を経由して生成リモデリングされてくるはずで、

はやいはなし、一酸化窒素によるマクロファージの活性化は幹細胞の活性化を促すと言えそうだ!)





STAP細胞はなんと雨水の酸性度「pH5.4」よりも弱い「pH5.7」の酸性溶液に浸すだけでリンパ球が初期化するそうです。

ってことは、雨水を飲んだら腸管造血を活性化できる?

あっ、植物の毛根細胞が活性化したり、植物の葉っぱや芽の先がSTAP細胞化するのは雨水の酸性刺激惹起のお蔭?

おおーっ、昔っから言うもんね「恵みの雨」って!

やっぱりお天道様のチカラは偉大だね!

「天人合一(てんじんごういつ)」、

ヒトも植物もウイルスもバクテリアも

「天」である地球や太陽や銀河や宇宙に活かされ、

生かされているのです!








指圧の心 母心 押せば 一酸化窒素の効用で体内に幹細胞がたくさん発生して 
60兆個の細胞のアポトーシスとリモデリングが促進されて 被曝対策が叶って 
命の泉が湧いてくる

かもね(笑)

2015.06.11 | | コメント(4) | トラックバック(0) | 鍼灸指圧

躰を創る 9

STAP細胞がらみ私見 ←ここをクリック!




少し前稿までに出てきた「凝りの生死判定」に関する新しいアイデアとまとめると、

「活きた凝りには気の科学的要素としての①脈動する赤外線輻射、②変動する生体磁場、③16ヘルツ以下の超低周波、④イオン流、⑤フォトンなどの素粒子、⑥静電気&動電気などが凝集しており、また気はこれら物理情報に生命情報が乗ったモノとされるので、生命情報である心、意念、意識、愛という見えざるインプリシットオーダーな暗在系の腹蔵体と、見える(科学測定で捕捉されるという意)エクスプリシットオーダーな明在系の顕在体とが合わさった気というモノが活きた凝りには濃密に集積しているがゆえに、活きた凝りはパワースポットなのだ」

などと、いちおう説明しておきます。





この説明文中には脳科学者デービッド・ボームの「暗在系、明在系」仮説などを借用しておりますので、少し難しく感じるかもしれませんが、

「活きた凝り」に市民権を与えようとするアヴァンギャルドな挑戦をしていますので、ちょっと洒落た表現になることは許容して頂きますれば幸いに存じます。




ということで「愛のたっぷりつまった素っ敵〜!な活きた凝り」と昨日もめいっぱい対話しまして、

こちら治療師ハリーの「身心形気」も「水かぶり」に輪をかけたバカ化もとい、

さらなる「相互治癒、相互変容」のパワーアップな御利益にあずかっている次第です。





さて冒頭クリック記事はかのSTAP細胞が一躍脚光を浴びた後にすぐに書き出したシリーズの枕の記事です。

それでかいつまんで端的に申しますと、いったいSTAP細胞騒動とは何だったのか?

わたしたちはこのSTAP細胞騒動で何を学ぶべきだったのか?

という点において私見をここに述べてみます。





これね、ようは細胞というものは酸や圧力などのほんのちょっとしたストレッサー刺激によって、

非常に柔軟にゲノムを変換してそのストレス環境に適応するといういわゆる

エピゲノム、エピジェネティクス、エピジェネシスな性質がミソで、

ヒトをはじめとする地球生命体のすべての生き物のDNAにはこうしたストレス応答としての

STAP細胞化を促進するエピゲノムな機能が保有されているという

これぞ素晴らしい地球生命史38億年の歴史遺産、世界遺産だ、

という点が注目すべき箇所になるかと存じます。







エピジェネシス( epigenesis)という考えを創発したのはギリシャの哲人アリストテレスとも言われており「後成説」と直訳されることもありますが、

「卵は生物の元になる構造を初めから備えているのではなく、構造は後から次第に作り上げられる」

という発生学に関わる概念としてエピジェネシスという言葉が誕生して、これが後に

「DNAは内外環境の変動に伴いその機能を巧みに使い分け変換し環境に適応する」

という意味にも使われるようになりました。





つまり私が見るところ、STAP細胞騒動におけるキモとは、

この細胞ゲノムのエピジェネシスな働きによって体細胞は初期化する可能性がある、

というところが見所、押さえ所、急所、パワースポット、活きた凝り、と言えると大胆に宣言しておきます。





実験系でSTAP細胞が再現できる、できない、ウンヌンはこちら野人には特に関係ない事柄ですからね。

ともかくもシロウトはこうした騒動の背後からどんな生命真理が潜んでいたのかを

推察し洞察し喝破してしまう、ところにシロウトの怖さ、シロウトの面白さ、大胆さがあるわけですからね。





「活きた凝り」をSTAP細胞のように初期化してパワースポットに変換してしまうエピゲノムな一酸化窒素ガスを分泌できる奇跡の圧力刺激療法こそがオレの気功指圧養生法なんだぜい!

と、強引にうまくまとまりました!







「凝りの生死判定」にSTAP細胞やらエピゲノムの概念を持ち込むのは、

日本広し、世界広し、銀河広しを見渡してもアタシくらいのもんでしょうね(笑)

2015.06.10 | | コメント(4) | トラックバック(0) | 鍼灸指圧

躰を創る 8

昨夕は少し旬には早いけど愛知県産のスイカ「姫まくら」を食後に頂いた。

皮のすぐ際まで赤い果肉がピッシリと実り、甘くてホント美味しかった!

ペルシャ語でスイカは「ヘンダワネ」だけど、全然「変じゃあなかった」(笑)

下の娘が通う幼稚園でこのあいだの日曜日に「触れあいの日」なる親子で集うイベントが開かれたんだけど(私は仕事で行けず)、

その帰り際に有志のご好意でカブトムシのオスをひとりずつに配って、ウチの娘たちも虫かごをもって貰ってきました。

さてそれでエサをやるとなって、まずウチの庭に落ちている梅の熟したモノとキュウリを並べてみたんだけど、まったくこれにはカブチャン(娘命名 笑)は興味を示さなかったので、

それじゃあオトウがスイカを買って、食べ残しの皮をあげればイイと言ってしまった以上、まだハイプライスな高嶺の花のスイカを買うハメになったというわけです。

つまりカブトムシのおすそ分けで昨夕はスイカのご相伴にあずかりました。

スイカにはシトルリンなるアミノ酸が含有されていて利尿作用が顕著などと食薬一如な効能が説かれております。





この宇宙でわかっている通常の物質はわずか4.9%に過ぎず、まだよくわかっちゃいない暗黒物質が26.8%で、やっぱりまだよくわかっちゃない暗黒エネルギーが68.3%だから、

宇宙を構成するもののなんと95.1%はなんだかよくわからないそうです。

またヒトゲノムの遺伝子に関してもその役割であるタンパク質を合成するセントラルドグマな機能を司る機能遺伝子の「エクソン」領域は全遺伝子のうちのたった1.5%に過ぎず、

残りの98.5%の「イントロン」領域のうちわけはというと46%がウイルス由来の成分で、

残りの52.5%はまったくいまだになんだかわからない不明な領域で構成されており、

つまりヒトゲノムで機能がハッキリと判明しているのはたった1.5%で、

残りの98.5%はまだなんだかよくわかっちゃいないというわけです。




「まだ『生』についてもよくわからないのに、どうして『死』のことがわかろうか」
                                   孔子




本シリーズのキモネタである「凝りの生死判定」という私独自の創発概念をここのところ追っているのですが、儒教の祖である孔子に言わせれば、

「生死が何かもわからないヒヨッコ鍼医が何を言ってるんだ!」と草場の蔭で嘲笑していることでしょう。




科学の精華をもってしても宇宙構造の95.1%もヒトゲノムの98.5%もなんだかわかりゃあしない!

であるからして、たしかに「凝りの生死判定」なんて問題を追及するのは無謀なドンキホーテな挑戦と言えましょう。




前稿で湧き出したアイデアは「活きた凝りには気が凝集している」

であるのなら凝りの内部には

「①脈動する赤外線輻射、②変動する生体磁場、③16ヘルツ以下の超低周波、④イオン流、⑤フォトンなどの素粒子、⑥静電気&動電気、など」が

凝集しているのかもしれません。

気とはこれら物理エネルギーに「生命情報」が乗ったモノと言われております。

物理エネルギーだけでは気とは言えない?!

そうそこに、心、意識、意念、愛がこもると気フォースが生まれるのです!




この宇宙は気によって成り立っているとする「気一元論」にしたがうのなら、

この宇宙は愛で満ちていることになりそうです。




もともと愛で満たされた地球をさらに愛で満たすための

「養生文明・クオラムセンシング・ムーブメント」な挑戦は今日も続きます。

2015.06.09 | | コメント(1) | トラックバック(0) | 鍼灸指圧

躰を創る 7

「人の生命は気が凝集したもの。気が凝集すれば生き、拡散すれば死ぬ」荘子




本シリーズ「躰を創る」において基調となるイシューのひとつが「活きた凝り」か「死んだ凝り」かの「凝りの生死判定」という問題であり、

また新たなキーワードとしてここのところ頻出している「相互治癒、相互変容」というタームも目下注目の伴走イシューです。





さて冒頭の「荘子」文中に見られる気と命の相関メカニズムの解読に従えば

「凝りの生死判定」に関する新たなイメージとしては

「活きた凝りには気が凝集している」

「死んだ凝りは気が拡散している」

なる凝りの二相像を提示できそうです。





「気合だぁ〜!」と吠えていたのはアニマル浜口でしたが、ヒトは気合を入れる時にグッと筋肉にチカラをいれます。

この筋肉にチカラのこもった「チカラこぶ」がそのままの状態でそこにありつづけると

それはまさに「気合が凝集した凝り」つまり「活きた凝り」になります。

そう、みんなちょっとチカラが入りすぎなんだよね。

リラックスしようぜ!






オーストリア出身の高名な精神分析医であったウィリアム・ライヒ博士は不安や怒り、恨みなどの感情が

外部へ放出されずに、体内に抑圧されることで筋肉の慢性的緊張が引き起こるとする

「筋肉の鎧」理論を提唱した。

ライヒは言葉によるカウンセリングだけでなく、抑圧された生体エネルギーを解放させるための独自のボディセラピー(筋肉療法)を開発し、

マッサージをおこなうだけでなく、深い呼吸法を患者に練習させることで患者の生体エネルギーの流れを活発にし、

このような治療法により劇的な成果をあげ、その名声をさらに高めた。







鍼灸師であり気功師である中健次郎氏はある鍼の研鑽会に招かれた際に、

「『不通則痛』で経絡が通っていないと痛みが出ますが、経絡が通れば痛みは消えます。たとえば腰が痛くて、曲げると痛い、痛くて曲がらないという方が多いですが、そういう場合は、気を通してあげながら、患者に息を吐かせる、そして曲げていくと、これだけでかなり痛みが取れます」

と発言しています。







どうも「活きた凝り」、「気合だぁ〜!アニマル浜口凝り」の

気の凝集、気合の凝結を溶きほぐし、開放し、

もう一度、経絡中の正気(せいき)の流れと「気合だぁ〜!」の

「残滓凝り」を合流バッティングさせるコツは、

私流にアヴァンギャルドに表現すれば、

気功指圧による新鮮でフレッシュなフォースとしての気の再注入と、

気功指圧によるパワーとしての物理的圧力により皮膚と血管壁から

一酸化窒素が発現することで血管が開放されて血流が促進されるの、

フォースの通路である経絡の気の正常化と、

パワーの通路である血管の血流の正常化の、

ふたつながらの「身心形気」のエネルギー流路の

「動的可塑性」の回復にある、と言えそうです。






仏教においてはヒトの存在を「身・み」と「心・こころ」のふたつの合した存在として認識し、

特に「み」は「こころ」に従属する他物的な扱いとし、主物としての「こころ」をより重視しますが、

道教においては同じヒトの存在を「形・けい」と「気・き」または

「形・けい」と「神・しん」として認識し、

( ※ 神もまた気の洗練されたオプションとしての位置づけ)

「形・気・神」の三者は「気」によってつながれた全一なる存在として認識されています。







わたしの治療はブラフマンとしての全一なる「気」存在に働きかけるから、

アートマンとしての個我なる患者さんの「形・気・神」が反応し、

患者さんの気血の動的可塑性が回復することで

治療後に身体が軽くなり、痛みが軽減し、深い睡眠へと導かれるのです。





あなたの「活きた凝り」をもっと「活かす」いかしたイケテル気功指圧は

ごくごく普通のオレみたいな者から、ハイソなセレブリティーの皆様まで、

どなたでも等しく「 鍼灸指圧 光伯堂 」にて受けることが可能です。







「活きた凝りを活かす」ことができるからこそ

私は「日本最強の治療師」(飯山一郎・評)と

呼ばれるのです。






もしも「死んだ凝り」を活かすことができたらヨーダ並みの「銀河最強の治療師」でしょうね(笑)

2015.06.08 | | コメント(4) | トラックバック(0) | 鍼灸指圧

躰を創る 6

食べた物が血となり肉となり免疫力となり体質となる ←ここをクリック!






「正しい食物を取ることが人間を健康に発育させる唯一の方法です。また正しくない食物を取ることが病気の原因です」インド医学アーユルヴェーダの聖典より





前稿で久しぶりに取り上げた千島学説については以前にSTAP細胞とからめて「千島学説リボーン祭り」と題したシリーズを本ブログでは展開しておりまして、

亀さん記事にありますように船瀬俊介さんがSTAP細胞に関する新刊を出版しましたが、まさかこのブログを参考にしていることはないでしょうが、

あのSTAP細胞はマウスの幼若リンパ球に酸性の刺激を与えることで脱分化が起こり、このリンパ球が万能細胞に生まれ変わる、とした今や幻の仮説です。

それでなぜ千島学説容認派がこのSTAP細胞の実験結果に色めきたったかと申すと、つまり千島学説というものがもともとSTAP細胞的な発想をもって、ようは血液(赤血球、白血球、血小板)のもととなる

血球母細胞のようなものがまず食べたものが腸内で消化吸収される際に腸管内壁で生成されてきて、この血球母細胞である万能細胞がまず白血球になり酸素と反応すると赤血球になり、アポトーシスされた細胞と置換されると新生細胞にリモデリングされるとする学説なので、

マウスのリンパ球つまりマウスの白血球が酸の刺激により脱分化してもとの血球母細胞に変化することは極めて千島学説に酷似していると千島学説フリークは俄然色めきたったわけです。

千島学説においては血球母細胞と白血球と赤血球は非常に柔軟な可逆性をもっているとし、白血球が新生細胞になることもあれば、分化した細胞がまた白血球になることもあるとしますから、

マウスの白血球が万能細胞になることなど千島学説ではごくごく当たり前の現象として受け止められるのです。

よってこのSTAP細胞の発見によって、千島学説派はこれぞ千島学説を立証する21世紀版の世紀の発見か!と快哉を叫んだのも束の間、あとは皆さんもご存知の顛末を迎えて今に至るというわけです。






千島喜久男博士は実際にニワトリやカエルなどの内臓組織をつぶさに観察したうえで、確かに腸内を通過する食成分が腸の絨毛細胞を通過する際に万能細胞に変化していることなどを400枚以上のプレパラート上の写真を駆使して説明しているのですが、

骨髄造血説を金科玉条の至上の学説とするアカデミズムの猛烈な抵抗に遭遇し、ついに「腸管造血説」としての千島学説は今の今まで封印され、幻の学説と化しております。

しかし、冒頭クリック記事の中に掲載されている巻頭写真を見れば一目瞭然!食べ物の変化により赤血球の姿形がアッという間に正常化しているこの実践例のインパクトは有無を言わせぬ千島学説の何よりの証拠と私は確信する次第です。

千島学説のすべてが完璧ではなく幾らか修正せねばならない箇所もあるかもしれない、というテクニカルで微細な問題はさておき、まずはこの冒頭クリック記事の内容を熟読すれば、

いかに食べ物がヒトの健康に重大な要素であるかが理解されるであろうし、また食べ物こそがヒトの血液を創り、ヒトの身心を創り、ヒトをヒトとして創る源(みなもと)であるかがわかるはずです。

「医食同源」という言葉は1970年代に日本で創られた言葉であり、「薬膳」という言葉は1980年代に中国で創られた共に非常に新しい言葉ですが、

まさに食が命を創り出すおおもとであることが、この冒頭クリックの

吉田俊道さんの「元気な身体は、生ゴミリサイクル元気野菜作りから」のたいへんに貴重で優れた実践実証エビデンスに基づく痛快な論説レポートを読み込むことでご理解頂けるかと存じます。

子供たちの体調の変化が実に素晴らしい!

「躰を創る」その根本はなんと言っても「食」なのです。





さて、昨今の健康フリークたちは自然な食だけでは物足りないのか、あるいは自然な食には昔のような栄養素が不足しているからという屁理屈からか、そんな些末で怪しい理由からサプリメントなる「非食物質」を好んで摂取するヤカラがおるようですが、

果たしてそうした試みが真の意味で「食べた物が血となり肉となる」の道理に合っているのかどうかは常々、私は大いに疑わしく思っております。

3.11後は様々な放射能デトックスサプリの市場も活況を呈しており、また少食派や自然食派でありながらサプリも摂取するというイレギュラーな人種や、

サプリだけでは物足りないのか電子供給マシン、水素吸入器まで持ち込んで万全の態勢を築くツワモノも散見されます。

しかしマシンで生み出されて供給される「自然」ではない「人工電子」が細胞内の分子生理の動態にうまく捕捉吸収されるのかまったく不明であるし(人工電子を認識し受容するレセプターなどないはず)

やはりマシンから生み出される「人工水素」の受容体も不明であり、またそもそも水素イオン濃度は厳密に細胞膜のレセプターによって管理され、

余分な水素は細胞内からイオンポンプで細胞外へと汲み取られて排出されて、細胞内が酸性に傾かないようにつねに細胞内をアルカリ性の一定に保つシステムが細胞には厳然として作動しておりますから、

華々しく喧伝される酸化還元療法とやらの人工電子や人工水素を崇める風潮もどこまで科学的な信憑性があるのか極めて疑わしいです。

余分なことは要らない、ただ昔の人がやっていたことをマネすればイイ、

という冒頭クリック記事の結語、から昨今の迷妄する健康指南番たちは多くの反省を得ることができましょう。





それで迷妄ならぬ明晰と自認する(笑)わたしの食に対する見解はこれまでわたしなりに様々に多角的に論説してきましたので、食に関する本稿における論考も今回はこのくらいにしておきますが、

もしここ本ブログの新参者の方々でご興味がございましたら左のカテゴリー欄の「食薬一如」のカテゴリーを開いてくだされば、だいたい放射能デトックス対策の食材は揃えてございますので、どうぞよろしくご参照くださいませ。

サプリやマシンの勧誘販売などのステルスマーケティングな記事は本ブログの記事内容には一切ございませんので、安心して関連記事及びすべての記事をお読み頂きますれば幸いに存じます。






先日に我が治療院「 鍼灸指圧 光伯堂 」に初診でご来院された御婦人に

「先生の手はアイロンみたいにあったかいね!」

と、たいへんに嬉しいお言葉を頂きました。

治療家としての「あたたかく厚みのある適度に乾いて適度に湿った手」は

患者さんの躰を長年触ることで鍛えあげられ創られます。

そう治療家の躰は患者さんとの「相互治癒、相互変容」を経て、日々、進化しているのです。

新しい出会いを通して、わたしの躰もドンドンと進化している最中です。

そして躰が進化すれば、それに付随して意識、意念、思想も進化していきます。

躰は食べた物だけでなく、様々な内外環境からの刺激によっても創られていくのです。







しかし「水かぶり」と「入浴」という寒冷刺激と温熱刺激の二つながらのストレッサーを皮膚身体に与えて、

皮膚の二つの温度受容体を刺激する掟破りの「温冷浴」法にもだいぶウチの娘もオヤジも適応してきた。

こんな簡単な「二刀流」の皮膚刺激で人体最大の臓器にして脳である「0番脳」が鍛えられて、

免疫が向上すれば確かにいいことずくめだね。

ちょっとこの新習慣を続けてみますわ。

2015.06.07 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 鍼灸指圧

躰を創る 5

また亀さんが ←ここをクリック!





先日も申し上げましたが、本ブログは開設してすでに4年目に突入しておりまして、その間にネットを通じて交流を頂いている方も徐々に増えております。

そんななかでも自分でブログをやっているブロガーの方が時々、わたしの記事を貼ってくれたり、リンクしてくれたりするケースがちらほらと出始めておりまして、

今回冒頭クリック記事に紹介する翻訳家の亀さんの「人生は冥土までの暇潰し」では、これまで何回も本ブログを紹介して頂いており、

また最近ではやはり翻訳家の女性の方が執筆している

「 So it shall be いまにいいことあるで・・・」さんサイトでも私の記事や内容を先日ピックアップして頂きましたし、

我が治療院の常連クライアントになって頂いているコメント陣の常連でもある「ばっちゃんわらす」さんも、主宰する「神美農園 リユース工房『隙間屋』」ブログで私について何度も触れてくれております。

また掲載されている美しい海中写真が見る者にデボン紀以前の太古の海生生物時代のDNA記憶を呼び覚ます suyapさんの

「ミクロネシアの小さな島・ヤップより」ブログではリンクもして頂いて、記事にも登場させてもらっております。

ここにご紹介できない方も含めて、これまで本ブログをリンクし、記事にし、紹介してくださったブロガーやサイトオーナーの皆様には、この場を借りて今一度、多大なる感謝を申し上げます。

「養生文明・クオラムセンシング・ムーブメント」に

ご協力頂きまして本当にありがとうございます!





さて本シリーズは各界(笑)で好評の前シリーズ「命を耕す」に引き続くシリーズという触れ込みで始めたわけですが、特に本シリーズ「躰を創る」で再考したいネタとしては、

「活きた凝り」と「死んだ凝り」という言葉が世間にもたらした衝撃をもう少し探ってみたいという思惑がございました。

この「活きた凝り」と「死んだ凝り」という凝りを二つに分ける考えは相当にアヴァンギャルドでインパクトが強烈であったようで、

先日来、初診でご来院されるクライアント様たちが、必ず聞いてみたい、聞いてみる「踏み絵」的なキーワードとなっております。






そこで「凝りの生死判定」という「脳死判定」にも匹敵する重大な告知問題が浮上しているわけですが、

例え「死んだ凝り」であっても、個体としては普通に生きていることを見れば、「死んだ凝り」もまた、もちろん「敵ではなく味方であり仲間」であるはずです。

ただ「死んだ凝り」は「活きた凝り」に見られる「動的可塑性」が消失し、いくら押しても気を通しても少しも動いてくれない、という特徴があることは確かです。

人間の身体は本来的には崩壊システムとしての熱力学第二法則のエントロピー増大とは反対のベクトルである

生成システムであるところの可逆的で可塑性に満ちた自然治癒力の発露するカオスで「ひとりする」トーラス型の永久機関的な非線形の柔らかい系ですから、

やはり動きの消失した「死んだ凝り」を触った際のインパクトは治療師にとっては恐怖の対象となってしまいます。

癌の末期などに発現してくる「死んだ凝り」の冷感は、マジで氷の冷たさを軽く凌駕します。






「命を耕して躰を創る」とは、つまりは「生きた凝り」を「死んだ凝り」にしてしまわないための「お手入れお手当て養生」ということに尽きます。

ではどんな「お手入れお手当て養生術」がもっともイイのかと言えば、それは個々人の躰がそのことを一番良く知っていますから「躰に聞く」というのが最も適切な方策となります。

「からだがよろこぶ」お手入れこそが「活きた凝り」を維持し、10歳も若く見える容姿を保つコツです。







これらの言説もまたお分かりのようにすべてクライアント様たちとのご交流から生まれております。

これまでわたしが触らせて頂いたすべての患者さんにここにおいて感謝申し上げます。







冒頭クリック記事の亀さんの記事中にもありますように、ヒトのカラダは日々「食べた物が血となり肉となる」千島学説的な生命機序で、毎瞬間、細胞はアポトーシスとリモデリングを繰り返しながら生まれ変わっています。

ありがたいことに自動的にオートマティックにカラダは自律して日々、毎瞬、60兆個の細胞を新品に維持してくれております。

この細胞を新品にする作用も「先天の精」であるゲノムのセントラルドグマのチカラと、

「後天の精」である飲食と呼吸によるエネルギーの補給がひとつになることで滞りなく進行します。

この「先天の精」と「後天の精」の二つのシステムを滞りなく動かすチカラこそが宇宙創生から今にいたるまで万物を生成化育してきた「気」と言えましょう。





宇宙の始まりは「闇」であった。

この闇をかたちづくる真空の門戸ゲートに

閉じこめられていた「音」や「光」の「気」が一斉に解き放たれた時

宇宙誕生のインフレーションのファンファーレが髙らかに鳴り響いた。

その宇宙誕生の瞬間のBGMにはやはり映画「2001年 宇宙の旅」で

リフレインされた「ツァラトゥストラはかく語りき」

がもっともふさわしく思えます。







ツボの奥底には今も宇宙の始まりの息吹が胎動しています。

2015.06.06 | | コメント(4) | トラックバック(0) | 鍼灸指圧

躰を創る 4

アトピーには水かぶりが一番! ←ここをクリック!





「ウマの歯が何本あるかということを中世の学者はたびたび激論の的としたが、その一人でも実際にウマの口をのぞいてみることがなかった」
動物学者 ヘルドヴィヒ(1850〜1930)





昨日は東京都の真ん中23区からおクルマで雨の中を、はるばる牧之原市まで初診のお二方のクライアント様がご来院されました。

これまで様々な代替医療を体験しているママさんは、私の治療を受けて

「こんな風に全身をくまなく押してもらったのは初めて。押されるのをカラダが嫌がって、身構えてしまうかと思ったら、全然そんなことがなくて自分でもビックリ!ここ(頭頂部のツボ百会付近)を押されたら、ズーンと全身に何かが響いて。先生の治療は『痛いのに、イヤじゃなくて』、とても不思議な治療ね」

と、こんな評価を頂きました。非常にフォースの動きに敏感な体質で、その娘さんの方は生まれつきの「セーダカウマリ(精の高い生まれ)」なシャーマン的な特異体質の持ち主であるそうで、

こちら娘さんの治療もまた、なんとも言えない「相互治癒、相互変容」の治療交流タイムを共にさせて頂きました。

実年齢よりもの凄くお若く見える娘さんには、ほんと驚きました!若返りの泉の聖水を飲んでいるのか、はたまた不老不死の仙薬を煎じて飲んでいるのか、あるいは人魚の刺身でも食べているのか。

アンチエイジングの秘策を聞いておけば良かった(笑)




いわば昨日はシャーマン(巫女)の母娘のお二方と、男カンナギ 「男巫」つまりは男のシャーマンである治療師の私の3人のシャーマンが一堂に我が治療院に会して得も言われぬ「場」が生じて、

見える言葉のやりとりや、治療における感触だけでなく、見えざるインプリシットオーダーな暗在系の情報も飛び交った、

ユタ治療的な「相互治癒、相互変容」の「躰を創る」養生医療が我が治療院にてスパークしたのでした。





さて、治療中の話題はやはり3.11後の内部被曝対策に重点が置かれましたが、かいつまんで要点を申せば、

食べ物では内部被曝により体内に侵入した放射性核種はキレート作用のあるネバネバ多糖やビタミンやクエン酸などでデトックスを促し、

物理的な外部からの医療処置としては、指圧などを励行して皮膚と血管壁から一酸化窒素を分泌することで血管壁を広げて血流を促進することで代謝を促し、

食成分でキレートされてきた放射性核種を速やかに体外へと排泄する放射能デトックスを実践していくことで、

少なくともなにも養生しないよりは、大幅に体内の放射性物質の割合は減衰させることは可能だろうと

アドバイスさせて頂きました。




①キレートつまみだし
   プラス
②指圧で放射能には NO !デトックス

の二大養生法アイテムの励行こそが3.11後の生きる希望です。





それでシャーマンママさんに言い忘れたのですが、わたしが3.11後にずっと注目している食材がカプシカム属と呼ばれる植物つまりはトウガラシやシシトウ、パプリカ、ピーマンでして、

このカプシカム属が含有するフィトケミカル(植物性化合物)のカプサイシンという成分は、ヒトの細胞膜の受容体バニロイドレセプターに受容されることで、

細胞を刺激し、特に免疫系をよく活性化するとされます。

内部被曝で恐ろしいのが人体の免疫システムが損傷破壊されることなのですが、この被曝による免疫低下をシシトウをあぶって食べたり、チリソースをパスタに振りかけたり、七味唐辛子をうどんに振って頂くことで、

未病治できればこれ幸いと、カプサイシンブームは3.11後の治療師ハリーのマイブームとなっております。




また昨日は埼玉県の篤志家の年配の男性からここ7年間分の「農文協」刊の「現代農業」という雑誌が治療院に進呈送付されまして(Oさん、本当にありがとうございました!通読しだい姉たちに手渡します)

たまたま段ボール箱2箱の包みのなかから、ひょいと手にしたのが平成19年2007年7月の「ニンニク VS トウガラシ」特集で、

すでに2011年の3.11前の4年前にトウガラシのカプサイシンの多面的な薬理効果に眼をつけていた「現代農業」にまず瞠目して、

さて姉・農民声楽家の「白椿の里」ブログを覗いてみれば、なんと昨日はシシトウを収穫して素揚げにして食べたとの記事がアップされており、

まったくこの世はシンクロニシティーに共時性な暗在系コントロールだぜ!

と、シャーマン会議から「現代農業」はてはシシトウ収穫まで盛りだくさんリンク祭りの昨日でした。





冒頭クリック記事は「るいネット」サイトさんから拝借しましたが、6日前からわが家で始めている湯浴み法です。

なにごとも実践をもって仮説を立証しなければ、中世の愚学者の轍を踏む。

なんだか副腎皮質からコルチゾールや性ホルモンが分泌されだしたようで、

なかなかオレの体感では「水かぶり」イイ感じよ(笑)



ただ躰を温めるだけでなく、ここに寒冷刺激も付加することで、ヒートショックプロテインとコルチゾールの免疫システムを活性化する強力な生理活性物質の二つもが、

タダで簡単に手に入れることができるかもしれないんだから、

こりゃあ実験するに限るよね!



しかし、風呂場がシャーマンおやじと、シャーマン娘二人で、

「ギャー!冷たい!こらっ、オレに向かってふざけて水かけるのは止めろー!」とか

「とうとにかけられるのはイヤ!ねえねにかけてもらうの!ウワーン!」とか、

とにかく、うるさいこと、うるさいこと(笑)

まっ、子供っちにはオヤジに仕返しできてイイ気晴らしになるみたいで。

発見と言えば、これは自分の体感だけど、寝つきがもの凄く良くなった!




ここで新格言

「ウマの口、のぞいてみなけりゃわかんない」(笑)





2015.06.04 | | コメント(8) | トラックバック(0) | 鍼灸指圧

躰を創る 3

「いままで生きてきて、こんなことをしてもらったのは生まれて初めてだよ」



わたしが全国区の鍼灸指圧師の法人団体に所属していた時は、毎年、この6月の最後の日曜日を使って無料奉仕という定例活動に参加しておりました。

今のわたしはこの団体をわけあって退会し、このような鍼灸指圧師が入る政治的な団体組織や研究会などのたぐいにはいっさい所属しておりません。



さて冒頭の発言はその某団体に所属していた当時に、特別養護老人保健施設に無料奉仕の慰問に出掛けた際に、耳にした言葉です。

かの発現の主は齢99歳になんなんとする老婆のコメントです。

つまり、彼女は加齢と共に筋肉が萎縮した後に歩行が困難となってこの施設に入所したわけですが、普通にハナシができましたから認知機能にはまったく衰えはございませんでした。

やせ細ったその肩や背中をさすっている際に、フト、冒頭の言葉が彼女の口をついて出たのです。

その時に私の脳内が真っ白になるような相当のショックを感じたことはまだ記憶に新しいところです。





本シリーズの初回に引用した文章にこんな文句がございます。

「ユタをユタとして認めるのは病めるクライアントであり、それを支えているのは民衆の心性(メンタリティ)である」



そうなのです。わたしは冒頭の老婆の発言を聞いた時に咄嗟に脳裏に浮かんだのが、この文章だったのです。




明治維新から130年が経過し、その間に徹底的な西欧式医学を崇拝する思潮が蔓延したことで、この国の民衆のメンタリティから養生という思想が喪失してしまいました。

その証拠こそがこの老婆の何気なく口をついて出た言葉だったのです。





死を間際にしてようやく、生まれてはじめて指圧を味わう老婆。

かたや80歳を過ぎてから孫である私の鍼灸指圧治療を継続して受けて、鍼灸指圧の治効バタフライ効果を存分に体感し、日々、その「躰を創」り続けて、老健施設に入ることなく認知症になることもなく、最後まで自分の足で歩き、自分の口と手で食べて、自分で用を足して、自立した生活をし続けて、あと5日で99歳というところで大往生した私の祖母。




このあまりに異なる二人の老人の老後を垣間見て、わたしの心に「日本の養生文化を底上げしなければならない」という強い衝動が猛然とわき起こり、それ以降、ネットでの情報発信が勢いを増していきました。



我が国にもう一度、中医学3000年の精華である養生文化を再興し、民衆のメンタリティの土壌に鍼灸指圧に親しむ種を植えて、立派に育て上げるのが、わたしの生きる道なのです。



まだまだ東洋医学・養生法の啓蒙活動は始まったばかりです。




来たるべき新たなオレ流の情報発信のチャレンジに向けてこの脳端末には最近になって新しいコンテンツがダウンロードされております。

なるほど、なるほど、まことに東洋医学の歴史は長く、裾野は広く、哲学は深淵です!



本日は足もとのお悪いなか、東京都より新規のクライアント様がご来院されます。

「信頼関係のなかで相互治癒し相互変容」できる交流ができますように、フォースと共に全力を尽くします。

ちなみに午後はこちら顧客様のみで予約オーダーは埋まっておりますので、最寄りのバス停に着きました際に雨が激しければ、治療院 0548ー22ー8740 までお電話下されば、クルマでお迎えにあがります。

バスが着く前、東名高速道路を走行中などにお電話くだされば、なお良いかと存じます。

なんなりとお申し付けください。





未病治養生文化を日本文化にリノベーションするクリエイティブな挑戦は、ここから、今から、スパークします!

2015.06.03 | | コメント(2) | トラックバック(0) | 鍼灸指圧

躰を創る 2

「養生の達人は羊飼いのように群を見守り、おくれているものに鞭打っていれば良い」荘子





昨日からスタートした本シリーズのタイトルは「からだをつくる」の

「からだ」という漢字に「躰」という文字をあてがい、「つくる」には「創」という文字をあてました。





前口上の第二「耕」として、少しなぜこんな漢字を適用したのか?の由来を説明しますと、

からだは生きていくうえでのもっとも大事な土台、大元、ベースであるから、

この「身」と「本」から構成される「躰」という文字がピッタリだと思い、

まず「からだ」は「躰」という文字をあてはめました。

そして後半部分は「作る」でも「造る」でもなく、なぜ「創る」にしたかというと、

主体性のある身体自治な自己判断にもとづき、

ちゃんとした意識、意念、こころ、気をもって

カラダとココロを日々、大切に扱い、手を入れていくことは、

実はとてもクリエイティブな作業であることから、

からだ、生き方、いのち、

ボディ&マインド、ライフスタイル、カルチャー、

を創造していくという意味を込めて「創る」といたしました。





ヒトの躰は日々、手入れをする養生法の実践によっていくらでもクリエイティブに創り変えることは可能だ、

と26年間の鍼灸指圧業の臨床を通して実感しております。




26年間のナマの実際の臨床経験を通してつむぎだされる私独自の言葉も、

患者さんとの相互治癒、相互変容の賜物(たまもの)です。

少し、周辺事態に変化の兆しが見えてきました!





この変動に伴い我が脳内コンテンツの知的ボリュームをかさ上げする準備に入りました。

つまりちょっとこれまで手を付けていなかった読みたかった本をこれから読み込む必然が生じております。






もしかすると、こうしたブレがこちらブログに影響して、今後はブログ更新が毎日とはいかなくなるかもしれません。

まだまだ未定ですが、なにぶん不器用なので、なにか動きに変化がありましたら、こちらの更新が滞ることを先にお許し願います。





「躰を創る」ことはまた新たな言葉を創ることであるのかもしれません。

言葉により「鞭打つ」ことも「養生の達人」ならぬ

「養生法の探求」の達人であるわたしのかねてからの希望であります。






まだ多くを言えませんが、とりあえず報告を兼ねた記事となりました。


これじゃあ、なんのことだか全然わからないって?





まっ、「仕上げをご覧じろ」の落語「大工調べ」のサゲじゃあないけど、

いい知らせが近々、出来ますれば幸いに存じます。






※ 6月は「 鍼灸指圧 光伯堂 」は通常通り、

月曜日と第二、第四日曜日のみ休業で、

あとは全部、営業しております。

どうぞ御利用下さい。

2015.06.02 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 鍼灸指圧

躰を創る

「ユタとは、ふるくから沖縄を中心に南西諸島にいた民間巫女のことで、人びとの依頼によりさまざまな占い・祈願そして信仰治療を行っていた。

沖縄をはじめとする南島は、きびしい風土だけに、古い民俗が生きつづけ、それを背景に独自のコスモロジーが形成され、それにささえられたシャーマニズムが息づいてきた。

なかでもユタといわれる巫医(メディシンマン)による信仰治療は今日なお土着医療としてしぶとく生き続けている。・・・

南島は、空間的にも時間的にも日本と中国、東洋と西洋、近代と前近代の『はざま』に位置しているだけに、そこには『第三の道』ともいえる独自のパラダイムがある。

たとえば、ユタになる入巫過程としてのカミダーリという状態は、現代精神医学では幻覚・妄想をともなう精神状態と烙印されるが、沖縄の習俗ではこの状態を肯定的に受容する。

またユタになれる特異な能力をもつ人をセーダカウマリ(精の高い生まれ)と呼んで、これも肯定的に評価する。

さらに、南島には病気についての独特の表現語彙(ターミノロジー)があり、それらがすべて日常語で構成されており、人びとはそれらを的確に使い分けていた。

たとえば、チムヤンメー(肝・きもの病い)という言葉があり、それにまつわってチムアンマサン(心が落ち着かない)、チムチャーガナサン(悲哀)など、肝(チム)にまつわる表現だけでも十六もあり、表現がある以上人びとはこれを現実に体感していた。

とりわけ南島には独自の狂気観があり、ひろく精神病はフリムンといい、精神薄弱はフラー、痴呆はカニハンダー、性格異常はヤムシムチ、心因反応はマブイトウシなどといい、いずれも日常語で表現されている。

それだけに南島ではフリムンたちも村(シマ)のなかで疎外されることなく、村のなかに共に生きていた。戦前まで沖縄には精神病院はなかったといわれる。おそらくユタ治療がそれにかわっていたからであろう。

近代西洋医学はひとの病いを日常語と異なる専門用語で区別し、病者を日常世界と異なる専用施設に収容する。この現代医療の進行につれ、当然のことながら土着医療は衰退していく。

時代の流れの必然であるとはいえ、かつての『肝を病む』という生理感覚は失われ、かつての家族や共同体で病いを防ぎ癒すという意識や能力は衰微の途をたどっていった・・・

ユタには資格はない。ユタをユタとして認めるのは病めるクライアントであり、それを支えているのは民衆の心性(メンタリティー)である。

ユタとクライアントとの日常の交流をみると、両者が信頼関係のなかでいかに相互治癒し相互変容しているかがわかる。

治療者にはある意味でシャーマン的な能力と性格がなければならない。

病いや悩みの『なぜ』にまで応えようとするユタ治療には、癒しの原点をみることができる・・・」
引用 立川昭二「明治医事往来」新潮社











ここ最近になって我が治療院「 鍼灸指圧 光伯堂 」を訪れてくださる新規のクライアントの皆様が口にするのが

「先生、わたしの凝りは『活きた凝り』ですか?、それとも『死んだ凝り』ですか?」

という質問です。

前シリーズにおいて初出のこの『活きた凝り』『死んだ凝り』というキーワードは、

わたしがここ26年間の鍼灸指圧師としての臨床を通してこの指が獲得した私の独自の身体観により発明された

表現語彙(ターミノロジー)のひとつと言えます。





冒頭の引用文にありますように、沖縄にもまた沖縄独自の身体にまつわる言葉が多数見られます。

こうしたその国、その地方に特有の、固有のターミノロジーや土着の医療技術がのきなみグローバルスタンダードな

西欧式医療に変えられていったのが、明治維新以後の近代化であったと総括できましょう。






「ユタ狩り」と称する大がかりなユタ医療への弾圧が明治以降に沖縄全土で官憲により徹底的に繰り広げられたように、

日本鍼灸、日本漢方もまた明治に時代が変わる最中に医学制度改革のもとに、

主流医学の地位から民間医療へと転落してしまいました。

ここ130年間の日本医療における東洋医学の社会的地位は最底辺のままで今日に至っております。






さて日本の年間医療費は今や40兆円に迫る勢いで、医療経済学における焦眉の問題はいかにしてこの国家財政における医療費を圧縮するか、であると聞きます。

日本は医療費の高騰により国家経済が破綻する一歩手前である、との論調もよく耳にします。

では、いったいどうしたらこの暴騰しつづける国家財政に占める医療費を削減できるのか?





端的に申せば、解決策は実に簡単である、とわたしは考えます。

ようは、国民ひとりひとりに『自分の身体は自分で守る』という身体自治精神を醸成することで、

養生文化を再興すればいいのです。

「未病治文化」が底上げされて、国民がみな独自の身体観のもとに、独自の未病治なライフスタイルを確立していけば、国家財政に占める医療費の比率などわけもなく削減できるはずです。





3.11後という時代の「はざま」にあって、わたくし鍼灸指圧師、今村光臣は

138億年の宇宙史という時間と、素粒子から極大の大宇宙までの62ケタの空間をくまなく探索し、

医療界における独自の「第三の道」とも言える内部被曝対策の未病治養生法という新しいパラダイムを確立してきました。

ここまでの情報発信の努力が今、バタフライ効果となって世界中に飛翔し拡散し始めております。





「パワースポットである『活きた凝り』があるうちに、身体を手入れすることが『死んだ凝り』を生み出さないコツなんだよね。これはつまりそういう風に『からだをつくる』ということなの。このつねに身体を手入れして『からだをつくる』という発想がまだなかなかできないから、今後はこれをキーワードに情報を発信していかなければイケナイね」


これがニュークライアントたちの『凝りの生死診断』に対するわたしの答えです。




『からだをつくる』をキーワードに新しい思索の旅に出ます。

お付き合いのほど、よろしくお願い申し上げます。

2015.06.01 | | コメント(3) | トラックバック(0) | 鍼灸指圧

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