ひとりアンチヌーク鍼灸師

別に好きで脱原発鍼灸師をやってるわけではないんだけどさ、311で露呈した諸々があまりに理不尽なんでずっと憤慨していて時に触れて腹が立ってしょうがないので、こうやって自分のブログで吐き出しているわけです。今回も国連科学委員会なる機関が、「福島はチェルノブイリではない、日本国民の総被曝量は甲状腺がチェルノブイリの30分の1、全身が10分の1、ヨウ素131の総放出量はチェルノブイリの3分の1、セシウムが4分の1、ストロンチウムやプルトニウムは微量」などと寝言を抜かしているのを新聞で拝見して、ひとりで頭に血を上らせていた。よくもまあこうもデタラメな理屈を並べたもんだよ。だってチェルノブイリはたった1基がはじけただけだよ。それも奇跡的にどういう訳か溶融燃料の核分裂反応が10日してストップしたケース。それでも物凄い健康被害が生じてて今現在もその惨禍は継続している。26年経っても住めない高線量被曝ゾーンがそこかしこにあるし、除染に駆り出された60万人のうち30万人はすでに死に絶え、残りの30万人だって健康被害に苦しんでいる。ウクライナあたりは健康児が生まれる確率が15%くらいで、残りは何らかの障害をもって生まれる者がほとんど?凄まじい放射能禍にいまだに苦しむのがたった1基の爆発によるチェルノブイリ。おいっ!今回のフクイチ事故は4基いっぺんにボンッだぜ!わかってんのかい?そんで3号機じゃあ、あれだけ識者が止めろと言ったMOX燃料を使ってた。これウランとプルトニウムが混ざった燃料で、これが爆ぜたんだから原爆が炸裂したのと一緒。赤い火花が出た後に真っ黒いキノコ雲が立ち上がった映像を何度も見ただろうが。プルトニウムが微量だって?冗談もホドホドにしろよ。アラスカやハワイの観測所でいきなりプルトニウムの値が通常の何十倍かに跳ね上がったのは何あろうフクイチから飛散したプルトニウムに決まってんだろうが!微量なら遠くカナダで検出などされるわけがなかろうに。いい加減にせんかい!耳なしウサギ、羽根の長さが左右で異なるセミ、身体がねじくれたカブトムシ、脊椎がひん曲がったメダカ、飛べない小鳥、エイリアンのような薔薇、巨大なタンポポ、アルビノのツバメ、次々に倒れる馬たち。微量ならこんな悲劇が起きるわけがねぇじゃん。すでに物凄い勢いで生物のDNAが秩序を失い統合性が崩壊し恒常性が壊滅し子々孫々へと受け継ぐデータが失われている。次代をつなぐための最重要なデータがコピー不能に陥った生命体が溢れてきている。人間にも当然のこと同じ現象が影響してきているが医療ムラは原発ムラの傘下ゆえに被害の詳細は永遠に隠蔽される。すでに3人の子供が福島では甲状腺ガンの手術を受けており、残り7人もおいおい手術の予定であろうし、その先に何人がと考えることが憚れるような極めて深刻な被害が待ち受けている事は確かなのだ。こういう状況で傲岸不遜、無知蒙昧、人を馬鹿にするにも程がある報告をまとめる国連科学委員会なる機関。なるほどこの地球ムラは原発ムラのために存在するようである。

私がここ2年余の間、何に一番腹が立っていたかというと、医療の側がまったく声を上げないことだった。まあ上げてくれている者もいるがモノスゴク数は限られる。鍼灸師なんかで内部被曝の対策を提言している者なんてほんとほとんどいない。「内部被曝、鍼灸」で検索入れても、まず引っかからない。私が見つけるのがヘタなのかもしれないが鍼灸院ブログで取り上げている者もまあ見ない。数人は触れている者がいたが、対策を提言しているわけではない。海外の脱原発派の科学者のコメントを貼り付けてある程度。ほんとうちら業界の見識は御粗末極まりない。つうか、興味がないんだろうね。気だの経絡だのには執着するんだけど、肉眼では見えないけど確実に健康被害をもたらす細胞の数兆分の1の大きさの放射性同位元素なんか別に心配する必要はない、とみんな思っているんだろうね。そうじゃなけりゃあポスト311時代は内部被曝地獄の様相を呈するのだから、放射性核種についてはみんな真剣になって研究するはずじゃん。それをしないんだから、ようは興味がまったくないって事になる。ええねぇ、気楽で、って、気楽なわきゃあねぇんだよ!ったく、なんでそんなに呑気なんだね!気だの経絡だのという前にさ、目前に迫る放射能クライシスに立ち向かう者はいないのかい?あっ、ひとりいた!俺っ(笑)

こういったわけで孤軍奮闘を勝手にしていつも憤慨してきたのがこの2年間だった。でもまったく後悔してないし、やって良かったと思っている。内部被曝を防御するにはどうしたらいいのか?ずっと考えて対策を練ってきたからこそ、東洋医学の真価がより深く理解できてきたしね。ミトコンドリアの重要性も以前にもましてよくわかるようになった。汝の敵を愛せよ、とはよく言ったものだよ。311のすぐ後が一番ヤバイ時期だったけど、そこも抗酸化物質天こ盛りの食養で切り抜けたし、今もずっとそんな食事を心がけている。ちっと疲れたと思ったら、果物を食べる量を増やすし、自分自身に自分で鍼灸治療もするし、筋肉内ミトコンドリアを賦活するエクササイズもぼちぼちやっとる。市販の豆乳ヨーグルトも週に2、3回は食べる習慣が根付いた。

5000余種ある体内酵素の3000種類ほどを腸内細菌が産生しているんだから、いかに腸内細菌の力が重要かということなのだ。人体の生化学反応の主役であるタンパク分子で形成された触媒である酵素・エンザイムなくば生理現象は成立しない。潜在酵素の量が生命力でもあるのだから、その全量の5分の3量も産生してくれる腸内細菌こそが生命力のカギを握っているのである。またビタミンBやCも腸内細菌が作ってくれるし、NK細胞やNKT細胞などの免疫細胞の70%も腸内細菌が生み出すし、空気中の窒素からタンパク質をも合成するし、食事の際には3000億から5000億もの雑菌が腸管内に侵入するけど、ほとんどは胃酸で殺菌されるけど、まれに腸内に侵入する菌もあって、もしもそんな事態になっても腸内細菌がそいつらを繁殖させないように見張っているし、免疫細胞のNK細胞がこれらの外来性病原菌を殺す際に活性酸素を使ったりすると腸壁が傷ついてしまうので、そんな時は腸内細菌が抗酸化酵素を出してくれて腸内が活性酸素だらけにならないように調整してくれている。ほんと多大なる働きをもつのが腸内細菌なのである。植物性乳酸菌を含む豆乳ヨーグルトを摂取すると、腸内常在菌が賦活され、これらの働きのすべてが円滑に進む。大豆イソフラボンは腸内でエクオールと呼ばれる強力な抗ガン物質に変換される。納豆や味噌や豆腐や醤油を常食する日本人はその昔はガンなどには罹患しなかったのだ。活性酸素が大発生する内部被曝に、大豆イソフラボンが果たす役割は大きい。私も毎朝必ず納豆と味噌汁を食べてきたし、植物性乳酸菌たっぷりのぬか漬けも毎朝頂いている。

内部被曝を防御する方法はそれほど難しくない、というか、基本的な事を守るしかない。内部被曝に苦しむ患者に寄り添って生きてきた希有な医師・肥田舜太郎先生も、よく噛んで食べよ、昔ながらの食事、ミネラルのサイクルを促進、と基本的なアドバイスをなさっていた。そして規則正しい生活を心がけ、疲れをためないようにし、免疫力を保つようにしなさい、と仰っておられた。至極まっとうな対策と私も感じ入りました。

徒党を組んでどうこうというタチではないので、今後もただ独りで内部被曝を防御する医療を追及します。ついて来る者があろうがなかろうが関係ないっす。ようは自分が興味ある限りは追及するってだけ。気や経絡だけで通用する世界ではもうない。放射性同位元素は私たちの命のもと、ATPを産生してくれるもっとも重要な仲間であるミトコンドリアを壊滅に追い込みます。劣化ウラン弾症候群で帰還米兵が苦しみ出したのは帰国後2年を経過してから。今まさにフクイチ・クライシスの始まりかもしれないのです。ウランは確実に飛び散ったし、プルトニウムも大量に飛散したとみて間違いないでしょう。寝言に惑わされずに養生に徹しましょう!

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2013.05.31 | | コメント(6) | トラックバック(0) | 鍼灸指圧

気合い注入

「ありのまま」「虹を越えて」「松林図屏風へ寄せて」の一連のここ3回の記事はこれでひとつながりの論考になっていたと感じる。まとめというわけではないが、最後にダメ押しで自分の内面にあるものをひねり出しておく。311は完全に私の価値観を変えた。映像で残っているフクイチ1号機の水蒸気爆発、3号機の核爆発。3号機ではウラン・プルトニウム酸化混合物燃料が使用されていたのだ。原爆が炸裂したのとまったく一緒である。黒い煙と共にウランやプルトニウムが大気中へと拡散しアッという間に太平洋岸を飛び越えてハワイ、アラスカ、北米で検出された。日本の某研究者は福島第一原発の敷地近くから採取した土を調べてやはりプルトニウムを検出した。311後、東京あたりで雨後の水溜まりに浮いていた黄色い粉はスギ花粉ではなくウランかプルトニウムではなかったのか?孤高の反原発のカリスマ・高木仁三郎がもっとも恐れ、それゆえに終生にわたり警鐘を鳴らし続けた原発のシビアアクシデントに伴うプルトニウムの大規模拡散。彼は著書の中ですでに今回の事故を予言し正確にシュミレーションしていた。1号機の爆発映像を見た瞬間、こりゃあとんでもない事が起こった、と確信し、そこから徹底的な情報収集を開始した。真っ先に役に立ったのはネットであった。IWJが撮影中継した映像、元日立系の原発エンジニアの田中三彦さんと元東芝系のエンジニアの後藤政志さんが招かれての今後のフクイチ事故がどう変遷していくのかをインタビューした模様は食い入るように拝聴した。田中さんが仰った言葉で心に残ったのは、手探りの人海戦術が続く、まったく予想のできない事態の進行、であった。いったん核燃料が制御不能となれば人智が及ばないという事実。チェルノブイリではなぜか10日後にピタッと核分裂反応が止まるのだ。それがなぜ止まったのか?すらいまだに誰もわからない。核物理学者がごまんといようと誰にもなぜ核反応が止まったかはわからないし、つまり、制御棒を差し込んで止める通常の方法が通じない今回の事態が起きたのならこうやって制御して核分裂がストップできる、という対策などまったく無い状態で今までは原発を運転してきていたという事なのである。そして再稼働している2基も勿論もしも今回と同様の事が起これば同じく核分裂を止めようがなく、今後も再稼働しようとしているすべての原発においても同様の状態なのである。安全でクリーンだって?どこがやねん!まったく安全管理なんておとぎ話に過ぎないのに、今までは洗脳箱テレビ、洗脳紙新聞を使いさんざんっぱら情報というツールで人様の脳神経細胞を麻痺させてきたわけである。麻痺し続けた脳神経細胞内ミトコンドリアは疲弊し廃絶しアセチルコリンをはじめとする情報伝達物質をうまく産生できなくなっていたのだろうか?軽い認知症か?一億総なんとか、とはよく言ったものだ。まともな思考能力をメディアに奪われたツケを私たちはいま存分に払っている最中である。田中さんが仰った予測のまま、今もまったく人智の及ばない事態が進行している。モクモクと噴出している蒸気には200余の放射性同位元素が含まれて地球大気にのって地球中へと拡散し続けているのだ。ひとたび人体内に侵入すれば内部被曝という健康被害を確実にもたらすのがこれらの放射性物質である。うっかりすれば大気に乗った核分裂生成物を吸い込むし、大地や海に入りこんだ放射性核種は生物濃縮を経て農産物や魚介類に蓄積する。それを食べればその中に濃縮された放射能が否応なく人体内の元素と置換されてくる。置換された放射性同位元素はミトコンドリア内部や細胞質内でα線やβ線を放射する。周囲の元素は電子を吹き飛ばされて不安定な状態になりラジカル化し付帯電子を伴うがゆえに他の元素とくっつき安定化しようとする。細胞膜のリン脂質に活性酸素がくっつくと酸化して脂質ラジカル化が起こり細胞膜がボロボロになってしまう。脂質ラジカルはビタミンEがくっつくことで還元されて元どおりに戻る。ビタミンEラジカルはビタミンCに還元されてもとのビタミンEに戻る。ビタミンCはビタミンCラジカルになるが、これは無毒で小便になって排泄されてしまう。ビタミンを摂取するキレートなる方法がすぐれているのはこうしたメカニズムによるのである。原爆開発をした張本人であるエンリコ・フェルミやオッペンハイマーはもちろん自分たちが原爆開発の過程で内部被曝することを知っていた。だから実験室を出ると即座に医師のもとに駆けつけ高濃度のビタミン剤を点滴するキレート法を実施し体内に侵入したウランやプルトニウムを体外へと排泄したのである。自分たちだけは助かる方法を知っている。しかし原発事故後に右往左往する被曝国民にはその助かる方法は知らされていなかった。科学者の使命、医療者の使命とは何なのか?人々に真実を知らしめ、人々を救うことが使命であろう。その使命を果たした者がはたして何人いただろうか?私が数えるに数人だけと言えようか。

指圧をすると皮膚と血管壁は圧迫されるのでフィードバック作用が働いて血管や組織を拡げる物質である一酸化窒素を分泌する。血管が広がれば血流が増すので老廃物や毒素が体内に蓄積せずに迅速に尿や汗や便になって排泄できる。灸治療で発現する熱ショック蛋白質という物質は人体内のタンパク質の全プロセスを円滑に進行させるシャペロン物質である。内部被曝で傷んだあらゆるタンパク分子も熱ショック蛋白質により修復される。鍼治療をするとβエンドルフィンをはじめとする各種ホルモンが分泌される。βエンドルフィンはガン細胞を瞬殺する免疫細胞の雄NK細胞を活性化する。内部被曝により大量に発生する活性酸素は細胞核DNAを傷つけて異常にしガン化のスイッチを押してしまう。通常生理においても3000個から1万個ものガン細胞が生じているが常時NK細胞がパトロールしこれらのガン細胞は見つけしだい瞬間的に壊されてマクロファージに貪食されている。ガン細胞の発生頻度が上昇する内部被曝において鍼治療がもたらすβエンドルフィンのNK細胞活性化は何よりの福音になる。壊されたガン細胞を食べるマクロファージは実は指圧で分泌される一酸化窒素によって活性化する。つまり鍼灸指圧治療は内部被曝を防御する究極の医療なのである。

放射性物質で空も海も大地も川も生物体内もメチャクチャにドス黒く染められた世界。この地獄のような世界にあっても人体内だけはクリーンにする方法をわれわれ医療者は提示しなければならなかった。それこそがポスト311の医療者に課せられた使命であった。あの1号機の爆発から私はずっとその事のみを念頭に思考し想像し創発し続けてきた。本ブログがその成果でもある。

抗酸化物質の摂取、適切な身体操法、鍼灸指圧。これがあれば決して内部被曝地獄列島にあっても健康に生きていける。ミトコンドリアを生かし続ける事、すなわち医の、俺の、「松林図屏風」なのだ。

なんだか、ドジョウみたいな生き物がデボン紀で呼んでいます。そろそろあちらの世界へ戻ろうか(笑)

2013.05.30 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 内部被曝

「松林図屏風」へ寄せて

長谷川等伯という絵師が石川県七尾市に生まれたのは室町時代の末期である天文7年(1538)であり、その前年には日本鍼灸界において一定の影響を与えた田代三喜が没している。等伯はもとは武士の生まれであったが染物屋の養子に入り、代々、絵仏師を兼業する染物屋に養子に入ったがゆえに自然に幼い頃から絵筆をとった。26歳の頃に描いた「釈迦多宝如来像」などにすでに抜群の技能が見て取れる。33歳の折りに能登の治世が不安定になった事もあり家族を引き連れて坊さんのつてを頼りに京へ進出する。なかなか大きな仕事が回ってこないのに業を煮やした等伯は断られた寺のふすまに和尚がいない隙を狙い侵入し、周囲の制止も聞かず、ササッと水墨で走り書きをしてしまう。その強引なまでの勢いに帰宅した和尚も観念し、断ったふすま絵を依頼した。この一件が後に尾ひれがついた大徳寺のふすま絵のエピソードである。唐紙の型押しのふすまにはまるで雪の結晶のようなパターンが一面に押されていた。それを文字通り雪に見立てて、そこへ山水画を描いたのである。これが和尚公認の本番。その前にササッと走り書きしてしまったのが、イケイケ根性の発露。いきなり本番が描かれたのではなく、走り書きの腕を承認した和尚とのあうんの呼吸があったようである。エピソードとしては和尚のいない隙にササッと山水画を描き上げてしまった、の方が面白いからそれが実話として語られているようである。いずれにしろ「描きたい」という情熱はハンパなかったのだ。しかし、本当に大仕事が回ってくるのが50代以降であるから40代は雌伏時代であったと言える。大徳寺の一件が45歳、これが契機になり51歳になってようやく大仕事が回ってくる。この頃に信春から等白そして等伯と号を変える。大徳寺では水墨画のフェルメールと呼ばれる牧谿(もっけい)を実見し多大なる影響を受ける。これがのちの「松林図屏風」へと開花する。国宝「松林図屏風」は57歳頃の作品とされる。50代に至りようやく成り上がりの契機をつかんだ等伯であったが、京都御所の対屋(たいのや)の障壁画を請け負い狩野派の怒りをかってしまう。狩野派にとっては決してヨソ者を入れてはならぬプロジェクトに侵入してしまった等伯。狩野永徳が猛烈な反対運動を起こし、この仕事は頓挫してしまいます。それが心労を招いたのか、はたまた「人を呪わば穴二つ」の諺の効き目か、永徳は直後に急死。その隙に豊臣秀吉が創建した寺の仕事を一手に引き受ける快挙を等伯は達成する。天は等伯に味方したと言えようか。ここからイケイケ路線が突き進むかと思いきや才能溢れる次代を継ぐであろう息子が26歳で急逝してしまう悲劇に見舞われる。ようやくにして運気上昇の気配が漂い始めた矢先54歳時の息子を亡くす悲劇。等伯の悲嘆はいかばかりであったろうか。実は先妻も早世し、その後に迎えた後添えもまた等伯66歳の折りに45歳で亡くなっているのである。「枯木猿猴図」「松に鴉・柳に白鷺図屏風」に見られるキャッキャと笑い声が聞こえてきそうな肩車する猿の親子の相貌や、カラスの夫婦が仲むつまじく見つめ合い巣を守る姿。動物を見つめる視線の先には無き息子や二人の妻への思慕があったのだろうか。還暦を迎えた等伯は「雪舟より五代」を自称しみずからに箔を付ける事も忘れずにイケイケ路線を貫き60代を過ごし、70代を迎えても枯れることなく絵筆を握り続ける。70歳の折りに高所から転落し右手を負傷してしまうが、奇跡的な恢復をみせ復活する。田代三喜の弟子である当時の京都随一、いや日本一の名医である鍼医・曲直瀬道三のカルテには等伯の驚異的な恢復の過程が記録されているという。野心は尽きず、建設ラッシュに湧く江戸でひと花咲かせようと試み老体を鞭打ち長旅を敢行した事があだで72歳で等伯は病没した。コテコテ金地の琳派ワールドから曼荼羅仏画、大和絵はては水墨画となんでもこなせたその技量をもって等伯は狩野派全盛の時代にその名を遺す傑作を描き上げた。それが「松林図屏風」であった。

淡いピンクを連想するようなたっぷりとした余白の中にまるで松が浮いているようにたたずむ幽玄なる世界。もとはふすま絵の下絵であったのをセンスのある者が屏風に仕立てたといわれる作品である。他の誰もができない作品を創発することに価値があると私は考える。そういう意味では等伯の「松林図屏風」はモノスゴク価値があると言えようか。

こんな話しをカミさんに熱く語ったら、そんで何が言いたいの?と来た(笑)「いや、だからさ、等伯だって40代でもなかなか芽が出なくてさ、ようやく50代頃から少しずつ有名になったんだからさ」「ええっ!まさかアンタも自分は等伯と一緒とかって言いたいわけ?冗談じゃあないよ。こっちは生活がかかってんだからドンドンちゃんと仕事してもらって、こんな能書き垂れててもらっちゃあ困るってぇの!」だそうです。いやはや女衆ってのはとっても現実的で宜しいおますなぁ(笑)

デッサンをそのまま屏風にしたのは誰あろう等伯ではなかったのか?下絵の段階でこれでイイ!このままでイケル!と等伯は確信したのだろうか。

東洋医学はまるで琳派に近いと感じる。かなりコテコテ感のあるきらびやかな医療観である。それに引き替え「松林図屏風」は実にシンプルである。シンプルであるが何か忘れられないものが残る。実物を拝見したわけではないが、そんなイメージである。たぶん本質を描いているのだろう。気や経絡という言葉で武装する前の医学はもっとシンプルであったはずだ。ただあるがままの肉体に触れあるがままに感じた医療。それを体系化する際にどこかで粉飾されたのだろうか。私が求める医療は琳派ではなく「松林図屏風」である。そのもののありよう、本質が掴めればそれで結構なのだ。

古代中国人にはまだ神経や筋肉という概念がなかった。もしかしたら単に気は神経、経絡は筋肉を表現したのかもしれない。同じ身体を見て違う表現をしているだけ。そんな気がしてならない。気や経絡や陰陽五行理論できらびやかに彩られる前の中国医学はたぶん「松林図屏風」と同じような世界だっただろう。

ミトコンドリアだけを抽出して医学観を構築したらそれは医学界の「松林図屏風」になるだろう。私が到達したい境地はそこにある。

2013.05.29 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 命曼荼羅

虹を越えて

311が勃発した瞬間はちょうど姉に電話していた時であった。ユラユラと長い揺れがここ静岡県にも押し寄せたし、関東圏に住む姉は電話口にて、「凄い揺れてる、怖い」と口走り電話を切った。あばら屋のテナント2階で営業しているので、逡巡する間もなく階段を降りてみたが、スグに揺れが収まったし、その数分後に患者さんが予約していたので、また治療室に帰った。次の患者さんは気のおけない若い常連さんで、今の地震について話しながら治療をした。彼はスマホで逐一、情報収集してくれて、治療ベッドの上で私に指圧されながら、「なんかヤバイよ、津波が7とか10メートルとかって、10メートルだとビル3階は越えるよ」、彼は企業の清掃業を請け負う会社を経営しており、若い頃は命綱ひとつで滑車を利用しながらビルの壁面ガラスを拭きながら何度もビルを上下した経験があり、リアルな感覚で津波の高さを表現していた。興奮して治療どころではなかったが、私は彼と会話する中で、「そういえば福島には原発があったよね?やばくねぇかな!」と口走ったのを今でも忘れない。津波による被害はカタスロフィであったが、それにも増してフクイチ原発クライシスはさらなる破局であった。いまだにフクイチで煮えたぎっていたウラン燃料はグツグツと地下で灼熱の炎を燃やし続けているのだ。そして夜間のフクイチ・ライブカメラを見れば一目瞭然であるがモクモクと膨大な放射能を大気中へとまき散らし続けている。収束など程遠い人類がかつて経験した事のない放射能禍が今現在も進行しているのである。311前と311後ではこの地球はまったく状況が変わってしまったのだ。明らかに地球の大気に含まれる放射性物質の濃度は311後から現在までずっと上がりっぱなしである。もしも200種類以上のウラン元素崩壊産物、放射性同位体、核分裂生成物にそれぞれ特有の色がついていたら、さぞや美しい、いや、恐ろしい色に地球の空気は染まりつつあるのだろう。リアルにその事を表現したのが黒澤明の晩年の作品「夢」中の「赤富士」であった。

この「夢」という映画がどのように評価されているのかよくは知らないが、このような映画がかつてハリウッドの全面的な協力で完成したことはいささか驚きをもたらす。かの国こそがウラン利権や原発利権の総本山でもあるのだから、反原発の要素満載の映画が撮られた事じたいが少し奇異に感じられるのである。まだ当時は幾ばくかハリウッドの知性にも余裕があったのだろうか。それはともかく「赤富士」に続く2篇も見逃せないシーンが続くキモの連続である。この「夢」という作品に込めた黒澤明の思いは私流に解釈すれば、ウラン文明への決別ということになろうか。反原発なんて生やさしいものではない。近代文明を総括し徹底的にその深部の膿をえぐった作品こそがこの「夢」なのだ。原発が爆発し赤く染まった富士を背に逃げまどう民衆。まったくリアルに今の状況を予言していた。日本国民はあの映画のようにリアルに逃げまどったりしなかった。統治側が周到に情報をコントロールしたせいか、本当の意味での放射能の恐ろしさを知る事もなく、ダラダラと惰性で今まで何も生活を変えずに来てしまった者が多数であろうと思われる。つまり日本人の大半はリアルに映画のように逃げるのではなく、現実を正確に認識する事から逃げ続けてきたと言える。現実逃避をし、見ることも、聞くことも、言うことも拒み、真実を知らず、希望的推測を頼りにナアナアでここまで来てしまったのではないのだろうか?いったいどうしてそんな事ができるのだろうか?金色か瑠璃色か暗黒色か怪しく光り輝くプルトニウムがそこかしこに舞い飛んでいるのに。

ウラン燃料の精錬工場では黄色いウラン粉末が飛んでいる。この黄色い粉末を人体が吸い込むと肺胞組織から侵入し赤血球の鉄イオンと置換されて血液に乗って全身へと運ばれる。腸管内へと入っても鉄元素と間違えて体内へと吸収され同じく全身へと運ばれる。シェーンハイマーのネズミを使った実験に見るまでもなく、放射性同位元素は生物体内へとアッという間に取りこまれるのである。これら放射性同位元素は通常の必須ミネラルと同様の扱いを受けるのである。細胞生理に必須の金属元素、ミネラルはまず細胞内小器官のミトコンドリアに一時貯蔵されるから、真っ先に被曝する部位とはミトコンドリアなのである。ウランの場合は鉄元素と入れ替わるので赤血球のヘモグロビンの鉄とウランが入れ替わってしまう。酸素を運ぶもっとも大切な役目を担う赤血球が破壊されるのが鉄元素と置換するウランやプルトニウムの内部被曝である。赤血球とミトコンドリアが壊滅したら、とてもじゃあないが、通常の健康な生理は望めない。お先は真っ暗闇でござんす。劣化ウラン弾症候群に苦しむ米兵の訴えは聞くに堪えない。イラクで起こっている悲酸な放射能禍は日本の未来でもある。今、求められているのは内部被曝を未然に防ぐ医療なのだ。

311は私の医療観を根底から変革した。必死に生き残り策を模索する中で私の医療観は変容し続けた。内部被曝に遭遇しても人体を健康に維持する医療を構築する。これだけを追及してきたとも言える。フクイチ1号機の水素爆発の瞬間映像を見てから後の私はそれ以前の私とまったく別人になったのだ。あの指先まで冷たくなり震える程の恐怖を感じたあの時から今日まで私は内部被曝を防御する医療をずっと探ってきた。だって当たり前だろうが!わたしたち医療に携わる者が真っ先に被曝対策を提示せずに誰がそれをやるというのだ?いいかい、医療とはヒトを救う仕事だよ。ヒトを救うために医療者の道を選んだんだぜ。それなのに被曝に無関心でいられるなんてとても俺には信じられないぜ!でもね、医療の世界からはまったくといっていいほどにマトモな被曝対策は聞かれない。西欧医学の世界はともかくも、鍼灸業界からも何らそんな声が聞こえてこないのは一体どうしたわけだろうか?われわれは意外に権力からは遠い位置にある。医療機器や薬剤メーカーともほとんど無縁の存在である。そういう意味では西欧医たちよりも自由に発言できるポジションにいるわけだ。であるのなら、わたしたち鍼灸師は率先して被曝防御の医療を提言すべきではなかろうか。いや目に見えない気なるものを扱える繊細な神経を持ち合わせているのなら、肉眼で捉えることはできないが細胞の数兆分の1という大きさの元素などいとも簡単に触知する事など可能だろうに。この放射性同位元素は気ではない。あくまで物質なのだ。目に見えない気が扱えて目に見える物質が扱えないわけがなかろうに。

古来、空にかかる虹は「瑞祥、吉兆」とされた。ポスト311の放射性同位元素を含む大気は太陽光線にその放射性金属が照らされてキラキラと虹色に輝いているのだろうか?たとえ美しく輝く空であったとしてもそれは決して生物を健やかには育んではくれない。やがて虹の一粒は人体内に入りこむと、猛烈な勢いで細胞を老化させてしまう。みんな知らぬ間に浦島太郎になってしまうのがポスト311のリアルニッポンなのだ。虹色を無色にする方法はあるのだ。それこそが311後の医療者に求められた医療なのである。前人未踏のあらたな東洋医学は地獄の中にあって花開く。

2013.05.28 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 鍼灸指圧

ありのまま

縄文式土器ってのがあって、その中でも火炎式といって口の周りが火のように造形されたものが圧倒的に有名なんだけど、もともと昭和30年代までは縄文土器は美術品として認知されていなくて、「岡本太郎が縄文土器を発見した」ことで一大ブレイクしたのである。大学の考古学の研究室に眠っていたこれらの土器を後の奥さんである岡本敏子さんを伴って訪れて、太郎が興奮して接写しまくるエピソードは愉快である。指定された時間を超過してまで撮影したがり、考古学の研究者たちから煙たがられて、敏子さんは随分とハラハラしたそうだ。勿論カメラのプロではないが太郎が撮った土器の写真はインパクトのある素晴らしいものと評されている。ようは彼にはホンモノを見抜く眼があったのだ。太郎の作品は代表的な「太陽の塔」など縄文にインスパイアされたと思える生命力溢れる造形が多いと感じるが、アンフォルメルの旗手であった今井俊満と仲違いした一件など、晩年は何かイメージが固定してしまい作品もマンネリ化してしまったようで惜しかった。初期の作品である「傷ましき腕」などは痛烈な文明批評であり傑作だと私は感じている。初老を迎えた太郎はよくつまずいて転ぶようになる。敏子さんがそれを見てこのヒトは一体どうなっちゃったの?もっとちゃんとしてよ!なんて言っていたのであるが、その時にはすでに大脳黒質にアミロイドβタンパク質が蓄積していたのである。太郎はパーキンソン症候群を患う。このやっかいな疾患は脳神経細胞内の細胞質にゴミのようなタンパク質であるアミロイドβタンパク質が溜まってしまい細胞内小器官のミトコンドリアが機能不全になることでアセチルコリンをはじめとする情報伝達物質がうまく供給されずに脳と神経が機能しなくなり運動機能が破壊されていき発症する。脳神経細胞の中のミトコンドリアがシャンとしていなければ豊かな創発性は見込めない。パーキンソン症候群に罹患した肉体には特徴的な凝りが発生する。凝りとは乳酸タンパク質の蓄積なのであり、ようは全身のミトコンドリアが機能後退している状態がパーキンソン症候群なのでありパーキンソン症候群とはミトコンドリア病の一形態である。放射性核種を吸引、飲食し内部被曝した場合は確実にミトコンドリア病になるわけでパーキンソン症候群に似た症状に苦しむ者が今後日本で増大する危険性は否めない。もしも太郎が40代から定期的に鍼灸指圧を受けていたならアイデアが湯水の如く湧き続け、「芸術は爆発だ」状態が続き、後半生の展開もまた違ったものになっただろう。脳神経系にアミロイドβタンパク質などのゴミがたまり出すのは40代からなのだ。徐々に蓄積していき20年以上かけて脳神経細胞は破壊される。身体の手入れがいかに大事か。我が鍼灸業界はこの事の周知を徹底しなければいけない。ポスト311においてはなおさらミトコンドリア病の増大への注意喚起が喫緊だ。しかし我が業界の動きは極めて鈍い。それはともかく、太郎が縄文を発見した功績は偉大である。

縄文土器の造形は火炎式だけでなく、様々なバラエティがある。つらつらと眺めるとどうしてもトンデモな妄想をたくましくしてしまう。本当にこれらは土器として使われたのだろうか?ツボやカメとして生活用品に使用されていたのだろうか?色々と疑問が生じる。逆さにひっくり返して見るとまるでUFOかロケットにそっくりである。あるいは弾丸のようにも見える。出土した発見当時の現場写真などは実際に逆さまになって写っているものがある。逆さに使えば中のものはもちろん土中と接するわけで、腐敗防止のための保存容器の役目とは違う用途であっただろうと推測できる。しかし単に逆さになったのは偶然かもしれない。ツボやカメとして使用されていたとイメージされるのは土器という表現に縛られてしまっているからである。いっぺん真っさらな気持ちで土器という概念を外して見れば、縄文人が何を感じ、何を表現しようとしたかに肉迫できるかもしれない。太郎は接写しながら「これは海の底だ!まるでサンゴだ!彼らは海底を知っていた!」なんて口走っていたそうだ。ありのままを見てありのままに感じ表現した。太郎の若き脳神経細胞は実にみずみずしかった。

東洋医学はまるで縄文式土器のようである。気や経絡という言葉が縄文のように刻まれた概念の世界。コテコテの造形である。科学の洗礼、現代医学にマインドコントロールされた現代人は時々この東洋医学の縄文にハッとし魅入られる瞬間がある。あるいは虜になって終生ゾッコンになってしまう者もいる。それくらい魅力的でありこの東洋医学というソフトは噛んでも噛んでも味がある実に美味しいシロモノなのである。素門、霊枢というバイブルの二書などは本当に骨董品としては永遠不滅の輝きを放っている。実際に現代でも充分に通じる医学思想であり、養生法の宝庫だ。私もこれらの医療遺産の素晴らしさを認める事には何の異存もない。より多くの人がこの素晴らしき医療体系に親しむ日が1日も早く訪れることを願っている。ここまでは一応褒め殺し(笑)

ただね、私は太郎じゃないし、太郎ほどみずみずしい感性があるかどうか疑わしいけど、ようは真っさらな気持ちでこの気や経絡でがんじがらめになった医学を見つめ直したいと思っているのである。古代人は確かに身体の真理を発見していた。それは理解できる。そしてそれを表現しようと、気や経絡という文字、言葉を使って表現する事を試みた。何かを感じた事は確かなのだ。しかしその感じたものは気であったわけではない。「気という何か」を感じたのだ。ここを見誤っていると私は感じているのだ。言いたいことはわかるだろうか?古代中国人は気という言葉に仮託したのである。メッセージを込めて自分たちが感じた一種の生命力を表現した。であるのなら、現代人である私たちはこのメッセージのバトンを受け取り、新たな気というカテゴリーを創発しなければいけないだろう。気がある、経絡がある、のではないのだ。そのように感じた何かがあっただけである。中国古代人が感じた真っさらな心境で、一度すべての東洋医学タームをすっぱり捨て去り、ただあるがままの心身に向かい、自分なりの気を発見しようと試みる。その過程の中でこそ東洋医学は新たな息吹を得て蘇るのだ。

気や経絡などない。ありのままの心身をもったヒトがいるだけである。

2013.05.27 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 鍼灸指圧

第二十七章 もうすぐかも

先日、ウチの治療院の常連さんから「ガンにならない秘訣は?」と聞かれ即座に出た答えが「うんとね、ガン細胞ってのは酸素と温度を嫌うんだよね。だもんで、身体中の60兆個の細胞がしっかり血液に満たされて温められていて酸素がちゃんと行き届いていれば細胞はガン化しないって事になるね」

ミトコンドリアは酸素と必須栄養素と光エネルギーと温度を利用して細胞内呼吸を行い酸化的リン酸化により電子伝達系でATPを生みだしている。この過程がガン化の真逆のプロセスであり、ガン化抑制系とは酸素と温度を利用する系であるということになる。細胞にはATPを生み出すシステムが2つあり、ひとつが無酸素と低温でイケル解糖系、もうひとつが酸素と高温(体内温度37度以上)でガンガン莫大なATPを生み出すミトコンドリア系。ようはガン細胞ってのは忌み嫌われる程の悪者ではなくて、最初の系である解糖系のみを使って生きている細胞というに過ぎないのである。低温と無酸素を好む細胞がガン細胞。これがガン細胞の真相である。そして通常のATP産生量は解糖系が5%、ミトコンドリア系が95%であるから、それに見合うようなライフスタイルこそが抗ガンライフと言えるのである。煎じ詰めればミトコンドリアを元気にしさえすればガン化は恐れないで済むのである。酸素、必須栄養素(ブドウ糖、アミノ酸、脂肪酸、ビタミン、ミネラル)、光エネルギー、温度。この4種の物質や物理エネルギーがミトコンドリアを賦活する要素である。必須栄養素の中に抗酸化物質だの植物性色素だのを加えればなお良しと言えようか。

つまりは動物とは動く生き物なのであり、動くためにはATPというエネルギーが必須である。ATPなくば動物は動けないのである。であるからして、ATPを生み出すシステムは実に巧妙に組み立てられており、ガン化のプロセスすらも動物にとっては生きていく過程のひとつなのであり、ガン細胞は無酸素と低温環境に適応してATPを産生してくれているというわけである。本ブログでは再三にわたってガン細胞の真相を語ってきた。しかしどれだけ語っても語り尽くせていない感が常につきまとう。それほどにガン悪党説、ガンテロリスト論がこの世界を覆っているということなのです。どれだけ熱くガンの真相を語ってもまるで虚空に吠えているような気持ちです。ワオ〜ン(笑)いつの日か、すべての人々がガンの真相を悟ったなら、その慈悲深き細胞質の営みに瞠目し落涙することでしょう。

いかに酸素を上手にミトコンドリアまで運ぶか?この重大命題に従い動物は呼吸手段を色々とアレンジして確保してきたのです。好気性光合成細菌はバクテリアですから勿論のこと肺もエラも腸管もありません。呼吸器官と呼べる器官はまだバクテリアには分化しておりません。エラと呼べる器官は今から5億4100万年前のカンブリア紀に至り原始魚類のミロクンミンギアとハイコウイクチスが誕生してようやく発生分化しました。ではそれまでの30億年間の生き物たちは一体どこから酸素を取りこんでいたのでしょうか?

カンブリア爆発前夜のエディアカラ生物群はすべて軟体動物です。海藻やイソギンチャクみたいな植物とも動物ともつかない生き物たち。これらにもまだエラのような呼吸器は見あたりません。現生の昆布はその葉面から酸素やミネラルを吸収します。そうなのです。バクテリアからエディアカラ生物群前までは恐らくは細胞壁または細胞膜と呼ぶ皮膚外膜から直で酸素を吸収していたのです。人体の原始細胞たとえば白血球などがその細胞膜で外部の栄養素や液体を細胞質内へ食べ、飲み、吸収する行為をエンドサイトーシスと呼びます。ファゴサイトーシスが食べる行為つまり物質の取りこみで、ピノサイトーシスが飲む行為で液体の取りこみ、総称してエンドサイトーシスと呼びます。ようは細胞膜を口のように使い外部の物質を取りこむのです。その際に自分の細胞膜も少しかじり取りますがこれが細胞膜のリモデリングにもなっているのです。パックマンのような性格を持ったのが細胞です。通常の普通の細胞では細胞膜のイオンチャネルや輸送タンパクや水ならばアクアポリンという専用の通路を介して物はやりとりされています。これもまたエンドサイトーシスと見なしてもいいでしょう。バクテリアもこれにほぼ等しい方法で細胞壁を使って外部の物質を取りこんでいたのです。

もともとは外膜である細胞膜ひとつでエンドサイトーシス呼吸を営んでいた生物は、すべての動物の祖先と言われる腔腸動物であるヒドラに至り外膜と内膜の二つの膜を獲得して生物として一段階ステップアップします。ヒドラはラッパ管の上部開口部、口に当たる部分からエサや酸素を取りこみ、筒状の内部、胃水管系と呼ばれる部分の内壁から栄養分や酸素を吸収し身体の各部へと運び、不消化物や二酸化炭素をまた胃水管系内へと集めて口から吐き出しています。つまり腔腸動物に至り腸と呼べる器官が発生した。腸はヒドラにあっては胃であり腸であり肺であった。ドジョウが腸呼吸できるのはヒドラの機能が残存している証なのかもしれません。

人間の小腸で造血が営まれているという仮説は千島学説と呼ばれ賛否両論がいまだに議論されているが、私が尊敬する碩学が仰るには腸とはもともと未分化間葉細胞という血液の元になる細胞を産生する器官であったのであり、今も人間の小腸の内面にはこれらの細胞が産生され待機しており酸素に触れると赤血球に分化するそうです。いわゆる腹にまで酸素を取りこもうとする腹式呼吸の利点とは腸管造血の賦活なのかもしれません。もっとも口から腸内へと空気を侵入させるのは免疫上は宜しくないので、鼻腔からワルダイエル咽頭輪をフィルターして後に腸内へと酸素を取りこむのがベストでしょう。人体では骨髄で造血されているというのが一般的な通説であり、私もこれに異論はありませんが、ようはヒドラやドジョウのなごりというか原初の機能はいまだに人体内において維持され機能し、腸管でも造血されているとしても何も不思議ではないと思えます。

呼吸器の進化は皮膚→腸管→エラ→肺と変遷したようです。この4つの機能のうち3つまで維持しているのがウナギやドジョウです。人間は肺ひとつと思っておりましたが、もしかすると腸管呼吸をしているのかもしれません。いや皮膚呼吸はしていませんが、皮膚は皮膚周囲の酸素濃度を検知して酸欠だと赤血球増産を指示するホルモンであるエリスロポエチンを分泌できますから皮膚呼吸に近い機能も維持していると見なせます。人間だってドジョウに負けず皮膚と腸と肺の3つの呼吸法をマスターしていたのです。

なるほど酸素を吸収するとはかくも重大事であったのです。それもそのはず、冒頭で申したとおり、酸素の吸収こそがミトコンドリアを賦活しATP産生を高め、ガン化抑制のカギを握っているのですからね。

酸素を取りこんだらソッコーで赤血球に乗せる。その目的のためには毛細血管が発達していなければなりません。毛細血管が発達した部位であり造血と酸素吸収が一体になった器官にふさわしいのはどうも腸管のような気がします。東洋ではヨガ、太極拳、坐禅などで腹式呼吸が重視されてきました。アジア人の感性はいまだにデボン紀の広大な干潟のラグーン(内湖)を徘徊しているのかもしれません。それはそれで良いことでした。ドジョウと人間とデボン紀のユーステノプテロンがようやく一つにつながりました。私たちはデボン紀の魚類の末裔です。

2013.05.26 | | コメント(6) | トラックバック(0) | 鍼灸創世46億年記

第二十六章 まだまだ

私の住む牧之原市の東隣の町は吉田町といい古くから養鰻業が栄えた町として有名であった。安い中国産ウナギが輸入されて斜陽化に拍車がかかる前は、どこにも養鰻の池があり独特の風情がありました。私は子供時代は焼津市に住んでおり、時々、母の実家のある牧之原市へ向かう途中、養鰻の池の香りを嗅いだものです。ウナギの稚魚であるシラスウナギが今年もろくに捕れませんでした。様々な理由で稚魚が減っているとの事ですが、例えば原発が通常運転で垂れ流す汚暖水が近海の大陸棚の海水温を上昇させ、生態系を破壊している事に言及する者はひとりとておりません。この衝撃的なレポートはかつて広瀬隆氏が訳してしかるべき機関に提出したのですが、日の目を見ることなく今日に至っています。私たちは便利な生活の代償に無数の命を殺戮してこの近代文明を謳歌しています。ウナギの蒲焼きが食べられなくなるのは江戸っ子にとっては辛いねぇ、などと呑気に粋がってもさ、お前は今までの近代文明的ライフスタイルを反省することは永遠にないだろうね。つまり現代人は心も身体もとっくに枯れているわけ。枯れさせたのは教育なのかもしれないし、メディアというか洗脳箱というかテレビという電波でこれでもかと頭ん中を殴りつけられて自分独自で思考する能力を奪われてしまったせいなのかもしれないが、もういい加減に目を覚ましたがええぞ!シラスウナギが激減してるのは原発のせいに決まってんだろうが!きったねぇあったけぇ水をずっと海に流した重犯罪者だよ、原発ってのは。ガザミっていう凄く美味い蟹がいてね、このへんの海でも昔はよく捕れたんだ。茹でてね、甲羅をひんむくと味噌がギッシリ詰まっていて、俺も子供の頃はオヤジがよく買ってきて食べさせてもらったもんだよ。吉田町でシラス漁(このシラスはイワシの稚魚ね、シラスウナギとは別口だから)に従事する奥さんが常連さんにいて、いつだかこんな話しをしてくれた。「久しぶりにガザミが網にかかって食べたけど、おいしかったよ!昔はほんとしょっちゅう捕れたけど、最近じゃあまったく見なくなったねぇ。アタシはね、なんかダムなんかで川をいじってから漁が減った感じがしてるし、水産庁だかがトロール船でごっそりと底をさらってくの、アレが稚魚とかを捕獲して魚や蟹が減ったとも思っている。私っちのこういう意見なんて結局はどこへも訴えようがないけどね」川に工場からは排水を流すし、護岸工事と称して川の堤をコンクリートにしちまうしね。この土の堤の下部、川の流水に接する部分でウナギは営巣し子供を孕んで海へと向かうんだろうし、ザリガニだって穴掘ってその中で子育てをしてたもんね。やっぱ、人間が一番の悪者だよね。なんて私は応じました。ドジョウやウナギに優しくない文明は結局は人間にだって優しくはない。当たり前だよね。人間もドジョウもウナギもガザミも肺魚もトビウオもみんな地球の仲間。38億年前に奇跡的に誕生したアーズベビー原始バクテリア、地球の子の末裔。仲良くやりゃあいいのに人間同士は殺し合い、他種族は経済発展の美名のもとにジェノサイド三昧。人間くらいオゼエ種族はいないぜ、まったく。オゼエってのはこのへんの方言でね。おっぜぇ、って吐き出すように言うともっと強調されていい(笑)まあ「最悪」くらいの意味だね。おかしいな、今回もドジョウがらみで話しを進めるつもりがえらく政治的つうか社会問題というかブッチャケ気味になってしまった。

さて気分を直して、デボン紀の上陸劇を再考しましょうかね。このデボン紀に棲息していた原初の姿を維持している現生の古代魚の姿形には共通の特徴がある。そのボディシルエットは大概が長くて流線型で、ようはほぼドジョウ型のシルエットと思えばいい。熱帯魚で有名な南米のアロワナやピラルクなんかも長いボディ。北米に今も棲息する古代魚の筆頭アリゲーターガーも同じようなシルエット。雷魚も肺魚もみんなそう。で、こりゃあ何かあるな、と感じているのです。なぜに長いボディなのか?ドジョウってのが腸管で呼吸できることを学びました。腸管を入れておくのは勿論そのボディです。ふんふん、なるほど、酸素を溜めておく膨らんだ袋、肺がまだ発生していないのだから、であるのなら、腸管が長く膨らんだ状態というか腸管で吸った酸素をたくさんキープできれば肺の替わりになる。いやいや順序が逆だね。もともとは腸管とはこれら腸呼吸をする魚にとっての肺であったのだ。で、より効率的に酸素を大量にストックする目的で合目的的に肺という器官が発生したのである。つまり古代魚の長細いモデル体型は実は長い腸管を収納するためであったと見なせるのです。

デボン紀後期から中生代初期にかけて、大規模な造山造陸運動の結果、広大な干潟が出現し、魚たちはここで過ごさざるを得ない境遇に見舞われます。その間、約2億年。現生魚類のカタチは今は千差万別ですが、当時の魚類の標準体型はみなドジョウ型だったのではないのでしょうか。古代魚を見るとそんな感じがしますし、シーラカンスの仲間であるユーステノプテロンもまた魚雷型の美しく長いボディの持ち主です。つまりこれらのスタイルのキモとは、ようは、腸呼吸をしていた証ではないのか?と私は想像します。まず腸呼吸が可能な魚類が生き残った。干潟はやがて旱魃に襲われて見る見ると干上がっていった。少しでも水分が残る湖底の泥の中に身体をうずめ、雨を待つ日々。やがてその忍耐の習慣がDNAのトリガーを引き、腸管の一部を膨らませ肺という器官を発生させた。肺魚の誕生である。強烈な日差しはむき出しになった魚たちの表皮を乾燥させ死滅に追いやった。しかし、その過程で皮膚表皮に粘液を分泌し身体をヌルヌルにして体表を紫外線や熱から守るスベを身につけた魚類が誕生する。ウナギやドジョウの祖先だ。う〜ん、ウナギもドジョウも由緒ある古代魚の機能、器官、姿形をとどめる正当なお家柄のご出身でしたね。

ウナギの加工屋さんの社長さんが常連さんにいまして、ウナギの話しを時々します。宮崎県で養殖されたウナギは生きたまま箱に入れられて、氷水がチャポチャポ湿る程度の水分で船旅をして大阪港に着くとトラックにて陸送され吉田町の加工屋さんの工場に着きます。2000匹輸送されても死ぬのはわずか2匹くらい。そのくらい生命力が強いのがウナギだよ、と以前に教えて頂きました。それもそのはず、彼らウナギの強靱な生命力は恐らくはデボン紀の旱魃を生き抜いた修練のたまものなのです。水が無ければ平気で地上にて皮膚呼吸を営めますし、ウナギやドジョウの表皮のヌルヌルは動物性粘性物質と呼ばれる多糖体です。このヌルヌルした多糖体という成分は実は放射能デトックスの強い味方なのです。体内に侵入したストロンチウムは昆布などの海藻が含む多糖体により体外へと排泄される事がカナダのマギル大学の研究で明らかにされていますし、日本の研究では、漢方薬の高貴薬である高麗人参が含む多糖体に放射線障害を抑制する作用が顕著な事がネズミを使った実験で確認されています。なんと放射能にも強い粘液でまとったスーパーボディの持ち主こそウナギでありドジョウでした。我らがアイドル、我らが師匠、どじょっ子は、ほんと、スゲエぞ!

ウナギから唱える反原発。ドジョウから見据える鍼灸指圧の未来。鍼灸指圧は皮膚を治療ポイントとします。人間は皮膚呼吸はできませんが、皮膚を刺激してエリスロポエチンを誘発産生できます。エリスロポエチンは赤血球産生を増大させるホルモンです。ウナギは皮膚から直接酸素を取り込めるのですが、それが出来ない替わりに人間は赤血球を増大させて酸素供給を促進するのです。人間だってまんざらでもありません。いやもしかすると、ドジョウなみの強靱な生命力が備わっているかもしれません。私たちもデボン紀を経て進化した種族です。デボン紀のラグーンに棲んだ古代魚たちには養生の叡智が凝縮されておりました。さて、朝食には定番の微生物性粘性物質が生みだしたネバネバ食材、納豆を頂きましょうか。手を合わせた先で、デボン紀のドジョウが手を振っております(笑)

2013.05.25 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 鍼灸創世46億年記

第二十五章 フィッシュ

ヒゲを生やしたとぼけた顔に長いボディのちょいと憎めないアイツ。そうみんなのアイドルどじょっ子の驚異の三段式呼吸術に今わたしはゾッコンです(笑)いやあ、自然界には実に優れた呼吸法をマスターしている生き物がいるんですね。というか魚類の呼吸法が決してエラ呼吸だけに限られるのではなく、エラの表層部の薄い膜を利用したキッシンググラミーやジャイアントグラミー、キノボリウオや雷魚(台湾泥鰌、カムルチー)のエラ水中方式&エラ空気呼吸式、名古屋港水族館の暗い水槽の片隅でじっとたたずみ4億年の風格を漂わせていたオーストラリア肺魚のネオセラトダスやアフリカのコンゴ川に棲むプロトプテルスや南米のレピドシレンはエラ&肺呼吸の二段式、北米のアミアは浮き袋を使って空気呼吸も営むデュアル系、そして我らがドジョウはエラと腸と皮膚の3つの部位でちゃんと酸素を水中もしくは大気中から取りこみ、赤血球へと酸素を乗せて全身のミトコンドリアへと送りミトコンドリア内の電子伝達系を回してATPを発生させているフレキシブル三段式呼吸法またの名をトリプルロングブレス(笑)

今から3億6000年前頃に水中で棲息していた魚たちがいよいよ何らかの機転で陸上へと進出したのであるが、その前段階としてエラ呼吸から肺呼吸、正確には空気呼吸または大気呼吸もしくは地上呼吸にならなければ例え上陸できてもそこで生活する事はかなわなかった。だから広大な干潟の汽水域に取り残されたデボン紀の魚類たちには1億〜2億年の造山・造陸運動の猶予期間中にどうしても地上適応タイプの呼吸法を身につける必然性が生じていた。どうしたら地上に適応できるのか?その試行錯誤の逡巡はデボン紀の魚たちにとっては大いなるストレッサーだったのだろうか。一見すると現生のトボケタ老人顔のドジョウにはそんなストレスは微塵も感じられません。なるほど、あれぞホンモノの証でしょうね。だいたいどんな職種でもそのジャンルで秀でたホンモノは飄々としているものです。何か妙に威圧感ある野郎は大概がインチキな小物と相場が決まっています。よっしゃあ、やっぱこれからはアッシもドジョウ流でいきまっせ(笑)ってもともと全然お前は圧力なんかないからええねんよ(笑)とはいえドジョウの三段式呼吸はいかにせん出来かねます。でも、二段ならイケルでしょうね。腸に空気を入れるような呼吸法、ドジョウ式腸呼吸なら真似くらいできそうです。南洋のパプア族の皆さんの腸内細菌には空中窒素固定型の好気性バクテリアが棲みついており、食事の際に飲み込まれた空気の中の窒素を利用してエンテロバクターやクレブシュラなる細菌がタンパク質を合成しているそうですよ。私も水面に口を出して空気をパックンするドジョウを新たな師匠としてこの度は迎えたのですから、やっぱり口を大きく開けてというかキスするみたいに口を尖らせてスーッと胃内へと空気を今送りこんでみました。う〜ん、何かお腹が少し満たされた気分だね(笑)やっぱキッシンググラミーって酸素を送り合っているんじゃないかなぁ。

さて呼吸法も多用なら移動というか身体の使い方もまたサカナたちはバラエティに富んでいます。ムツゴロウは干潟の泥の上を普通に歩きますし、同じくハゼ科のトビハゼも胸ビレと尾ビレを使って地上で跳ねる事ができます。そもそもハゼの仲間は腹ビレが吸盤になっており、こと吸い付く事に関しては秀でていると言えますね。これもまた地上適応へと移行し得る機能の進化であったと見なせます。くさやの干物なら一級品のトビウオは胸ビレと腹ビレ特に胸ビレが大きく翼のように進化し、大型の捕食魚に追われると海面まで上昇し、最初は胸びれを畳んで尾びれを振ってスピードを上げていき、水面に身体が出ると同時にむなびれを拡げて、空中に浮くとヒレを一気に拡げてグライダーのように飛翔します。私は幸運にも中学3年の際に地元の水産高校の練習船に乗り伊豆大島まで一泊旅行の船旅に参加する機会を得ました。その航路の船上からよくトビウオが飛行する様を見ました。ぴゅ〜んってね。実際に実物見ると、オオーッって、けっこう感動しますよ。あと伊勢湾フェリーで伊勢神宮まで行く際にもうまくするとトビウオ飛行が目撃できます。地上適応ならぬ飛翔適応。鳥ではないが一時でも飛べる魚トビウオ。これもカッコイイじゃあないですかね。そりゃあそうとトビウオのむなびれについてはダーウィンもラマルクも言及してないのかしら?これは自然淘汰や突然変異では説明できそうもないですね。恐らくは捕食者から逃げて生き延びるために飛び続け、その飛ぶ際にむなびれを開き続けたその継続した器官使用により形態が変化したケース、つまりは獲得形質の遺伝の証左となるのではないでしょうか?まだ憶測ですがトビウオ進化論なんて一ジャンルができそうです。いやいやドジョウ進化論の方が熱がこもりそうです(笑)呼吸器どうように運動器も地上適応にならねばならなかった。その芽はすでに肉鰭類のヒレに見いだせます。しかし、いくらヒレに手足のような支えがついてもそれだけではすぐには地上で動けません。すべての体制がそっくりと地上スタイルになるのには、やはり2億年ほどの月日がかかったのです。

デボン紀の広大な干潟に足を取られてしまいました。実に気持ちいい考察の連続でした。清澄な空気、どこまでも澄んだ青い海。干潟の湖水はエメラルドグリーンに輝いていました。ようやくにして上陸する生き物が姿を現すのか?さて次回の展開やいかに!

2013.05.24 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 鍼灸創世46億年記

第二十四章 さかなさかなさかな

ドジョウが水面に口を出して空気を吸い込むのは腸呼吸をしている証なのであり、つまり酸欠気味の水中ではドジョウはオイラは腸呼吸もできるから、さてと水面に上がって口を出して酸素を吸い込んできっか、とやるというわけです。毛細血管網の発達したドジョウの腸管に吸い込まれた酸素はそこで赤血球へと渡されてドジョウの全身のミトコンドリアへと送られてATP産生に使われる、ミトコンドリアの電子伝達系の最終産物である二酸化炭素は酸素の受け渡しと入れ替わりに赤血球から腸管内に放たれて押し出されてケツの穴を介して気泡となって排泄される。つまりドジョウの腸管とはまさに呼吸器なのです。腸式呼吸の権威!ドジョウってのは養生法の達人であったのです。巷間ささやかれる岡田式正座法における腹式呼吸をとっくのとうにマスターしていたのがドジョウでした。どうりでヒゲなんか生やして味のある風貌をしておるわけだ。いっときウチの金魚水槽に居候していたドジョウはウチの女衆のアイドルだったけど、愛らしいナリに似合わず実に優れた呼吸法をマスターしておられたとは。ドジョウは呼吸術の達人、ヨーダやオビワンに勝るとも劣らない気功マスターの誕生です(笑)

小学生の時に買って貰ったであろう魚の図鑑をつらつら眺めておりましたら、肺魚以外にも肺呼吸をする魚類は随分といますねぇ。東南アジア、インド、オーストラリアなどに棲息するキノボリウオなんてのは文字通り木に登るわけではないんですが、えらぶたのトゲと胸びれのトゲを使って地上を歩くのです。歩くからには肺呼吸というか空気呼吸をしています。水がなくても空気呼吸で長く生きるので、携帯用の新鮮な食材として古くから利用されているとのメモがあります。デボン紀末に最初に陸上適応タイプに進化した魚類候補にあらたなラインナップが加わりました。キノボリウオ、あんたはカッコイイぜ!

熱帯魚が趣味ならご存知の同じくキノボリウオ科のグラミーの類もやはり空気呼吸ができます。キッシンググラミーは口と口をくっつける習慣からこう名づけられた魚ですが、仲間と口を付け合うのは酸素を渡しっこしているのではなく、なんと、相手を脅かしているからとの説明です。その口で「おうコラコラ邪魔やで、どけやっ!」なんて言ってるんでしょうかね?(笑)魚の世界は摩訶不思議、アタシにはわかりましぇん!

北アメリカ東部の沼に棲むアミアという古代魚も空気呼吸系の魚。アミアは水草で作った巣に卵を産み、オスが卵を見張り守るそうです。人間のオスも最近は子育てに参加しないとカミさんにソッポ向かれますからね。原点はアミアの尻に敷かれた姿かもしれません。おいっ、アミアの旦さんよぉ、あんたはんのせいで、休日は俺も家族サービス専門だぜ、ったく楽しいぜ(笑)

肺魚はアフリカ、南米、オーストラリアなどに棲息しますが、乾季が訪れて沼や湖が干上がると泥の中にもぐりマユを作って雨季が来るまで眠ります。冬眠ならぬ夏眠もしくは乾眠です。いやはやこれまたスンゴイ技の持ち主ですね。肺魚の肺は実は浮き袋兼用です。浮き袋が先か肺が先か?の問題がここでは簡単に解決しています。ようは生物は使えるものは何でも使って生き延びるということなのです。腸管というチューブ、袋があればそれをちょいと膨らまして浮き袋にする事もあるし、アラッ、これ肺に転用できるじゃないの、いやだわ嬉しい、アタシは肺に使っちゃうわよ、で肺にも使う御婦人もとい魚が出現してもおかしくない、どころか、そうやって柔軟にフレキシブルに巧みに機能や器官をフルに利用し生命体は進化してきたのでしょう。腸管が膨らみ酸素をストックしたり、そこで酸素をいきなり赤血球に渡したり、浮き袋として浮き輪のように利用して潜水深度を調整する。腸管内に発生した「おふくろさん」はデボン紀を生き延びた魚にとっては本当にありがたい慈母のような存在だったのかもしれません。この貴重な袋なくば干潟におっぽり出されたデボン紀の魚類は絶滅したでしょう。

ドジョウもウナギもその生命力の強さから強精剤としての価値を見いだされてきました。ヌルヌルとした粘液で覆われた身体もまた何かしらエロチックな連想を醸します。ウナギもまた空気呼吸の名手です。なんとウナギはそのヌルヌルした皮膚から必要な酸素の半分以上を取り入れることが出来るのです。この皮膚呼吸の力をもってして大雨の後にウナギは悠々と濡れた地面の上を這って歩き、近くの池や沼に引っ越しをします。我らがドジョウは冬眠する際には、ウナギ同様にやはり皮膚呼吸をしているのです。ドジョウって最強?だってエラ呼吸、腸呼吸、皮膚呼吸の3つの呼吸法をマスターしてる計算になるんだもん!凄すぎだぜ、ドジョウ!よっ、動物界のロングブレス王(笑)皮膚呼吸を行う皮下においては酸素が赤血球に渡され二酸化炭素が皮膚から揮発されているということになりますかな。人間は皮膚呼吸はしておりませんが汗を揮発させて体温調整を行っております。

デボン紀の地球規模の地殻変動は当時の魚類に呼吸法の一大革命をもたらしたようです。エラ呼吸のみならず、腸呼吸、肺呼吸、空気呼吸、皮膚呼吸、浮き袋呼吸?多くの呼吸法をトライ&エラーすることでそれぞれに合った呼吸術が身につきました。欲張りなドジョウは三種類もの呼吸法をマスターしましたし、肺魚は乾季にはグッスリと眠り英氣を養うスベすら身につけました。デボン紀は呼吸法つまりは酸素を捕獲する方法の一大イノベーション時代と言えそうです。水中から空気中へと生活圏のステージを移行するのですから、これはやはり一大事には違いなかったのです。どうやってエラ呼吸から肺呼吸へと進化したのか?進化の第2革命「上陸」の器官変化ではもっとも注目する地点が呼吸器です。こうして現生魚類の多用な呼吸法を見るにつけ、進化論で説明される一律なエラから肺への説明では説明しきれないドラマがデボン紀にはあったと予想されてきました。意外にも魚たちの生態から新境地が開けてきました。私は子供時代には随分と魚にはお世話になりました。毎日と言っていいくらい川に入り魚を捕ったものです。タモは昆虫用と魚用の二種類ありました。まあそういう意味では両刀遣いです(笑)こうしてオヤジになってもまた魚たちから新たな発想を頂こうとは夢にも思いませなんだ。いやはや人生ってオモロイものですな。

今日はオアトはまあまあでしょ?(笑)

2013.05.23 | | コメント(2) | トラックバック(0) | 鍼灸創世46億年記

第二十三章 おふくろさん

今から5億4100万年前から2億9890万年前までの約3億4000万年間の古生代において、地球の大地は大きな地殻変動を繰り返す。シルル紀からデボン紀にかけての「カレドニア造山運動」が1億年続き、さらにデボン紀から石炭紀、二畳紀に「ヴァリスカン造山運動」が加わった。古生代に起こった二度の大規模な造山運動は古期造山帯として欧州やアメリカに山脈や地層となってその記憶を刻印した。ヨーロッパ北部の大地に地震がほとんどないのはこれらの地殻がつまりは古期造山帯かそれ以上に古いことに起因しているのであり、それに引き替え日本列島などは縄文時代に至ってやっとこさ列島のシルエットが火山活動の隆起によって出来上がり、まだ今の列島の波打ち際のほとんどがチャポチャポと波に洗われ浜岡原発立地点なんかモロに海中であったというくらいユルく若い地層であり地震が多発するなんざあたりめぇだろうがって事なんです。新潟の柏崎刈羽なんかさ、もとは石油を掘ってた場所だぜ!おいっ、陥没してユルイとこによくも原子炉なんかおっ建てやがったな、この野郎!日本の地下では若い地殻がとても活発に動いているのである。このオノゴロ島、熱き島に原発をボコボコと53基、もんじゅを入れて54基、教育研究機関用の小さな原子炉を合わせればもっとか?いやはや随分とたくさん致命的な猛毒プラントを設置しやがったもんだぜ。地球の柔肌は常に動いているという科学的な事実にこの国の原発推進側の科学者はまったく無知であったのである。原子核物理に精通さえしていればプレートテクトニクスも地殻の基本構造も古期造山帯もカンブリア爆発も知らないで税金という高給を貪る事ができるのだから、原発ムラに入村すればちょろい一生が送れるってわけだ。そいでその馬鹿垂れ無知学者どもと道連れになってポスト311の日本国民は放射能禍に今後は苦しまねばならんときた!てやんでぇだぁ、コンチクショーが!何が高等教育だよ?地面が動く事すらわかんねぇで一体てめえは地球人か?バ〜カ、バカバカバカ、バッカ!原発ムラの馬鹿な糞ジジイ学者に日本中の子供たちは殺されるんだぜ。誰かまともな学者が声上げないのかよ!へっ、まあ、しょんねぇか。文科省は原発ムラだしな。科研費もらえんと研究できへんしおまんまの喰いあげか?学者稼業もツライね。こちとら野人は気楽だぜ。こうして憂さの一つも晴らせるからよ。いっそ野に下って一緒に革命しないかい?意外にそっちで道が開けるかもよ。もっとも俺は忙しいからさ(笑)アカデミーとは永遠に無縁だがね。そうそうユネスコなんちゃらがさ、我らが富士山を世界遺産にするとか何とかって話題じゃん!これどう思うよ、あんたっち学者は?足柄や伊豆半島の東側にさ、放射能が降り注いだのは記憶に新しいよね。そいじゃあさ、そこを西進するとさ富士の高嶺に突き当たるくらいは普通に想像できるよね?って事はさ、我らが富士山だって放射能の洗礼を否応なく浴びちゃったかもしんないわけよ。そこんとこは目をつむってね、それでも世界遺産欲しいのかい?つくづく浅ましいよね。こうやって富士山が話題になっても自分達のしでかしたとてつもない罪深き悪行にはいっさい頓着しない。みんな見てるぜ!隣の市じゃあガレキ市長が選挙で負けて新人さんにバトンタッチしたんだぜ。あんたら学者だって今にソッポ向かれる日が来るぜ。それまでせいぜい首を綺麗にして待ってな。

う〜ん、久しぶりに創世記に取りかかろうとしたのに、どうしたわけか悶々が爆発しちまった。新生代第四紀爆発かよ?今イチ語呂が良かないの。さてと、ここんとこ何で停滞していたかと言うと、魚の浮き袋と肺呼吸の問題が浮上して呻吟していたのである。現生の魚類にはサメ類を除いてすべて浮き袋がある。しかし肺呼吸が出来るのは肺魚くらいしかいない。で、一説によると、古生代の造山運動によって広大な干潟が出現し、それが干上がり汽水と化しそこで何とか生き延びようとしたのが肺魚の類であり、いやいや、他の魚類もみんな当時は生き延びようと肺呼吸をしていたのであるが、その後ゆるやかにまた海水が近づいたときに現生魚類は海へと帰る事を選んだ。その肺の名残が浮き袋となって残った。肺魚は4億年もの長い間その獲得した肺呼吸のスタイルを捨てず、エラと肺の二つの呼吸器を使い続けた。というのが偉い解剖学者さんの見解だったりする。ようは古期造山運動は魚類の呼吸器に一大革命をもたらしたとされるのである。

しかし、本当に肺が先で浮き袋が後なのだろうか?とつい疑問を感じてしまったのである。肺は腸管というチューブの一部が膨らんで出来た器官であるけど、魚ってのはけっこう口をパクパクして水面に浮かんでくる。ドジョウが水面に口を出して腸管内に空気を入れてケツから泡を一発かますのは良く知られた現象である。もしやドジョウの腸内細菌が空気を欲しており、そのドジョウ内細菌は空気中の窒素を取りこんで空中窒素固定を営みタンパク質を産生し魚の体内へとアミノ酸を供給でもしていると言うのだろうか?魚の体内にも腸内細菌がいるかどうかまだ確かめてないが、もしいたら、あながちまんざらトンデモ説にならないだろうけど、それはともかく、魚の浮き袋はこうした空気を吸い込む習慣から自然発生したと仮定するのなら肺のできる前に浮き袋は出来ていたと見なしてもいい?のかどうかと熟考逡巡しておったのである。

さて、浮き袋を得た魚は水中の6分の1Gの重力をさらに減衰し、自在に浮力を使い浮くことが可能となる。水面に貌を出すのも容易だ。空気を吸って腸内細菌を元気にしたい?ドジョウにとっては浮き袋の装着はまたとないオモチャになった。いやドジョウだけではない。すべての魚たちの腸内細菌もまた空気を欲した?のである。先に浮き袋がすべての魚たちに完備されていた。その後に古生代の地殻変動が起こった。浅瀬に取り残された魚の浮き袋はここで生き延びるために簡単に肺に移行した?おいおい随分と飛躍して大胆に逆転説、浮き袋→肺呼吸にもっていっちゃったな(笑)ちょいと無理あり過ぎ。まあ、細かい検証は次回でするとして取りあえず、魚には浮き袋があり、肺がある肺魚もまだ現存している、と今は認識できていればいいかな。

魚もまた酸素なしでは生きられない動物。つまりミトコンドリア依存型の生き物であるからしてミトコンドリアで酸素呼吸を行い電子伝達系でATPを生み出すためには浮き袋の酸素も利用した、している、のかもしれません。酸素ボンベ、酸素ストック、緊急時の酸素供給装置としての役割すら浮き袋にはあったという新説なんかどうでしょうかね。海底の活火山から硫酸やらの煙幕が湧いて酸欠の海になっても浮き袋にストックした酸素で一時しのぎが出来た。だから魚は絶滅せずに済んだ、なんて仮説も御一興。浮き袋発生にはやはりミトコンドリアの導き、生き延びるために発動されるミトマックス適応があったと変人は本記事の最後に断定しときます。

残念ながらフレッシュな酸素を体内にストックしておくポスト311人体浮き袋はまだ人類には発生しておりません。放射能時代を生き延びるにはビタミンでキレートしてチョー汚い猛毒である放射性核種を常に体外へデトックスし続けるしかありません。めんどくせぇ時代にしやがった原発ムラの馬鹿垂れ糞ジジイ学者に鉄鎚を!

おあとは剣呑で、はい、御免(笑)

2013.05.22 | | コメント(2) | トラックバック(0) | 鍼灸創世46億年記

僕とあなたの生きる道

311でフクイチがはじけてしまったわけだけどさ、あそこには広島原爆の500倍量のウランがあったわけ。それが今までの2年余でどれだけ放出されたのか知らないけど、溶融燃料がどこ行っちゃったかいまだに誰も正確には把握していないんであって、地下のどこかで4000度超のウラン燃料がグツグツと煮えたぎっているって考えるのが自然だわね。いつぞやには北関東で有志がガイガーカウンターでもって強風の最中に子供たちが遊ぶ公共の公園で計測したらアメリシウムやプルトニウムが普通に検出されていた。プルトニウムだよ!肺胞組織に付着してα線を放てば確実にその細胞がガン化する地球最強の発がん物質が普通に舞飛ぶ国がポスト311ニッポンなの。なのにさぁ、富士山が世界遺産?東京オリンピック?アベノミクスで株価が上昇?ガレキで絆?こんなのみんな目くらましのショックドクトリンに決まってんじゃん!馬鹿にするにも程がある。放射能まみれの山が何で世界遺産なんかになるんだい!新手の地上げかよ?ふざけんなってぇの!何で怒らんのじゃ、日本人は?もう北半球全体が放射能まみれになってるのにさ。みんな呑気なもんだぜ。

内部被曝ってのはさ、ようは細胞をラジカル化するわけよ。細胞内に侵入した放射性同位元素はその強い放射線のエネルギーでそこいら中の元素を不安定化して電子を吹き飛ばすから付帯電子をもった極めて不安定な元素が大発生する。これを活性酸素とかフリーラジカルと呼ぶ。スーパーオキシド、過酸化水素、ヒドロキシラジカル、励起一重項酸素分子、なんかを活性酸素と呼ぶ。そんでこいつらは電気的に不安定だから他の元素とくっついて安定したい性格を持つ。どうもこの性格が良くないわけで、例えば細胞膜の脂質とくっつくと脂質ラジカル化を起こしてしまう。これを老化現象とか酸化とかラジカル化と呼ぶ。細胞膜ってのは細胞生理にとって最も重要な部位だからそこがおかしくなれば全体がいかれてくる。細胞膜のイオンチャネルでは必須イオンがやりとりされてるし、情報伝達に関わる最重要な部位が細胞膜だしね。膜こそが生命をつなぎとめる器官であり機能。膜が酸化せず健康なら見た目も全体も若いわけだ。通常は、アポトーシスしきれなかった不良品のミトコンドリアが活性酸素を漏出することで体内が酸化して老化していくんだろうけど、内部被曝するとこりゃあタイヘン!一大事!ラジカル物質が大発生!活性酸素・フリーラジカル祭り!いきなり若者が年寄りになっちまうような内部状態になるというわけだぁね。浦島太郎じゃあないけどさ、活性酸素の煙がぼわわわ〜ん、老化が加速度を増して進行しちまう。で、マクロな体感としてブラブラ病だの免疫低下だの易疲労性症候群だの自律神経失調症だのがいっぺんに襲ってくる。そういう異常な事態が今現在も着々と進行中なのが極東ジャパン住民の体細胞60兆個。

ミトコンドリアってのは電子伝達系においてATPを産生する過程で必ず活性酸素が発生してしまうからそれを消去する酵素を持っている。SODと呼ばれる物質で抗酸化酵素。スーパーオキシドディスムターゼなんて勇ましい呼び名で呼ばれる酵素ね。これもまたミトコンドリアが自前で産生しているんだろうね。物の本には「動物の最大潜在寿命の長さと組織比代謝率とSOD活性の間には明確な相関がある」と書いてあって、ようは、早い話しが年喰ってもちゃんとSODが分泌産生できる者は長生きするってこと。そんじゃあさ、活性酸素祭りに対抗するにはSOD祭りにすればいいって算段ができてくる。で、どうやったらSOD祭りに出来るのか?だってさぁ、SODを産生してくれるミトコンドリア自体が被曝して疲弊廃絶してしまうのが内部被曝なんだぜ。SODを造りようがないと来た。ねっ、救いようがない事態が進行中なのがこれで理解できるでしょ?

って、このままじゃあ本記事を書いた意味がない(笑)ようは抗酸化物質ってのがあるからさ、そういう良い物質を頂くとね、体内に発生した活性酸素のたぐいを無毒化できまっせと言いたかったのです。ビタミンA、C、Eとか、植物色素のアントシアニンとか、ポリフェノールのレスベラトロールとか、フラボノイドのルチンとかイソフラボンとか、まあそういった野菜や果物や穀類や豆類に含まれるよい素材が私たちの強い味方になってくれるから積極的にこれらを頂いて、疑似SOD祭り状態を演出し続ければポスト311にあっても活路は見いだせまっせ、そうだ、ほら、腸内細菌がビタミンを産生してくれるからやっぱ発酵食品は必須よね!ウフッ(笑)

おあとはよろしいようで。

2013.05.21 | | コメント(4) | トラックバック(0) | 墨興安国論

乳幼児向け啓蒙教材(笑)

全世界が待ち望んだ医神たちが今よみがえる!

欧州はスイスとイタリア国境アルプスはチロル地方の雪解けの中から甦りしは5300年前のアイスマン。そのチャコールグレーのボディに刻まれた15箇所のドットタトゥーはまぎれもないツボ治療の痕跡。坐骨神経痛を患っていた彼はその圧痛点へ鍼を打ち煤を血止めに塗った。その治療痕がやがて鍼灸中国起源説を根底から覆すことになるとも知らず。そうなのだ。鍼灸医学は中国が起源なのではなく、5300年前の欧州ですら普通に行われていた医療だったのだ。さかのぼれば1万2千年前の先コロンビア文明の遺跡に鍼灸医学の痕跡は見いだせる。西欧医学がここ300年間において覇権を強奪する前の人類が共有していた共通医療こそが鍼灸医学であった。タトゥーに彩られたクールな皮膚に熱い魂を秘め鍼治療の貴公子アイスマン見参!

同じく欧州はギリシャからは美と健康の神エステ神の娘がたおやかな手であなたをめくるめくマッサージの愉悦へと導きます。どこまでも美しく華麗なプリンセスその名はマッサー女(笑)紅一点の我らが華!

中国医学界からは推拿療法(すいなりょうほう)の達人がやって来た。4000年の長きに渡り丹田に溜め充電した気を指先に伝導し、患者の身体を得も言われぬバイブレーションで満たし粗雑な振動になった身体をその旋律で調整するはまさにカミワザ。按摩治療の本場中国からはアンマンマンの登場だい!

指圧の心 母心 押せば命の泉湧く、うわっはっは!豪快な笑い声と共に指圧界の帝王が今あの世から蘇る!日本で特異的に発展した按摩術の一形態、拇指圧迫法またの名をシアツ。海外でも今やシアツと言えば知らぬ者はいないほど全世界にまでシアツを普及させたのは故・増永静人その人であるが、日本のB層に普及する最も手軽な手段である洗脳箱テレビに積極的に出演し晩年は三文役者化したかに見えたが、どっこいその深い医学思想を知る者はおらなんだ。ええい、まだるっこしい!指圧こそが医の中の王、医王である!身体は押し圧迫されればそこを脱しようと血管や組織を拡げるのだ。それこそが恒常性、フィードバック。身体はみずからで自分を癒す。指圧界の宣伝マン、愛と快楽のエヴァンジェリスト、ナミコシマンがあなたを自然治癒の殿堂へ導きます!

最後に和法医学界から世界に誇る医療の精華が花開く。ギリシャの医聖ヒポクラテスは「火で治せぬ者は不治である」と言った。そうなのだ。人類は火の力を利用して我が身を癒してきた。ヨモギ葉を乾燥させることでモグサと化しそれを小さくひねり我が身の肌上で燃焼させることを普遍化したのは極東はジャパンの江戸期の人々。無病息災を願った心性は日本国に類奇なる至高の火の医療を具現化した。医学界の世界遺産こそが灸治療である。富士山が世界遺産だって?何のこっちゃい!何でどっかのわけがわからん国連なるインチキ機関に我らが富士の山がお墨付きなんかもらわにゃあイカンのだ!きんも〜、ったく、コクレン野郎、おととい来やがれ、こんべらぼーめぇ(笑)灸火こそが次世紀の医療の行き先を照らす灯明である。ファイアーファイター!炎の化身、ヒートショックプロテインを分泌しすべての病魔を焼き尽くす無敵のソルジャー灸太郎が日出づる国からいざ参上!

アイスマン、マッサー女、アンマンマン、ナミコシマン、灸太郎。ついに五人のヒーローが我々の眼前に姿を現した。

ポスト311の地球。その地表に棲むすべての生き物が今、放射能禍にあえいでいる。人間の体内には内部被曝により発生する活性酸素の嵐が吹き荒れている。そのまま放置しておけばやがて身体中のミトコンドリアが壊滅し60兆個の細胞をすべてガン化させてしまう緊急事態である。今求められるのは速やかに活性酸素を除去し自然治癒力を賦活する医療だ。そのためには何としても鍼灸指圧がクローズアップされなければならない。が、鍼灸業界の動きは鈍くいまだに啓蒙は乏しい。この事態を打開するにはよりキャッチーで人の目をひくキャラを創作するしかない。そう考えて変人が発案したのがこの5人のニューヒーロー。これなら幼稚園児でも楽しめそうである(笑)

ミトコンドリア戦線はハリキュウ戦隊ミトレンジャーが守る!

5人の活躍に乞うご期待!

(※ 息抜きでこんなのを考えてみたんだけどマジに絵本化、漫画化、アニメ化を視野に入れて幼少年向けに東洋医学を啓蒙する方策でもある。鍼灸指圧術の戦隊ヒーロー化。さてその目論見の行く末は果たしていかに。ちなみにこのアイデアの無断借用、盗用を禁ず 笑)

2013.05.20 | | コメント(0) | トラックバック(0) | ハリキュウ戦隊ミトレンジャー

第二十二章 リンリンリン

中国医学というものは論理的整合性を求めるがゆえに非常に緻密な論理体系を築いている。これは漢字圏の国で生まれた医学であることに原因するのかもしれないし、古代中国人の性格によるのかもしれない。いずれにしろ、漢字だらけのコテコテ医学であることは確かである。陰陽論をベースに五行論をプラスした2と5のフラクタルな分析が多用される世界。いわゆる東洋医学の敷居が高くなっているのにはこういった根本的な中国医学というソフトのもつ重厚長大さがまずあり、かつ現代の鍼灸業界自体の排他的閉鎖性、家元的な研究会、競合するものが少ないがゆえの既得利権化、自分たちにしか通用しない用語を多用する鍼灸ムラ的体質なども起因している。この最後の鍼灸ムラでしか通じない言葉こそが気(き)であり、経絡(けいらく)であり、経穴(けいけつ)であり、足の陽明胃系(あしのようめいいけい)である。

「足の陽明胃経はデボン紀の海底に起こる」と前の記事でコメントした。この文句の中でわかりにくいのが陽明(ようめい)という言葉である。なんのこっちゃい?こういうのがいちいち敷居を高くしている原因なんですね。経絡の枕詞に太陽、陽明、少陽、太陰、少陰、厥陰なる文字が付くのですが、これは陽をその陽性度の高さから3つにわけて、陰も陰性度の上下で3つに分類しているということになっています。つまり陽中の陽、もっとも陽性の強い経絡が足の太陽膀胱経、手の太陽小腸経ということになり、その次が足の陽明胃経、手の陽明大腸経と順次進み、最終的に陰中の陰まで達し「陰極まって陽に転ず」でまた陽の経絡に戻る、なんて構造の12経絡循環説が現代経絡学では採用されているわけです。つまり、陽明という言葉にはその程度の意味しかありません。はっきりいってたいした意味はありません。ようはファッションとしてスカーフやストールを巻くか、なにも巻かないかという違いくらいしかないのです。つまりもったいぶった装飾をこれでもかとテンコ盛りしているのが現代の中国医学、東洋医学なのです。漢字はもともと象形文字であるわけでたくさん集めると絵的というかビジュアルを埋める感じになって結構それらしく見えてくる。ただそう言う理由で付着されたのが陽明という文字なのです。ヤバイね、言い切ってる(笑)

言いたいことが読者の皆さんに伝わりつつありますかね?ようはこのコテコテ医学、脂ぎってギトギトした医学をね、クエン酸やレモン汁かなんかで綺麗に洗ってね、一度スッキリした味に仕立て直すという作業が絶対に必要なのです。2300年前のそのまんまの中国医学、用語ではね、とてもじゃあないが現代人には受け入れることなどできはしないの!言葉ひとつとってもわかるでしょ?陽明って言葉、何でこんな言葉がくっついているのかわかる一般の方いました?いないでしょ。こういう無駄な装飾があまりに多いのが中国医学の宿命的な課題というか問題なのです。でもでもでもね(笑)この出来上がった中国医学というソフトにケチをつけるという勇気というか度胸というか大胆不敵、はたまた馬鹿か利口かよくわからないドンキホーテな行為に出る者など私以外にはいないのです。みんなモノスゴク真面目なの。素門、霊枢、難経、神農本草経などなどバイブルをありがたく信奉して崇拝して、それを解読解釈することに熱心な方が実に多い。でもそれが何らかの東洋医学の啓蒙になっているかっていうとまったくなってはいないわけだ。今の発狂気味の日本、ワンフレーズ政治でコロッと逝っちまう一般大衆はコムズカシイ東洋医学論なんかにはついてこれない。つまり一般人のレベルが低下してるんだから、それに合わせた新しい東洋医学を生み出す時期がとっくに到来しているの。一般人のレベルがうんぬんってのはあまり例えが良くないけど、ようは現代語に翻訳した東洋医学を構築しないとね。そうしなければ、もうとことん東洋医学は衰退していくだろうと私は予想している。

現在の経絡学では手の陽明大腸経(てのようめいだいちょうけい)と呼ばれる経絡は最初は「歯脈(しみゃく)」と単に呼ばれていただけ。歯に通じる経絡という意味です。しかも当時は体内を循環する思想はなく、求心性の一方向性のみの経絡観。手から歯まで通じたらそれで雲散霧消?みたいな流れ。この原始的体感をもとに造られたシンプルな経絡説がやがてコッテコテの12経絡循環論にまで発展する。わかりますか?ようはフィクションなんですよ。体系化するって事はね、そういう危険性があるということ。見栄えを追及した理論だからさ、現実の指先の世界とは乖離しているの。でもさ、こんなこと誰も指摘しないぜ。本当にヤバイほどの洗脳なの。まあ、そういうわけでね。むかしむかしの経絡ってのは肩脈(けんみゃく)、耳脈(じみゃく)、歯脈(しみゃく)なんて感じの実にお気楽、かつ、実践的な理論であったのです。

デボン紀末のユーステノプテロンの骨格標本図では頭骨と胸ビレが直でつながっています。人間で言えば頭蓋骨に手首がくっついているような感じ。歯脈(しみゃく)は手の陽明大腸経(てのようめいだいちょうけい)の事なんだけど、人差し指から肘まであがり上腕部を過ぎて顔面部へと至るルートで、詳しく知りたい方は経絡図でも参照して下さい。そんでこの経絡上の人差し指と親指の間にある有名なツボに合谷(ごうこく)がある。眼の疲れ、頭痛、歯痛なんかによく効くとされるツボね。明治から昭和初期まで静岡県は清水の草薙にはこのツボにたくさんの灸をすえて面疔を治すことで有名な家伝灸がありました。草薙の灸、または、桜井戸の灸、と呼ばれる灸法でした。抗生物質のまだ無い時代にはこのお灸が人々をよく助け重宝したのです。なぜ手指領域に灸をすえて顔の面疔が治るのか?お灸の白血球増強作用だけでは腑に落ちませんが、デボン紀のユーステノプテロンの骨格解析にまで至りようやく納得できました。そうなのです。その昔も昔、今から3億5900万年前のデボン紀後期の私たちのご先祖様は頭と手がくっついた生き物だったのです。だからその名残で手に何らかの療治を施すと頭部に発生する症状を緩和消退できるのです。手に物理刺激を送ることは頭や顔や口腔内や歯に物理刺激を送ることに等しいのです。面疔と合谷は密接につながった存在だったのです。

手に存在する経絡へ治療するとその刺激は頭部へと流れると臨床20年で体感しております。いや「内臓体壁反射、体表内臓反射」を体験し続けたリアルな感触で言えば、体表と内臓はつながり、体表の一部はすべての体表や臓器とつながっている、ということなのです。経絡なぞという言葉を持ち出さずとも身体の真理は表現できます。せっかく腸管内臓系と体壁筋肉系のインタラクティブなリンクが京都大学生理学教室で立証されてるんだから経絡改めI N P 新用語「腸管筋肉表皮リンク」略して「腸筋表リンク」もっとラフにふざけて言うと「チョーキンピョーリン」でガンガン行こうぜ(笑)

では締めのひとことを。

手の陽明大腸経もデボン紀の海底に起こる。

おいおい(笑)

2013.05.18 | | コメント(3) | トラックバック(0) | 鍼灸創世46億年記

第二十一章 ツボの始まり

動物は食と性の二相を求めて動き続ける生き物である。しかし性は食のエネルギー供給があって始めて可能な営み。余ったエネルギーが生殖細胞に回される。まずは自己が生き延びるために食を求めてさまようのが動物の本性。アリストテレスは生命とは「受けて出すもの」と言った。目に見える飲食物という物質と目に見えない重力や磁力や電気力や音波などの物理的な力である非物質が絶えず流れ込み代謝されて渦を巻きやがて不用となった物が排泄される世界が生命の世界である。この渦の中心こそがミトコンドリアの電子伝達系における水素イオンが起こすATPアーゼの回転力。太極マークは1京8000兆個のミトコンドリアでとぐろを巻き続ける。ATPなくば動物は死に絶える。動物はATPを獲得するために食を求めるのである。すべてはATPのために。それこそが動物を動かす原動力である。

足にある有名なツボに足三里がある。松尾芭蕉が「奥の細道」にて「三里に灸すうるより松島の月まづ心にかかりて」と語り人口に膾炙したツボである。足の陽明胃経と呼ばれる経絡上にあり、膝下の脛骨と腓骨の付け根にポイントを取る。デボン紀後期の硬骨魚類ユーステノプテロンのヒレにはすでに脛骨、腓骨、大腿骨が揃っていた。つまり足の三里穴(あしのさんりけつ)はデボン紀には完成していたのである。生物の形態変化のトリガーは常にミトコンドリアの能力を最大限に発揮する方向で進むと私は仮定した。あくまで仮説であるが今後その仮説を検証しながら論考していきたい。

古生代カンブリア紀からデボン紀末にいたる約2億年で体長2〜3センチのミロクンミンギアが体長1.2メートルのユーステノプテロンにまで巨大化した。そしてヒレにはすでに足の原器が出来上がっていたのである。ミロクンミンギアとハイコウイクチスはどう見てもか細く、生態系の下位に属していたであろうと見なせる姿形であるがユーステノプテロンは堂々としたナリでありこれはむしろ生態系の上位に属していたと予想できる。ミロクンミンギアは三葉虫やアノマロカリスやオパビニアから逃げ回り生き延びようとした。もっと速く泳ぎたい、もっと強くなりたいと願った。願い続けた。必死に脊椎をくねらせ上下に左右に動かしたその動きはやがて強大な脊椎を支える筋肉へと発展し丸太のような魚雷のようなとてつもない勇壮で美しいボディを与えた。ミロクンミンギアのか弱い身体は見事に2億年後ユーステノプテロンへとメタモルフォーゼする。獲得形質は遺伝しないだって?古生代の魚類のナリの変遷を見るだけでラマルキズムの再評価は可能だろう。

「筋肉は使わなければ痩せおとろえる。
筋肉は適当に使えば、現状を維持するか、発達する。
筋肉は過度に使えば、痩せて障害を起こす。」
生物学者ルー(Roux)の法則

ミロクンミンギアは筋肉を使ったからこそ大きくなったのだ。筋肉を使うとその筋細胞内のミトコンドリアが旺盛に働く。酸素と栄養素と光エネルギーを利用して酸化的リン酸化を行い莫大なATPを筋肉運動の原動力に供給する。すると筋細胞はもっともっとATPを供給しようと太ってくる。ミトコンドリアが分裂増殖する筋細胞の容積を拡張するために筋細胞が太るのである。ミトコンドリアはよく使われる筋肉内でより増殖分裂し発展する。この過程をルーの法則は説いてるのである。筋肉を使わないとミトコンドリアの必要性が減じミトコンドリアは生息数を増やさないので筋細胞も衰える。筋肉を使いすぎると活性酸素が大量に流出してしまい細胞膜が傷つき筋肉痛が発生する。ルーの法則もまた進化論と同じくミトコンドリアを基点に翻訳できてくる。ミロクンミンギアはミトコンドリアに導かれユーステノプテロンまで肥大した。

肥大して重くなった自重を支えるためにはヒレに肉と骨でできた支柱が必要だった。その合目的的な理由によって遺伝子のトリガーが引かれユーステノプテロンには肉鰭が付与された。水中では6分の1Gの重力しか負荷されないが自重が重いことには変わりない。肉鰭を得たユーステノプテロンは海底を這い回り始める。これこそが最初の1歩だったのだ!両生類に進化したイクチオステガが地上にファーストステップを刻印する前にすでに海中で充分に歩いていた生き物がいたのである。海底歩きのタメの時代があって後に陸上歩きが可能となったのだ。

脛骨と腓骨の根元にあるツボ足三里を押すと胃が動き出す。これがリアルに体験する「内臓体壁反射、体表内臓反射」である。昭和初期に京都大学生理学教室で立証された動物の肉体に宿る真理。腹が減ったと感じたユーステノプテロンのヒレに力がこもる。古生代の海底で感じた空腹感が足三里と胃の反射をつないだのだ。

足の陽明胃経はデボン紀の海底に起こる。

2013.05.17 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 鍼灸創世46億年記

第二部(カンブリア爆発から上陸前夜まで)を終えて

いよいよ第三部に入ります。体感では第二部の進行スピードは第一部よりもかなりあがった感がある。第一部は主にバクテリアばかりだったせいもあるし、第二部はなんと言ってもカンブリア爆発だからね。爆発の勢いも後押ししたのだろう。動物の動きのエネルギーであるATP、それを生み出すミトコンドリアの重要性。ここがクローズアップされてなかなか良かったと自認する第二部でした。採点は65点。いい気になると絶対にぽしゃるから常に辛口採点にする(笑)

これから上陸し、四つ足が二足にまでなっていくわけである。体制がまったく変化しながら人間にまで変化した。最近は脊椎付近を治療していると、この背骨にはカンブリア紀からの生命史が刻印されているんだな、とか、ツボ足の三里を触っているとここにも古生代の海底の感触が記憶されているんだな、なんて想像してしまい、仕事中も鍼灸創世46億年記状態(笑)

でも、そういう今までにない身体観が私の体内に広がってきたのは結構嬉しい事なのです。さてさて、いよいよ第三部の幕開けです。自分でもどんな発想が生まれるか未知なので楽しみなのです。もしも読んで下さっている方がおりましたら、感謝合掌です。

なんかスゲエ短けぇ(笑)

2013.05.16 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 鍼灸創世46億年記

第二十章 黎明(水中から陸上へ)

今から3億5900万年前デボン紀末、地球はいまだ汚染など皆無。澄み切った大気はどこまでも清らかであり、海水はまるでクリスタルが溶けたかと思われる程の純度を誇る透明度だ。水平線はどこまでも平和。いま彼方から太陽が昇る。ご来光である。もしもこのまま3億年余、この綺麗な地球環境が維持できていれば今の人類はもっと感性が豊かで他のすべての生きとし生ける者と協調し共生し、宇宙文明に恥ずかしくない真に豊かな文明を築いていたことだろう。西欧文明という悪しき文明に陵辱された地球は今や瀕死の状態である。このまま現代文明を持続型の循環文明に転換できなくば人類は自然環境の破壊とともに滅ぶのだ。それも自業自得であろうが、他の生命体にとってはあまりにも理不尽な仕打ちである。幾ばくか他の種族だけでも助けたまわん事を宇宙倫理にこいねがう。さて、デボン紀の朝焼けは美しく、キラキラと大陸を、大地を、海を朱く染め上げた。海辺の波打ち際、激しい造山造陸運動が海底をむきだしにし、荒々しい岩場がそこかしこに林立する。その岩で形成された広大な干潟にはもとは大量の海水がプールされていたが、今はだいぶ干上がりあと少しで完全に底が顔を出す。残り少ない水分を惜しむように21世紀にはもう見られない節足動物がうごめいている。三葉虫の一種だろうか。アッ!一瞬にして目の前を黒い物体が横切りその三葉虫が消え去った。いったい何が起こったのかスグには理解できなかったが、よく凝視するとそこにはオオサンショウウオのようなシルエットが浮かび上がった。後にイクチオステガと呼ばれる両生類の祖先である。そうなのだ。この全長1メートルの勇壮な原始ドラゴンが今まさに悠々と三葉虫を食しているのである。さながらブレイクファースト、朝食である。

イクチオステガこそが地上に最初に足を付けた生き物とされる。アメリカにはこの記念すべきファーストステップが刻印された化石が発見されているという。同時多発的に地球全土で上陸は開始されたのだろうか。号令は果たして地磁気の変動か、太陽黒点の活発化か、あるいは太陽系の航路上の電気的環境の変化か、何が号令を発したのかは未知の世界であるが、ある日、この地球上で脊椎動物の第2革命「上陸劇」はスタートする。

魚が両生類になるにはヒレが足に変化しなければならない。ヒレのままではとてもではないが全体重を支えることはできないだろう。地上の6分の1しか重力がかからずに浮力のある水中での推進力としては実に有能であったヒレも地上では何の役にも立たない。地上は1Gの世界である。自重を支えるだけでも一苦労である。だから硬骨魚類の中に肉鰭類(にくきるい)という足のもとになるヒレをもつ魚類がその前段階としてすでに誕生していたのだ。海中で足の準備は整っていた。全長1.2メートルのユーステノプテロンの肉鰭の中にはすでに大腿骨、脛骨、腓骨という足を構成する骨が出来ていたのだ。なぜ前もってこれらの骨が形成されたのか?実に不思議である。

形態変化のトリガーは通常は環境によって引かれる。外部と内部の環境変化に応じて細胞核DNAの潜在アクセサリーの一部のトリガーが引かれ、しかるべき遺伝子機序にのっとり形態が変化する。それだけでなく環境に適応するために身体を同じように使い続けるとその身体の使い方というソフトが種族全体にインストールされて何万年も同じ様式で身体を使うと形態が変化して、やがて分子機構にまで変化をもたらし、生殖細胞にまでそのソフトがインストールされて遺伝するのである。ルーやウォルフの法則などが良い例である。ラマルキズムを再検証し再興しなければならない。獲得形質はどう考えても遺伝するのである。アザラシは奇形という突然変異によって生まれたのでは断じてない。長い間、浅瀬でたわむれた四足動物が徐々に足の機能を変化させヒレのように使った事から最後には足が完全にヒレと化し地上適応の哺乳類が水中適応の哺乳類へと変化したのである。突然変異種のヒレをもった生き物が突然に一斉に奇形として大量に生まれていきなりその赤ん坊を親がビックリもせずに、まともに平然と育てあげて、大きくなるとやがてズリズリと腹ばい歩きをして海辺に行っていきなり泳ぐなんて珍事が進化史におこりようがないのである。通常は自然界では奇形が生まれると親が育てあげることを拒否し死滅する。ダーウィニズムは大いなる錯誤の産物である。進化は突然変異という奇形種の誕生で進行しないし、適者生存などという適当な言葉でも説明できるものではない。適者が生存する?当たり前だろう。それは法則でも何でもない。ただ現象をなぞるだけの表現である。胃潰瘍は胃に潰瘍ができている、と同じトートロジー、同意反復の愚である。

進化は適応命理で進行するのである。おいおい(笑)もっと今風に若者言葉?で分かりやすく言えば、「ミトマックス適応」で進化は起こる。つまりミトコンドリアがその機能、働きを最大限にマックスで発揮できる方向で生物は形態を変化させ、DNAの機能もそれに合わせて変えていくのである。ミトコンドリアが増殖したから脊椎周辺の筋肉が発達した。これが脊椎動物の基本である。進化の原動力、牽引役はミトコンドリアなのである。生命史はすべてミトコンドリアいけいけ路線で進行したに決まっているのである。もう頭ごなしの決めつけである(笑)

少々、先走りしてしまいましたが、ユーステノプテロンの肉鰭に足の長管骨がすでに形成されていた謎は私なりに解読しておかねばなりません。海中の海藻の繁茂する中を住み家としたのがこれらシーラカンスの仲間であったのではと仮説を提示します。たぶん外れでしょう(笑)しかしミトマックス適応から行けば海藻の中を歩いていたと仮定すればあながちおかしくもありません。ヒレに肉、つまり足のようなものができたヒレは、足をヒレにつける合目的的な理由がなければ出来ませんし、ミトコンドリアはその適応目的に合わせてヒレの足肉という部位に特異的に分裂増殖しATPを供給したのです。ヒレに筋肉と骨によって出来た軸、支柱が形成された。であるのならすでにヒレにはいくばくかの重力負荷があったと見るべきなのです。もしや海底の岩肌をはいずり回って三葉虫を補食したのだろうか?そうかもしれない!それならばミトマックス適応のトリガーが引かれる可能性は充分にあります。

ついに、カンブリア爆発に次ぐ生命史における第2のビッグバン「上陸劇」の世界へご入場です。

2013.05.15 | | コメント(2) | トラックバック(0) | 鍼灸創世46億年記

第十九章 残響(束の間の休息)

ヒトの体内には約1京8000兆個のミトコンドリアが棲まっている。体細胞数60兆個よりも、常在菌数101兆個よりもはるかに桁違いに多い棲息数である。ミトコンドリアは約20億年前に嫌気性バクテリアと出会った際に自身のDNA機能のほとんどを嫌気性バクテリアの細胞核へと明け渡したという。あなたに従いますという恭順の姿勢を見せたのか?それ以来ミトコンドリアは小作人として95%のATP産生という激務をこなし、地主である嫌気性バクテリアはたった5%のATP産生しか生まない悪徳で因業な大家としてふんぞり返っている、なんて見立てもされている。ただ私はこの見解がどうも腑に落ちないのである。とんでもなく偉い先生の見立てではありますが、私は生来の偏屈な性分らしく、ついケチを付けたくなるのです。嫌気性バクテリアと好気性バクテリアのαプロテオ細菌つまりミトコンドリアの祖先がドッキングしたのには、この地球上でより良く快適に生きようとする命の合目的的な理由があったからです。単なる偶然で共生がスタートしたはずもなく、それゆえに地主と小作人という例えや、ホスト(宿主)とパラサイト(寄生者)という見方も何か的外れに感じるのです。ミトコンドリアがATPの95%を産生しているという事実。ここに着目するのなら、むしろミトコンドリアにこそ主体があると見なせます。僭越ながら一般的なミトコンドリア観をここで覆させて頂きます。ミトコンドリアは20億年前に嫌気性バクテリアに呼ばれて共生したのではありません。ミトコンドリアが主体になって嫌気性バクテリアと融合したのです。あくまで主体はミトコンドリアにあった。ミトコンドリア主体論の誕生です。医学はミトコンドリアを理解しなければ何もわかりません。いやミトコンドリア=ツボなのですから、東洋医学こそが医の中の医、医の王であります。西欧医学は緊急医学、戦時医学なのです。生活医学、平時医学、平和医学である鍼灸指圧の黄金期を取り戻さねばなりません。その為にはどうしても、いや、絶対にミトコンドリアを深く知ることが必要なのです。ミトコンドリアとは一体何者なのか?この洞察によりカウンターメディスンは新たな地平を展開するのです。フロンティアには常に試練がつきまといますが、チャレンジなくして前人未踏の秘境には到達できません。一歩一歩前進あるのみです。フフフ(笑)

さて、魚類の筋肉細胞内で増え続けたミトコンドリアは魚類の身体の使い方に従いその筋肉内で増殖し繁栄していった。現在の地球上に生きる動物の体内にはすべてミトコンドリアが棲息している。つまりすべての動物はその身体にツボをもっているということになる。馬の鍼医は中国では伯楽と呼ばれていた。「世に伯楽ありてしかる後に千里の馬あり、千里の馬は常にあれど伯楽は常にはあらず」の中国詩の一節を高校生の時に暗記したが、この伯楽が馬医であり鍼医であると知ったのは鍼灸師になって20年の余を経過した後であった。馬用の鍼は人用のものよりもだいぶ太いようである。先般この地元で草競馬なる海浜で行う競馬の催しがあり出掛けて間近で馬を見る機会に恵まれた。さてどこにツボがあるのだろうかと一生懸命に馬のツヤツヤした毛並みを凝視したが一向にツボは見えてこなかった。いやいやそうではありませんね。ミトコンドリア主体論でいけばその馬のボディのすべてがツボというかミトコンドリアのありようなのですからね。もっとも馬医もまた人間のツボに相当する部位から刺絡という血抜きの鍼法など施したようです。山口県にある水産業に従事する方はなんと魚に鍼を打ちその魚を眠らせる特許を取得しています。眠った魚を輸送すればエサも要らず、活魚として市場でも喜ばれるというわけなのです。さて特許ですからね。一体全体サバのどのツボに鍼を打つのでしょうか?なんとなく頭頂部かな、人間で言えば百会というツボに相当する辺りに打つのではなかろうか、とあてずっぽうな予測が浮かびます。魚にもツボがあり、それを使って眠らせることができる。いやはや私の妄想もそんなにおかしくはないのかもしれませんね。5億4100万年前のカンブリア爆発時にすでに存在した原始魚類のミロクンミンギアとハイコウイクチスの身体にもすでにれっきとしたツボが存在したと仮定できます。いや仮定ではありません。生きとし生ける者はみなミトコンドリアを有しているのですから、ミロクにツボはあったのです。不眠症を治すには定期的に鍼治療を受けるのが効果的です。鍼治療により体内にはプロスタグランジンというホルモンが分泌されます。このプロスタグランジンというホルモンには催眠誘発と癌抑制という二大作用があります。鍼を打っていると確かに眠くなりますし、鍼を打った日は本当に深くよく眠れるのです。また鍼を打つとβエンドルフィンというホルモンが分泌されることは人口に膾炙しています。βエンドルフィンが分泌されると癌細胞を見つけると瞬時に殺傷するNK細胞の活性が高まります。プロスタグランジンの抗ガン作用と相まって実に優れた抗癌療法が鍼治療であるのです。山口県から築地に向かうトラックの中で眠る関サバの体内はプロスタグランジンとβエンドルフィンに満たされて束の間の夢心地。エディアカラの園ならぬカンブリアの竜宮城でヒラヒラと舞うミロクとハイコの群泳を現代のカネの亡者に食される前、鍼で眠らされた関サバは夢うつつで見ているのかもしれません。牛の受胎率が下がると脊椎上に特大のお灸を据えます。するとアラ不思議!高齢になった牛もちゃんと子供を身ごもりましたとさ。人間だって同じですよ。不妊体質はお灸治療が向いています。なんたって卵子にはミトコンドリアが10万個も棲息しているのですからね。ミトコンドリアには温度依存性があります。体内温度37度以上ないとミトコンドリアは活動しません。だから温めると卵子の力が増して、卵子内のミトコンドリアが元気になって子供を生み出す能力のある卵子に変貌するのです。精子だってね、当然のこと卵子に向かって一直線に疾走するのですから、少ないといっても精子のミトコンドリアを元気にしなければ精子は卵子に到達できません。仙骨にある8つの兪穴(ゆけつ)を温めれば男の不妊体質も解消できます。腰仙髄反射がもとで勃起し射精されますからね。故・原志免太郎博士なんか八兪穴に毎日お灸し続けて108歳まで生きました。まさに仙人なみの活力を生み出すツボ群が仙骨上にはあるのです。よく腰や仙骨を温めると男女ともに子宝にあずかります。それだけではありません。アンチエイジング、長生きも可能です。俺も今日から始めっか(笑)モーモーもヒトも一緒。同じくミトコンドリアに生かされた存在です。

経穴図には360余のツボが描かれていますが、あの図は単なる参考図です。生ける人体には生けるツボが出現します。簡単に言って痛むポイントがツボなのです。そのツボと呼ばれた部位の下部組織内に棲まうミトコンドリアが疲弊しており活性酸素の処理が滞っているがゆえにそこに痛みが発生しているのです。そのミトコンドリア空白ポイント略してミトブランクをツボとし、鍼灸指圧を施すとミトブランクはミトマックスに変貌し生気を取り戻します。ミトコンドリアを賦活する治療が鍼灸指圧なのです。生命史はミトコンドリアが繁栄した歴史です。この地球上でもっとも繁殖したバクテリアこそがミトコンドリアなのです。いやミトコンドリアこそが生命のすべてをつなぐ共通の存在なのです。地球に生きる者はみなミトコンドリアワールドの仲間です。魚だって、牛だって、ヒトだって、ツボ治療ができるのです。すべての生き物はミトコンドリアというツボでつながった存在なのです。経絡とは実はすべての存在をつなぐネットワークなのかもしれません。

I N P 東洋医学の幕開けです!

2013.05.14 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 鍼灸創世46億年記

第十八章 姿形(なるべくしてあるすがた)

今から5億4100万年前の古生代に始まった魚類進化は体長わずか2〜3センチのミロクンミンギアとハイコウイクチスからスタートしたが、古生代末期のデボン紀にはすでに魚類は多様化しそのフォルムもバラエティに富んだ。すでに繁栄していた無顎類や刺魚類に加えて固いヨロイにおおわれた板皮類やサメの仲間の軟骨魚類も出現し硬骨魚類のシーラカンスの仲間や肺魚類も見かけ始める。魚類は無顎類、軟骨魚類、硬骨魚類に変化し現在に至る。無顎類で今も生き残っているのが円口目のヌタウナギとヤツメウナギであり、軟骨魚類ではサメとエイが、硬骨魚類では現生のシーラカンスやオーストラリアなどに棲息する肺魚が生きた化石である。名古屋港水族館で見かけたオーストラリアに棲息する肺魚はまさに4億年を生き抜いた仙者の風貌であり磁力のような何か得体の知れない吸引力に引きつけられその場に立ちつくし凝視した思い出がある。生きたシーラカンスを見る機会はまずないが、デボン紀後期に両生類へとステージを移す立役者となる同じ仲間のユーステノプテロンにはすでにヒレの中に大腿骨、脛骨、腓骨の3本の骨があったという。まだ陸上へと歩を進める前になぜもうすでに足の長管骨が出揃っていたのか?海中においてヒレは水を掻くだけでなく、海藻の上を歩きでもしたというのか?陸上へと進出する脊椎動物の第2革命「上陸劇」の前後はまたとないエキサイティングな謎解きの舞台となろう。

さて、まだまだそこまで話しを進めるのは早過ぎる。もう少し古生代を堪能しようではありませんか。魚にも日内リズムがあり、夜は活動を休息するものがある。ウチの金魚はどうも夜間は水底に静かにしている事が多い。つまりキンギョもまた朝が来た事を感じ、夜が来ればお休みするのである。普通は陸上にいればこれらの時間感覚は主に太陽光線の量で判断する。日が昇り頭上まで至れば昼が来たことを察し、やがて日が傾き太陽が地平線に沈む頃に1日の終わりが訪れ夜が始まる事を知る。地上に生きる生物はすべて太陽の動きに導かれ行動していると言える。水中ではどうだろうか?もちろん水中にも太陽光線は到達している。どの波長の太陽光線を吸収するかで緑藻類、褐藻類など海藻の色の違いが生まれている。つまり海藻は海中へと到達する太陽光線を利用して光合成を営んでいる。海藻はその葉面の葉緑体、色素体で光りを捕獲するが、魚たちはその目、魚眼レンズで太陽光線を捉えているのだろうか?あるいは背中や背ビレ、脊椎周囲の粘膜やら筋肉が光りを感じているのだろうか?ミトコンドリアは好気性細菌のαプロテオ細菌が起源であるが、太陽光線を利用して酸素と栄養素から莫大なATPを生み出す特徴がある。ミトコンドリアの呼吸酵素チトクロムは太陽光線のソーレー帯の波長をよく吸収し活性化する。鉄イオンやマンガンイオンや銅イオンを含むチトクロム系のこれらの酵素群は太陽光線で活性化するのである。つまりミトコンドリアのATP産生には太陽光線のエネルギーが不可欠なのだ。であるのなら日の光を一番に浴びる魚の脊椎周辺にミトコンドリアが多数偏在する事には合目的的な明確な理由があると推定されてくる。つまり太陽光線を多く欲したがゆえに脊柱周囲の筋群にミトコンドリアは居を移したと。私は脊椎を中心に身体全体をより良く動かしたいが為に脊柱近辺の筋肉内においてミトコンドリアは分裂増殖したと仮説を立てたが、もう一つの仮説がこれで浮上したわけである。ミロクンミンギアの脊柱運動筋にミトコンドリアが多数棲息したのは①身体を自在に動かすため、と②太陽光線を摂取するため、の二つがあったと仮説を提示したい。

魚類が陸揚げされて両生類、爬虫類、哺乳類へとステージを移して行く過程において太陽はいつも燦々と輝き続けた。さて太陽光線はこれら脊椎動物のどこへ降り注いだのだろうか?いや、どこの部位で日の光を感じたのだろうか?もう言わずともおわかりでしょう。そうです。背中、背部、脊柱付近で常に太陽光線を浴びたのです。額の付近はフェイシャルアイと呼ばれもするポイントであるが人間はここからも太陽光線エネルギーを吸収する。トカゲの頭頂眼である光受容の眼は哺乳類にいたり内部に陥入し松果体という内分泌器に変化する。この松果体が産生するホルモンはメラトニンと呼ばれ、性衝動や日内バイオリズムや睡眠などと深く関わるホルモンであり、構造が酷似するセロトニンとの関連も注目に値する。よく日の光を浴びる事はメラトニン産生を活性化し、睡眠障害を治し、自律神経を調整し、ウツ症状を改善するのである。両生類から爬虫類、哺乳類まで顔を上げて四足歩行をした動物たちは常にお日様の力をその体軸である背部脊柱近辺で感じ、額で、オデコで、頭頂部で、うなじで、感じ続けて進化した。ヒトの額から始まり頭部へと上がり後頭部を経てうなじへと至り肩甲間部をかけぬけ背部、腰部を経てお尻の真ん中付近を抜けて大腿部の後部中心線を下りて足首の外くるぶしを通過して足の小指の先端まで到達する経絡を「太陽膀胱経・たいようぼうこうけい」と称する。なんと古代中国人は太陽エネルギーの照射する部位にそのまま太陽の文字を冠したのである。この太陽という言葉は陰陽の陽の中でもっとも強い陽性であるという意味が普通の解釈であるが、こうやって魚類から始まった進化の過程で動物の身体に刻まれた太陽光線の軌跡を検証するとなるほど、「太陽経とは太陽がトレースした経絡である」と解釈することが実に自然であると感じられてくる。

脊椎上と脊柱両側のツボ群は実に重要なツボである。ここを温灸で温めて遠赤外線を照射すれば脊椎動物史5億年で浴び続けた太陽光線の恵みが想起されミトコンドリア内の酵素チトクロムが活性化し電子伝達系が回転し出すのである。直接灸においても同様である。太陽光線はこの部位を温めてくれることでそこに棲まうミトコンドリアを生かしてくれたのだ。灸点直下に棲むミトコンドリアが飛び跳ねている様が眼に浮かぶ。背部のツボを灸で温めれば身体全体のミトコンドリアネットワークである経絡が賦活され身体全体が調整されてくるのである。ミトコンドリアにとって温熱と太陽光線は何よりの栄養である。いやトートロジー(同意反復)になるがツボとはミトコンドリアなのだから、ツボにとって温熱と太陽光は必須の物理エネルギーなのだ。温熱と光は通常は人々がツボと呼ぶミトコンドリアを賦活する。脊椎とその両側には養生のコツが、進化の歴史が充満している。

名古屋港水族館の肺魚の姿勢は美しかった。古武士を彷彿とするナリであった。あの真っすぐな脊椎。あの弧を描く背中の筋肉。4億年前デボン紀の水中に正しい姿勢の原点を見た。

2013.05.13 | | コメント(2) | トラックバック(0) | 鍼灸創世46億年記

第十七章 糸粒(つなぐものたち)

ミトは糸を意味し、コンドロは粒を意味する。つまりミトコンドリアとは糸や粒の状態で存在する生き物ということである。ミトコンドリオンが単数形であり通常使用されるミトコンドリアは複数形の表現である。複数と言っても細胞内には平均で300個からのミトコンドリアが棲息しておりミトコンドリアDNAの分子量の計算から導かれた体重60キロの者のミトコンドリア総数は約1京8000兆個もの膨大な複数に達する。細胞内に棲まうこの共生体は生命にとってかけがえのない活動を送っている。酸化的リン酸化という作業により酸素と太陽光線と必須栄養素を使い筋肉を動かす際のエネルギーであるATP、アデノシン三リン酸を大量に生みだし人体活動の基盤を培い、またホルモンや神経伝達物質を産生し身心を調整し、副腎から供給されるグルココルチコイドやミネラルコルチコイドも副腎のミトコンドリアが産生するのであるがそれらのホルモンの力を利用して血糖値を調整し、ミネラルを使い骨の成分であるアパタイトをミトコンドリア内で造りこれを排出し骨へアパタイトを提供し骨を形成し、かつ、骨からはリン酸やカルシウムをもらい又アパタイトを産生するという骨との共役的関係を一生維持し、カルシウムをはじめ鉄やマンガンや銅などのミネラルの貯蔵をし(鉄や銅が多いことからミトコンドリア内は真っ赤)、解毒酵素チトクロムP450を利用して細胞内に侵入した異物や毒素をデトックスし、ATP産生の際に生じる活性酸素はスーパーオキシドディスムターゼで過酸化水素に還元し、過酸化水素はさらにカタラーゼやグルタチオンペルオキシダーゼによって無毒化するという実に多くの働きに携わる人体の共生体が糸粒体つまりはミトコンドリアなのである。

ミトコンドリア内膜にはATP合成酵素(ATPアーゼ)というタコの吸盤のような酵素タンパク質があり、このATPアーゼは傘の柄の部分と傘の2つのユニットにより形成される回転構造であり、ミトコンドリア外膜と内膜のあいだに溜められた水素イオンが内膜内へと電位勾配によって戻る際に傘の柄が1秒間に30回転の速さで回り、傘ではADPにリン酸が一つ付与されてATPに変換しポンポンと弾けるように1回転ごとに3〜4個のATPを生産してい、わずか1秒で多くて120個のATPを生み出すミクロのプラントとして機能しているのである。体重60キロの者は1日にその体重の1.4倍量65キロものATPを生む計算になる。ATPアーゼはたった1個のミトコンドリアに3万個も装着されているとも言われる。3万個の電子ジェネレーターが生みだす電気によって人体生理の動的恒常性が維持されているのである。わたしたちの身心は常にミトコンドリアが生み出すフォースで満たされている。ミトコンドリアでは通常はブドウ糖から最終的に45%のATPと55%の熱が産生される。体温もまたミトコンドリアが産生し、血液に乗って体温は全身へと送られてい、かつ一定の体温、体内温度37度以上が維持されていることでミトコンドリアは元気に活動をするという自己組織化なプロセスが進行しているのである。自分で熱を産生し自分を養う。自分の身体は自分で守る。まさに養生法の基本を実践しているのがミトコンドリアなのである。

もしもミトコンドリア内において電子伝達系が滞り電子が詰まる事態が発生すると大量の電子により酸化が急速に進み活性酸素が大量に産生され、細胞膜のリン脂質がラジカル化したり、ミトコンドリア自体が傷つき障害される現象が起こってしまう。これらの老化、酸化、ラジカル化を阻止するために抗酸化酵素であるスーパーオキシドディスムターゼ(SOD)やカタラーゼやグルタチオンペルオキシダーゼなどが用意されているが、これでも間に合わない事態まで進むと細胞は痛みを発すると予測されている。身近な現象では堅いパイプ椅子に長く座ると座面に圧迫されていた臀部が痛む現象がある。これなどは血行障害が引き金になりミトコンドリア内に酸素が供給されない事から酸素呼吸が停滞し、ミトコンドリア内の電子伝達系が正常に作動しない事から活性酸素の処理ができなくなって痛みが発生していると捉えられている。痛みとは何なのか?がわかってくれば痛みの解決策も見えてくる。もしも痛みがミトコンドリアが発生する活性酸素に由来するのならミトコンドリアを正常化し賦活する事で痛みは解決できると見込める。東洋医学は痛みの解消を得意とする医療である。鍼灸指圧はミトコンドリアをよく賦活できるがゆえに痛みを解消してきたのだ。

バクテリアは単数ではあまり目立った行動はしないが、複数集まると多細胞生物と同じような大胆な行動を取る。その統合的な行動はバクテリアが分泌するホルモンのような信号物質、言語物質によって調整される。ミトコンドリアは好気性細菌のαプロテオ細菌が起源である。つまりミトコンドリアとはもともとは単数で動いていたバクテリアなのだ。約10億年前に嫌気性細菌とドッキングして動物や植物の細胞内に共生を開始した。動物の細胞内に棲まったミトコンドリアは動物の筋肉の発達と同期しその内部で分裂増殖し複数化してきた。その面影は人体の背部筋や大腿筋にミトコンドリアが多数偏在していることに見てとれる。また人体内の臓器においては特に脳や肝臓や腎臓などの熱産生や物質合成やデトックスに関係する主要臓器に多くのミトコンドリアが棲息している。しかし冒頭で触れたように全身には1京8000兆個ものミトコンドリアが共生しているのが人体である。この膨大なミトコンドリアたちが原始バクテリアと同じくホルモンや神経伝達物質や電気的信号やバイオコミュニケーションによってネットワークを築き常に連絡し会話し情報伝達し合っていると仮定することは荒唐無稽であろうか?いや、ここまでの生命史30億年余を俯瞰した本ブログの記事群から得た洞察からすればこの考えは極めて自然であろうと思われてくる。そうなのだ。私たち体内においてすでにミトコンドリアたちは巨大な情報ネットを構築しているのである。

ミトコンドリアたちは常に自分達の中に生じる疲弊した不良分子を希釈して正常化するフィードバック作用を発動している。時に融合して糸になり、時に分裂して粒になるのはそのせいなのだ。そしてそれら不良分子が希釈できない程に損傷した場合は酵素チトクロムcをミトコンドリア内から細胞質へと漏出させて細胞自体をまるごと分解させマクロファージに貪食させる機序であるアポトーシスを誘導することで不良品と化したミトコンドリアはみずから命を終える。こうして自分たちだけで自律的にミトコンドリアはミトコンドリアワールド全体の品質管理までこなしている。細胞の生(せい)であるATP産生をはじめとする生合成機能から細胞の死(し)であるアポトーシス誘導という分解作用まで、細胞の生死を司る器官、糸粒がミトコンドリアなのである。

細胞内においては細胞質で5%の、ミトコンドリア内で95%のATPが生まれている。私たちはミトコンドリア依存型の生命体なのである。いやもしかするとミトコンドリアこそが私たち本体なのだろうか?私はミトコンドリアの粒をツボと見立て、ミトコンドリアの糸を、いな、その巨大な自律的な情報ネットを経絡と見立てた。もしも2300年前、東洋医学を体系化した鍼医たちが現在に現れたなら私の見解を何と見るだろうか?「まさに我が意を得たり!」なんて言うかもしれません。

INP理論はミトコンドリアの新解釈から次元上昇です。

2013.05.12 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 鍼灸創世46億年記

第十六章 経絡(またの名を筋肉)

魚類の祖先はまず脊椎を与えられた。中心軸である。浮力のある水中においては何よりの大黒柱である。この一本の軸があればこそ身体を固定できるのであり、その軸の周囲にある筋肉を使って身体全体をしならせる事が可能なのだ。こうしてミロクンミンギアとハイコイクチスは泳ぎを覚えていく。中心軸を中心に左右に身体を動かす。これが機能の対称性を生み、各器官が左右一対の発生を見る原点となる。つまり中心軸がまずあって、後に左右の対称性が生まれた。水中は浮いているので3D空間である。適応命理により上下にも機能や器官の対称性が顕れる。現生のサカナたちは上昇も下降も自在である。胸ビレは水平軸の左右にあり、背ビレと腹ビレは上下の垂直軸にある。魚類は進化と共に中心軸、水平軸、垂直軸を獲得し泳ぎの達人となっていった。人間の手はサカナの胸ビレが起源である。レオナルド・ダヴィンチの作品に有名な男女の重なり合う図がある。手を肩の位置に水平に広げたあの図である。ダヴィンチの大脳古皮質の記憶はミロクンミンギアから立ち上がる生命進化の面影をトレースしたのかもしれない。

ヒトの筋肉中でミトコンドリアが多数棲息する領域は背部筋肉と大腿部である。つまり背中の脊椎周囲の筋肉群と太ももにミトコンドリアはいっぱい暮らしているのだ。ではなぜその二箇所にミトコンドリアが偏在しているのか?もっともな理由は聞いていない。ドイツの動物学者エルンスト・ヘッケルは「個体発生は系統発生を反復する」という有名な言葉を遺している。この言葉を私流に穿って解釈すれば、つまりは生物種が進化してももともとの機能や器官は残存するのである。魚類は脊椎を動かすことでまず泳ぎを覚えた。その長い長い脊椎を動かす運動の歴史は脊椎を支える筋肉の肥大を引き起こした。フランスの博物学者ラマルクの「用不用の法則」が作動した結果と見ることも可能だ。ようはよく使った部位が発達してくるのである。ミロクンミンギアは捕食者から逃げるために必死に泳いだ。まだヒレが発達していなかったから、もう無我夢中で身体をくねらせて前へ進むしか方法はなかった。その繰り返しが脊椎両側の筋肉を大きく太くしていく。筋肉が大きくなるにつれそこに棲まうミトコンドリアも分裂増殖し生息数を大幅に増していく。筋肉を動かすためにはATPが必要なのだから当然である。生息数を増した背部筋肉群に棲むミトコンドリアたちは旺盛にATPを産生しミロクンミンギアの泳ぎを支えた。

体長2〜3センチのミロクンミンギアの泳ぎに使われていたか弱い脊椎とその両側の筋肉や他の筋肉はやがてデボン紀に至り体長1.2メートルのユーステノプテロンの強靱な脊椎と筋肉、手足の原器である枝部分にまで筋肉が発達した肉鰭へまで進化した。この魚雷型の勇壮なシーラカンスの仲間がついに水中から陸上への上陸劇を演じる。地上に最初に足跡を付けた最初の両生類であるイクチオステガにおいては地上の1Gショックに耐え身体を持ち上げて内臓を吊って歩きだす際にもまた大いなる支えとなったのが脊椎とその両側の筋肉群である。水中に浮いていた生き物が、地上で四つ足になって歩き出す。進化の第2革命「上陸」。両生類は爬虫類を経てやがて哺乳類にまで進化する。人類が歩き出すのはわずか320万年前になってからである。アファール猿人になってようやく直立二足歩行を開始する。歩き出した人類の大腿筋内部においてもミトコンドリアの生息数が激増する。こうして足早にポイントを絞ってここ5億年の生命史を俯瞰すると脊椎両側の筋肉群には5億余年の脊椎運動史が、人間の太ももにはアウストラロピテクス・アファレンシスからの320万年の歩行運動史が刻まれている事がわかってくる。つまり人間の背部筋と大腿筋におけるミトコンドリア数の偏在はカンブリア爆発からの生命史、魚類から人類にいたる長い長い筋肉運動の所産によって起こったと結論できるのだ。

私はかねがね一番重要なツボがある箇所は脊椎周辺だと認識していた。それはこうした上記の分析を経る前の素朴な指頭感覚からそう思っていたまでであるが、今こうして脊柱起立筋5億年史を振り返ると、まことに腑に落ちる感を強くしている。なるほど、いかに脊椎が大事であるのか。そしてその脊椎を支える筋肉がいかに重要であるか。さらにそこに棲まうミトコンドリアをよく養うことがいかに健康を維持するうえで大切なことか。多くの示唆を得ている。私のような変人ではない普通の鍼灸師の認識においては脊柱両側の経絡は単に「足の太陽膀胱経」という14経絡ある経絡の1本という認識くらいであろう。しかし、カンブリア爆発からの貴い運動史をつぶさに検証するのなら、太陽膀胱経とはもっとも基礎的な、いや、もっとも歴史ある経絡中の経絡と認識が革まってくる。そう革命なのだ。

経絡とは気の流れる道筋である?経絡には気という生命エネルギーのようなものが流れており、そこに滞りが生じると不調が生じる?経絡上の気の充満した部位をツボと呼ぶ?いや気が減ってしまった部位がツボである?いやいやそれらの総称がツボである?何を言ってやがんだい!そんな人を煙に巻き、お茶を濁すような説明でよくもここ130年間の東洋医学の冬の時代をやり過ごしてきやがったね!そういう姿勢が結果として人々の東洋医学の信頼を損ねてきたのだよ。私は心底ね、恥ずかしい。なぜ今までミトコンドリアを軸に東洋医学を語る人間がひとりも出なかったのか?時代はとっくに2300年経過したんだぜ。気や経絡という概念はあくまでも2300年前に造られた仮説。それを後生大事に永遠に崇拝しようってんだからさ。もう目も当てられない。気とは何か?経絡とは何か?今の言葉で今の科学で今の生理学用語で解説しなければいけない時代にとっくになっているの!なぜそれに気付かないんだ。このままいけば日本鍼灸は滅びる。確実に絶滅する。それほど状況は酷い。術として営業として、いくばくか存続するだろうが、鍼灸学、鍼灸論、鍼灸法、「学・術・論・法」の術を除く他3つは、このまま現代語への読み替えを行わなければ滅びていくであろう。別に業界がどうなろうと知ったこっちゃないが俺は俺で一定の見解を示します。

「ツボはミトコンドリア、経絡はミトコンドリアネットワーク」(※ INP理論 笑)

2013.05.11 | | コメント(2) | トラックバック(0) | 鍼灸創世46億年記

第十五章 記憶(使われ方の歴史)

気とはミトコンドリアが生み出すATP、気力または生命力とはATPを生み出すミトコンドリア内膜に付着したATP合成酵素(ATPアーゼ)の回転力、ツボとは機能低下したミトコンドリアが多数存在する部位であり活性酸素のホットスポット。かいつまむと「気=ATP、生命力=ATPアーゼの回転力、ツボ=活性酸素ホットスポット」これが私が読み替えた東洋医学の最重要タームである。新時代の東洋医学はこれらの新用語を駆使して語る!(※ ケツの穴が小さいと笑われましょうが、これらの新用語を使う際は私の発案であることを明記するなどしてひと言だけでも発案者がいることに言及して頂きたい。許諾はいりませんが一応私のオリジナルなアイデアのつもりですので。もしも剽窃するカッパライ野郎が出現すると何かとストレスでありますから 笑)ということで、ニューパラダイム東洋医学はここから、本ブログから始まる!

さて、これら古くさい東洋医学用語の読み替えも臨床実績20余年の指頭感覚から導かれたものであり、前頭葉をこねくりまわして出てきたアイデアではないことをまず強調しておきたい。私はそんなに頭が良くはない事は自分で百も承知であるからして、あえて言わなくとも良いのであるが、指をもって人様の皮膚に触れる仕事を続けたからこそ、このような発想が可能となったのである。生命史38億年の叡智を宿すヒトの皮膚にアクセスするとその叡智が私の指先から私の身心へとインストールされるのである。インストールされ続けた膨大なデータが飽和状態になってポンポンとヒートショックプロテインの如くアイデアが弾け出す。今まさにその瞬間が到来しております。

5億4100万年前にスタートした生物界のビッグイベント「カンブリア爆発」。3門であった動物界が一気に38門まで増え、軟体動物ばかりであったエディアカラ生物たちから甲殻ボディをもつ節足動物や脊椎を獲得した魚類の祖先まで現生種につらなるあらゆる動物が出現する。動物界は実にアクティブな様相へと様変わりした。後に両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類へと変化していく脊椎動物の先頭バッターである魚類の祖先ミロクンミンギアとハイコウイクチスの誕生は何よりのビックニュースである。ミロクとハイコは体長が2〜3センチしかない。どちらも葉っぱのような流線型である。アノマロカリスは小さくても60センチ大きくなると2メートルに達したから果たしてミロクやハイコを捕食したかどうかは不明であるが、恐らくは食べられるものは何でも食べたであろうと推定する。カンブリア紀(5億4100万年前〜4億8540万年前)に続くオルドビス紀(4億8540万年前〜4億4340万年前)は三葉虫が隆盛を極めた時代であるがその時代の三葉虫レモプレウリデスはすでに海中を泳いでいたようであるので、カンブリア紀の三葉虫ももしかすると泳げたのかもしれない。カンブリア紀の三葉虫エオレドリキアの体長は11センチ、クーニャンギアは6.3センチ、ほぼ360度の広い視野をもち、二本の触覚を頭に掲げ、カブトガニやフナムシを連想するような甲殻ボディに身をまとったこれら新生生物たちにはミロクやハイコは格好のエサとなったと想像する。ちょうど三葉虫にとってはミロクは美味しいタンパク源であったろう。カンブリア紀に旺盛な食欲でミロクを食べてオルドビス紀になり三葉虫の黄金時代が到来する。

ミロクとハイコは最初は生態系の下位に属し上位に位置した生物のエサ、タンパク源としての価値しかなかったのだろうか?いやいや、そんなわけはありません。だって私たちのご先祖様なのだし、彼らから一気に脊椎動物の歴史がスタートしたのですから。まだまだ身体の使い方もうまくなく、ましてヒレも発達していなかったから、被食者に甘んじていただけなのであり、脊椎獲得の試行期間のカンブリア紀は忍の一時でしのいだのです。外敵に追われ身を守るすべを身につける。もっと早く泳ぐにはどうしたらいいか?もっと早く逃げるにはどうやって身をかわせばいいのか?ミロクとハイコは必死に生き延びる方策を探ります。もしもここにヒレがあったらもっと早く向きを変えることが可能だろうに。もしもここにもっと筋肉がつけば早く前に進めるのに。なんだか脊椎の両側がいやに痛いなぁ。そうかここの筋肉を使い過ぎたんだな!じゃあここにもっとしっかりとした筋肉がつけばもっと早く泳げそうだ!次々に捕食される仲間に心を痛めながら生き延びたミロクは色々と考察した。生き延びようとしたその思い、念はやがて美しくもたくましい胸ビレや背ビレ、腹ビレ、尾ビレをミロクに与えた。痛みと闘った背部脊柱の両側の筋肉は大いに発達してやがて魚雷型のシーラカンスの祖先へとステージを移行する。ミロクの身体中に刻まれた生き延びようとした意志、痛み、人生は経絡(けいらく)として生命体の皮膚上に刻まれていった。

冒頭に掲げたニューパラダイム東洋医学タームの中に欠けていた最重要専門用語「経絡・けいらく」。この東洋医学界で最大の難所、ナゾナゾに私は今、一定の見解を示します。経絡とは「痛みの記憶」。これが私が臨床20年の指頭感覚で到達した新解釈です。痛む部位とは一般には筋肉を使いすぎた部位のことです。普段使っていない箇所を使うととたんに筋肉痛が起こります。ではこの痛みとは何なのでしょうか?ようは活性酸素が発生しているということなのです。筋肉細胞を過剰に使用するとその筋細胞内のミトコンドリアが旺盛に酸素呼吸をするということです。酸素呼吸とはつまりはATPを生み出すという作業なのですが、その副産物が活性酸素なのです。この活性酸素という細胞の障害因子は通常はスーパーオキシドディスムターゼなどの抗酸化酵素によりスグに中和されて無毒化されますが、余りに活性酸素が多いと残存してしまいます。これらの残存活性酸素が細胞膜を痛めつけます。これが痛みの真相です。痛む部位とはつまりはミトコンドリアが疲弊するほどに使用された部位なのです。

筋肉を使うことで動物は「動く物」として成熟していきます。脊椎という体軸を獲得した魚類はまず脊椎を中心にして身体全体をしならせることで前に進み、向きを変えることを覚えます。その最初の身体操法の記憶は使いすぎた脊椎両側の痛みとなって現れました。痛みはじきに癒されその替わりに強大な筋肉がそこに付与されていきます。これが4億余年経過した後の人間の二足直立歩行の原動力になります。私たち鍼灸師が呼ぶ「足の太陽膀胱経」という経絡はつまりはミロクから人間へといたる、脊椎を動かした記憶、脊椎を自分なりに操った記憶、脊椎両側の筋肉痛の記憶、だったのです。つまり経絡とは生命史における筋肉痛の痕跡なのです。「ツボ=活性酸素ホットスポット」なのであり、そのツボを結んだラインが経絡なのですから、経絡とは「活性酸素ホットライン」であったのです。

「気=ATP、気力=ATPアーゼの回転力、ツボ=活性酸素ホットスポット、経絡=活性酸素ホットライン」

これでミトコンドリアを軸にしたニューパラダイム東洋医学ターム四天王が出揃いました。以上のヘンテコ新用語、無断転載・借用を禁ず(笑)

2013.05.10 | | コメント(2) | トラックバック(0) | 鍼灸創世46億年記

第十四章 体軸(動きの起点)

古生代カンブリア紀は5億4100万年前から始まり4億8540万年前までを言う。これに続くのが古生代オルドビス紀であり後にシルル紀、デボン紀ときて石炭紀の2億9890万年前までが古生代であり古生代はカンブリア紀から石炭紀まで約2億4000万年ほど続いた。陸上に始めて植物の祖先であるコケ類のクックソニアが出現するのはシルル紀中期4億2500万年前からデボン紀前期4億年前である。それから1億6000万年ほどが経過すると地球の熱帯や亜熱帯にはすでに大森林が繁茂していた。石炭紀とはこの時代の地層から石炭が産出されるから名づけられた名称であるが、つまり石炭の原料である植物が大繁栄した時代が石炭紀であり3億5890万年前から2億9890万年前までの1億6000万年の間の熱帯や亜熱帯は鬱蒼とした森林に覆われていたのである。古生代の生物界は海中の変化もさることながら、地上においても大きな転機を迎えていた。ほんのか細いゼニゴケの仲間のクックソニアが古生代期に大木にまで変化し樹林を形成したのである。カンブリア爆発ならぬ「シルデボ石炭爆発」が植物界を席巻していたと見なしても面白い。

この古生代はこうして俯瞰すると実にエキサイティングである。そして先カンブリア時代である38億年前の生命誕生から古生代の始まりであるカンブリア紀までの30億年余の時間の厚み、重み、ここまでの生物たちの変化、営みのタメ、がまた大いに偲ばれてくる。実に長い30億年という生命史の初期の歴史があったればこそのカンブリア爆発であり、シルデボ石炭爆発であったのだ。長い長い黎明期を経て地球の生物たちは躍動を開始した。

さて、動物界の変化で注目すべきは脊椎動物の祖先である原始魚類のミロクンミンギアとハイコウイクチスである。ホヤの幼生が脊索動物になり環境適応でやがて魚類型の生物に移行した。そして何万年かを経てすでにカンブリア紀には二種類の魚が誕生していた。脊索動物である同時代のピカイアには脊椎はないが、ミロクンミンギアとハイコウイクチスには脊椎があったのである。つまり脊椎を獲得した最初の生命体なのである。この脊椎の獲得は生命史にとっては一大事件である。無脊椎動物から脊椎動物へ。進化論ではこれを第一革命と呼ぶ。つまり実に大きな転機がカンブリア爆発で発生したのである。

脊椎を手に入れたミロクとハイコはこの大黒柱とも呼べる軸を使い、恐らくは左右に水平に体軸をしならせることで頭進、つまり前進したのだろう。化石や復元図から見るにまだ胸ビレや腹ビレは目立ってないので、流線型の身体をくねらせて泳いだと推定される。泳ぎ続ける事で身体の使い方を覚え、筋肉も発達し、筋肉細胞内のミトコンドリアのATP産生能も飛躍的に向上したのだろう。生態系の下位に属し被食者としての立ち位置しかミロクやハイコにはなかったかもしれないが、群泳するその様はグッピーやメダカのように美しかったであろう。とにかく新生魚類の誕生を祝おうではないか!お誕生日おめでとう、ミロクとハイコ(笑)実にここから脊椎は水平位の長き時代を経てやがて垂直になるのである。つまり脊椎の位置の変化をトレースしていくといかに人間が難しい身体の使い方をしているか、いや、最新の荒技を成しているかが見えてくる。あらゆる整形外科的な疾患、症状の根源は身体の使い方に原因がある。直立二足歩行がいかに難しい身体の使い方なのか。それが脊椎の使われ方の歴史を追うことで見えてくると予想される。が、今はまだその時期ではない。もう少し経過したらこの問題にも取り組みたい。

「脊椎の獲得」は動物界の一大ニュースである。中心軸をもって生物は一大変化を遂げていく。無重力空間では脊索が生じないのであるが、つまりは重力対応で出来た器官が脊椎と言えそうである。水中では6分の1Gであるが地上では1Gが常に負荷される。これは足首、膝、股関節、骨盤、腰椎、胸椎、頚椎、肩関節、顎関節にとって大きな負担となる。脊椎は身体全体を支える支柱である。支柱がしっかりしていなければ身体はガタガタしてくる。脊椎上と脊椎の両側には実に重要なツボが多数存在する。これらをよく鍼灸指圧すると諸症状は消退していく。脊柱の横の凝りをほぐすと芯の疲れが抜ける。まことに脊椎にはミロクとハイコからの疲れが宿っているのである。ミロクもまた疲労を感じた事があったのだろうか?岩肌に脊椎両側を当ててこすって疲れを癒した記憶がやがて背部の経絡である太陽膀胱経になったのかもしれない。つまりは経絡とはミトコンドリアの疲弊史が刻まれて出来たシロモノ?!椎骨にはカンブリア爆発からの生命史5億年が積まれている。

2013.05.09 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 鍼灸創世46億年記

第十三章 重層(変化の原動力)

カンブリア時代に入り生物たちは多くの新しい機能を手に入れる。高等な眼、堅牢なボディ、動くための手足。波に揺られているだけの受動的な体制から一転して能動的にみずからの意志で動き始めた生き物たち。それはつまりは「自由の獲得」であったと私は見なした。この革命的な体制の変化の原動力とは何だったのか?つまりカンブリア爆発がなぜもたらされたのか?核心を追及していきたい。今までにも再三触れた原因候補をリストアップし何度も重複するが、認識を重層化し理解を深めるためとご理解いただきたい。あえてこのカンブリア爆発を進化と呼ばず変化と言おうと思う。進化だと後発生物ほど高等というイメージを与える。いやいや人類を見てごらん!もっとも後釜なのに地球をこんなにもメチャクチャにしてしまったんだよ!地球生命史38億年の諸先輩の顔に泥を塗りたくった人類。愚かにも程があります。だから決して生命史の後で生まれた生き物が先に生まれた生き物よりも進んでいるというわけではない、ということは強調しておきたい。絶滅した生物たちは劣っていたから絶滅したのではない。役割を終えて次の生命体にバトンタッチし、次の生物の機能として生き続け、器官として残存しているのである。私たち人類はだから地球生命史の諸先輩の混合生命体、いわば38億年性ハイブリッドタイプの生物なのである。皮膚は最古のバクテリアの細胞膜の記憶を宿すもっとも古い由緒ある器官である。「ヒトはアメーバの着ぐるみを着た生き物」とは私が治療中に湧いてきた言葉であるが、まさにこの指先はその触れた皮膚から38億年前の生命誕生からの叡智へアクセスしたのである。

カンブリア期の化石から近年になり発見されたのが最古の魚類であるミロクンミンギアとハイコウイクチス。中国は雲南省澄江(チェンジャン)にあるカンブリア時代の地層から発見されたサカナである。ミロクンミンギアは「昆明の魚」、ハイコウイクチスは「海口の魚」という意味である。なぜ最古の魚の発見がスクープかというとそれまでは見つかっていなかったということである。ピカイアというナメクジのような脊索動物がカンブリア期の化石に見いだせるのであるが、これが魚類の祖先と思われていた。ところが同じカンブリア期の化石からついに最古の魚類が見つかったというわけである。魚類は脊椎動物の祖先であり、最後には愚かな人類に直結してくるのでこの発見は古生物学界にとっては一大スクープとなった。いずれも2〜3センチとようはメダカなみの大きさである。群れて泳ぐ姿は多分メダカの学校ならぬ、ミロクとハイコの学校であったろう。アノマロカリスに捕食されるのをおびえつつ、ミロクたちは弥勒菩薩の庇護のもと汚染されていない美しい海中をスイミーのように自由に泳ぎ謳歌したのだ。

さてこの最古の魚類はどうして誕生したのだろうか?つまり脊椎動物である魚類の前身である脊索動物が発生するメカニズムを見てみよう。現生ホヤの祖先であるムカシホヤが5〜6億年前に魚類に変化したという説がある。ホヤは生まれたての姿はミロクンミンギアのような魚のような姿形であるが、岩に吸い付くと尾がアポトーシス(遺伝子プログラム死)して縮んで変態し、根の部分にセルロース(繊維質)を排出し植物のような体制に変わる。これがホヤの生態である。このホヤの幼生期、魚類スタイルがそのまま幼形進化すると魚類の祖先が生まれるとされるのである。つまり何らかの因子が起点になりホヤが成体にならず、幼生のまま生き続ける。これが何千年も続くと原始魚類であるミロクンミンギアとハイコウイクチスが誕生すると推定されるのである。ではその幼形進化の原動力とは何だったのか?現生ホヤの実験からわかった事は、人工海水中のカルシウムイオン濃度を低下させるか、ガドリニウムイオン濃度を少し上げると、マボヤの500個の卵が孵化すると約30個体ほどが幼形スタイルのままでいることが確認された。つまり、海水のイオン濃度という外部環境の変化がDNAのトリガーを引いたと見なせるのである。そしてこのオタマジャクシのような頭でっかちのホヤ幼生が水の流れに逆らって頭進を始めるとそれに適した姿形に適応が開始されるのである。ミロクンミンギアとハイコウイクチスの姿形は見事な流線型である。すでに何千年も海水に揉まれた歴史がそのボディスタイルに刻み込まれたのである。見た目のボディスタイルだけではない。その体内においては臓器も水の流れに逆らうという頭進の慣性力によって後方へと移動し腸が伸びたり肛門が最後尾へと移動し、それに合わせて器官の分化がすすむ。また血流が一定の規則に従って流れると体内の流動電流が発生する位置が決まってきて電流がまたDNAトリガーを引く。内外環境への適応が10億年前の遺伝子爆発で増えた機能を縦横に引き出してついに流水に見合う原始魚類であるミロクンミンギアとハイコウイクチスを誕生させたというわけである。

かいつまむと最古の魚類の誕生は、①海水中のイオン濃度の変化、②頭進による慣性の法則の作用、③体内の流動電位の変化、に起因した。海水中にも地上の6分の1Gが常に作用するのであり、それゆえに浮いて泳ぐということはそれなりに膨大なATPを必要とすると思われる。筋肉の発達もまた体内で起こった大きな変化であったろうと個人的には推定されてくる。筋肉の発達と連動し筋肉細胞内のミトコンドリアも旺盛に分裂増殖した。生命の変化には常にミトコンドリアの変化が寄り添っているように思われる。

カンブリア時代に手に入れた多くの機能もミトコンドリアが生み出すATPなくば機能し得ない。生命現象のすべてはミトコンドリアが産生する膨大なATPに依存している。ということはやはり海中の酸素濃度が上昇したという説はあながち間違っていないであろう。ミトコンドリアは酸素と栄養素と光エネルギーを利用してATPを生み出すのだから、酸素の潤沢な供給は必須である。ミロクンミンギアとハイコウイクチスのエラ呼吸によって体内に取りこまれた酸素は血流にのってこの小さな魚の筋肉細胞内へと送られてミトコンドリアで酸素呼吸が起こりATPが発生し、アノマロカリスの触手に今一歩で捕まるところを逃れることができたのだ。生き延びたミロクとハイコがやがて自分になったのか?私の脊椎や筋肉はミロク時代の必死な逃走により完成した?まことに我ら人類は38億年の生命史のたまものである。

2013.05.08 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 鍼灸創世46億年記

第十二章 自由(動きの獲得)

ヒトの身体構造は大きく分けて二相に分類できる。ひとつは腸管内臓系で、もうひとつが体壁筋肉系である。起源的には腸管内臓系が先行し、後に体壁筋肉系が出来たと見なせる。カンブリア爆発の前のエディアカラ生物群。彼らはみなすべて軟体動物であった。そのナリはまるで臓器や組織が露出されそのまま生き物になったような姿である。言ってみればこの生物群は腸管内臓系の生き物と見ることが可能である。ブヨブヨでフニャフニャでネットリとした生き物。ヨルギアなんかまるで粘液で満たされた舌べら、ディッキンソニアはさらにそれを膨らませたエアマット。まだそれほど能動的な動きを見せず波にたゆとうていたエディアカラの園の住人たち。その原始的な構造はまさに腸管内臓系の生き物と呼ぶにふさわしかった。

カンブリア時代に入ると体制がガラッと変わってくる。能動的に動き出した実にアクティブで刺激的な生き物たちが登場する。「感じて動く」これが感動の語源である。腸管が感じ、体壁がその欲求を満たすために動く。動物は食と性の二相の欲求を満たすために動き続ける。この二大本能を感じるのが腸管であり、その目的を達するために腸管を運ぶのが体壁なのだ。だから動物とは畢竟すれば「腸管を運ぶ生き物」と言える。腸管であったエディアカラ生物はじっくりと3000万年間も感じ続けていた。あそこへ行きたい、もっと遠くへ動いていきたい、あの娘に会いたい。その欲求の蓄積もまたカンブリア爆発の起爆剤となった、とは私個人の珍説である。高度な複眼で外界を正確に知覚し炭酸塩で出来た硬質な殻で筋肉や内臓を保護し身体下面に整列した足を使い縦横に動き出した三葉虫。カンブリア爆発から1億年後のウミサソリにはすでに手の分化が見られ獲物を捕らえる入り組んだ複雑な手と泳ぐためのパドルの手まで進化していたのである。このウミサソリの体長はなんと2メートルにまで達した。アノマロカリス同様に当時の生態系の頂点に君臨していたと推測されている。

腸管内臓系がむき出しになったような生物に、動きを与える装置が付加された。これがエディアカラ時代からカンブリア時代への大きな変化であった。腸管内臓系はこの時期を経て体壁筋肉系を手に入れる。動物としての真価はまさにこの時に華開いたのだ。動きの自由。この何にも増す自由を手に入れたカンブリアの生き物たち。海の中を疾走した記憶は私たちの大脳古皮質や脳幹に深く刻まれているのだろう。車に乗り近在へと移動するだけでヒトは快感を感じるのはカンブリア時代の記憶によるのだろうか。電車に乗りボーッと外の景色を見る。車でも電車でも子供は外の景色を見るのが大好きである。いや大人だって好きだ。なぜわざわざジェットコースターになど乗るのか?それもまた動きの快感に起因するのかもしれない。快感を感じているのは腸管なのだろう。いまやヒトは宇宙空間までも行動範囲に視野を入れ始めている。どこまでも動き続けるのが動物の本性である。行くところまで行くのだろうか?見果てぬ宇宙空間へと旅立つ人類。それは新カンブリア時代の始まりである。

脳や神経や眼や皮膚は外胚葉が由来の器官である。三葉虫の眼もまた外胚葉に由来する。筋肉や骨は中胚葉で、腸管内臓系は内胚葉。内胚葉を運ぶのが中胚葉でその橋渡しが外胚葉であろうか。外部環境を知覚する器官はおもに外胚葉が由来である。皮膚もまた外胚葉であり、脳神経も外胚葉。筋肉はその外胚葉に神経支配され随意的に動く。人間はモノを思考すると肩が凝り背中が張ってくる。これは外胚葉である脳と同じ外胚葉由来の皮膚が連動し、かつその皮下の筋肉もまた連動することを意味している。特に頭を使い過ぎると背中、肩甲骨の間あたりが凝るものである。その凝りをそのまま放置しておくと、血流障害が発生し、眼の疲れが取れず歯がうずき始める。適度な運動や鍼灸指圧で早めに背中、肩、首の凝りを取り除くことは脳のため、体壁筋肉系のため、腸管内臓系のためには必須の養生法である。

ウミサソリにはまだ肩こりはなかったようだ。いかにせん肩と呼べる部位がない。まして海水中は地上の重力1Gの6分の1の重力しか受けないのである。重力に抑制されない海中の動きの自由さは地上の比ではなかったのだ。お風呂の効能とは実は重力負荷からの一時的な解放であることはあまり知られていない。ゆっくりと湯船に浸かるだけで関節に常にかかった1G負荷の蓄積が溶けるのだ。シャワーよりも湯船に浸かる事をすすめたい。もっとも私は長湯が苦手である。カラスの行水をモットーにしているわけではないが、湯あたりしやすい方は臨機応変でいきましょう。万人に適用できる養生法などありません。養生法は個々人が個々人で見つけ出すただひとつの宝です。

あ〜、いささか肩が凝った!カンブリア時代に獲得した動きの自由を手に入れようか。ただ伸びをするだけだけど(笑)

2013.05.07 | | コメント(2) | トラックバック(0) | 鍼灸創世46億年記

第十一章 保護(最前線)

38億年前から40億年前のまだ大陸もなくポツポツと島が海洋に点在した原始地球のある島の湯だまりで、地球でもっとも最初の生命体が産声を発した。それはバクテリアの姿をした生き物であったがすでにひと揃いの部品を身にまとったれっきとした代謝と自己複製を完備した生命体であった。湯だまりは確かに生命発生には適した環境であったが、いかにせん、不安定な場である。連日の雨が生まれたばかりのバクテリアを次々に湯だまりから溢れさせ、大雨によって出来た川が滝のように押し流し海へと彼らアースベビーを追いやった。海中へと流された初期バクテリアたちは意外にもスンナリと海という環境に適応した。もとより湯という液中で発生したのだから、環境の変化と言っても温度くらいの違いしか感じなかったのかもしれない。こうしたプロセスが何千年も続き、ついに海中での生活へ適応したバクテリアが海で繁殖し始める。ストロマトライトと呼ばれる緑色光合成細菌たちが群生した痕跡は27億年前の浅海であった地層から発見される。その前の地層からはこのような化石は見つかっていない。バクテリアは恐らくは38億年前に発生し、10億年ほどかけて海中や島の泥中や地層中で繁栄したのだろう。

27億年前頃になり造山造陸運動が活発化し大陸が形成されてくる。陸上植物の祖先である苔類のクックソニアがはじめて陸地に姿を見せるのは4億7000万年前である。つまりそれまでの22億年余のあいだ地球に出現した大陸や島にはコケひとつ生えていなかったことになる。むき出しの大地、山脈。そこに雨が降れば水分を溜めておく植物の根がないのだから、次々に大地は削られてしまう。大地の表層の成分は川になり海中へと流れ込む。えんえんと大地のミネラルは20億年もの長きに渡り、海へと注がれ続けた。38億年前の原始地球の海水中と20億年が経過した後の海水ではもうすでにその含有するミネラルの成分比は桁違いに変化していた。生物の生化学反応に必須の元素リンはリン酸カルシウムの形で海へと溶け込んだ。この海水中のリン濃度の増加が来るべきカンブリア爆発の起爆剤となったと推測されている。ようは生命進化にとって適した培養液に地球の海は変貌したのである。リン酸はRNAやDNAの原料であり、ATPの正式名称はアデノシン三リン酸である事からもわかるように生命にとって必須の原料こそがリン酸である。また、わたしたち人間が骨格を形成するにはリン酸カルシウムを骨細胞に固定することが必要である。むろんケイ酸やシリカを使う種もいるが、脊椎動物はリン酸カルシウムを使う。

「骨化の程度は異なるが骨性の脊柱をもった脊索動物」が脊椎動物の基本定義である。骨格系の主成分で分類すると生物界は5つの部門にわけられる。①植物(セルロース系骨格)②ケイ藻(ケイ酸系骨格)③貝類・サンゴ類(炭酸カルシウム系骨格)④昆虫・甲殻類(キチン系骨格)⑤脊椎動物(水酸化アパタイト系骨格)。私たち人間は勿論のこと脊椎動物であるので⑤の水酸化アパタイト系の骨格をもつ動物ということになる。アパタイトとはリン灰石のことであり、リン酸とカルシウムからなるミネラルであり、これに水酸基がついたものが水酸化アパタイトと呼ばれる。カンブリア爆発の後1億2000万年ほど経過した海中では原始的な脊椎動物である無顎類という魚類が繁栄した。この無顎類や板皮類、棘魚類などにはウロコや表皮などの外骨格に水酸化アパタイトが見いだされる。この原始魚類の表皮である外骨格はアスピディンという。この時は脊椎はまだ軟骨のままであり、脊椎動物の最初のアパタイト化はまず表皮に起こったのである。つまり脊椎動物としての萌芽はまず表皮において、すなわち生命進化のメタモルフォーゼはまず表皮で発生したのである。「皮膚・細胞膜情報系」を追う私にとってはこの一事は重大な意味をもつ。

大陸の表層が削られて魚の表層が固まった。地球の変化は常にフラクタルである。ヨロイのような無顎類の皮膚は4億年余経過するとヒトの柔肌までソフトになる。しかしこの人間の表皮、皮膚は「レンガとモルタル構造」と呼ばれる程に堅牢であり水を通さないプラスチック並みの緻密さを誇る。ヨロイを脱ぎ捨てても機能はしっかりと残存しているのである。皮膚とはまことに生命の防衛線である。この皮膚に鍼し、灸し、指圧をするのである。生命史40億年が刻まれた皮膚は常に鍼灸師の期待に応えくれるスゴ腕の治療家である。皮膚こそ名医。

2013.05.06 | | コメント(2) | トラックバック(0) | 鍼灸創世46億年記

第一部(生命誕生からカンブリア爆発まで)を終えて

いやはやアレだね。軽い気持ちで始めちゃった本編「鍼灸創世46億年記」なんですが、生命誕生からカンブリア爆発まで10章もかかってしまいました。まだまだこの30億年余の地球生命史の初期の部分で言い足りない箇所も多々ありますので、それらをおいおいフォローしながら今後も筆を進めて行こうと思っております。

今のところは自分の採点では62点くらい(笑)正直まだまだですね。なんとかもう少し格好が付くように今後は奮起します。一章が長いので順当に読者が減っているようですな(笑)まあ致し方ないっすね。それなりの分量を書いていかないと全容を描き出せないですし、今後も長い旅が続くわけで。もしも頑張って読んでくれている方がおりましたら、まことに感謝の至りです。

時事ネタというかトンデモ少々のネタを。最近になって話題のシリウスというネタ、ご存知でしょうか?アメリカの医師スティーブン・グリア博士を中心にしたUFOや異星人の情報公開に関する話題ですが、近々その集大成と呼べるような動画というか映画がネット公開されるということです。この驚愕情報の拡散形式はスライブと同じくネットでの拡散方式を採用するとのことなので、日本語訳がついたシリウスがもうすぐ見られると思うとワクワクしますね。個人的な話題でスイマセン。そんで何気に以前に行われたグリア博士の記者会見を見ていましたら、とても面白い情報を入手しました。

もと米軍に勤務し、墜落したUFOやエイリアンの処理班に在籍していた紳士がその席上で語るのには、今から20年以上前の当時すでに目録には57タイプのエイリアンが載っており、皆さんがグレイと呼ぶ種類には3タイプがあり、1タイプは我々よりも背が高い。そしてこれら異星人はほとんどがヒューマノイドつまりヒト型宇宙人であり、もしもそのへんをフラフラ歩いていても誰も人間と区別がつかない。ただ何が人間と違うかと言うと視覚が優れていて暗闇でもモノが見えて何の不自由もなく過ごせ、モノを触っただけでそのモノの色が判別できる。嗅覚、視覚、聴覚がずば抜けて良いのが人間との差であると。それで普通は地球外の惑星で進化したのなら人間とは違った姿形になると予測しがちであるが、さにあらず、ほとんどが二足歩行型のヒト型宇宙人になるということが科学者たちの興味を引きだしたと。

ちょうど今わたしは地球生命史を俯瞰して生命の変化を追っています。それでようはこの告白者の話しがとてもよいヒントになっていると報告したかったのでここにその概要を記しました。生命とは何なのか?トンデモ領域まで含めてアイデアを練っています。

つうことで、さて第二部の構想に取りかかります。

2013.05.06 | | コメント(2) | トラックバック(0) | 鍼灸創世46億年記

第十章 開花(新たな地平)

ヒトの体内には1京8000兆個もの膨大なミトコンドリアが棲息しており、ATPという身心の活動にとって必須のエネルギーを生みだしてくれている。それだけでなく体温もミトコンドリアで産生されるし、生物電気と呼べる電気もミトコンドリアが生み出す。またビタミンの合成やミネラルの保管、解毒酵素チトクロムP450を使ったデトックス機能まで人体にとって、細胞にとってなくてはならない共生体がミトコンドリアである。いわば私たちはミトコンドリアなしでは生きられない存在なのだ。例えば人間の眼や歯髄はミトコンドリアが多数棲息する領域であるが、眼の疲れや歯の痛みが全身の疲労感や、肩こりや背中のこりと連動する事はよく体感する。凝り、つまり筋肉内に乳酸タンパク質が溜まり、それが血の巡りを妨げればミトコンドリアへと送る酸素や栄養素が不足してくる。首や肩の凝りは顔面頭部への血流を妨げるから、結果として眼がぼやけ、歯がうずいてくる。肩や首や肩甲間部、ならびに手足や全身を鍼灸指圧すると、眼もハッキリし歯の痛みも治まる。つまり鍼灸指圧とはミトコンドリア賦活療法なのである。ミトコンドリアを賦活する医療こそが真の医療なのであり、未病治の医療の真価とは、いかにミトコンドリアを元気に出来るか?という一点に絞られる。

今から5億4000万年前に始まった生物界の一大イベント「カンブリア爆発」、それまではたった3門であった動物はここで一気に38門まで拡がる。つまりすべての動物門の型が一斉に開花するのである。なぜこの時期に急にこのような事態が起こったのか?研究者は様々な憶測をし、解読に挑んでいる。ある説によれば海水中のリン酸濃度が急上昇した事に起因するという。なるほどこれは一理ありそうである。外部環境の変化によりDNAトリガーは引かれ、生物はその環境変化に適応し生き延びようとして体制を変えていく。これが生物界の法則である。生命進化とは常に適応命理のルールで進行する。生き残るために合目的的にメタモルフォーゼし続けたのが生命史40億年の歴史である。今までは軟体動物でユルユルしていたのに、いきなり甲殻ボディをまとったのにも理由があるのだろうか?それまでよりも太陽光線や宇宙線または放射線が強さを増したのかもしれない。いわゆる太陽系の航路がプラズマ帯に侵入した時期だったのかもしれない。何か理由があるはずだ。ボディを守るために甲殻ボディを獲得したと私は見ている。

カンブリアのスターはアノマロカリス。イカとエビをくっつけたようなボディにエイのヒレを両脇にドッキングした奇妙な生き物であるが、全長はなんと2メートルにまで達したというから、近場で見ればかなりの迫力であったろう。もしも現存していれば水族館の人気者になった事は間違いない。個人的には初期の三葉虫が面白い。この時代の生物はいきなり精巧で高度な機能を有する動物の複眼を獲得するのであるが、三葉虫の中にはこの眼が頭部側面まで伸びて車のテールランプのように弧を描いて後ろまでいっているものがある。ほぼ360度の視界を確保していたとされる。オパビニアなどは5つの飛び出した眼をもち、長い口吻を伸ばした分類不能の生物だし、たった1個の複眼をもつ節足動物カンブロパキコーペなどは顔だけ見ればまるでフェンシング選手である。饅頭に刀剣を突き立てたようなアヴァンギャルドなデザインのウィワクシアなどは構造色という体色をもち、CDの裏面のように七色にきらめいたのだ。誰がこんな前衛的な生物をこしらえたのだろうか?ゴルチエもカワクボもタカハシジュンも顔負けのイケイケデザインである。三葉虫はカンブリア後2億5000年万年ほどして謎の絶滅をするが、三葉虫を含む足に節をもつ節足動物たちは現在も大繁栄し、地球上の他の生物種をあわせた数よりも多い300万種を誇る。昆虫たちの祖先はカンブリアに起源を持つ。

軟体動物のみのゆるやかな楽園エディアカラの園は終わりを告げ、弱肉強食の新時代エッジの効いたデザイン全開のカンブリア時代が幕を開いたのである。ゆらゆらと波の動きに合わせて動いていたような生き物たちが、能動的に動き出し活発に生存競争を始めた。その体中の筋肉組織は飛躍的にATP産生能を高めていったと思われる。筋肉を動かすにはATPがなければならない。それなくば動けないのである。昨今は内部被曝による「ぶらぶら病」が恐れられる時代であるが、これもミトコンドリアが被曝する事でATP産生能が低下する事に起因する疾患である。ATPなくば生きられないのが生物である。つまり生物はATPのために生き、食べ、動き、息しているのである。カンブリア爆発の水面下ではミトコンドリアが劇的に生息数を増やしていたと私は想像する。なぜこの時代にミトコンドリアが活性化したのか?酸素濃度が増大したこともあるだろうし、太陽光線がミトコンドリアにとってよい波長に変わったのかもしれないし、磁気や電気が関与しているかもしれないし、カルシウムやリン酸など海水中のミネラルが潤沢に増加したのかもしれない。多くのミトコンドリア賦活要因が重なり、生物は動きの自由を手にしたのである。

形態の変化のみならず、ミトコンドリアもまた進化したのがカンブリア爆発であった。

2013.05.05 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 鍼灸創世46億年記

第九章 相似(入れ子構造)

単細胞生物から多細胞生物へと生命体は発展していくわけであるが、なぜ多細胞化したのか?なぜ単細胞のままではいけなかったのか?という根源的な問いを発してみたい。生命が変化していくのには合目的な理由があるはずである。例えば外敵から身を守るために大勢で集まったのが癖になりそのまま多細胞化したとか。あるいは1個体では寂しいからとか。または仲間がいた方が何かと心強いからとか。いずれにしろ多細胞になった方がメリットがあった。だから多細胞化したと今は見なしておこう。単細胞のバクテリアはある種のホルモンを分泌して仲間と会話している。仲間だけではなく他の種類のバクテリアとも共通の信号物質、言語を介して話しをしているのである。種に特有の言語と共に、他種とも話せる共通言語ももっているのである。これで仲間の数を感知する。1個体のみの場合は行動を起こさないが、仲間が増えた事を認識するとある行動に一斉に出る。発光能力のある海中に棲むバクテリアは1個体では光らないが、多数集まると一斉に発光行動を始める。この発光の機序こそがそれぞれが外分泌する信号物質なのだ。個体が分泌する信号物質は1個体では非常に少ない。しかし多数の個体が集まってそれぞれが信号物質を発すると群れの回りはそれらの物質で満たされることになる。バクテリアは仲間が多数いることをその物質の濃度で察知して、時を同じくして一斉に光り出すのである。これが病原性バクテリアの場合は実にやっかいな問題となる。ヒトの体内に潜伏した強毒性のバクテリアは最初は何も害をもたらさない。数が少ないからである。しかし増殖を繰り返し一定数を超えると一斉に行動を起こすのである。攻撃態勢が整った多数の病原性バクテリアは仲間が増えたことを信号物質の濃度で知覚し牙をむく。毒素を一斉に吐き出せばホストである宿主は死滅してしまう。抗生物質でこれらのバクテリアを殲滅してきたが、抗生物質には常に耐性をもったバクテリアが生き残るというパラドックスが発生している。多剤耐性菌が生まれ今やすべての抗生物質に耐性をもったバクテリアが出現しているというのである。そこで考案されたのがバクテリアが使う言語、信号物質に細工を施してバクテリアが一斉行動を取れなくするという戦略である。マウス実験において抗生物質とニセの信号物質を用いたらマウスは病原性バクテリアに負けず生き残ったという。このバクテリアが使う信号物質の応用はまだ始まったばかりだという。

バクテリアの信号物質を研究している科学者によれば、単細胞であるバクテリアたちは仲間と信号物質を介してまるで多細胞生物のように振る舞うことが可能だそうである。そしてそこに実は単細胞から多細胞への転換を垣間見るという。ようはバクテリアにはすでに多細胞的な行動が可能であり、その機能があったからこそ多細胞になってもそのまま生命体としてやってこれたということである。5億7000万年前に始まったエディアカラ生物たちは平面にざらっと細胞を並べたようなマットのような姿形の生物が見られる。まずは多細胞でやってみたらどんな感じか?そんな試験期間がエディアカラ時代だったのかもしれない。バクテリアが多細胞的な振る舞いをする際にはホルモンまたはフェロモンを使うが、エディアカラ生物たちはホルモンだけで情報伝達をしたのではないはずである。彼らはすでに多細胞であり、ひとつのユニットとしてひとつながりの細胞膜でパッケージされていた。つまり外膜がこれら多細胞をひとつにまとめていたのである。脳という中枢器官はまだ無くとも皮膚がすでに中枢として機能していたと私は認識する。今現在のわれわれの皮膚は実に多用な情報言語を操っているが、これらの言語も元をたどればバクテリア時代からの遺産なのだ。エディアカラの園では多細胞化した軟体動物たちがそれぞれの「皮膚・細胞膜情報系」を使って旺盛にコミュニケーションをとっていただろう。いやその前の30億年のあいだのバクテリア時代にもバクテリアたちは信号物質を介して、または信号物質を介さない原初的知覚をつかいバイオコミュニケーションしていたのである。バクテリアの信号物質はその細胞膜から外部へと分泌され、外部へと放たれた物質は仲間の細胞膜にあるレセプター、受容体に捉えられる。つまり信号物質を使う情報系においても細胞膜がその受発信の場なのだ。外膜である皮膚や細胞膜の役割がいかに重要かが理解できてくる。原初から今までずっと生命を支えてきたのは何と言っても皮膚・細胞膜情報系であった。

生命体は多細胞化すると複雑になり高等になると錯覚しているが、実はそれほどの事ではない。ようは単細胞のバクテリアの機能をそのまま継ぎ足していっただけである。ピースが増えても基本機能や構造は変わらないのである。腔腸動物のヒドラが情報伝達に使うホルモン様物質のペプチドはそっくり同じものを人間も使っているのである。それも6種類も同じものをまだ使っている。ヒドラのニューロンに染み出された哺乳類と同じペプチドには胆嚢を収縮させる消化管ホルモンの代表であるコレシストキニンや抗利尿ホルモンであるバソプレッシン、鍼治療で分泌されるサブスタンスPまである。なんとヒドラに鍼治療するともしかするとヒドラの身体が活性化する可能性まででてきたのである。まさかヒドラに鍼を打とうとは?空想というか妄想はなかなか奥が深い(笑)いや冗談ぬきに、つまりは、高等生命体というか多細胞生物は使うホルモンの数が増えただけで、ヒドラやバクテリアとやっている事は変わりないということなのだ。外部環境を知覚し、その情報を内部へと伝達し、しかるべき調整を付けて、内部環境を整えて恒常性を維持する。やっている事はバクテリアもヒトもまったく変わりないのである。バクテリアにナノレベルの鍼を施せば、バクテリアが活性化すると予測される。そうなのだ。生命体もまたすべてフラクタルな構造なのだから。

ホストの皮膚に打った鍼の効果はパラサイトである常在バクテリアの細胞膜へもおなじような効能を発揮するのだろうか?腰やお腹に鍼灸指圧治療をすると腸内細菌叢が好環境へと移行する事はすでに立証されている。鍼を打った箇所の皮膚に棲まう皮膚常在菌から腸内常在菌へと何らかの会話が成されでもするのかもしれない。温灸で温められた皮膚常在菌もまた信号物質を介在し他の人体常在菌と会話するのだろう。人体細胞60兆個と人体常在菌101兆個、ミトコンドリア1京8000兆個は常にコミュニケーションをとり続けているとみて間違いない。これらの円滑な会話こそが健康のアカシである。1個の粒子がやがて無数の粒子になった。人体には1京8161兆個の粒が集まっている。無限とも言える粒が織りなす小宇宙。いやもはや人体とは大宇宙なのかもしれない。ヒトという多細胞生物の正確な呼び名は「無限細胞生物」でありました。

2013.05.04 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 鍼灸創世46億年記

第八章 楽園(かつて感じた記憶)

ミトコンドリアの元であるαプロテオ細菌という酸素と光エネルギーから莫大なATPを産生する好気性細菌が嫌気性細菌という無酸素で低温で少量のATPを生み出すタイプのバクテリアに共生を開始したのが今から20億年前とされる。かいつまむとミトコンドリアが嫌気性細菌と共生したのが20億年前。このミトコンドリア内臓型バクテリアは一朝一夕に成立したのではなく、その後12億年間ほどの試験期間を経て、ようやく8億年前に目出度くゴールインしたという説がある。つまり完全に共生するまでに10億年余の歳月を要したというのである。それはともかく研究者のあいだではこんな事が定説として語られる。植物と動物の分岐点が約10億年前、10億から9億年前にDNAの多様化、つまり大量の遺伝子機能アクセサリーソフトがDNA内にインストール完了、9億年前にはすべての動物と共通する遺伝子をもつ海綿動物が分岐、5億4000万年前に生命が一斉に多様化する「カンブリア爆発」が発生。

ミトコンドリアは共生と共に自身のDNAの機能のほとんどを宿主・ホストである嫌気性細菌に明け渡す。つまり植物と動物の分岐点ならびにDNAメモリーが増加する9億から10億年前頃という時期がミトコンドリアが自身のDNAをホストに渡した時期と符合するのである。このミトコンドリアの共生と10億年前のDNAの多様化を関連付けて言及している記事にはまだ巡り会っていないので、もしかしたら私のオリジナルかもしれないが(笑)まずは、5億4000万年前に始まる生命史の一大イベント「カンブリア爆発」のおよそ4億6000万年前の10億年前頃に生命体内部ではすでに「遺伝子爆発」という現象が先行していた事を記憶に留めて話しを進めたい。

10億年前にミトコンドリアのDNA機能がホストに移行すると、ホストのDNAはバージョンアップし、新たな多くの機能が起動し始める。それらの付加された機能とはαプロテオ細菌つまり好気性細菌のもつ機能であり、例えば好気性細菌が使う酵素タンパク質を作る指令を出す遺伝子をはじめあらゆる好気性細菌の働きを指令する機能がホストのDNAに内臓された事を意味するのである。嫌気性細菌の機能に好気性細菌のもつ機能がプラスされる。これこそが後のカンブリア爆発の準備となるDNA爆発という見えざる一大イベントであったと私は推定する。生命史を動かす要因は形態だけを追っていても見えない真相が多い。

DNAに関してはまだ見える部分であるので、研究者が確たる自説を展開できるが、さらに一歩進めて見ると、例えば地磁気の具合はどうだったのか?地球に降り注ぐ太陽光線や宇宙線の量や質に何か変化はなかったのか?重力や引力などの変調はなかったか?放射線の量は減衰していたのか、増加していたのか?海水中のミネラルの組成に変化はなかったのか?酸素濃度は?巨大な隕石が落ちなかったか?海底火山が爆発したりしなかったか?などなど、見える見えざる要因は次々に挙がってくる。海水中でなぜ生物がまず多様化していったのか?これもまた大きな疑問である。

しかし、まずは、10億年前くらいに話しを戻そうか。10億年前にDNAは一段パワーアップした。そしてその後に生物は多細胞化して海綿動物門(カイメン)、有櫛動物門(クシクラゲ)、刺胞動物門(イソギンチャク)の3門が海中で繁栄するのである。化石の発掘は生命史の確たる証拠である。5億4000万年前のカンブリア爆発にさかのぼること3000万年間の5億7000万年前から5億4000万年前までのあいだに栄えた生物群がオーストラリアのエディアカラ丘陵で1947年に発見された。後に言うエディアカラ生物群である。これら動物群はすべて上記の3門に属するような軟体動物であった。ヒラヒラとした水木しげる翁の描く愛らしい妖怪イッタンモメンの如き薄くて長〜い絨毯かカーペットのような生き物、クッキーやホットケーキを連想する平面的な生物、パスタを並べて膨らませたようなエアマット状のボッテリとしたナリのディッキンソニア、饅頭からニョッキリと首を出してその口先にある口吻で堆積物をひっかいたキンベレラ、イソギンチャクに似るが体内は空洞であったショートパスタのコンキリエ・リガーテ、貝殻パスタにそっくりのエルニエッタ、団扇とおぼしき形状は1メートルにも及ぶ海底に身体を固定し、その扇状の部分で海水中の養分をこしとっていたカルニオディスクス、およそ外敵とは無縁のこれら軟体動物の楽園はエデンの園にひっかけて「エディアカラの園」と呼ばれる。カンブリア爆発に先行する先カンブリア時代は実にマットで大らかで柔らかいユルユルグニャグニャ生物時代でありました。

ゆるい動物だけのユルユル時代。いや実に良いじゃないですか。サンゴ礁のようなものだけで構成された海中。まるでお花畑のような光景が広がっていたのでしょう。軟体動物はつまりはその柔らかい形状の表皮で外部環境を知覚していたのである。カルニオディスクスは表皮から直接養分を摂取するタイプの生き物であろう。昆布やワカメの祖先と見なして良いのだろうか。いや動物門であるから、昆布の直接の祖先ではないが、動物であっても表皮を介して栄養を摂取する手段を持っていた時代があると言える。この3000万年間のエディアカラ動物時代。この時期に「皮膚・細胞膜情報系」が一段と鍛えられたと見ても面白い。植物とも動物ともつかない分類不能の生物も多数いたエディアカラの園。私たちの皮膚はエディアカラ生物時代の記憶を留めているに違いないのである。

この時代は現代の熱帯の海のように暖かい海であったようだ。温水中ではやはりリラックスして生物もグンニャリびよよよ〜ん状態になるのだろう。人間も同じである。温灸で皮膚を温めてあげると、もうスグに眠くなってまどろんでしまうし、治療した日の夕方は早く眠くなってかなわないとは多くの患者さんが口にする言葉である。皮膚は温められると緊張が解けてそれこそビヨ〜ンと伸びる。まるでスルメを焼くとギュ〜ンと動くように皮膚もまた動くのだろうか。その瞬間に皮膚はエディアカラ生物時代の軟体動物の記憶を呼び覚ましているのかもしれない。ヒートショックプロテインはタンパク質の修復を行う。伸びたり縮んだりしたタンパク質はヒートショックプロテインに正しく整形されて元どおりに戻される。温められて伸ばされてヒートショックプロテインがまた修復する。温灸の効能のひとつはこのタンパク質の修復過程を促進することにあるのだ。

エディアカラの園はやがて終わりを告げ、エッジの効いたソリッドな時代が到来する。それを鑑みるにつけ、やはり、エディアカラ時代もまた良き時代であったと回想するのである。皮膚を優しくいたわり、慰撫し、温める。お風呂に浸かったあの快感、温灸を当てた得も言われぬ恍惚感、エディアカラエクスタシーよ永遠に。

2013.05.03 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 鍼灸創世46億年記

第七章 玉響(魂の触れあう音)

人間の原点をどこに置くか?という問題を設定してみる。生命誕生を起点とすれば40〜38億年前の最初の原始生命体、恐らくは水素細菌などのたぐいが人間の原点となるし、腸管上皮の生理を研究している科学者などは5億年前の腔腸動物であるヒドラに腸上皮の原器を垣間見てそこに原点を置く。ヒドラは水仙というかラッパというか花瓶というか、ようは上部に開口部があり下部は閉じている筒型構造の単純な生き物である。その開口部の表皮の一部にはアミノ酸を探知する機能があり近くに来た環形動物たとえば小さなミミズのような生き物を知覚し獰猛に一瞬でつかまえて飲み込む。口と消化器のみのシンプルな構造であるからして、消化が終わると今度はまたひとつの開口部、口であった部分から消化産物つまり便を排泄する。このヒドラの上皮構造は注目に値する。皮膚を二枚重ねした二重構造、バイレイヤー構造でグルッとパッケージされているのがヒドラの外膜及び内膜である。あいだに臓器や筋肉はないが神経と呼べるような連絡網はすでに存在するのだろう。皮膚に相当する外部に接した部位では外部環境を知覚し、隣り合った腸管上皮へと情報を伝達し、開口部から中に陥入した腸管上皮では飲食物を味わい消化し排泄する。外膜と内膜のみで構成されたこのヒドラには軟体動物のみならず後の脊椎動物をはじめとする38門のすべての生物の原点を見ることができる。

ヒドラのアミノ酸探知細胞は私たちの大事な器官として残存している。脳である。センサー細胞が進化し体内部へと陥没したのが脳なのだ。つまり脳の原器とは皮膚なのである。人間の眼は網膜に覆われ、耳の内部には鼓膜があり音を捉え、鼻内は鼻粘膜、口は口腔粘膜、口から肛門までは腸管上皮がくまなく覆う。外膜である皮膚は全身をスッポリとパッケージする。私たちの身体構造はまったくヒドラと変わりない体制である。内部と外部を膜でくるんだ構造体である。少し違うのは開口部が上と下にあることであり、生殖器も合わせれば都合3つの開口部があるという違いくらいである。高等生命体と自認していようがいまいが、われわれもまた単に膜でくるまれた生命体であるという部分ではヒドラと同じような生き物に過ぎないのだ。しかし嬉しいではないですか?膜こそがもっとも重要な臓器器官なのであり、その膜構造、膜機能を5億年のあいだ進化し発展させて来た。それゆえに皮膚を治療ポイントとする鍼灸指圧が多くの恩恵をもたらし、多大なる治癒、快楽を提供してくれるのですからね。皮膚があったればこその鍼灸指圧である。

皮膚が皮膚付近の酸素濃度を探知する事はすでに触れた。お灸をすると皮膚付近の酸素濃度は低下する。火が燃える過程では酸素を消費するのだから当然のこと灸をすえた部分の酸素濃度は一時的に低下するだろう。直接灸では一瞬であるが、温灸ならば長くて10秒ほど当てている。その間の酸素濃度低下を皮膚が察知すると皮膚はエリスロポエチンという赤血球産生促進ホルモンを分泌する。灸治療により貧血症が治った例はゴマンとあり、貧血症が治るにつれて身体が丈夫になり肥えたなどの例も多数存在する。灸治療によりエリスロポエチンが分泌される。これも分子生物学的な灸治療の効果と言えよう。灸博士として有名であった故・原志免太郎博士のウサギを使った実験ではウサギに灸をすえた後に血液を調べると赤血球や白血球が増えることが確認されている。原博士は灸の絶大な血液増強効果をウサギに見いだして自身へもお灸を据え続けた。30代から60年間も毎日自分の腰8点と足三里へお灸をすえた。その成果は日本最高齢者をマークするという偉業となって実を結ぶ。実に享年108歳。西欧医学と東洋医学にまつわる罪障をすべて焼き尽くし108の鐘を打ち鳴らしあの世へと旅立たれたのである。私は温灸をものしているが、温灸こそ現代人にふさわしいマイルドな灸法であろうと確信している。不妊症を治し妊娠体質に変え子供を授ける、積年の坐骨神経痛、腰痛、膝痛が自然に治癒し消散する、抗ガン剤の毒作用を緩和し白血球数の減少を抑制する、便通を促進し食欲を増大させる、ウツ症状を改善し笑顔をもう一度取り戻す。これらはすべて事実である。温灸革命はすでにわが治療院で始まっている。

今から10億年前に原始生命体のDNAが爆発的に変異する時期が到来する。しかしこの時はDNAだけが進化発展するだけで外見にはあまり変化は見られない。それから少し経た後の5億年前頃になり形態的にも大規模な変化が訪れる。まずはDNAに変化が訪れ少しディレイがあってメタモルフォーゼが起こったというのが定説である。DNAは外部環境に適応するために準備されたもの。外部環境の激変を察知したのが10億年前と言えようか。その察知した器官こそが皮膚であったのだ。常に外部環境を知覚しているのは外膜である皮膚や上皮である。アンテナでありセンサーでありレーダーである皮膚。皮膚こそがすべての指揮系統であり中枢である。中枢器官のみで構成されたヒドラ。5億年前のヒドラは10億年前のDNA進化の精華が開花した当時の最先端の高等生命体だったのだ。その流れでずっと生命体はやってきた。皮膚には5億年の歴史が、いや38億年の生命史がつまっている。

人体細胞60兆個はそれぞれが1個ずつ細胞膜にくるまれている。つまり60兆個の細胞膜が触れあい、つながった存在こそが人体である。60兆個を覆う外側の皮膚には1兆個の皮膚常在菌が棲んでいるし、内側の腸管上皮には100兆個の腸内常在菌が棲まっている。総計101兆個の常在バクテリアにくるまれた60兆個の人体細胞である。その常在バクテリアにも細胞壁という膜が存在する。人体細胞60兆個の細胞膜と常在バクテリア101兆個の細胞壁が「袖すり合う」世界が人間の身心である。161兆個の膜が奏でる「たまゆら」宇宙。そこに流れる美しいシンフォニーは原始地球30億年の初期バクテリアが奏でた旋律と同じなのだろうか。私は私であって私ではない。私と宇宙は膜を通じて溶け合っている。

2013.05.02 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 鍼灸創世46億年記

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