未病治ゾーン

曲直瀬道三が「雖知苦斎養生物語・すいちくさいようじょうものがたり」の中で指摘しているように、わが日本人はたいへんに栄養学的に優秀な食べ物を食べてきた歴史があるのであり、道三の言葉を借りれば人参湯(にんじんとう)を毎日摂取したに匹敵するほどの豊かな食文化であったと言える。

だから私たちのDNAのベースにはもしかしたら放射線障害を未然に防ぐパワーが少しはあるのかもしれないのだが、明治維新からすでに130年近く経たのだからDNAに組み込まれた日本の食文化遺産も今や爆睡(笑)しているだろうし、欧米礼賛でここ100年の余、「栄養、かろりー、えいよう、カロリー、エイヨウ、カロリー」とアホのひとつ覚えでたらふく肉や乳製品や脂肪を摂らされてブクブクと肥えさせられてきたので、すっかり酸性体質、癌体質に成り下がっている。そこへと放射能がバンバンと降り注ぐ311原発クライシスが進行しているのだから、これからトンデモないことが起こる危険性に満ち満ちでいるのである。

江戸期より前のくすし(医師のこと、『くしび』とは霊・レイのことなり、霊体でもある人体の機微に通じる者ゆえに人を癒せる医者を『くすし』と古代日本の言霊・コトダマでは表現する)たちはこの国の民のDNAを維持し守ることを連綿と果たしてきたのであり、その歴史があるからこそ日本民族は存続してきたのだ。しかし、今やこの国の民のDNAはコピー不能の事態を迎えつつある。

放射線障害においては真っ先に細胞核DNAやミトコンドリアDNAが切断されてしまう。細胞核DNAには修復する能力もあるし、ミトコンドリアは危機的な状況になると分裂増殖したり、お互いに糸状につながりダメージを薄める策にでて一定の正常値レベルを維持する能力を持つのであるが、内部被曝という細胞内に放射性核種が侵入する事態にこのようなバックアップ機構がどれだけ奏功するのかは未知数である。

ミトコンドリアの中には鉄イオンや銅イオンが充満しており、それゆえにミトコンドリア内部は赤く見えるそうである。鉄イオンとはまたなんとも因果なものである。ウランやプルトニウムは鉄イオンと置換されて体内に吸収されるのであるから、やはり真っ先に内部被曝の影響を受けるのはミトコンドリアなのである。

ミトコンドリアはミネラルの一時貯蔵庫とも言われる。摂取されたミネラルロードの中継地点がミトコンドリアなのだ。天然のミネラルと間違えて取りこまれる放射性核種がいかに恐ろしいかがこれでよく理解できるだろう。いまや九州地区からも奇形動植物の発見が日常化しつつあるのだ。もはや日本全土が放射能汚染されていることは間違いないことである。むろんガレキの焼却も被曝拡大に貢献していることだろう。

福島の児童には60%の高率で甲状腺に異常が出現している。北関東一帯、関東全域、中部の一部すらも同様の状況と言えるかもしれない事態である。未曾有の健康被害が顕在化する水際であり、世界製薬メジャーが欣喜雀躍している姿も想像できる。この世には悪魔も舌をまく連中が存在するのである。

さてそんなトンデモ連中の餌食になるのは真っ平ゴメンなんでひとつ対抗策を提案しようじゃないか。ウィリアム・ヘンリー・ホープ・フィッツゲラルド博士はアメリカで1872年に産声をあげ、1895年にバーモントン大学医学部を卒業し、その後2年間ウィーンで耳鼻咽喉科の医師として働き、さらにパリやロンドンの病院で数年間ずつ勤務し、1913年からコネチカット州のハートフォードの聖フランシス病院で耳鼻咽喉科、外科の医師となり働きました。

ここで彼は手術をした患者のうち、ある者はまるっきり、もしくはほとんど痛みを訴えないことを発見したのです。そしてその痛みを訴えない患者をよく観察すると、手指の腹を手術椅子の肘掛けの角に強く押しつけているという共通項を見いだしたのです。つまり患者たちは本能で自発的に身体のどこか一部を圧迫することで痛みを減殺するスベを身につけていたのです。その後、フィッツゲラルド博士は歯科の手術で歯に穴を開ける際にも同じ態勢をとる患者がいることを知り、また年老いたネイティブアメリカンからも同様の方法があることを知りました。

このような経緯でフィッツゲラルド博士は身体の表面や耳鼻咽喉科領域において、身体のどこかに圧力を加えることで他の離れた部位の痛みを緩和する麻酔的効果の研究を開始したのです。ある例では助手がうっかり患者を押さえつけたら、まったく痛みがなくなったケースがあり、またある場合はなんら積極的な麻酔を施さずに無痛で手術が可能なケースがありました。こうして博士は人体のある部位を押すと、離れた部位に麻酔効果が及ぶことを知ったのです。これがZone Therapy(ゾーン療法、区帯療法)の始まりでした。

フィッツゲラルド博士は身体の中心線を境として身体の左右に各5本の垂直ゾーンを設けました。その各ゾーンは手足の指につながっています。例えば第1ゾーンは手足の親指、第5ゾーンは手足の小指です。人体を手足の5本の指につながるキレイな垂直ラインで結ぶ経絡図のようなモデルができあがりました。ゾーンに起こった病変は同じゾーン上の内臓や器官、表皮、筋肉に影響を与えます。この原理を使いある部位の痛みを同じゾーンの遠隔部で治す方法が編み出されていきました。

フィッツゲラルド博士は同じ研究をした博士と共にこの結果を「ゾーンセラピー・区帯療法」という本にまとめました。サブタイトルは「家庭で痛みをとる」となっておりましたので、博士は万人がみずからの力で痛みから解放されるようにと願って本を出版した意図が伺えます。圧力を加える部位は様々ですが、身近な道具を使って行うのも良しと書かれているようです。フィッツゲラルド博士は1942年にスタンフォードで鬼籍に入られました。

さていわゆる足裏とかリフレクソロジーとかの疑似マッサージのたぐいがこのゾーンセラピーを巧みに取りこんで今や我が業界を侵蝕しつつあるのですが、そもそものこの療法の発端とはかくも意義深いものなのであり、ひとりの非凡なる「くすし」の学究精神があったればこその発見でありました。コソ泥のようなインチキマッサージの乱立は目を覆うばかりですが、その影には人を救おうとする営為があったことは忘れてはならないでしょう。ブリット式、タイペー式、はたしてそこには医療などありません。単なるビジネスです。かねもうけ、ただそれだけがリラクゼーション産業を押し上げているのです。

昨今の心配事はやはり甲状腺や内分泌に関わる部位でしょう。足裏のゾーンでは親指付近が首や甲状腺に関連します。ここを立ちながらつま先を立てて親指を曲げ伸ばす、あるいは座って揉む、など常に刺激し柔らかくすることは甲状腺やノド付近を直接揉みほぐすのに匹敵するゾーンセラピーとなりましょう。また足底にある中国医学でいう湧泉(ゆうせん)というツボ付近は中国医学においては腎臓・膀胱・副腎のルートですが、ゾーンセラピーにおいても同様のゾーンとされております。ここもよく揉みほぐすことで天然の抗アレルギーホルモンである副腎髄質から分泌されるステロイドホルモンをよく出させることが可能となり、放射能をはじめとするストレスに対抗できる体質を獲得できる可能性があります。

是非に、足裏、足オモテ(笑)、身体裏、身体オモテ、をよく揉んで按摩して指圧して、曲直瀬道三たちから受け継いだ日本人DNAの存続に邁進いたしましょう!

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2012.11.30 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 鍼灸指圧

医聖降臨

既成政党が一瞬にしてチョー古くさく見えるほどの衝撃的なデビューを果たした「日本未来の党」はようは0原発の未来を打ち出しているわけで、今までさんざんっぱらオンブに抱っこでじゃぶじゃぶゼニをもらっていたメディアは慌てふためいてどうにかネガキャンを張りたいのだが、いかんせん小沢さんを悪く言うくらいでどうにも分が悪い。その小沢一郎氏に関してもネット民はすでに米帝の謀略に嵌められた国士であることなど常識なのであり、今さらメディアがとち狂って小沢氏に執拗な名誉毀損の言葉を浴びせるのなら容赦なく糾弾する態勢ができているのだ。

ほんとうにメディアはくだらない連中だぜ。いつもいつも国民の側には向かずにグローバリストのしもべ、広報官に成り下がっているやつらなのだからクロスメディアの廃止、記者クラブ制度の撤廃は当然のことしかるべき政党が支配権を奪取したなら早急に着手すべき案件にあがるだろう。たわけメディアがギャンギャンと権力の番犬をやってられるのも今のうちってこと。もっとも国民が正しい判断を選挙で示さなければどうしようもない。今度の選挙は「日本未来の党」の出現でとてもわかりやくなった。0原発か原発維持か。ただそれだけである。もちTPPは参加しないし、増税も無しね。この3点セットはゆずれない。

う〜ん、ちょっと政治に関して物申してしまった(笑)たぶん今後もずっと根掘り葉掘りくだらないネガキャンをメディアは垂れ流すだろうが、気にしないことやね。つまんねぇ連中だよ、まったく。オレはテレビは床屋でしか見ないし、新聞も一番まともっぽい東京新聞の系列をとっているんだけどそんなに読むわけでもないからメディアとは無縁の生活をしていると言ってもいいかもしれない。だって捏造とウソばっかだろ、メディアなんて。ただのマインドコントロール機関だもん。テレビなんて洗脳装置だよ。目と耳を圧倒的な情報量で占拠されてしまうトンデモナイしろものだぜ。

米帝がひそかに実験していた拷問と一緒だよ。他の選択肢を与えないで延々と同じ言葉を聞かせたら人間はいいなりになっちまうってわかっているんだって。認知機能は後退するし、自立した批判的な思考能力がなくなっていくんだよ、テレビ見てると。カルト宗教なんか勧誘する時に折伏ビデオとか見せるっていうじゃん。同じだって。国家というカルト、いや、グローバリストの望むような思考になるように仕組まれているのがテレビ情報なんだから、こんなもん見てるかぎりマトモな思考などできっこない。ずっとパーでいたければテレビ見てればいいけどさ。オレはパー公は真っ平ゴメンなんで見ないのさ。ただうるさいだけの拷問装置だぜ、テレビなんざ。

つうことでウチはテレビが見られないようにアンテナすら立っていないという清々(すがすが)しい屋根なのである。発送電分離が達成されたり、フリーエネルギーが導入されれば、電信柱と電線がなくなるから早くそうなってほしい。景観ぶちこわす電線と電信柱ってほんとウザイのぉ。いやはやなんかぶちかまし気味の記事になってきた。江戸期前の医道史におけるスター医をトピックしようと思っていたんだけど、PCに対座したら出てきたのは上記のような言霊(ことだま)だった。まことにお恥ずかしい(笑)

「医心方」を訳した槇佐知子さんなどは御著書を読むと実に教養が豊かで文体もたいへんに上品なのであり、私などはまったく下品だとつくづく反省するのだが一向に改善は見られない(笑)地が地なんでお許しを。さて「医心方」は全巻33巻を一気に購入しようとすると蔵(くら)をひとつ放出して、軽カーの上等な中古を1台買えるだけの小判をもっていかないと入手できないので、いまどうやって国宝級の医書を手に入れようかと思案している最中でして(笑)、まあいきなり全巻は無理だからちょこっとずつ揃えようかと考えております。

手に入った本からおいおい解読にとりかかる次第なので、これからひとつ大きな滝登りとなりそうです。とても楽しみであります。まあ楽しみってものがなくちゃあ生きてる甲斐がありまへんな。それでいきなり少し「日本医道史スーパースター列伝」の触りをしておくと、江戸期よりも前の室町末期から安土桃山時代にかけて名をとどろかせた医聖に曲直瀬道三(まなせどうざん・1507〜1590)という鍼医がおります。

自分の術を伝授する学校「啓迪院・けいてきいん」を京都に作り、日本全土へと道三流の医学が浸透していくほどの一大潮流を築いた名医です。もとは坊さんなのに晩年はキリスト教の洗礼を受けたとも言われ、また曲直瀬(まなせ)という姓はそれ以前には使われていなくて、実はミャンマーのマナセ族という部族は古代イスラエルから流浪の旅に出た10支族の末裔なのであり、なにか因縁深き名前をお持ちのミステリアスな一面をも併せ持つ大スター級の鍼医ですので、お記憶のほどよろしくお願いします。

道三は「雖知苦斎養生物語・すいちくさいようじょうものがたり」と言う我が国で最古の養生文献を著しており、その中で、「日本人は油ふかき玄米を食べ、大豆を味噌にして食い、フレッシュな海鮮を食べているので、毎日、人参湯(にんじんとう、漢方薬の湯剤・トウザイのひとつ、朝鮮人参が主成分で滋養強壮作用をもつ、放射線障害を予防することが旧ソ連と日本の研究者により実験判明している)を用いているのと同じである。それを中国人や外国人のマネをして、肉類を食べるから、血液が汚れて悪性の病気にかかるのである、わが国の人は肉食をしないほうがいい」と述べており、まことに真っ当な栄養論を展開しております。養生の本質をつかんでいたからこそ万病を癒すことができたのでしょう。患者に栄養指導もしたことでしょう。

和方医学にあっても最上の医療とは未病治です。

「いまだやまいならざるをちす」これ聖なる医道なり。

原発が「再」爆発する前に原発を0にする。これもまた311後の聖人のすすむ道なり。

診療活動の疲れを束の間の休日に弟子たちと美しい琵琶湖のほとりで癒したかもしれない道三。

現代人と500年の時を経て通じ合いました。

2012.11.29 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 鍼灸指圧

医事と時事

江戸時代中期1771年、蘭方医・杉田玄白らは江戸の小塚原で腑分けを見学し、西洋の解剖書が正確で中国医学の解剖図が雑なことに衝撃を受けて、ドイツ人クルムスが著したオランダ語訳「ターヘル・アナトミア」を翌日から一気に3年の歳月をかけて訳したのが「解体新書」なのであるが、ガッコウの歴史教育ではこれをバカのひとつ覚えで「かいたいしんしょ、カイタイシンショ、解体新書」とまるで「自民、民主、第三極」と言い続けている今のメディアの如く連呼させて洗脳するだけで、その前後の医療史には触れはしないのである。

通詞(通訳)の本木良意はそれよりも100年近く前にドイツ人レムリンの解剖書を独力で翻訳しており、たまたま出版の時期が大幅にずれ込んで「解体新書」が一躍脚光を浴びたせい?でその影に隠れて目立たなくなってしまったようだが、図集と説明書の二冊からなる「和蘭全躯内外分合図」という立派な書が明和9年(1772年)に出版されている。「解体新書」の出版が1774年であるからそれよりも2年前に幸運にも本木良意の訳書は出版されているのである。死後75年経って周防の人、鈴木宗云が尽力して本木の訳書は世に出ることになったのだ。

そしてこの「解体新書祭り」の少し前の宝暦4年(1754年)に漢方医であり鍼医である山脇東洋が京都の刑場で罪人の死体を腑分けして、その4年後に日本最初の解剖書「臓志」を著しているのである。

時系列で見ていくと、①通詞・本木良意「和蘭全躯内外分合図」を訳す(推定1670年50歳頃に訳し終えたのか?1772年出版)、②鍼医・山脇東洋が初めて死体を解剖して「臓志」を著す(1759年出版)、③杉田玄白、前野良沢らが「解体新書」を訳す(1774年出版)となるだろうか。

医学者ではない本木の偉業は忘れてはならないし、独学でオランダ語の医学書を翻訳したのだから見事と言わねばならないだろう。ガッコウの歴史教育からこぼれ落ちた偉人である。こういう偉人伝を書いていっても面白いかもね。

というか、明治維新よりも前の医療史はまったくといっていいほど一般化していないし、それがそもそもの東洋医学を蔑視する風潮のベースになっていると推定されるわけで、ひとつ「日本医道史スーパースター列伝」とか「日本医療史はじめて物語」なんてものを書いて今の東洋医学界にはびこる閉塞感を打破し、一般の人々の度肝を抜くくらいのことをしないとあきまへんな(笑)

まあ当然のこと、最初は旬の「医心方」の著者、鍼博士・丹波康頼あたりからスタートすることになりましょうか。これ少し私には荷が重い課題ですが、おいおいそんな調子で明治以前のスター級の医家たちをトッピングしてネタにしていこうかとたった今思いついた次第であります(笑)思いつきと成り行きですすむブログですのでご了承のほどを。ちなみに思いつきと成り行きで頓挫するシリーズもあります(笑)では、今回はこんなとこで。

追伸、選挙ががぜん面白くなってきましたが米帝が選挙を攪乱する目的で次に何を仕掛けるかわかりゃあしませんのでくれぐれも安心せずに執拗に注意して参りましょう(笑)

2012.11.28 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 鍼灸指圧

和の国の医

平安時代に編纂された2つの至宝の医典についてここのところ触れてきたのであるが、要旨は少しは伝わったであろうか。すでに1300年以上前の日本には膨大な医療情報が存在したのであり、その膨大な厚みある医療の蓄積にさらに時間と情報の厚みが加わって江戸期の和方医学が形成され、曲直瀬道三、永田徳本、名古屋玄医、後藤艮山、山脇東洋、香月牛山、太田晋斎、吉益東洞、杉山和一、石坂宗哲、華岡青州、貝原益軒、葦原検校、などなど書ききれない程のスターたちが生み出される江戸期を迎えるのである。和方医、漢方医、蘭方医、本草家、養生家、博物学者などが入り交じったこの豊かな江戸期の豊穣なる医療も、もとをたどれば連綿とつむがれた日本における紀元前からの医療の歴史のうえに成り立っているのである。和方医学、日本の医療のベースとなるものこそが「医心方」「大同類聚方」であったのだ。

こういう江戸期以前の医療の歴史をいっさい教えないで、いきなり文明開化、近代化と教えるのが日本の歴史教育なのだ。鍼医である山脇東洋が京都の刑場で罪人の死体を腑分け(解剖)したのが日本の解剖史の始まりであるという「医療史はじめて物語」も多分、ほとんどの国民は知らないはずだ。ガッコウでは教えないからね。つまり日本の本当の医療の歴史などなんにも知らないで大人になるわけだ。まるでそれでは無知蒙昧な人間を量産しているようじゃないかね。実際にそうであろう。何も知らないから平気で自国の医療を蔑(さげす)むような性根(しょうね)が育ってしまうのだ。自分たちの国の医療の歴史だぜ。日の丸掲げてバカやってる政党が今や出現しているわけだけど、ありゃあインチキ愛国者だから、相手しないに限る。本当の愛国とはこの国の歴史をつぶさに鑑みて、そのありがたさを味わい、この国の現状を憂うものである。医療費36兆円などと丹波康頼が聞けばどう思うだろうか?

養生(ようじょう)という思想すらすでに枯れかけているのが今の日本である。だからあえてこのブログは「養生法の探求」などと大げさに言ってみているのであるが(笑)、医療の発展などというインチキ言葉はグローバリスト御用達の洗脳用語だろうからバカらしくて使う気なんておこらないよ。ようは医療が発展すれば病人は減るのだし、病院はつぶれちまうのだし、製薬メジャーも消えていくのだから、そうなっていないし、むしろ、そういう連中が儲かっているのだから、医療は衰退し後退し崩壊しているに決まっているのだよ。医療の発展などいうインチキ用語に騙されてはいけないのである。医療など発展しなくていいのだ。しかし養生法は発展すべきである。自分のイノチを自分の力で維持し守る叡智は身につけなければならない。イノチの運用法こそが養生法である。これは万人が身につける必須課目である。

「医心方」「大同類聚方」の中には養生に関する情報も多数収められている。例えば、ゴマやブドウの効用を推奨している。私はこの二品には311後から着目しており研究実践を重ねてきたわけであるが、平安期においてすらすでにこの二品はイノチを養う第一級の薬でありました。昨今の日本の空気には平安期の清澄な空気とは違い、いかがわしくも恐ろしい放射性核種なる物質が混入している危険性が常にあるのです。先輩の医人たちが我が国の民の身心を守ってきたにも関わらず、今のこの国の支配層にはまったく国民を守ろうとする気など無く、むしろ率先して全国民を被曝させる暴挙にでているのです。

人参を含む薬方が放射能障害を防ぐことがすでに分かっているのに、放射能には手も足も出ないなどとうそぶく現代の医家たちを「万病一毒説」を唱えた名医・吉益東洞(よしますとうどう)は何と見るだろうか。貝原益軒の弟子である本草家(ほんぞうか)の香月牛山(かづきぎゅうざん)は母乳の与え方や離乳の時期まで細かく指示した医学者であるが、多くの児童をも被曝させる無慈悲な今の政府に草場の蔭で怒り心頭であろう。日本の医療史で名を馳せた医家たちは今のこの国の現状をあの世にて憤怒の形相で見つめていることだろう。

医療に携わるものは謹んで彼らの声に耳を澄ませなければならない。手元にある道具で人を「迎え、救い、送り」してきた日本の医療家たち。ドデカイ建物のドデカイ機械に頼る医療ではなく、草庵で気持ちいい風が通り抜ける中で人を癒やし、また癒されていた日本の医療家たち。医療とは手を当てて人と通じ合うことなのです。

掌(たなごころ)。

この手の中に「医心方」は生きています。

2012.11.27 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 鍼灸指圧

カエルのしょんべん

今回の選挙はかなりヤバイ。しかし、これって何のための選挙なのだろうか。この国のシステムにおいて民意が法律に反映されることは100%無いことはすでに歴史が証明するところである。官僚が実質的にすべての法案を作成し議会はただ承認追認するだけの儀礼的なインチキ民主主義でいままでやってきた。その法案はグローバリストへと利潤を落とし込むための法案なのであり、時代がくだるにつれこの国は没落の度合いを早め、今や311原発事故を契機に一気にグローバリストたちがショックドクトリンを仕掛けている最中である。だからこの選挙はショックドクトリン選挙と言えそうである。

誰を選んでもどの道、グローバリストの望む政策が強要されて貧民はさらに貧しく、金持ちはさらにブクブクと肥えるという図式がこの国の未来には待っているようでならない。中国や韓国との摩擦を煽り、本当の敵を攪乱する術は見上げたもんだが、ようは米帝の中枢部とどうやったら縁が切れるかを真剣に考えるのが本筋である。そのへんが見えている政治家に一票を託したいし、そのへんが見えている政党に投票するのが本道であろう。0原発、反TPP、ノー増税、の3点セットは必須アイテムである。これを政策にかかげるのなら私は喜んでそこへと票を入れるだろう。そんな政治家、政党があるのか?ないわけでもないようだ。

メディアは今回もグローバリズムの広報官として立派にお役をこなしている真っ最中である。「自民と民主と第三極」という文句をバカのひとつ覚えで延々と連呼している。これって選挙違反じゃないのかね。他にもまともな政党はあるのにそこには絶対にタッチしない。まあそう命令されているのだろう。国民はまたも小泉郵政民営化選挙の時と同じく徹底的に騙されるのだろうか。少なくともネット民の良識はすでに既存のメディアの洗脳を凌駕するだけのセンスを身につけつつあるように見えるのだが、おもてのメディアを主要な情報媒体とする層は正常な判断ができるのか極めて不安である。

ヘビににらまれたカエル、だったのが今や、ヘビに丸のみされたカエル、のような気がしてならない。どんなにあがいてみてもすでにそこはヘビの消化器の中なのである。託した一票は何の効果も発揮せずにヘビの胃液に溶かされてしまう。もうどうにもならないのだろうか。そんな一抹の不安は常に心中にある。ヘビには人の心などないのだから、欲しいと思ったらためらわずに奪いに来る。革命、改革、外圧、維新、開化、民主化、規制緩和、すべてヘビが貪欲に利を追及するためのツールに過ぎない。経済発展など決してないのである。地域の発展など絶対にないのである。あるのは世界の少数の支配者のための利益誘導だけなのだ。そのための仕掛けだけがカラカラと回り続ける世界がわたしたちが住む世界なのである。

からくりをあばいてみてもさてどうやってその仕掛けを止めたらいいのだろうか。止める方法がわからないのだ。もちろん一票に託すことはするのだが、その先に何が待ち受けているのかが恐ろしくてならないのである。戦争?経済破綻?大規模な流感パンデミック?そのすべてか?いやそんな大げさなことは何も起こらずに意外にも民の判断は正常であった?未来とはかくも判然としないのである。願わくばせめて少なくともグローバリストの目論見を打ち砕く結果がいくばくか現れることを期待しよう。悲観していてもしょうがない。悪魔よりも神のほうが力が勝ると信じようか。

この国の医療は完膚無きまでにグローバリストにしてやられてきた。明治維新からこっち東洋医学界にいいことなどひとつもなかった。いつもいつも蔑(さげす)まれ差別(さべつ)され惨(みじ)めな思いをしてきた。全部が全部、メディアや教育が垂れ流したマインドコントロールのせいである。情報を与えないのだから正常な判断などできるわけがないのだ。まして間違った情報をサブリミナル(潜在意識)へと送りこむのだから、「胡散臭い」という言葉を平気で口にするまでに民衆のメンタリティー(心象風景)から東洋医学は遊離してしまっていた。

いいかげんに本来の地位を奪還すべき時期が到来しているのだ。「大同類聚方」「医心方」がいち女性の努力で不死鳥の如くに蘇ったのは理由があるのだろう。縄文以来の膨大な厚みを持った医療であるローカルで伝統的な土着の医療、和方医学が息を吹き返す時が来たのである。アンチグローバリズムの「のろし」をあげるのだ。そこから新たな東洋医学の未来が切り開かれるのだ。

カエルがヘビをにらんでも文句はあるまい!

2012.11.26 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 鍼灸指圧

のろし

明治期に偽書の汚名を着せられてこの世からいっとき姿を消していた平安時代808年(大同3年)に編纂された和方医学の至宝の書「大同類聚方」という書物も実は「医心方(972年編)」を完訳した槇佐知子さんが全巻100巻をすでに完訳しているのである。時の平城天皇が中国医学の席巻に和方医学が没落してしまう危険を察知し、全国の国司や神官、民間の豪族、旧家に命令して伝来の薬方、治病法を提出させて、出雲広貞らに命じて編集させたのが「大同類聚方」である。その中にはすでにアジア大陸から伝わった医療が多く垣間見えもするのであるが、日本という国の紀元前からの医学の集大成という意味でもまことに貴重な資料であるのが「DAIDOURUIJYUHOUコンテンツ」なのである。

もちろんこの書とて素人は決して簡単に読むことはできはしない。難解さはハンパなく、薬方を秘匿する目的で暗号のように漢字を変えてあったりするから、それを持てる教養で読み解くだけの素養が絶対に不可欠なのだ。そのような教養と飽くなき追及心と好きであるという愛する気持ちがあったからこそ解読が達成されたのである。槇さんはよく「時空を越える旅に心がときめきドキドキした」と表現するのだが、ご本人にしか味わえない恍惚感に何度も浸ったことであろう。ひとつの脱字にどの漢字をあてはめるのか、偏がおかしい漢字が実はどの漢字なのか、それだけを考えるのに徹夜したことが何度もあったという。日本最古の宝の医典2籍が今、われわれの眼前に姿を現しているのである。

「大同類聚方」「医心方」、どちらもここ1300年ちかく誰も読むことができなかった医書である。それがたったひとりの麗しい女性のなみなみならぬ努力によって現代人の読めるかたちとなって蘇生させられたのである。「馬王堆古導引図」の発見、アイスマンの入れ墨、に次ぐ今世紀最大の東洋医学界におけるエポックであることは間違いないのであるが、意外にも業界やメディアが静かな気がするのは気のせいだろうか。

いや気のせいではありません。このような素晴らしい医書の出現を無視したい連中がこの世には存在するのです。世界製薬メジャーにとっては伝来のローカルな医療など邪魔な存在でしかないのです。だからマスメディアはたいして反応しないのです。マスメディアはグローバリズムの申し子です。彼らの傘下なのですから、当然、彼らの不利益になる情報は黙殺します。東洋医学に関わる事象はすべて無視すると言っても過言ではありません。

そんな日本医学界、日本メディアの間隙をぬってすでにイギリス方面が「医心方」を主にしたプロジェクトを立ち上げているという。こういう素早い世界の動きに鈍感であるのなら、またぞろ日本漢方が明治維新において壊滅させられた如くに、日本の貴重な文化遺産であり、ひとりの女性の貴い仕事によって解読された「医心方コンテンツ」が解体され切り売りされてしまう危険性が大いにあるのである。

世界中に艦隊を派遣し、そこいら中を植民地にして現地人を奴隷の如く扱い、金銀財宝を奪い、必要な食用資源を栽培させ、すべてを略奪していった大英帝国ならぬ大ドロボー帝国がすでに舌なめずりしているのだよ。オレは腹ん中がザワザワしてしょうがないぜ。世界の医薬産業がこの類奇なる医療資産を狙い始めているのである。

「医心方」には今や中国が散逸させてしまった「諸病源侯論」の原本すらが残されているというたいへんに貴重な書である。病気の治し方、古代のアンチエイジングの秘策、王族や皇帝クラスの美容法、薬物に関する圧倒的なデータ、ニキビの治し方、死んだ者を蘇生させる法、シミやシワを取り美白にする方法、鍼灸按摩の術、導引や太極拳、ヨガなどのエクササイズ、医師たる者の心得など、実に多岐に渡る一大セレクションである。

しかしもっとも重要なことは「医心方」のタイトルのとおり、医師たるものの心得を説いたくだりであろう。「貴賎にかかわらず、何をおいても医師たる者は病者の救済におもむき、家族のように慈愛のこころをもって医療にあたりなさい」と諭しているのである。たとえ身分が高かろうと、低かろうと、カネが有り余るほどあろうと、その日を喰いつなぐのに精一杯であろうと、病(やまい)に打ち倒れることの悲哀は変わらないという視点が鍼医・丹波康頼にはあったのである。

「医は仁術なり、仁愛の心をもととし人を救うをもって志とすべし」と貝原益軒が「養生訓」で宣言するよりもおよそ1000年前にすでに鍼博士・丹波康頼の心中ではそんなことは常識であったのだ。この国の医に臨むセンスの高貴な原点こそが「医心方」の中に存在するのである。

願わくば丹波康頼のその心そのものを読み取ることをオックスフォード大学の名誉教授にはお願いしたい。間違っても西欧世界がまだ知らなかった薬物の調合法を横取りして特許を取るなどという品のない行為だけは品のある医療の原点である「医心方」からはしてほしくありません。いち女性のコツコツと地道で貴い仕事の結果だけをかすめ取ることがないように。世界遺産ではあるが我が国の宝なのですから。そして我が国の鍼灸医学の至宝でもあるのですから。

グローバリズム、新自由主義、ショックドクトリン、新たなグローバリズムインチキ選挙、のただ中にあって静かに医療の世界では暗闘があり、アンチグローバリズムの炎が燃え上がりつつあります。少し私も熱くなってきました。

2012.11.26 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 鍼灸指圧

解読三昧

江戸後期、今をさかのぼること181年前の天保2年(1831)に著されたスゴ腕の鍼医、芦原検校による「鍼道発秘」という書の序文には、「医に十三科あり」との記述がある。その医学の13科目とは、「内科、外科、婦人科、眼科、小児科、口中科、耳鼻科、口歯科、老人科、養生科、按摩科、薬物科、鍼灸科」である。産婦人科で有名なのは半井家(なからいけ)であるが、この半井家所蔵の秘本とされた鍼医の丹波康頼(たんばのやすより)が982年に上梓し朝廷に献上した「医心方・いしんぽう」という書物がある。

ここ牧之原市出身の古典医学研究家の槇佐知子さんによって1000年間以上のあいだ、わざと誤字脱字まで組み込んであり漢字だらけで難解で誰も読めなかった「医心方」全30巻の完訳という偉業が今年40年もの長い歳月をかけてようやく達成された。漢字の部首やつくりでカテゴリー分けした捏造漢字を解読できる独自の辞書まで作成して臨んだ地道な非常に貴い仕事を槇さんが成されたお陰で今後、この類奇なる貴重な医療史の世界遺産となる「医心方」のコンテンツ(情報群)が世界に注目されていくであろう。漢字まで捏造した由縁は薬の濫用や誤用を避ける意図があったからと言われている。それゆえに余計に解読がたいへんであったのだ。

世界的にはいち早くイギリスがすでに「医心方」解読プロジェクトに動き出している。この地球世界にはとんでもない強欲な連中がいますから、ウッカリするとコンテンツをそっくり盗んで製薬の特許を取っちまうなんてヤカラが出現しかねないのが製薬ビジネスや医療産業の分野。私なんかイギリスと聞いただけで身震いしてしまいます。世界遺産である「医心方」の知財としての権利確保に万全を期し、我が国の総力を挙げて「ISINPOUコンテンツ」の剽窃を予防する対策を講じなければなりません。

アラブ医学、インド医学、中国医学、和方医学から鍼博士・丹波康頼がセレクトしたオリエント医学の集大成である貴重なデータが麗しい女傑によってすでに解読されているのである。われわれ市井の鍼灸師もおちおちしてはいられないのである。

先の「鍼道発秘」の中にも気絶者を蘇生する術が明記されており、「活の鍼」という一章が設けられて鍼灸術による蘇生法が解説されている。武術における「活法」は呼吸筋の攣縮(れんしゅく)を解除し、心肺の支配神経に強刺激を与える目的で胸椎付近に背後からヒザを当てて胸郭を広げながら「カーツッ」なんてやるのが普通なのだろうと想像するのだが、鍼を使った蘇生法はそんな「カーツッ」なんて感じではないね。もっと静かにかつ凄味をもって鍼術をなすのが鍼による「活」である。

大工の棟梁のまさごろうが、うっかり足を踏み外して高い場所から落っこちた。当てどころが悪くて意識を失ってしまった。さてどうすんべ?と仲間が思案していると誰かが「おい、鍼医のこうはく先生ならなんとかしてくれるかもしれねぇぞ」と声をあげた。それじゃあってんで、戸板を外して棟梁をのっけて一目散に鍼医のこうはく先生のもとへと連れてった。ガラガラッと大げさに玄関の引き戸を開けて「せんせいっ、棟梁が死んじまったい、なんとかしてくれ〜」と弟子の大工が泣き出したが、こうはく先生は落ち着きはらったもの。

悠然とまさごろうの相貌と身体の雰囲気を望診(ぼうしん)しつつ、事故当時の状況を聞き、すでに打つべきツボの選定に入っている。まずは足の陽陵泉(ようりょうせん)に強めの鍼を打つ。すると棟梁が少し「う〜ん」と言い出した。さらに腰の「痞根・ひこん」というツボに間髪入れずに鍼を打ち込んだ。すると「うっ」という吐息とともに棟梁は息を吹き返したのです。一部始終を見ていたオーディエンス(聴衆)からは、ヤンヤヤンヤの大喝采!しかし、こうはく先生は少し照れたそぶりを見せて、まさごろうの肩をポンポンと叩いたくらいで何もなかったかのように静かにもとの診察へと向かったのです。

こんな落語みたいな一幕が江戸期の鍼医の診察室では見られたのではないかと想像します。気絶者を蘇生させることをいとも簡単におこなっていたであろう江戸期の鍼灸師たちは今のわれわれよりも遙かにきわどい死生一如の境界に身を置きそのワザを磨いていたのでしょう。葦原検校は盲人でしたが日に100人はくだらない患者が押しかける行列のできる鍼医でした。それだけに初期の頃には随分と冷や汗を流すようなきわどい治療も行ったことでしょう。失敗があってはじめてスゴ腕の術者になるのです。最初っから名人などいないのです。患者のひとりふたり、いやもっと殺したからこそ死生一如の境涯が見えてくるのです。だからって名人になるために患者さんを殺してはいけません。あたりめぇです(笑)

江戸期以前の中世の鍼術にも驚くべき目をみはる資料があります。豊臣秀吉の侍医をしていた鍼医の一派が著した鍼術指南書をいま読み始めています。これがまた貴重ですこぶる興味深いのです。中国医学の正統とは違う日本流の鍼なのです。これぞ和方鍼灸(わほうしんきゅう)です。鍼を打ちながらの術者と患者の気のやりとりを「魚勢」などと表現するのです。これ「魚が水に遊ぶがごとく」なんて解読するのです。「なめらかな気持ちで指に意念を向け鍼に落とし込み、両者の気を同調させよ」というアドバイスを漢字二字で「魚勢」と顕すなんて実にニクイじゃないですか(笑)

解読しなければならない事が多すぎます。いやぁ、楽しいなぁ(笑)

2012.11.24 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 鍼灸指圧

一家に一箱

ちいっと考えればわかるように「脳死=人の死」なんてのは捏造でありでっちあげでありマッチポンプな単なる概念であり妄想でありフィクションであり作り話であるのは火を見るよりも明らかなのである。臓器移植を正当化し、臓器ドロボーを推進するために作られた概念に過ぎない。移植医療をしたくてしょうがない勢力が現代医学界には存在するのだ。移植ビジネスには億単位のカネが動く。病院経営にとっては打ち出の小槌なのだ。だからくだらない「なんでも脳科学一大キャンペーン」が長い間おこなわれ、脳中心主義を植え付けてきた。

脳なんて情報を受ける端末に過ぎない。自分で情報を取ることすらできない一番のケツに位置する器官。皮膚が最前衛で、腸管上皮も最前衛。この二膜がもっとも優秀な情報デバイス(装置)。ここが外界からの情報を受容して判断して情報処理をする前線。ここで一時処理された情報をホルモンや神経伝達物質や電気信号に変換したのちに脳へと送信されて脳内にデータが集積される。脳は基本的にライブラリー(図書館)みたいな役目でありデータバンク(情報倉庫)としての役目が主なのだ。細胞膜と細胞核DNAの関係とフラクタル(相似形)になっている。

今の医学界のトレンドは脳やDNAにばかり目がいくように誘導している。これにより生命にとってもっとも大事なものを見落としている。大事なものは奥に仕舞ってあるものだけじゃない。目前に見えているものこそが実はもっとも大事なものなのだ。それに気づかないふりをして延々と意味不明な脳科学原理主義、DNA至上主義が焼き直しされ続けている。つ〜まんねっ!

東洋医学は実に賢いのだ。1100年頃の中国、北宋時代には罪人の一族を使い731部隊も顔負けの生体解剖を行っている。これによって解剖学の正確な知識が入手でき、それをもとにした正確な解剖テキストができたのだが、なぜかこの正確な方の解剖書はたいして役に立たずに、より荒いテキトーな解剖図がそののちに復活し、そっちのほうがよく使われるようになってしまう。皮膚と腸管上皮という2つの膜を使う医療にとっては機能としての臓腑観(ぞうふかん)があれば通用したので解剖図には正確さはそれほど必要とされなかったのだ。

日本で江戸期になって罪人の腑分け(解剖)を行ったのは蘭方医ではなく山脇東洋という鍼医であるが、彼はテキトーな解剖図と現実のナマの解剖所見との違いに驚愕してしまい、西洋の解剖書の優秀さにカブトを脱いでしまう。そしてその後は人体のより正確な生理解剖を把握しようという実践主義が芽生えていくのだが、その傾向にノンと申す漢方医もまたいたのである。機能としての生きた人体を扱う医療者にとって必要なのは生きた身体であるのだから、死んだ肉体をいくらいじってみても生命などわかるものではないという主張であった。これも至極もっともなご意見と私は共感する。北宋時代の解剖図を破棄したのにはそんな理由があったのだろう。

生きた肉体はそう簡単には死なないのだ。臓器が生きているのなら人の死であるわけがなかろう。何をもって脳死=人の死などというタワケた妄想を流布するのだ。すべての細胞が死んだ時が人の死なのだ。そして意識が途絶え、血流がストップしても細胞はすぐには死なないのだ。無酸素と低温で活動できる細胞質の解糖系は死後も少しの間は活動し続ける。解糖系の産生物である乳酸が蓄積していくことで細胞が固まっていく。これが死後硬直なのである。この死後硬直が生きている肉体、細胞で発生しているのが凝りである。だから凝りなんてたいしたもんじゃないなんて思わないほうがいい。部分的に死んでいるようなものだからね。

今から294年前の享保3年に書かれた本郷正豊「鍼灸重宝記」には気絶した者を復活させる術として「①損傷(そこないやぶる)、②中毒(どくにあたる)、③頓死(にわかにしする)、④諸の気付、⑤溺死(みずにおぼれてしぬる)、⑥脈絶(みゃくたゆる)」などの章が挙げられて細かく蘇生術が解説されている。鍼灸による救命救急など今の医学界はてんで興味がないようだが、鍼灸などしかなかった時代にはもちろん鍼灸を使って救命救急がなされていたのである。脳死は人の死などと悠長なことを言ってはいられなかったのだ。なんとかして手持ちの道具で、術で人を救ってきたのが日本の鍼灸史であり医道史であったのだ。

我が国の民の救急箱こそが鍼灸按摩術でありました。

2012.11.22 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 鍼灸指圧

愛の按摩術

1988年11月18日の夕方、当時15歳だったA君は下校時の自動車事故で重傷を負い、右頭蓋骨が陥没し、右大脳半球の広範囲(前部、側頭部、頭頂部)に損傷を受けて意識不明となった。病院で右脳の広範囲に減圧を目的にした手術が成されたが、執刀医は植物人間になる可能性が非常に高いと予後を宣告した。しかしA君のご家族はその後、ベットサイドで毎日の大半をともに過ごし、A君を励ます言葉をかけながら左半身の愛撫を続けた。左半身をマッサージしたのはたとえ意識が戻っても右脳の損傷により左半身に麻痺が出る可能性を医師から指摘されたからである。A君は1カ月半後に意識を回復する。左半身の麻痺も見られずにその後も順調に回復し、大学に進学し普通の社会生活を送るに至る。

この奇跡的な回復の鍵を握るのも皮膚という情報デバイスの潜在的な治癒力である。昨今は「脳科学一大キャンペーン」のかいあって「脳死=人の死」という概念が人々の意識にすり込まれてしまっているが、これも私に言わせれば笑止千万なトレンドである。A君の回復過程を見ればわかるとおり、皮膚という情報デバイスが機能している限りは、脳を回復させることは可能なのだ。脳の起源とは皮膚なのである。ヒドラの口と肛門部であるラッパ管の上部開口部にはアミノ酸を感知する細胞がある。これが脳の原器である。ヒトの受精卵も皮膚である外胚葉が内部へと陥入していき、その内部へと陥入した皮膚がやがて脳に発達するのである。「脳は皮膚の端末」なのである。

だから皮膚=脳なのである。「皮膚は0番の脳」と皮膚科学者である傳田光洋博士が仰る通りである。

「情報デバイスとしての機能を失った皮膚=人の死」が真実である。もしも現代医学が皮膚のもつ潜在的な治癒機能や情報デバイスとしての働きに着目したならばとてもじゃあないが脳死移植、臓器移植などできはなしないのだ。東洋医学を無視し続けるのには理由があるのだろうし、皮膚科学にまったく注目しないのにもそれなりの理由があるのだろう。利潤の追求により医学の、生命の真実が歪曲され続けている。

私の実母が交通事故にあった時に私は救急車で搬送されてまだ頭から血が流れ出ている最中に「気付けの鍼」を施した。これは意識を回復し正常化するためのツボ治療である。古来よりヒトは不測の事態に遭遇し気絶することはままあったのだから、そこを脱して身体を正常化する方策は常に探られて実践されてきたのである。「気付けの鍼」など知らずとも、A君のご家族はその愛の按摩術によってA君の気(意識)を回復し正常化したのである。

ツボ合谷にも勿論、意識覚醒の働きがある。脳へと還流する電磁気のルートにあるツボはどれも脳を養うのである。脳死状態を脱する術など鍼灸医学では常識である。古典医書には随所にこのような緊急時に対応する術が明記されている。東洋医学が胡散臭いだって?脳死を人の死と決めつけてガンガン臓器移植を推進する現代医学のほうがよほど胡散臭いってぇの。

ヒトの外殻は脳である。ヒトの外膜は心である。ヒトの皮膚は情報デバイスである。ヒトの皮膚経絡は治癒ルートである。人の皮膚には愛がこもっている。人の皮膚には先人が遺した暗号が刻まれている。暗号解読の天才を希求した故・間中博士の弟子たらんとするのなら、いざ解読に勤しまん!

2012.11.18 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 鍼灸指圧

オレ流鍼灸学(タイガーズミラクル)

人間の皮膚は電磁気を受け止める情報デバイス(装置)であり、生命誕生以来の40億年間の膨大な情報を受け止め発信してきた。畳1畳余、重さ3キログラム、細胞数3兆個の人体最大の臓器が皮膚である。経絡という電磁気の流れるルートを「仮に」設定した中国医学はここ2000年来の間、その経絡や気という概念を使い人体の恒常性を調整できることを立証してきた。昨今になり盛んにエビデンスなどいう言葉を使い、東洋医学を科学化する、または西洋医学と同じ土俵で評価できるようにする、などともっともらしい言説を振りかざす風潮が見られるが実に浅薄で笑止なトレンドである。

昭和初期に活躍した鍼灸家や東洋医学を愛した西洋医たちは当時の持てるデータですでに実に有益なエビデンスを確立していると私は推測している。故・原志免太郎博士の「灸治療における蛋白体療法説」、石川太刀雄博士の「皮電点の発見」、間中善雄博士の「内蔵皮膚反射、皮膚内臓反射に関する臨床的研究」などこれらはほんの一部であるが真摯な研究実験により鍼灸医学のエビデンスは蓄積されてきた。

それをなにも省みずにただエビデンスという言葉が一人歩きし、まるで威張りくさって医学界を徘徊し始めている。私はあえて言いたい。アイスマン以前からの膨大な人体実験により立証されている東洋医学の有効性を疑うことなど実に馬鹿げたことであり、みずからの皮膚のもつ潜在的な治癒力をいまだに一顧だにしない現代医学界こそが無知蒙昧のたぐいであると。

鍼灸按摩術とは断じてエビデンスなどという軽い言葉にかき回されるようなチンケな医療ではないのである。科学的なデータがさらに蓄積されていくことには大いに賛成である。対照群と非対照群の明確な違いによって鍼灸医学の真価がより正統に評価されるならそれは有り難いことではある。しかし、このエビデンスというヤカラの出現は、またぞろ、東洋医学はまだエビデンスが確立されていない、というマインドコントロールに使われていることは私がみるところ間違いない。

新聞のあるコラムで現代医学の臨床医がこんな書き方をしていた。「鍼を打ったら不妊症が改善されて子供を授かった人がいる、でもこれはうわさ話のようなものでエビデンスが確立された話しではない」こういう傲慢な言説によって鍼灸医学をアッサリと否定するマインドコントロールを新聞という大勢の目に触れる媒体に提供する不埒なヤカラがいまだ後を絶たないのが現代医学の大多数の医療者なのである。

何も知らないのになぜそのような発言をするのかね?いいかい、その発言によってどれだけの損失があるのかわかっているのかね?新聞読者はそのたった一言で「あ〜、やっぱり東洋医学はまだ信憑性が確立されていない、エビデンスのないシロモノなのか」と思ってしまうだろうに。穿(うが)ち過ぎだって?冗談じゃない。ここ130年間の我が国の東洋医学界に在籍した医療者がどれだけ差別され侮蔑され名誉を傷つけられてきたのかわかっているのかね。

すでに普通の市民レベルでそのへんの近所のパパ仲間が何気なく「鍼灸ってなんか胡散臭いもんね」とうっかり口を滑らせるまで鍼灸按摩術はホコリまみれになっているのだよ。なぜ我が国の先人たちの貴い医道史を微塵も知らないのにウサンクサイなどと抜かすのだ!欽明天皇の頃より洗練され錬磨した我が国の東洋医学は間違っても胡散臭いシロモノなどではない!断じてない!

実例①40の坂を二つほど過ぎた二人目不妊に悩む患者さんが数回の温灸治療の後に来院しなくなった。5カ月ほど経過して電話があり「お陰様で子宮内膜が厚みを増して子供を身ごもりました」と嬉しい言葉が聞けた。私はたった6回ほど治療しただけである。実に衝撃的であった。実例②市販の排卵検査薬で検査したら無排卵が発覚して失望していた奥さんが意を決して温灸治療を開始した。わずか2ヶ月間、10回の温灸治療が実り子供を授かることができた。二人目の子供の時には陣痛促進のため足のツボ三陰交(さんいんこう)への直接灸も奏功し陣痛促進剤を使うことを免(まぬが)れて自力出産で無事安産であった。私の妻である。

鍼灸按摩術はエビデンスなどという言葉に関係なく臨床においてはアッサリと奇跡を起こすこともある。いや奇跡ではない。これこそが皮膚という情報デバイスの潜在力なのだ。その無限の治癒力の引き出しを開け続けたからこそ東洋医学は2000年の風評被害に打ち勝ってきたのだ。現代医学にバトンタッチされたのはここ100年余の珍事に過ぎない。中国における種痘の摂取はジェンナーに先駆けること200年前、我が国で全身麻酔による乳がんの外科手術に華岡青州が成功したのは西欧よりも90年も早いのである。別に西洋医学が進んでいるわけではない。ただそう思わされているだけなのだ。

内なる治癒の引き出しの取っ手は虎をかたどった凝った紋章が刻まれている。その取っ手のトラの口の部分に鍼を、灸を、按摩を施した時に引き出しは音もなくスーッと開くのだ。今日はどんな奇跡が起こるのだろうか。鍼灸医の日々はミラクルである。

2012.11.17 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 鍼灸指圧

オレ流鍼灸学(タイガーズゲート)

サカナの胸ビレはエラと口と連動して動く呼吸器と摂食の補助器官であり、サカナの腹ビレは肛門と交接器における排泄と生殖の補助器官である。今から3億5900万年前デボン紀後期に出現する肉鰭類(にくきるい)というヒレの根元に肉のあるジョイントが付いたユーステノプテロン、現在もインド沖の深海からどうかすると捕まる生きている化石シーラカンスにはすでに手足の萌芽である肉鰭が垣間見える。このヒレの根元にちゃんとした肉の棒が付いたタイプがやがて汽水域に取り残されて生物進化の革命的プロセスである水中生物から陸上生物への一大変革が開始されたのだろうか。

ヒレの水かきはやがて膜が消失し指となっていったのだろうか。人間も胎生期にはこの過程を反復する。「個体発生は系統発生を繰り返す」のヘッケルの言葉通りである。お腹の中の赤ん坊の手には最初は「水かき」がある。やがてこの水かきが消失し指ができてくる。それこそが魚類が上陸し両生類に進化するプロセスの再現であろう。水中では水をかく役目を果たしたそれも陸上の空気中ではあまり役には立ちそうもない。指の間の膜が無くなり骨を可動するために筋肉がのり指が形成されていったのだろう。最初の四足歩行生物である両生類のプロトタイプはデボン紀後期に出現したイクチオステガである。

全長約1メートルの太った巨大なイグアナのようなこの両生類の親分の手足にはすでにちゃんとした指らしい指がついている。ヒレの面影はすでになく立派な指ができているのだ。今手元にある図鑑を良く見ると指の数は前足にも後足にもちゃんと5本見える。図録の下に掲載されているもう少し進化した生物である哺乳類の祖先である現在は絶滅してしまった「哺乳類型爬虫類」の獣弓類(じゅうきゅうるい)リストロサウルスの指の数も5本である。さらに進化して哺乳類の元祖である全長10センチのネズミの頭をネコの身体にくっつけたようなアベコベなトムとジェリーな生き物モルガヌコドンの指の本数も5本のようである。

とすると親指や人差し指はもともと親指と人差し指なのであり、そのもっとも最初の始まりはイクチオステガということになる?いや正確にはその前段階の魚類のヒレこそが指の起源ということになるだろう。しかし指らしい指の出現という意味においてはやはりイクチオステガということにしておこうか。

生物が水中から陸上へと進出して食と性を求めて活動を開始する第一歩を踏み出す力が前足にかかり、その指に等しく重力が分布し、またはある時はバランスをとるために重心を中心にもっていくので親指や人差し指に特に重力が加算された。上陸劇という生物進化の一大変化の始まりの一歩が親指と人差し指の又(また)には刻まれているのだ。二本の指で進化の足跡?を刻んだのだ。

「トラの口と命名されたツボ・合谷の起源は実は両生類の祖先、陸上生物のオリジン(起源)であるイクチオステガの前足の二本の指のあいだにある」、と仮説が成り立つのです。

人体とは様々なパーツが複雑精妙に組み合わされて成り立つ構造体である。そしてそれぞれの器官や臓器には歴史があり、器官の歴史が浅いものから古いものまで様々である。一番古い器官は腸と言われており、その起源は脊椎動物以前の5億年前とされる。腸の構造のもとはヒドラという生物とは故・藤田恒夫博士の解明によると思われるが、このヒドラの口と肛門を兼ねた開口部付近にはアミノ酸を感知する細胞が発達している。これが感覚器の原器であり脳の起源である。このラッパ状に上にしか開口部がない生物から人間も進化していくのだ。ラッパにいっぱいいろんなものをくっつけると人間の構造体になるわけで、その余分な付着した構造物をキレイさっぱり取り払うと本来のシンプルな生命体が出現するのである。つまり畢竟、人間もヒドラと同様な腸管生命体なのである。腸管の欲求にしたがって生きているのが人間である。だから腸管の健康こそが健康のアカシである。

サカナの前ビレも後ろビレも腸管の欲求を満たすための補助器官であった。イクチオステガの足は腸管の欲求を満たすために発達した。やがて猿に進化すると人の祖先にしかできない高度なワザを身につけていく。手の親指が他の指と向き合う「母指対向性」である。グーしたり、オッケーマークを作ったり、キツネの影絵を見せることができるのはこの「母指対向性」のなせるワザなのです。この親指と他の四指とが向かい合うことができる手を獲得したことで道具を使いこなす能力が飛躍的に向上し人類はやがて文化を生みだしたのです。映画「2001年 宇宙の旅」の冒頭シーン、「人類の夜明け」における象徴的なシーンである道具を手にしたあの瞬間とは、その手の指に「母指対向性」があったればこそだったのです。

モノをつかめることが文化を生みだしたのです。ツボ合谷にはサカナから人類までの進化と文化が凝縮しています。経絡学においては親指と人差し指は大腸と肺につながる電磁気ルートとされています。この二本の指で腸管臓器の上と下を制御していると古代人は捉えたのです。まんざら外れてもいないでしょう。摂食と呼吸の補助であったのが胸ビレであり胸ビレが進化して手になったのですから。摂食=大腸、呼吸=肺ですもん。どんぴしゃビンゴでしょ!手の指でグーを作ると文字通り母指と他の四指が合い向かいあいます。そのグーにした四指と親指を開くとまるでトラが口を開けたようではないですか?そう手の中にトラが眠っていました。そのトラは実は両生類の祖先であるイクチオステガの勇ましい口だったのかもしれません。

手の口であるトラの口と消化器の口はフラクタルに連動しています。

生命の真理への扉がついに口を開けました(笑)

2012.11.16 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 鍼灸指圧

オレ流鍼灸学 五

古典医書といってもさほど古くはない今から294年前の享保3年(1718)に鍼医である本郷正豊が書いた「鍼灸重宝記」という書物がある。この書が世に出る二年前の享保元年に国宝「紅白梅図屏風」などを描いた画家・尾形光琳が没し、6年後の享保9年には戯作家の近松門左衛門が亡くなっている。海外に目を転じるとやはり享保元年に中国古代哲学の易経の64卦に着目していたドイツの数学者であるライプニッツが亡くなり、享保8年にはオランダの細菌学者レーウェンフックが没している。医学史に関連する事項では4年前の正徳4年に「養生訓」を著した貝原益軒が没し、享保6年には小石川養生所が設立されている。

そんな18世紀初め、江戸中期の時代背景の中で「鍼灸重宝記」は生まれている。これは今でいえば「オレ流鍼灸学」なのであり、「ベスト版鍼灸術活用マニュアル」ということになるだろう。中国と日本の名だたる医書5典より抜粋した要点が上手にトッピングされて編集されており、ヤブな鍼医がこの書を読んで済世救民の助となるように本郷正豊が願った旨が後書きに見られる。当時は鍼医よりも湯液(とうえき)に傾いた漢方医が多いことを嘆き、鍼灸術の良さをわからしめ、鍼灸術の真価が発揮されることを望みこの書を世に問うたのである。見上げたもんだよ、屋根屋のふんどし、たいしたもんだよ、蛙のションベン!(笑)

さてこの本郷渾身の鍼灸ガイドブックの合谷穴(ごうこくけつ)の覚え書きの中にあるコメントに注目したい。「小児のノドに出来たオデキ」を治す、という意に取れる文言が見受けられるのである。勿論、それは当たり前なのであり、経絡の流注(電磁気の流れていくルート)がノドを走行しているのだからノドに関する症状にはすべて効くのである。当時はヨウ素被曝などないし、放射能の心配などしなくても良かったのだから今から思えばたいへんに清澄な空気の中で豊かなユートピア世界に住んでいたのが江戸期の子供たちであったのだ。しかし今の時代はどうしようもない放射能というタチの悪いシロモノと折り合いをつけて生きていかねばならない。暗黒時代にこそ実はこの書が生きてくるのである。私は合谷の主治症(治せる疾患)の検索からあるひとつの結論に今至っている。読者のみなさまのご想像の通りです。そう放射能に対する予防法としての合谷の活用です。

内部被曝とは体内に放射能が侵入する事態を言いますが、これにより体内の様々な分子成分がおかしくなっていきます。細胞膜が破壊されたり、DNAが切断されることは人口に膾炙していますが、より広範囲に起こる分子破壊にはタンパク質の変性があると私は推測しています。チェルノブイリのリクビダートル(清掃人、除染作業員)の脳内が空洞化してしまいわずか40代で痴呆症状を呈したのもひとつには脳内のタンパク質の変異があると見ています。脳神経細胞内に入りこんだ放射性物質は細胞内を放射線で侵襲します。それにより細胞質に漂っているタンパク質が変異します。このおかしくなったタンパク質はそのままでは使えませんから元どおりに直すか、分解して再利用するのが通常の細胞生理です。しかしそのような指令を出す細胞核DNAがすでに変異していますし、ミトコンドリアも機能を破壊されています。脳神経活動に必須のホルモンであるアセチルコリンやドーパミンやエンドルフィン、セロトニンなどを合成することもできません。ドーパミン産生神経細胞が消失して発症するパーキンソン症候群の脳神経細胞と同じような状態が放射能の脳内被曝によって出現すると予測されます。

つまりタンパク質の異常が引き金とみることも可能なのです。狂牛病(BSE、クロイツフェルト・ヤコブ病)、パーキンソン症候群、放射能の脳内被曝に共通するのは脳神経細胞内の細胞質のタンパク質の変性なのです。であるのなら、タンパク質の円滑なプロセスを介添えする人体の恒常性を維持する最重要物質であるHSPが潤沢に分泌されていればもしかしたら早発痴呆や認知症の発症を未然に防ぐことができるかもしれないのです。永六輔さんはパーキンソン症候群と診断されたのですが、検査は西洋医学、治療は東洋医学によってその症状を脱した模様です。鍼灸治療のアッピールに励むとレギュラー番組のラジオにて公言したそうです。実際に臨床においては鍼治療はパーキンソン症候群に絶大な威力を発揮する場合があるのです。

私は自分の祖母に養生のための鍼灸按摩術を始めてすでに15年経過しています。82歳の頃に始めたので今は97歳ですが、認知症も発症せずに日常の起居動作にも支障がなく過ごしております。週に2回の鍼灸按摩術を欠かさずに励行してきた祖母の本能を私は褒めたいと思います。本人の意思がなければこちらも手の施しようがありませんから、祖母が自発的に私の治療を請うてくれたことはたいへんにありがたかったです。祖母の脳神経細胞内にはアミロイドβタンパク質はさほど蓄積していないと思われます。もっとも誰もが加齢と共に蓄積するとの話しですが、たとえ少しの蓄積があっても皮膚筋肉系を刺激できる鍼灸はやはり特異的に有効な療法でありましょう。祖母の合谷にはここ15年の灸治療の熱が蓄積されています。それは手の陽明大腸経のルートの電磁気の流れを円滑にし続け、ひいては皮膚からのホルモン分泌を高め、連動して腸内と脳内のホルモン分泌を正常化してきました。また合谷に加えられた熱刺激がHSPを脳内へと分泌させてアミロイドβタンパク質が蓄積するのを防いできたのです。

もしかしたら合谷を指圧し続けることで「小児のノドに出来たオデキ」子供たちの甲状腺の囊胞が消失するかもしれない。

人体に潜む無限の可能性に賭けてみる。

「トラの口」談義、終わりそうにありません。

2012.11.15 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 鍼灸指圧

オレ流鍼灸学 四

古典医書から現代の鍼灸家の本までザッと見渡してみてみると合谷(ごうこく)というツボの主治(主に治す、治せる)できる疾病や症状の守備範囲は実に7〜60に及び、たったひとつのツボの治癒力に驚かされるばかりである。私の治療院のリピーターには鍼を受けてきた達人がおりまして、その方が若い頃に世話になった盲人の鍼医が言うには、当時の日本のどこかにはこの合谷にしか鍼を打たない鍼医がいたそうで、どんな疾患にもこの鍼医は合谷一本だったそうです。言ってみれば「合谷一直線」「合谷バカ一代」な鍼医ということになります。日に40〜50人、ひたすら合谷に鍼を打ったそうで、まあこれもバカのひとつ覚えで楽って言えば楽な治療ですが、守備範囲の広いツボを特効穴(とっこうけつ・特別に効くツボ)として使いたい気がわからないでもありません。私も風邪気味の際にはすかさずに合谷に鍼を打ちます。タイミングが良ければ風邪は最初期で沈静化できます。

合谷の主治症の欄を読むと咽頭炎や扁桃腺の腫れ、風邪などに効くと書かれていますからその効き目はまんざらでもありません。サーモグラフィーの所見によれば経穴学(ツボの学問)の教える流注(ルチュウ・ツボを結ぶライン、流れる方向が決まっている、手の陽明大腸経は人差し指の先端から顔へと向けて流れるルート)に沿って体温が上がるのが確認されており、特に頭部や顔面部に著しい温度上昇現象が見られるのである。古代人の体感はすでに科学の目で立証済みである。このサーモグラフィーを使った実験で面白いのは、プラシーボ(ニセ薬効果、効くと思いこませることでより効きやすくなる効果のことで医療とはこの偽薬効果によって成り立つ産業でもある)などが通用しない動物実験においてもツボの効果が目に見えることである。ゾウの合谷に相当する部位に鍼を打ったのちのサーモグラフィーの所見でも明らかに頭部や大きな耳の血流量が増大しているのが確認されている。家畜と鍼灸の歴史も古く、中国詩に登場する伯楽(はくらく)とは馬の鍼医を意味するし、日本の江戸期の鷹匠はタカに鍼灸をしていたそうである。

近年においてはウシが出産能力が低下した際に背中にお灸をすえると98%近い高率で受胎することもわかっている。ウシのツボは面白くて人間の頭のてっぺんにある百会(ひゃくえ)というツボが後ろ足の脊椎上にあり、人間のヘソ下三寸にある丹田(関元)が前足のうえの脊椎上にある。ウシにとっては背骨が頭や腹に相当するのだろうか?よくわからないが古代人がそう名づけたことには深い理由があるのだろう。恐らくはその命名によってウシにとって重要なツボであると後世に伝えていると思われる。動物たちも実はツボ治療をしているのかもしれない。元気がなくなったインコに仲間のトリが近づいてきてその眉間(印堂というツボがある)にクチバシを当ててコンコンとつついているとアレ不思議!その弱ったインコは生気を取り戻したなんて逸話も漏れ聞こえています。

さて、合谷の守備範囲の広さに瞠目する中で私はある疾患に着目しました。パーキンソン症候群です。この一度罹患すると治療法がなく予後が極めて不良なやっかいな疾患が合谷で治療し予防できる可能性があるのです。パーキンソン病は脳の黒質という領域に存在するドーパミン産生神経細胞が消失することで発症すると言われる疾患である。治療法はドーパミンを投与するか、アセチルコリン分解酵素阻害剤の投与くらいしかない。そのような方法でお茶を濁しているだけである。であるから、もしも有効な予防法や治療法が確立されればこれほどありがたい話しはないのである。センシティブな演技で一世を風靡した俳優マイケル・J・フォックスが若くして罹患しているのがパーキンソン病なのだ。あの若さでの発症は驚きである。

狂牛病なども似た症状を呈するがこちらはより強力でたちの悪いシロモノである。感染性のあるタンパク質という意味でプリオンと呼ばれる異種タンパク質が体内に侵入するとそのひとつのタンパク質が鋳型となり次々に同じタンパク質が増殖を始めてしまう。脳内でそれが起こるので脳実質が空洞化しスポンジ状になる。これが引き金になり知的作業ができなくなり、動作もにぶくなり、転びやすくなり、やがて死の転帰を迎える最悪の疾患がクロイツフェルト・ヤコブ症候群だ。これもタンパク質の変性が疾患の引き金である。

パーキンソン病もタンパク質の変性と関わりがある。脳神経細胞内にアミロイドβタンパク質が蓄積することもパーキンソン症候群の一因とされる。アミロイドβタンパク質はいってみれば細胞質にたまったゴミなのであり、通常はこのゴミ処理がスムースに進行していれば細胞質の中はキレイな状態でいる。その細胞質の浄化機構には飢餓応答型のオートファジーやATP依存型のユビキチン・プロテアソーム系があることには何度か触れている。細胞質は本来はいつもクリーンな状態が保たれているのである。しかし何らかの原因でこの浄化機構が働かなくなるとゴミであるタンパク質が蓄積してきてしまう。そうなると細胞内小器官の働きまでも阻害されてしまう。このようなプロセスで徐々にミトコンドリアの不良品が増えてくる。ミトコンドリアは細胞質に漂う栄養素を栄養源としているのだから栄養素を補給する海である細胞質の汚れはミトコンドリアにとっては致命的な事態となる。

ミトコンドリアがうまく働かないと細胞が活動するためのエネルギーであるATPが供給されない。そうなるとATP依存型の細胞質浄化機構が働かなくなってしまう。このATPの力を借りてHSPなどの分子シャペロンを介添え役にする選択的なオートファジー(細胞質浄化システム)にはミトファジーと呼ばれるミトコンドリアのみを選択的に分解するシステムが存在する。近年になりこのミトファジーの消失がパーキンソン病の原因だろうとの見解が提示され始めた。つまりパーキンソン症候群はミトコンドリア病なのだ。活性酸素を吐き出す不良品と化したミトコンドリアが増えると細胞質の中のタンパク質は変性していく。またATPを産生して供給するかわりに活性酸素しか作らないミトコンドリアが増えればATPが足りなくなり細胞は活動できなくなるし、ATPに依存するミトファジーも起動できないので、不良品のミトコンドリアが一掃できずにいつまでも活性酸素という毒物が吐き出され細胞質が活性酸素で充満することになってしまう。

このようなミトファジー機能不全が継続することで脳神経細胞の活動が低下してしまい、ドーパミンやアセチルコリンなどの脳神経活動に必須のホルモンが産生できなくなる。これがミトファジー機能不全によるパーキンソン病の発症プロセスではなかろうか、との最新知見が提示され始めている。つまりミトコンドリアを賦活していつもミトコンドリアが元気であるのなら、パーキンソン症候群は予防でき治療できるということになる。広義にはミトコンドリア病の範疇に入るパーキンソン症候群も治療法や予防法はシンプルな正攻法でいけそうなのだ。ミトコンドリアを元気にする。これが秘策となる。

合谷への鍼灸治療によって脳内の血流量が増大する。これにより脳神経細胞内へと新たな栄養素が供給されて脳神経細胞は活発に活動できるようになる。また血流が増加することで老廃物がスムースに排出されてくる。血流の増加イコールその部位の温度上昇なのだから温度依存性のミトコンドリアが元気になる。鍼灸治療は体内のタンパクプロセスの介添え役であるHSP分泌を高める最良の療法である。HSPがうまく分泌できれば脳神経細胞内のゴミであるタンパク質も処理されていく。アミロイドβタンパク質が脳神経細胞内に蓄積することを鍼灸治療のHSP分泌が阻止してしまう。機能タンパク質であるドーパミンやアセチルコリンなどのホルモンがもしもフォールディング病のようなものでおかしく折り畳まれていたり、折りたたみができなくなっていても、HSPが十分に供給されていればタンパク質の介添え役という本来の役目を発揮して上手にタンパク質を折りたたみ元どおりのタンパクプロセスに乗せていく。そんなこんなで合谷への鍼灸治療がパーキンソン症候群を予防し治療すると推測できる。

HSP分泌を促して細胞質をいつもクリーンな状態に保ち、細胞内の温度を一定に保ちATP供給をするミトコンドリアをいつも元気にしておくことはガンの予防や治療にとっても必須な条件であるし、また身体を健康に維持していくという養生にとってはもっとも重視すべきポイントとなる。合谷から流れるルートは甲状腺の上を通過していく。チェルノブイリのリクビダートル(清掃人、除染作業員)たちは後になって脳実質の空洞化が起こり痴呆の早発を起こした例がある。放射能により引き起こされる疾患すら予防できる可能性を合谷は秘めている。

合谷というツボの別名は「虎口」である。命名「トラの口」とは古代人の暗号です。

次回はタイガーズ・マウスのさらなる解読に挑みます。

2012.11.14 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 鍼灸指圧

オレ流鍼灸学 三

合谷(ごうこく)というツボは手の陽明大腸経(てのようめいだいちょうけい)と呼ばれる経絡(けいらく)ルートにあるツボである。親指と人差し指の根本でありその筋肉中を押した時に鈍痛のような快味を感じるポイントが合谷地点になる。私は今もここに鍼をしたままパソコンのキーを打っているのですが、この実にポピュラーな常用穴(じょうようけつ・よく使うツボ)ひとつからもまた無限の情報が引き出せてくるのです。このツボは古来より頭や顔などに現れる症状を良く治したようで「顔や口の症状には合谷」なるコメントも古典医書には見られます。つまり首から上の疾患や症状の際にこのツボで治療すると効果がありますよ、ということなのです。

実際の効果のほどは面疔治しの「桜井戸の灸」の絶大な繁盛の歴史を見ればスンナリ理解できます。患者とは素直なもので治らないとこには来ません。決して来ません。口コミの力ほど強いものはありません。そこには真実があるからです。日に500人もの患者が押しかけて付近に旅館まで建設されたほどの経済効果とは「治る」という真実がなければ達成し得なかったことでしょう。実際に治ったのです。今の時代はやたらとエビデンスなどという言葉を持ち出して医療家を脅すのですが、口コミくらい素晴らしいエビデンスもないもんです。鉄道に新駅すら作らせた名灸穴(めいきゅうけつ・名がとおったお灸のツボ)が合谷なのです。

エビデンスということで言えば、以前に某国営放送にて合谷に鍼治療をした後に集中力がどのくらい増すのかという実験をした模様がオンエアされました。何か自動車免許の更新の際の視力検査を彷彿させるような装置をのぞき込み視界に入った光の点滅軌跡を目で確認したら指でポイントを押す、というパブロフの犬実験のようなものを使いました。結果は見事に対照群よりも合谷治療群の方が有意にポイント数が上でした。合谷への刺激が人の目や脳の感受性を高めるのです。頭痛治療の常用穴であることを鑑みればこのツボが頭部の血流改善に一役かっていることは容易に想像できます。サーモグラフィーの所見では合谷刺鍼により頭部、顔面部の明らかな血流量の上昇が確認されています。

関西にある4年制の鍼灸学校のホームページにはその大学における合谷刺鍼後のβエンドルフィン上昇実験の顛末がうまくまとめてありました。それによると合谷穴(ごうこくけつ)に鍼をして通電という微弱な電気刺激を一定時間継続して加えた場合には、血液の中に含まれる快感ホルモンのβエンドルフィン量は施鍼後には有意に上昇して施鍼前の3倍量まで増加するというレポートが提示されていました。通電の場合のみこの効果が現れるとのことでしたが、私の体感では通電しなくとも十分にホルモン分泌は高まると推測しています。ポイントは継続刺激です。

「桜井戸の灸」は多壮灸(たそうきゅう)でした。熱刺激が継続していく治療です。100壮、200壮と小さくひねった灸を重ねて燃やしていくのですからなかなか骨のおれる作業となります。その分、時間的にはけっこう長く同じ箇所に熱刺激が伝わることになります。つまり持続的な熱刺激が様々な生理反応を誘起していくと推測できるのです。

皮膚には温度を受容するレセプターがいくつか存在します。それぞれ得意な温度帯を持ち、その温度にのみ反応する受容体です。お灸の熱は皮膚面においては70度近いのでケラチノサイトに存在する温度レセプターの中では一番温度の高いものに反応するタイプが灸熱を受容すると思われます。ホットな刺激に反応するタイプです。英米圏では唐辛子の辛みをホットと表現しますが、実際に唐辛子の成分を皮膚へ貼付した場合にもホットな反応が見られます。熱を受容するタイプと同じレセプターが唐辛子にも反応するようです。

灸治療を推奨し、唐辛子の効用をも推薦していた鍼医が江戸期におりました。我らがスーパースター・後藤艮山先生です。ゆのくまきゅうあん師匠は実に先見の明がおありでした。灸熱と唐辛子の抗酸化物質カプサイシンの効能をすでに江戸中期に見抜いていたのです。温熱刺激とある種の植物由来の成分には体内の免疫を賦活し、タンパク質の円滑な生理を促すヒートショックプロテインの分泌を増す効能があるのです。

HSP(ヒートショックプロテインの略)は治癒のカナメを担う最重要物質です。このHSPが分泌されることで生理反応が正常化していきます。面疔が自然に口を開き排膿するのもHSPの働きなのです。オデキの中では炎症反応が起こっておりその炎症を促進するサイトカインなどのホルモンやホルモン様物質が盛んに分泌されています。これはひとつの自然な治癒反応です。ホルモンやサイトカインなどは機能タンパク質なのであり、体内のタンパク質の合成・運搬・修復・分解を介添えするのがHSPなのですから、HSP分泌を増す作用のある灸治療が自然な治癒反応を促進するのは当然なのです。自然なカタチで治癒反応を進め排膿という本来の命の流れに沿ったポイントまで誘導したのが「桜井戸の灸」でした。

井戸のわきにたおれていた旅僧が教えた名灸術。その発端の由縁の場所のごとく、身体治癒の叡智の井戸からは泉の如く聖水が湧き出てきています。内なる治癒力を引き出す無限の泉こそが合谷穴(ごうこくけつ)かもしれません。

さてそろそろ小生の希望の谷に突き立った聖なる鍼を引き抜きましょうか(笑)

2012.11.13 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 鍼灸指圧

オレ流鍼灸学 二

希望の谷に集う新シリーズ、オレ流鍼灸学の巻頭を飾るネタはやはり人体の希望の谷である合谷(ごうこく)の解読から始めましょう。このツボは私が住んでいる静岡県とも深い関わりがありまして、徳川時代にはこの手の親指と人差し指の又(また)に灸痕(きゅうこん)のある静岡県人が多いことから「静岡県人の手形」などと言われたそうです。昔は直接灸(ちょくせつきゅう)と言ってじかに肌を焼く灸法(きゅうほう)しかなかったのだからヤケドのように痕(あと)が残るのはやむを得なかったのです。

今は灸熱緩和シールを一枚あいだにかませたり、温灸という輻射熱を利用するタイプ、はたまたアロマ入り煙なしセンネン灸タイプなど今の時代に即したお灸アイテムが増えました。さて徳川時代には15石の御朱印が付いていたとされる由緒ある灸であり、「効きますか?」などとウッカリ聞こうものなら決してすえてくれないなんて高ビーな態度でも大繁盛して、多い日には1日に500人もの患者が押しかけたがゆえに、この灸治療のためのお客用に東海道線の草薙駅ができたとまでいわれた当主・漆畑家秘伝の「桜井戸の灸」とは一体どんな疾患に効能を発揮したのか?

顔の真ん中に手のひらを当ててその中に収まる大きなオデキ・面疔(めんちょう)は下手をすると命を落とすとまで言われた抗生物質の無い時代には面疔を自然排膿させる絶大な効力を発揮したのがこの合谷(ごうこく)という手のツボへの多壮灸(たそうきゅう・治るまでとにかくたくさんすえること)でありました。つまり「面疔治しの灸」として名高かったのがこの家伝灸の白眉「桜井戸の灸」でありました。

桜井戸というのは文字通り井戸のことであり、この井戸のわきに行き倒れていた1人の旅の僧を漆畑家の先祖が助け親切に介抱したお礼にこの旅僧が教えた灸法が後の「桜井戸の灸」の由来とされます。真偽のほどはわかりませんがこういう坊さんが伝えたとか言う話しは昔から多い。だいたい坊さんってのは知識人であったし中国へ留学したりして彼の国の医療である鍼灸按摩術までマスターして帰国する弘法大師・空海のような例もあるわけでそれゆえに坊さんがそのような術を日本の各地に伝えても何も不思議でないことは確かである。徳川中期に活躍した118歳まで生きたアンチエイジングの生き神さま・神医・永田徳本翁も中国帰りの僧である月湖や残夢和尚に教えを請うています。今で言えばカロリンスカ研究所か、はたまたロックフェラー研究所あたりを出た俊英って感じだったのが鎖国時代の坊さんだったのでしょう。

それで面疔ができた時に手の合谷穴(ごうこくけつ)に50壮(灸を小さくひねった1個を1回燃焼しきったのを一壮・イッソウと表現する)くらいすえると面疔のズキンズキンする搏動痛が減じてくる。そこで灸をすえるのをやめるとまた痛みがぶり返すのでさらに壮数(そうすう)を重ねていくとそのうちに痛みが止まって、面疔がひとりでに口を開いて自然に排膿されてしまう。これがこの霊験あらたかな灸治療の治癒プロセスであったそうである。

50壮どころの騒ぎではない。なんと100壮、200壮と面疔が口を開けるまですえたというのだから我慢強くない現代人では今や耐えることなどできそうもない治療法である。これは治療サイドにとってもなかなかたいへんな事業であったろうと思う。弟子やお手伝いを大勢雇わなければ日に500人などとてもさばけはしなかったろうから今で言うと午前の外来だけでも100人以上は来る田舎の開業医クラスの繁盛だったと推測できる。

灸の治効原理は古くは西洋医でありながら灸の科学的研究をされた故・原志免太郎博士の「蛋白体療法説」が有名であるが、これは灸治療によって体内のタンパク質が変性するとそれを元どおりにする動的機転が働き体内の免疫機構が活性化すると解釈できる説である。原先生は実際にウサギの頭部に特大の灸をすえて血液像のビフォーアフターを精査し、赤血球や白血球が増えることを確認した功績で博士号を取得した「灸博士」として我が業界では知らぬ者はいない西洋医であられます。

ですが原先生のご存命された20年以上前にはまだヒートショックプロテインもそれほど人口に膾炙していなかったので今はこのHSPの概念を使って灸の治効原理を解説するほうがより容易に灸の偉大さを説明できると思われます。単純に身体に外部から40度以上の熱が加わると体内にはHSPというタンパク質の円滑な動的恒常性を介添えする物質が分泌されてくるのであり、このHSPによって傷つき変形変性した不良タンパク質は元どおりに修復され解体されアミノ酸に変換されるとまた合成されて再利用されるという一連のタンパクプロセスが促進される。これが直接灸の体内浸透温度50度超という灸熱によるHSP分泌加速による治癒機転であります。

原博士は永田徳本翁と負けず劣らずの実践の医人でした。60年間も毎日自分の身体に「原式灸法」をすえ続けて、共にすえ合った奥様は96歳まで、原先生はなんと108歳の長寿を達成してこの世を去りました。108とはまた因果な数ですな。煩悩をすべて燃やしきって往生したのでしょう。「原式灸法」とは腰部の仙骨付近に8点の灸穴(きゅうけつ)を選び、さらにこれに足の三里のツボをプラスしたようです。この独自の灸法を背中腰部は奥様にすえさせてその長命を維持したのです。御子息が先にご他界され100歳の時に院長へと帰り咲いたとも聞いております。我が身でウサギの実験結果を追認試験し見事にその理論の正しさを立証したまことにアッパレな希有な医家でありました。

「脚気はビタミンB1破壊酵素が体内に発生する。
 灸はこの酵素の発育活動を完全に阻止してしまうから
 脚気治療に効果がある」 
             東大講師、東方医学研究所所長、故・板倉武

体内の酵素はタンパク質でできています。タンパク質の円滑な運営を司るヒートショックプロテインを自在にあやつる治療法が灸治療なのですから脚気すらも治せるのです。

脚気恐るるに足らず。面疔恐るるに足らず。放射能による免疫低下恐るるに足らず。

人体の希望の谷や丘には先人たちから受け継いだあたたかい灸火が灯り続けています。

静岡県人でもある私は古来から譲り受けたこの聖火を守り続けます。

灯火(ともしび)守りて、あらたな「手形伝説」の始まりです(笑)

2012.11.12 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 鍼灸指圧

オレ流鍼灸学 一

百会、合谷、曲池、天泉、瘂門、陽池、血海、湧泉、手の三里、肩井、風門、人迎、照海、風池、身柱、霊台、印堂、耳門、風池、極泉、承山、商丘、神門、気海、・・・。

これは人体に約360余あるとされるツボの名前の一部であるのだがその名前の付け方に暗示されているエネルギーの溜まりを表現する文字が多いことには驚かされるばかりである。池や泉や海などはもろに液体のようなものが流動することを表現しているのであろうし、門は文字通り何かが行き来するゲート、チャネルを顕しているし、谷や山、丘はそこへと膨らみかつ陥入するポイントを示し、百が合うとはすべての気が合わさってくる地点を意味しているのである。三里というツボは手と足にある常用するポピュラーなツボであるがこれは皮膚上のある目印からの距離を表現している命名法である。鍼灸師はあえてこのような単純な問題にはそれほど労力を費やさないのだが文字を編み出した古代中国人の独創性や発想力を振り返りツボの命名から古代人の身体観を想像することは有意義なことであると私は再認識するに至ってきた。

古代人は身体表面を大陸や大河、池や泉や山脈などになぞらえて表現している。つまり人体を小宇宙と捉えているのである。地球とフラクタル(相似形)にリンクさせている。それこそが天人合一思想から生み出された身体観のアカシなのだろう。シベリアや欧州ですでに汎用されていた原始的な鍼灸按摩術は恐らくは5000年から1万年ほどの歳月を経て徐々に中国へともたらされたのだろうか。殷王朝成立以前のはるか昔の中国へと伝えられてきた古代鍼灸術はようやく漢の時代になって文字が統一されると体系化が行われ広大な中国大陸に伝わる様々な医療の中から漢王朝の御用達として認められる医療が厳選された。

そこにはシャーマン的なものは極力排除されており、国王を礼賛する思想が濃厚な医学観が入りこまざるを得なかったのだ。臓腑を政治的な軍政用語で表現するのもそのなごりである。例えば肝臓は「将軍の官」などと表現する。また鍼灸医学の経典、バイブルである「素門」「霊枢」の二書の「素門」などは王様である黄帝と医師の岐伯とのQ&A方式の問答スタイルで医療や養生に関する説話が進展していく。黄色とは中央を意味する色でありすべての中心を顕す崇高な色なのでありその色を冠する皇帝が主役である問答集とはやはり政治色が濃厚と言わざるを得ないと推測する。

つまり中国医学の医学観の中には多分に政治的な支配思考が介在していることは否めないのであるがそれらを考慮してその部分を意識的にデトックスしながら解読していけばまたそれなりに得るものは多いのだろうと思う次第である。経穴学(けいけつがく)などはツボの命名法から古代人の宇宙観、身体観をそのまま味わえるのだからこれは実に面白いし有り難い世界遺産と言える。漢字に親しむ日本人にもなじめる領域である。

風門(ふうもん)というツボは背中の首あたりを肩甲骨へと少し下がった付近にあるツボであるがこれは文字が示す通り風邪(ふうじゃ)が侵入する最初の地点であるとツボ名で表現しているのである。風邪(ふうじゃ)とは5つの邪気(じゃき)のひとつであり、その他には寒邪(かんじゃ)、熱邪(ねつじゃ)、湿邪(しつじゃ)、燥邪(そうじゃ)がある。この5つの邪気を五邪(ごじゃ)と総称する。ようは気候環境から与えられる物理的なストレッサーのことでありセンサーである皮膚という外膜へと当たると悪さをもたらす外部因子である。

これを外因(がいいん)と呼ぶ。そして対する内因(ないいん)が七つの感情の乱れと呼ぶもので、怒り、喜び、憂う、思う、悲しむ、恐れる、驚く、の7つのエモーション(感情)が乱れることが体調異変の原因になるとする。これらをまとめて内因と呼び、七情はイッキに怒喜憂思悲恐驚(どきゆうしひきょうきょう)などとお題目を唱えると覚えやすいのである(笑)これで内因と外因のふたつの大きなストレッサーが出揃いましたが、あとひとつ忘れてはならないのが内因にも外因にもカテゴライズされないストレッサーがありましてこれを「内因でも外因でもない因子」という意味で「でない、あらず」を顕す漢字である「不」をアタマにもってきて「不内外因・ふないがいいん」と言います。

このフナイガイインには飲食(いんしょく)、労倦(ろうけん)、房事過多(ぼうじかた)の3つが主に取り上げられます。飲食はつまり食べ過ぎ、飲みすぎのこと。、労倦(ろうけん)は働き過ぎのこと。、房事過多(ぼうじかた)とは、房の中でくり広げられるメクルメキ男女の官能世界のことであり、直接表現で「子作り」と言ってみたり、英字圏では三文字で表したりする身心のアクロバチックな営みのことを房事と表現するのでありまして、人という生き物にとってももっとも重要でもある腸管上皮の営みを過度にいたし過ぎますと身体を壊す原因になりますよ、ということで、この「不内外因」を加えて身体髪膚に疾病症状をもたらす3つのアイテムがそろい踏みしたことにあいなります。

おさらいをすると身体は外因、内因、不内外因、の3つの要素、ストレッサーによってホメオダイナミクス(動的恒常性)のバランスが崩されますよ、ということであります。そして「内因なければ外邪入らず」という言葉の通り、精神が集中して充実していると暴風や激しい雨やちょっとした気候の変動も、いやな野郎の投げかけたデリカシーの無い言葉のひとつも屁とも思わずに勇猛果敢に突き進むことができるぞ、とも中国医学は教えてくれているのです。心頭滅却すれば火もまた涼し、ということなのでしょう。

緊張し気分が高まっていると体内には快感ホルモンであるβエンドルフィンの分泌量が増してきます。ちょっとやそっとの痛みなど感じないほどに気分が高揚する場合があるのです。その時に治癒力も高まります。合谷(ごうこく)という手の親指と人差し指の根本にあるツボへ鍼を刺し通電した場合には血中のβエンドルフィン量のビフォーアフター比較では3倍量の増量が確認されています。

311後という北半球全土が「風の谷」と化した今の世に生きる人類が希望を託してたどり着きみんなが合いつどう谷こそが風谷ならぬ合谷(ごうこく)なのです。

東洋医学という希望の谷で「百」人を越すような皆様と「会」うことができたことに感謝申しあげます。

さて流れにのってオレ流鍼灸学のスタートです。

2012.11.11 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 鍼灸指圧

経筋補考(あるいは宿題の答え)

ビタミンCの発見などの功績でノーベル賞を取ったアルベルト・セント・ジョルジュは「細胞は電磁場を利用する複雑な生命体で、細胞壁は半導体の作用をする」という見解を示していた。細胞は電磁場を利用するとは、電気や磁気や音波や光線などがエネルギーとして作用して生体の動的恒常性を調整しているということである。故・間中博士は旺盛な実験精神から様々な先駆的な検証を人体におこなっており、微弱な磁気が作用することで生体の状態がガラリと変わる現象を発見していた。間中師匠はこれを弱電現象などと呼び皮膚上に与える微細な電磁気の重大さを常に意識していたと言える。

中国医学が基本理念に掲げる経絡(けいらく)とは果たしていったい何なのか?この基本的な問いをいつもわれわれ鍼灸家は自問する宿命がある。もとは11の経絡が漢の時代になると12に変わっていく。医学理論には多分に政治的な意味合いが介在する。このような概念としての医学理論は「まあそういうもんかいな」くらいにしておいて、あくまでニュートラルな思考スタンスを失わないようにしなければ人体の真相は見えてこない。概念はあくまで文字の世界である。文字の世界は論理的な整合性を追及しがちである。経絡の数が11だったり、12だったり、20だったりするのもそれぞれの事情であり、本来の身心の真相を表現しているわけではない。あくまでそれはその概念を生み出す側の事情に過ぎない。

6臓6腑という臓腑観もそのほうが論理的にうまく納まるからそうなったに過ぎないのであり、12経筋(けいきん)というタテに12のラインを設けたのも12臓腑観と無理やり結びつけたのかもしれないのだ。概念とはあくまで比喩なのであり、そこから自分なりに解釈を加え、実地に検証して初めて真理に到達できるのである。12のラインとは厳密に12のラインがあることを意味しないと私は解釈している。当時の知見や政治的な都合上からはこう表現するほかはなかったのである。冒頭のセント・ジョルジの発言は同じ主旨を語っていると私は理解している。単純に言えば細胞壁には電磁場が流れているのである。その流れがショートしたり、ある部位が特異的に充電状態になったり、あるポイントがエアポケットのように空白地点になったり、と電磁場の流れがいつも一定であるのではなく不均衡になる場合もある。これが言わば弱電現象のようなものであり電磁場の流通障害によって恒常性に支障が出るのである。

この問題地点が押すと痛い圧痛点なのでありそこを治療ポイントに選択し適切な治療を行うのが経筋治療ということになるだろう、と私は推測している。12のラインは分かりやすくするための目安、目印、メジャー、測り、と思えばいいのである。皮膚は3兆個のケラチノサイトという皮膚細胞がひしめきあう世界である。そのセル(細胞)の膜はお互いに隣接するセルの細胞膜と密着することで電磁気を流通させて電磁場を発する場を形成している。つまり皮膚自体がひとつのエネルギー場と化しているのである。古代中国人には電磁気、電磁場などという言葉は馴染みがなかったので、皮膚に見られる不可思議な生理現象を表現するのに適切な漢字を探して名付けた結果が「気」という言葉になったのであり、その気の流れるルート、場を「経絡・けいらく」と表現したのである。

東洋医学には常に、「気や経絡が存在するのか?しないのか?」、という堂々巡りの馬鹿げた論争がつきまとうのであるが、そんな幼稚な論争状態などもう卒業してセント・ジョルジのような表現に切り替えていけばいいと私は常々思っている。頑迷に「気」という概念に固執し、東洋医学を何か神秘的なものに思わせて、もったいぶった姿勢で治療していたい鍼灸家が多いのかどうかは知らないがそんな事をしていたらどんどん海外の先端の研究者に先を越されてしまう。

音波をツボに当てるソノパンクチャー、レーザー光線をツボに当てる方法などロシアやフランスは一歩進んだツボ治療をすでに始めているのだ。まるで映画「スター・ウォーズ」の中に登場してもおかしくない鍼灸治療の萌芽がすでに海外では見られているのである。微弱な磁気が電磁場のたまりである皮膚へ影響することを発見した間中師匠はこれまで草場の蔭で切歯扼腕していただろう。歯ぎしりし過ぎて歯がすり減ってしまったじゃないか(笑)

経筋症状はわたしたちが一番よく接する症状であり、ここにこそ治療のヒントがあり、かつ、人体の真相を解く秘密があると洞察したのが三人の異端の医師(くすし)であったと私はみている。間中師匠は弱電現象の解明の中で、橋本敬三先生は「操体法」の開発過程で、福増先生は「触手療法」の実践の中で、それぞれが自覚した人体の真理が「経筋現象」であったのだろう。皮膚筋肉と内臓骨格は密接に連動している。この人体の内外環境を調整する手段が東洋医学なのであり、経筋に出現したポイントへアクセスすることでボタンを押すように生理的恒常性が調整できることを「霊枢」は教えてくれたのだ。

電磁気を受け、流し、チャージし、発信する地点。それがツボであり、経絡であり、経筋であり、皮膚なのである。そしてこの電磁気をエネルギー源として生理活動を行うのが60兆個の細胞たちであり、1京8000兆〜12京個のミトコンドリアたちであり、101兆個の常在菌たちなのだ。電磁場を意識することでまた新たな生命観が生まれてきそうである。私たちは見えない力で制御されている。その見えざる力をも自在に使いこなすのが東洋医学である。

2012.11.10 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 鍼灸指圧

オレ流あんま論(空の巻)

私が敬愛してやまない医師(くすし)のひとりが故・間中善雄博士なのは知る人ぞ知ることなのであります(笑)なぜ尊敬するのかというと西洋医でありながら東洋医学を愛し、多大なる貢献を成して下さったからというのも一つの理由でありましょうが、間中博士の少ない著書の中に見える旺盛な実験精神や遊び心がまた魅力をかきたててくれる理由でもあるのです。門人は多数おられたようですが残念ながら私が鍼灸師になった頃にお亡くなりになられたのでリアルには遭うことはかないませんでしたがいつも著書を通してまた治療時間にもベットサイドにいる気がしてならないのです。鉛筆の先を熱してアイスマンの鍼治療を再現した時も恐らくは間中師匠が手招きをしたのだろうと思います。

その間中博士は先に触れた故・橋本敬三先生の業績を高く評価していたひとりでもあります。共に西洋医でありながら東洋医学の神髄を探った異端の医師。何か共感するものがあったと推測します。橋本先生は民間の治療師たちに頭を下げて自身の医院へと連れてきて治療の手ほどきを受ける中で「生体の歪みが身体異和の原因である」ことを洞察するにいたります。その過程において「逆モーション・瞬間脱力法」という手技に開花するのである。しかしこれの原点は高橋氏の「正体術」にあったと橋本先生は仰っていたそうである。どの道にも独自の発想で生命の真理に開眼するものはいるようです。私もペン先の熱感によりさらなるステージへと移行しなければいけないなぁ(笑)間中博士は橋本式の身体操法を「橋本式経筋療法」と位置づけて著書において一章をさいて解説している。

「経筋」とはケイキンと読むのであり、これは中国医学の二大聖典のひとつである鍼のガイドブック「霊枢・れいすう」の中に解説が成されている概念である。筋(きん)というと筋肉のことを想像するがそのまんまと捉えることも良しであり、経(けい)とは縦・タテのラインという見方で良いと思われる。つまり人体にはタテに12の筋肉を介したラインが存在するのであり、それを利用して各種の症状を治療しましょう、というのが「経筋治療」の要旨なのである。

橋本先生は実は鍼灸医学の古典である「霊枢」の中にあった「経筋治療」を現代風に自分独自の解釈によって体系化し直したとする視点で間中博士は「操体法」を捉えたのである。橋本先生の独創を尊重しつつ古典の中にすでにあった療法と関連させたのが間中博士である。そしてこの「経筋療法」には世界的な心臓外科医でありながら晩年は西洋医の経歴をすべて捨て去り独自の指圧法である「触手療法」の普及に命を捧げた故・福増廣幸先生も着目していたのである。くしくも三人の異端の医師たちが同じく「経筋」というカテゴリーに集約されてくるのである。さてこの「経筋」とはいったい何なのか?

人体は206個の骨と約600の筋肉によって支持され機能している構造体である。骨は腱によって筋肉とつながれて筋肉が動くことで骨も連動する仕組みである。つまり骨や筋肉は支持組織であると同時に駆動器官でありこの骨と筋肉の体壁筋肉系があって初めて人は身体を動かすことが可能となるのである。生命体とは食と性の二相を追及する宿命を帯びている。それゆえにその欲求は恐ろしいまでに強力である。腸管上皮に宿る自我には脳などの理性はとても抵抗できるものではない。この腸の欲求である食と性を満たすために体壁筋肉系と骨は発達したとも言えるのだ。だから腸管内臓系と体壁筋肉系は密接に連動しているのである。

生命を維持せんがためにアフリカを旅だった祖先の腰の痛みとは内臓の欲求から生じたものだったとも言えそうである。内臓体壁反射、体表内臓反射とは内臓に病変があると筋肉や表皮に異常点が現れること、表皮や筋肉に異常があると内臓まで異常が伝播して内臓の異和を生じること、の二つを表現する言葉であり、京都大学の生理学教室において昭和初期の17年間のあいだのウサギやガマガエルを使った実験により立証された生命体の真理である。ようは筋肉や表皮の異常こそが内臓の病変までも起こしかねないという事実があるのであり、また内臓の病変をも筋肉系の違和を治療することで改善できるという示唆にもなるのがこの内外のインタラクティブな反射相関なのだ。

12経筋の12とは六臓六腑を足した数字である。つまり経筋の違和感を探り最大圧痛点を治療することで内臓の症状を予防し治療することも可能なのである。これが「経筋治療」ということになる。古典である「霊枢」の経筋治療に用いる鍼の刺法(しほう)には燔鍼(ばんしん)という焼き鍼による治療が指示されている。太めの鍼を真っ赤になるまで熱してそれを最大圧痛点の経筋上の皮膚へチョンと触れさせるのである。このような焼きごてのような焼灼法は西欧においてもヒポクラテスの時代にはポピュラーな治療スタイルであった。痛みを引き出して一番痛い部分に何らかのショックを与える。これは灸治療も同じようなものである。灸の熱さは回避行動としての運動が加わらざるを得ない場合もある。自然に「逆モーション・瞬間脱力法」になってしまう方法が灸治療かもしれない。あるいは按摩術においても痛みを伴う快感によってやはり疼痛回避の動きと脱力が連動するプロセスが生じる。福増先生の「触手療法」にはわざとギュウギュウ押して痛みを顕在化する術がある。これも痛みの「引き出し」から始める「経筋治療」である。傷む方向から痛くない方向へ。これもまた医療の原点である。

アイスマンの鍼治療とは最大圧痛点への経筋治療であったろうと想像できる。それはもしかしたら鉛筆の先を熱して皮膚へと触れる治療のようなものだったのかもしれない。原始的ではあるがすでにかなり洗練された鍼治療が存在したような気もする。アイスマン後に3000年経過してようやく中国において鍼灸按摩術は開花する。しかしそれ以前にも膨大な医療遺産が存在したのだろうし、その中には惜しくも埋もれてしまった医療術もあっただろう。焼き鍼などもすでに一般的なものではなくなって久しい。戦後になって灸頭針(きゅうとうしん)という術が流行った時期があるがこれなどは針の頭にお灸を乗せて燃やすと針はチンチンに熱くなり針先の体内深部まで熱が伝わり、かつ針の頭の灸の輻射熱によって皮膚表面も温められるという実にアツイ鍼術でありまして、筋肉系の痛みには良く効く治療として常用した鍼灸師が一時は大勢いたようです。私も初学の頃に試しました。亡父のヒザ裏に出来ていた脂肪瘤ガングリオンが何回目かの術後に自然に内容物を吐き出して治癒した記憶が懐かしいです。

人類の医療とは痛みとの闘いでもありました。それは主に筋肉や皮膚から発する痛みでした。それを手元にあるもので除去し緩解させようとしたことが鍼治療の発展を促したのでしょう。そしてやはり痛みの始まりには自然にそこへと指や手が向かったのです。手を当てる、ただそれだけで人は痛みから解放されて癒やしと安らぎを感じたのです。手当て治療の原点である按摩術。それは人類の歴史といつも隣り合わせでした。按摩術と手を共に取り合って人類は進化してきたのです。

たかが按摩、されど按摩。按摩という手技から見えてきたのは人類の優しさでした。人を触れて癒す原点である按摩。私はこれからも紀元前の医療を守り貫いていきます。按摩こそが私の原点でもあるのです。妻が上の子を身ごもった10カ月のあいだ、わたしはずっと毎日朝晩、妻の身体を按摩し続けました。なにわの按摩師である太田晋斎の書「按腹図解」の「孕婦按腹図解」の術を参考にして。かけがえのない経験でした。書家であった祖父には集中力のとぎれ出した最晩年に最後の力を振り絞って自分の治療院に掲示する書を揮毫してもらいました。その文字とは「按針立命」です。「按摩と鍼灸によって人の命を立ち直らせる」という意味を込めました。他界した祖父がいつも私を見守ってくれています。

按摩ってカッコイイんだぜ!これからもずっと按摩ラブです。按摩と私の愛は永遠です(笑)

オレ流あんま論、これにて御免。

2012.11.09 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 鍼灸指圧

オレ流あんま論(風の巻)

私は中国医学における紀元前の治療が大好きであり、まずは按摩をする、という「ファーストタッチは按摩から」がキホン中の基本として身についておりそれで今までの20年間の日常の治療活動を行ってきた。それが私の指先に神を宿らせた秘訣だと自認している。按摩術を蔑(さげす)むような風潮は江戸期にすらあったのはすでに触れた通りで、それは医療から慰安(いあん)へとブレたことによって引き出されたトレンドであり本来の医療としての按摩術は蔑視されるような安易で安直で浅薄なものではないという反発が江戸期の11もの按摩術に関するガイドブックの発刊を促したこともまたすでに触れたとおりである。按摩ほど根源的で本来的で生得的で体感的で官能的で自然治癒を促進する療法はないのである。按摩こそが医療の原点なのである。しかしこの鍼灸業界においてすら鍼や灸よりは按摩などの手技が劣るかのような暗黙の差別が存在するようでならない。こんな狭く崩壊の危機のあるコミュニティーでヒエラルキーをこさえて上下関係など作っていたら本当に鍼灸指圧は未来へと永続できはしないだろう。

私が手ほどきを受けた鍼灸学校の先生たちはよく「按摩や指圧がうまい者は鍼灸もうまい」と教示してくれた。つまり按摩という手技によってまず指の感覚を鍛えよ、と諭していたのである。鍼灸指圧とは指の医療なのだから指治療に上下もなにもあるはずはないのだ。一事が万事、指センサーが発達すれば指治療は上達する。この二本の親指、ふたつの手、という自在に動かせる道具こそがどこにいてもどんな時も私たちを治療し守り命を永続してきた治療器具であったのだ。約5000年前のアイスマンが自分に入れ墨の痕跡を残す何らかのツボ治療がほどこせたのも指があったからである。旧石器時代には世界中の部族に入れ墨をする習慣があったようだが、それは鍼治療と共に広まったファッションであったとする仮説を提唱している民族学者もいるようだ。私はそんな文献や発表があったことは知らなかったがネットで検索してみたら鍼灸学会においてすでにそんな学術発表が成されていた。斜め読みしてみたところだが少し私が思うところと共通するところが垣間見えた。

アイスマンの所持品や入れ墨からわれわれ鍼灸家が引き出せる情報は貴重で膨大である。東洋医学界にとって確かに今世紀最大の発見と言えるだろう。その携行品の中には白樺の森から採集したサルノコシカケという生薬の中では最高級の上薬もあるのだ。サルノコシカケというキノコを携行食品として持参しながらアイスマンは旅をしていたのだろうか。またその所持品の中には使い方が分からない鉛筆のようなものがあるのだ。私はこれを読んだ時にスグに「あっ、治療器具だな!」と想像したのだがこれをどのように使うのかが分からなかったのだ。その課題に昨日は取り組んでみた。恐らくは世界中でこの問題に挑んだ鍼灸師は私が初めてではないだろうか、と自負している。まあ他にやった人がいたとしても別に驚かないけどさ(笑)で、何をしたかって言うと鉛筆の先の芯の部分をライターで熱くして皮膚へと触れてみた。これは焼鍼(しょうしん・やきばり)、燔鍼(ばんしん・太い鍼を真っ赤になるまで熱して皮膚へと触れる鍼術)の応用として鉛筆が使えるかどうかを確かめたのである。アイスマンが所持していた鉛筆のような道具がもしも本当に鉛筆だったとしたらと仮定して実験したのである。

実に興味深い実験であった。手とヒザと足首へと熱した鉛筆の芯を触れてみたのであるがまさに灸治療の原点を体感した瞬間であった。恐らくはアイスマンが所持していた鉛筆状の道具は自分用の治療器具だっただろうと推測する。旧石器時代では身の回りで手に入るものを使って治療しただろう。黒曜石を鋭利にすれば鍼になるし、動物や魚の骨はむろん鍼になったし使っていただろう。むき出しの自然界と接する生活では切り傷などは日常茶飯事なのでありそこが化膿すれば排膿のために切開する必要が生じるのだ。これが言わば鍼の原点でもある。鍼とは原始時代のメスであったのだ。それが徐々に洗練されていき痛みを取るという未病治な使い方になるまでにはおよそ1万年ほどの時間の厚みが加わらねばならないのだ。途方もない人体実験を経て中国において紀元前になり鍼灸按摩術は漢字によって体系化が成されることになる。アイスマン以前の時間の厚み、アイスマン以後の時間の厚みが加わった後の中国での鍼灸術の開花という視点が必要なのだ。

約20万年前に東アフリカを後にしてアジアとヨーロッパへと旅だった人類の祖先たち。彼らもまた日常においてケガやキズを負ったことだろう。彼らだって何らかの治療器具を有していたのかもしれない。医療とは人類発祥と共に存在したはずだ。でなければ命の営為を持続できなかっただろう。狩りの疲れを、採集の疲れを、旅程の疲れを癒した最初の医療は按摩であったと推測する。特に足腰の疲れが顕著だったのではなかろうか。アイスマンも坐骨神経痛で苦しんだようだ。腰椎や足首に炎症があったと解剖所見が提示されている。もしや帰る家には愛妻や愛する子供たちがいたのだろうか。弓矢の行商人であったなどという憶測もあるアイスマンであるがその実は家庭を愛する普通のおとうさんだったのであろうか。普通のおとうさんになった自分もまた今になりアイスマンには別な感情移入ができるようになってきた。旅先で不慮の死を迎えたのは無念だっただろうに。東洋医学界へと破格な情報提供をしてくれたこの「おとうさん」に線香の一本も捧げようか。

按摩の按と言う文字はテヘンに安らかと書く。安らかとはウチの中にオンナがいること。按摩のルーツは洞窟の中の原人夫婦の仲むつまじい「夫婦按摩・めおとあんま」だったのかもしれない。

2012.11.09 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 鍼灸指圧

オレ流あんま論(火の巻)

紀元前の東洋医学とはまず身体をくまなく按摩しつつどこが凝りがひどいのか、どこに冷えがあるのか、どの辺りに反応点があるのか、を「診断即治療」で探っていき、この按摩術のあとに鍼や灸によって適切な治療をさらにプラスしていくという方法であったようである。按摩術が診断の役目をし、かつ治療の初手を成したのである。按摩あっての鍼灸の原点がここに垣間見えるのである。

診断法にはいろいろあるのだが指を使って身体の皮膚表面を触る診断法は切診法(せっしんほう)と言う。切るとはタッチすること、つまり触れることを意味するから触診(しょくしん)という表現の方が一般的だろうか。漢方医学になじんでいると触診というよりも切診(せっしん)という言葉を普通に使うようになる。その他の診断法が脈診(みゃくしん・切診のひとつ、脈を診ることで臓腑経絡・ゾウフケイラクの状態を洞察する)、舌診(ぜっしん・舌のオモテとウラを良く見てその色や質、形状を観察する)、望診(ぼうしん・パッと見てその者が大きく見えるか、小さく見えるかに始まり顔色や肌の状態など全身をくまなく目で観察する)、聞診(ぶんしん・身体の周囲に立ちこめる匂いを感じること、声のかすれ、つや、質、大きさの中に何かピンと来るものがないか聞き取る)、問診(ムンテラでありつまり口と口の交流によって言葉の端々から患者の背景を知ること)などがある。

通常は望聞問切(ぼうぶんもんせつ)と4セットを同時に表現する。望んで知るを神という、聞きて知るを聖という、問うて知るを巧という、切して知るを工という、などというコメントも古典にはあるがこれは望診によって患者のすべてを見抜けたら神だ、という文字通りの意味で解釈するのもいいが、すべての診断法が大切であるという解釈のほうが良いであろう。言語表記とはあくまで比喩なのでありそこから何をくみ取るかは受け手次第である。言語や文字も情報に過ぎないのだから凝縮した文字一字に何を観るかはこちらの力量ということになろう。東洋医学の診断法が原始的と思う方はすでに相当に深く西欧医学カルト国家に洗脳されているアカシである。指先に蓄積されている生命史のスタートからの40億年の膨大なデータ解析能力に勝る診断機器などこの世には存在しません。神は指先に宿るのです。

さてアイスマンの登場が今世紀最大のトピックなら1972年に中国の湖南省・長沙市の馬王堆(マーワントエ)という前漢時代の王族の墳墓の副葬品の中から絹(きぬ)の布地に44のイラストで描き出された「馬王堆古導引図」もまた中国医学の本質を解く一大トピックでありました。このいわゆる導引図はイラストが描かれているところがミソでして腰に両手を当てて伸びをしたり、両手を挙げて万歳したり、両手を揃えて右に身体を傾けたり、膝を曲げて屈伸運動をしたり、とラジオ体操を彷彿とさせるような44の運動の型が示されているのです。これがそれぞれにどんな疾患に効くのかという効能書きのようなものまでそのひとつひとつの型の横に漢字で少しメモがあり、保健養生の目的ですでに2000年以上前の庶民がこのような身体操法を励行していたことが伺えるのです。デューク更家もロングブレスもすでに前漢時代には実験済みだったのです(笑)

この図中には導引という言葉は見あたらないのですが「引」という文字は散見されます。これをもって導引という意味とストレートに解釈する場合とは別に痛みを引き出すという意味での「引」という使い方であるとの解釈も存在します。たとえば「引膝痛」だと①ヒザの痛みを導引によって取り除く、と②ヒザの痛みを導引によって引き出す、のふたつの解釈が可能となってきます。私はこの②の方の「痛みを引き出す」の解釈にとても興味がわきます。

西洋医でありながら町の民間治療師たちに教えを請い頭を下げてその者たちから治療の叡智を集め自身の独自の身体操法を編み出した天才的な医師であり治療家であった故・橋本敬三先生の「操体法」がこの②の「引き出し」をキッカケに治療する方法です。そしてまた鍼の刺法には、痛いように動かして痛みのあるポイントで身体を静止させてその最大痛点に鍼を打ち、鍼を抜いて身体を正位に戻すというやり方で瞬時に筋肉痛のたぐいを取り除く鍼法があります。これを運動鍼(うんどうしん)などと呼びますがこれも痛みの「引き出し」から始める治療術です。「操体法」は非常に単純に言えば、痛い方向へギューと動かしてストンと痛くない方向へと身体を戻すやり方ですがこれも橋本先生にしか到達できない奥義は伝えようがありませんから、なかなか一般化は難しい術ではあります。

この導引の「引」という文字1字からもかなりの情報が得られそうです。按摩とは按という「押し揉み」と、摩という「撫でさすり」の文字が合わさった言葉ですが摩の術のほうには「引き技」があります。「なでこする行為」はどちらかと言えば「引き技」の部類になりましょうか。引っ張るというと私のような指圧家には少し抵抗を感じる技になりますが皮膚というタンパク質に物理的刺激を与えて変形というストレッサーを生じさせることにより動的平衡力を呼び覚まし変形したタンパク質を元に戻すためのHSP(ヒートショックプロテイン)を引き出すぶんには、「引き」、も「押し」も同等な刺激と言えそうです。按摩術は現在の中国では推拿(すいな)と呼ぶほうが普通です。この推(すい)が「推(お)す」ことであり、拿(な)が「つかむこと、ひくこと」です。引くこともまた按摩術の奥義なのです。

導引按摩(どういんあんま)とワンセットで呼ばれるのには実は深い意味合いがあったのです。ストレートには導引とは外部環境であるこの大宇宙から生気を導き引き入れることで宇宙のホメオダイナミクス(動的恒常性)に身心を同化させて天人合一(てんじんごういつ)の健康観を手に入れることを意味するのですが、痛みを引き出した後にそれを取り除くという治療術としての導引法という視点を加えるとまた新たな展開が期待できてきます。前漢時代の養生観に新しい息吹を吹き込むのも面白いです。いろいろと「引き」出されてきました。あと二回の講義がどんな発展をして何が引き出されてくるのか書いているオレにも予測できません(笑)

2012.11.08 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 鍼灸指圧

オレ流あんま論(水の巻)

医療とは人類発祥と共にあるのであり人類発祥をどこに置くかでもまた違ってくるのであるが猿人というかサルから進化ならぬ平地適応タイプの二足直立歩行型のホモ(猿)に移行し始めたのは400万年くらい前であり、アフリカ大陸から好奇心に溢れた一群がヨーロッパとアジアの二手に分かれて歩き出したのは20万年前あたりだろう。ホモサピエンス(知恵のある猿)らしい日本人の祖先もこのアフリカ大陸からユーラシア大陸を横断してきた者たちである。このアフリカ発ユーラシア大陸経由アジア行きの旅の間には様々な苦難があり食べ物にあたって食中毒を起こしたりケガをしたりと何かと体調を崩すことがあった?かもしれないが、実はそんなことはほとんどなくて本能がまだしっかりしていたのでケガもなく食あたりなど絶対にしなかったとも言える。そうじゃなければむきだしの自然界と渡り合ってこれなかっただろう。

原始人などといささか小馬鹿にしたような言い方をするがじゃあ原始人のように生活してみろと言われたら今の時代の者はほとんど自然界の厳しさに対応できずに病気になるか亡くなるだろう。そういう過酷な自然界で生き抜く叡智もまた医療の中には凝縮しているのだ。寒さによって身体が固くなった時には自然に身体をストレッチして動かして柔軟さを取り戻したのだろうし、一日の狩りや採集の疲れをノミ取り、グルーミングの名残(なごり)である按摩術のような方法によって癒すスベもすでに身につけていたと思われる。たとえ原始人であろうとそれなりの医療としての按摩術を手にし、導引術を自行していたと推測する。生薬の知識はかなり有していただろう。これは食べられる草や根、皮、葉、実のたぐいを弁別できなければ生きていけないのだから当然その知識、経験知、体感知は現代人と比較にならないほど高度にその身心に集積していただろう。

原始人たちのこのような医療との関わりがまず頭に入っていないと東洋医学の神髄は理解できないのだ。導引(どういん)・按摩(あんま)・生薬(しょうやく)は本能と直結する医学なのである。猿のグルーミングに始まった按摩術はやがて320万年前のアウストラロピテクス・アファレンシスの夫婦が洞窟の中でお互いの身体を揉みほぐす「猿人按摩」へと進化する。それは「勝新按摩」よりはるかに洗練されて愛情に満ちた手技であった。猿人カップルはお互いの急所・ツボを押さえ、揉み、さすり、果物採集のために上ばかり向いていた妻の首を夫はやさしく揉んであげたのだ。このような身体との対話の長い歴史を経てやがてオーストリアで発見された5300年前の40代の男性ミイラ死体のアイスマンの入れ墨の痕跡へと話しはつながっていくのである。

アイスマンだけでなくシベリアのアルタイ山中パジリク古墳から発見されたミイラ遺体にも現在の経穴学(けいけつがく)のツボの位置に相当する部位に入れ墨が成されていた。アイスマンのタトゥーは坐骨神経痛の際にわたしたちがよく使うツボに正確に配穴(はいけつ)されており、おっ、アイスマンもオレと同じでギックリ腰の後遺症で発症した坐骨神経に沿ったシビレや痛みで苦労したのかな、と想像してこの宇宙人の焼死体のようなアイスマンに共感を覚えた記憶がある。アイスマンとの出会いは今世紀最大の東洋医学界のトピックであろうが、あんまりもう話題にはならないね。アイスマンの遺伝子解析の結果によると同じDNAを受け継ぐ子孫はすでにこの世にはいないようだがある時期まではヨーロッパには存在したようだ。また死後解剖(5300年後のね 笑)によると胃の中に残存したものにはシカの干し肉や穀類、青菜などが発見されており栄養学的にも素晴らしいものを食べていたと推測できるのだ。その靴も中綿入りでまるでオレのカミさんが履いてるNBのスニーカーみたいな感じ。寒さ除けのミノであるコートも着込み、なかなかのオシャレさんだったようだ。

アイスマンがなぜ東洋医学界にショックを与えたかというと鍼灸医学が中国発祥であるという通説がこれでガラリと変わってくるからである。もしもアイスマンの文身(ぶんしん・入れ墨)がツボ治療の痕跡なら少なくとも5300年前の欧州には東洋医学のような医療が存在していたということになるのである。だとしたら中国大陸において鍼灸医学が特異的に発達したのではなく、もっと広範囲にわたり世界規模で共通の医療が存在していた可能性も考慮されてくるのだ。おそらくは上述したようなプロセスを経て医療は発展してきたのだから導引按摩、生薬治療、鍼灸指圧という医療は人類の共有する医療遺産であったと言える。だから西洋医学だの東洋医学だのとカテゴライズ(色分け)することもなんだかバカバカしいことのようにも思えてくる。

医療とは誰のものでもないし、鍼灸指圧が東洋の専売特許でもないし、現代西欧医学が製薬メジャーに乗っ取られてるからってそれは歴史的に見ればほんの束の間の出来事なのであり、人類はもともとはみんな東洋医学であったのだから、何を今更になって東西医学の統合だのなんだのって言うのだろう。最初っから人類が手にしていた統合医療こそが導引按摩、生薬治療、鍼灸指圧であったのだ。だから西欧医が生薬を使おうとそれはそれで良い、と太っ腹になれば済むことである。健やかな生を送るためにその場にあるもので命を長らえさせようとしたのが医療の原点である。痛む部位を自然にふたつの手でさする。これが医療の、按摩術のもとであったのだ。

「二が手」とは「苦手」という字を当てて傷む部位を表現したと解釈もできる。アイスマンも苦手にて患部を自己按摩した後に最後には部族のシャーマンに治療を請うたのだろうか。それは熱源を近づけて灰(はい)をしみ込ませる墨灸(すみきゅう)のようなものではなかったろうか。今となってはどんな治療だったのか想像するしかないが恐らくは灸のようなものだったのではなかろうか。あるいは火鍼(かしん)という金属の鍼を焼いて真っ赤にしたものを刺す技法の後に化膿防止のために刺穴点(しけつてん)に墨(すみ)のようなものを塗り込んだのだろうか。墨とはグラファイトである。つまり炭素である。炭素という元素は細胞修復にとっても必須な元素ではある。細胞が傷つくとそこを治すためにはタンパク質が合成されてくる。その材料として炭素Cは必要なのだ。生薬名の乱髪霜(らんぱつそう)とはヒトの頭髪(とうはつ)の黒焼きであり、効能は止血、利尿である。止血とは出血を止めることなのである。細胞修復に必要な成分(炭素)が髪の黒焼きに含まれていると言える。もしやアイスマンの入れ墨の痕跡こそ実はランパツソウをすり込んだのではなかろうかとも推理できてくる。灰やコゲは直火(じかび)で料理するこの時代の人々にはありふれた炭素素材だったのだからそれを利用したとしても不思議ではない。

アイスマンの文身(ぶんしん・入れ墨)の解読は面白いミステリーであるが、5300年前に今よりも洗練された鍼灸術がすでに出来上がっていたとしても不思議ではない。オレ流あんま論が少し鍼灸術へと振れましたが、按摩あっての鍼灸術なのです。中国医学における紀元前の治療とは全身を按摩して固い部位に鍼をほどこし、冷えた部位に灸をすえたのです。按摩あっての鍼灸。これが紀元前の治療でした。アイスマンも東洋医学の三大療法の恩恵を存分に受けたのでしょう。意外にも原始人は豊かな医療を手にしていたのかもしれません。現代人もがんばりましょうや!

2012.11.07 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 鍼灸指圧

オレ流あんま論(地の巻)

按摩は「手当て」であり、「二が手」にて身体を慰撫した端緒であり、医療の始まりである。東洋医学の聖典である「素門」においてももちろんトップの医療であるし平安時代にはこの我が国においても宮廷医官の位に按摩博士という役職が存在した。按摩とはかくも歴史と格式のある医療なのだ。しかし徳川時代の江戸期に盲人の社会的自立を促す目的で盲人の専業のような形になり少しづつ按摩という医療の社会的な位置づけが医療から慰安へと移行していく。その中で医療としての専門性が徐々に消失し世間的にも按摩という言葉がイコール盲人を指すような風潮へと至ってしまう。このような流れの中に「勝新按摩」は存在するのであり、私が按摩術とはあのようなものだけではないと反発するのは上述した如く歴史と格式のある医療としての按摩を知っているからである。

私と同じような憤(いきどお)りを感じた者が多数いたせいで江戸期には約11の按摩に関する専門書が発刊されている。その中の3名著とされるのが①宮脇仲策「導引口訣鈔・どういんくけつしょう」正徳三年(1713)、②藤林良伯「按摩手引・あんまてびき」寛政十二年(1801)、③太田晋斎「按腹図解・あんぷくずかい」文政十年(1827)である。この江戸後期の開国前40年に書かれた③オオタシンサイの「按腹図解」などは図入りで丁寧に解説されており文字使いをグッと意訳して現代語に直せば今の世の書店の健康本コーナーに並べてもさしておかしくない装丁と中身を備えている。しかし一般の方はおそらくはまったく作者の名前も知らずもちろん内容も知らないであろう。按摩術に関する専門書がこの日本の江戸期にすでに11書も発刊されていたという事実すら日本人は知らされていない。

そういう仕組みこそがマインドコントロールなのである。戦後GHQがおこなったことの一つが日本人のアイデンティティーを破壊するために歴史書のたぐいを消滅させたこと。その数は7000書とも聞いている。それが本当かどうかはともかくも日本が戦後の教育やメディア情報によってアメリカ礼賛を植えつけるかわりに、自国の文化や歴史を恥じたり劣っていると思わせる情報戦略をしてきたことは体感として事実と推測できる。この自国の歴史を恥じるような風潮は明治初期のエセインテリたちにすでに見られた姿勢でもある。近代化を急ぐ明治新政府の中枢にいた指導層たちは江戸期におさらばした挙げ句に江戸文明すらも否定するような習性すら身につけてしまったようだ。

東大医学部の設立期にドイツから招かれたスウェイン・ベルツ博士はこの明治初期インテリたちのこのような習性をなげき自国の歴史、江戸文明の遺産を少しでも尊重するように諭す言説を残してもいる。江戸期や明治初期にこの国を訪れた異人たちは開国と近代化という言葉に浮かれ様変わりしていく日本人の心性を観察し、嘆息したのである。近代化がもたらす文化破壊をつぶさに見た異人たちは国がのっとられ売国奴たちが跋扈(ばっこ)する瞬間を目撃したのである。

このような明治維新とGHQによるコントロールという歴史のプロセスを経て日本人の心の中から按摩術という医療はうっすらとした面影へと変わってしまった。それはただのはかない慰安であり誰にでも出来る単なる簡単な手当て法へとその地位を没落させられてしまったのだ。果たしてそんなに賤(いや)しい手技であろうか。簡略で安易に誰でも処方できる治療法だろうか。たとえ按摩の国家資格がなくとも勝手に治療師を名のり、あるいはリラクゼーションだと開き直ってエセマッサージを開業していいものだろうか?

この国では自動車を無免許運転しようものなら即座に免停を喰らうのに、医療である東洋医学に関しては実は免許などなく無法的に営業していけるのである。ちまたに乱立するリラクゼーション産業はほとんどが国家資格など有していない者たちがおこなっている。デパートやショッピングモールなどには必ずといっていいほどにマッサージに類似する店が出店しているのだが指圧師、按摩師、マッサージ師の国家資格を持つものなど皆無である。無免許運転はつかまるが無免許医業類似行為はつかまらないという法治国家ならぬ放置国家なのである。そこに垣間見えるのは明治維新の医学制度改革と同じ視点である。この時からこの国は自国の財産である日本の東洋医学を捨てたのだ。だから今も我が業界を守ろうとする気などさらさらないのである。

とっくにこの国は歴史や文化を捨てたのだ。それゆえに今後も東洋医学に類似する無資格者に何らかの対策を講じることはないと断言しよう。我が業界はエセリラクゼーション産業の台頭にやっきになっているがそんなことをしているヒマがあったらもっと徹底的に自分たちの医療をアッピールする方法を探ったほうが得策だろう。それには今やネットがあるのだし個人がこうやって真実を発信できるのだからドンドンとそれをやっていく事がすなわち無資格者対策になると想像する。

私は法律を笠に着てというのは好きではないが、それなりにお金を払い、それなりに医学を学び、それなりに修行した者が馬鹿を見るような行政を看過できるほど人間ができてはいない。だから少し無資格対策についての自分の意見を述べてみた。無資格者に身体をゆだねるのは個々人の責任においてすればいいことであるが、その営業形態は国が決めた法律に違反していることだけは確かである。モグリでも営業できる国とは随分と太っ腹と言える。

しかしそれが結果として医療としての按摩、マッサージ、指圧の地位をさらに貶(おとし)めていることもまた確かである。医療としての手技には歴史があり格式も存在する。そんなことは知らなくとも「二が手」は医療行為に応えてくれる。生薬の奥義を知らずとも生薬の力が発揮されて患者が喜ぶ今の西洋医漢方を批判することが馬鹿らしいことであるように、実は無資格者に物申すのは本当は馬鹿らしいことであるのは承知している。「二が手」にまで文句を言うのは野暮である。

流れにのって按摩シリーズの開講です。

2012.11.06 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 鍼灸指圧

極私的按摩手引(序にかえて)

按摩術ってのは実は根源的な医療なのであり、その起源たるや2000年前の中国の古い医書「素問」の中でも第一番目の医療であるとリストアップされていたなんてもんじゃなくて、ようは猿人時代のグルーミング(毛づくろい)やノミ取りにまでさかのぼることができると推測する。実際にこのグルーミングはお猿さんにとってはとても大事なリラクゼーションなのであり快楽ホルモンであるβエンドルフィンや催乳ホルモンであるオキシトシンなどがグルーミング中には分泌されるそうである。恍惚感と母性本能、他者を認知し思いやりいたわる感情がグルーミングによって培われていると言える。オキシトシンというホルモンは女性が子供を産んだ後に母乳を与えるうえで欠かせないホルモンという意味で催乳ホルモンとしての名が有名なのだが実はこのオキシトシンの効能はそれだけにとどまらずに実に応用範囲が広くかつ重要なホルモンなのが近年に至り解明されつつある。

このオキシトシンを抽出した液をスプレー状にして鼻へ噴霧するとかけられた者は他者を信頼するようになると言う。内分泌という体内へと分泌されるだけでなくフェロモンのように働き鼻の嗅覚細胞、もしくはヤコブソン器官を通して脳へとオキシトシン情報が伝達されることで脳内ホルモンとしてのオキシトシンが連動して分泌されるのだろうか。赤ん坊の頭皮からは快感ホルモンであるβエンドルフィンのたぐいが外分泌されているなんて記述も散見される。この赤ん坊の匂いもまた母子の絆を形成し健全な子育てには欠くべからざる物質のようである。我が身のつたない体験からもそんな気がしないでもない。子供を抱くと不思議と心が安らぐということはある。いやそれだけでなく一種の快感のようなものを感じることは確かである。だから用もなく子供を抱いて逆に子供にいやがられたりするのだが(笑)多分、子供の身体からは何らかのフェロモンのようなものが発散されているのだろう。あるいは柔らかい身体の感触が猿人のグルーミングのような効果を発揮するのかもしれない。

子供や他者の体温を感じ、重さを感じ、柔らかさを感じ、匂いを感じるからこそ他者をいたわる気持ちが芽生えるのである。この他者を感じいたわることが医療の原点である。医療の源はやはり猿人のグルーミングにまで行き着くようだ。お猿さんが人間よりも知的に劣るとか考えるのは実にヒューマニスティック(人間中心主義)にして愚かであろう。野生のサルは仲間が病気になるとキンポウゲ科オウレンの根茎をどこからか掘り採ってきてその病気のサルの口中にみんなでそのオウレンを詰め込むそうである。生薬名の黄連(オウレン)の効能は鎮静、消炎、止血、健胃作用である。別に生薬のガイドブックなど知らないだろう野生のサルが生薬の知識を使いこなし縦横に利用しているのである。薬事法も医師法もサルには関係ないのだから実にうらやましいとも言える。もっとも生薬だからって安易に処方できないのは何度か触れたがこのような猿人時代からの生薬の知識の集積こそが生薬医学、漢方医学の膨大な経験知となっているのだ。

だから5000年くらいの歴史なんてもんじゃない。人類史700万年と共にあるのが東洋医学なのだ。グルーミングが按摩の起源であり、オウレンを掘り採るサルこそが生薬治療の起源である。わたしたちは何が医療なのか?何が真実なのか?何が身体に良いものか?を本来的に知っているのだ。しかし頭でっかちの近代・現代文明の教育やメディア情報によってその持てる本能を曇らされてきた。それゆえに人々は健康への道に迷いインチキ医療を右往左往するハメに陥っている。文明というくだらない垢(あか)を徹底的に削ぎ落とせば猿人の感性を取り戻すことも可能だろう。それにはまずは我が身と対話することからスタートするのが良いだろう。

身体との対話こそが医療である。その窓口はやはり皮膚なのだ。いや二枚の膜である。この「二膜の内外」に命は存在する。「生命現象とは二膜の内外における適応命理な現象である」と言える。皮膚という大きな外膜、腸管上皮という大きな内膜が人体が外界に触れる二大膜である。ここからあらゆる外部情報、物質が流入してくる。それは血液に運ばれたり、皮膚の電磁波の流れる道を伝わったり、感覚器が受容した信号物質が電気に変換されて脳神経系へと伝わったり、いろんな方法で情報が集積されてくる。それは最後には60兆個の細胞膜という小さな膜に伝わりそこで細胞内へ入れていいものかどうかが吟味され良いと判断されれば細胞膜のチャネル(開閉口、ゲート、門、ドア)が開かれて細胞内へといたることになる。そしてさらに細胞質内に入った物質や情報は細胞内小器官によっても吟味されて取りこまれると、酸素呼吸や物質合成が開始される。ここまでが外部環境から内部へといたる経路である。

これを昔の人は Door In (導引)と呼んだのだ(笑)そして物質や情報は今度は細胞膜の内側からもと来た道をたどるように出て行きその間に細胞生理に利用されていく。これを昔の人は In Door (引導)と呼んだのだ(笑)導引術(どういんじゅつ)とは二千年以上前の気功のようなエクササイズであり呼吸術であり身体操術のひとつであるが、私個人の新解釈としてのドーァイン=導引説(ちっと苦しいな 笑)でしてあまり気になさらないようにお願いします。つまり膜の内外におけるドア(チャネル)の開閉現象が生命現象なのです。膜の内外で生命は躍動しています。だから膜に触れる医療だけが「適応命理」のプロセスを促進するのです。医療とは触れることで始まります。お猿たちは実に良い医療を手にしています。人間も負けてはいられません。按(あん)ずるは押し揉(も)むこと、摩(ま)するは撫(な)でさすること。按摩=盲人ではありませんよ。だから「勝新按摩・かつしんあんま」だけが按摩ではありません。勝新太郎が主演する映画「座頭市」の按摩シーンはあんま(笑)りにも馬鹿馬鹿しくて爆笑もんです。あんなやり方じゃあ受け手の身体がおかしくなっちまう。まあエンタメに文句言ってもせんないがあれはあれで大いに問題ある。

さて按摩礼賛とはまだまだいきませんが按摩のことってあんまり(何度も言うな 笑)よく知られていないからおいおい開陳しましょうか、という気になって少し記事にしている次第です。また気が向けば取り上げます。

2012.11.05 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 鍼灸指圧

おはし

医学界はIPS細胞祭りだろうけどこっちはそれどこじゃあない。そんな普通に簡単に使えない医療じゃどうしようもないわけで普段使いの安易に扱える安全で最良の医療を庶民は欲しているのである。たとえば指圧。これなんて二本の腕があり二つの手があれば誰にでも出来る。自分自身を自己按摩することも出来るし、人を癒すこともできる。

「少彦名の二が手にて撫でれば落ちる毒の虫押せば無くなる病の血潮降りよ下がれよ出で早く」の日本の古歌の通り、「二が手」さえあれば症状を取り除き快癒させることが可能な医療。だからってわけではないが今の世には類似業者が百花繚乱の様相を呈している。都内ではすでに60分3000円をきった激安のマッサージチェーンが流行りだしているようだ。こういう連中が指圧の国家資格を持つ有資格者を雇っているとも思えないのだが足裏をはじめエステ、タイ式、気功まがい、あらゆる指圧エセ産業が我が業界を侵蝕し始めている。

この流れは加速中であるが一向に政治的な、行政的な、司法的な措置は講じられていない。ウチの業界が躍起になって数年前に政治家に働きかけたが結局は国会において審議された後に破棄された。維新当時となんにも変わっちゃあいないよ。ようは徹底的に東洋医学はイジメに遭っているのだ。いじめられた末に鍼灸師たちは牙が抜けて闘う気力すら失ってしまったのだろうか?

どうも私にはあらたな闘志が湧いてきたようだ。なんだか最近は熱いぜ(笑)そりゃあともかくもリラクゼーション産業が幅をきかすのも煎じ詰めれば気持ちいい医療を庶民が欲しているアカシだろう。無資格者対策は今後も講じられないだろうし新手の「リラクお気楽業者」はこれからも手を変え品を変えて出現するだろう。しかしその中にはホンモノはほとんどいないと名言しておく。たかが指圧、されど指圧。

中国から伝わった按摩術の中から拇指圧迫法(ぼしあっぱくほう)という手技を抽出して指圧・シアツという分野を独立させたのはこの日本だけである。日本人の感性が指圧法を発展させたのだ。「二が手」から「二が親指」へと洗練したのである。按摩術はともすると曲手(きょくで)と称して手と腕をアクロバティックに操るマジシャン的な術に傾倒してしまう。床屋や美容院でたまにこの曲手が披露されたりするね(笑)あの手を合わせて袋のようにしてパンパンと叩く技法は袋打法(ふくろだほう)という曲手のひとつ。こんなとこにもちゃんと日本按摩の術のなごりがあるのだ。

それでこの曲手は確かに客観的にというか観客からは見た目にもなんか按摩やってるって感じがして面白いのであるが日本人の感性はこれを良しとしなかったのだろう。じっくりとゆっくりとじんわりと圧(あつ)を二本の親指で伝えるうちに何か得体の知れない生命力の賦活をその二本の親指の先から感じ取ったのだ。これがジャパニーズシアツの誕生だ。

幼き頃より二本のお箸(はし)を巧みに操ってご飯を頂くその錬磨こそがこうした日本独自の繊細な洗練を生み出してきたと私は推測している。そう指圧とはお箸の国が生み出した文化なのだ。肉をフォークでブッ刺す西洋人とはちょいとそのへんが異なるのだよ。お箸もほとんどは木製だろう。木のあたりはまろやかである。金属がカチンと歯にあたる感触なんて最悪じゃないかい?歯ってのは感覚器官だからね。ものすごい敏感な器官だそうだ。

歯が感覚器なら指先は同等かそれ以上だろう。この指先の感覚を研ぎ澄ませた医療こそが日本指圧、日本鍼灸である。どうしても利き手の指のほうが最初はうまく扱えるんだけどそのうちにもう片方の指も感覚が増してくる。そうして両刀使いに変貌するのだ。武蔵だね。宮本武蔵の二刀流もお箸の文化が生み出したのかもしれない。

さて二本の指先から私はこの20年間の間、じっくりとゆっくりとじんわりと人体の命のささやきを聞き取ってきた。それはそれは至福の瞬間を生きてきたのである。その中から見えてきた生命観を披露しているのです。「すべての生命現象とは内外環境に適応している姿である。そのプロセスを止めることなくすすめよ」とは命からの伝言なのだ。別に私のオリジナルってわけではない。「適応命理」な世界からのメッセージを伝えているに過ぎない。

そういう意味では私は生命界からの媒介者(メディア)である。実はみんなメディアなんだけどね。誰もが聞こうと思えば命の声を聞くことは可能です。親しい人に触れてみて下さい。愛妻の肩を押してみて下さい、愛する旦那の腰をもんであげて下さい、尊母、慈父の身体を慰撫してみて下さい、子供の背中をわきをこそぐって下さい。その中に命からの伝言がきっとあります。命との交流こそが医療なのです。細胞を切り売りすることでは決してありません。

医療の原点である「手当て」。この地点から離れないのが東洋医学です。

日本指圧、日本按摩、日本鍼灸よ、永遠なれ!

2012.11.04 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 鍼灸指圧

ネバーエンディング場所

日本医道史において明治維新の際に「脚気事件」という重大犯罪が発生したのだが、その後の130年間もの長い間だれもこの事実に言及せずにいたからこそ日本の医療費は馬鹿げた36兆円規模まで膨れあがり国家財源を圧迫しつつ国民は安穏と怠惰なライフスタイルを改めることなく世界製薬メジャーの餌食となって嬉々として暮らしているのだ。おそらく「漢洋の脚気相撲」などという言葉すら初めて聞いた人が多いだろう。

なぜか?こんなところに焦点が当たってみんなに注目されては困るから情報をコントロールしているのだよ。テレビあたりで一度でも取り上げたかね?たぶんないと思うよ。シュバイツァーだの野口英世だのiPS細胞だのそんなのばっかだろ。あるいはウメちゃん先生にブラックジャック、医療もののドラマの垂れ流し。こういう西洋医崇拝のマインドコントロールばかりなのが世間に流布する医療情報でありそういう大量の洋方礼賛な情報提供によってサブリミナル(潜在意識に植えつける)な方法で徹底的に国民を洗脳しているのだ。その中にほんの少しでも東洋医学の叡智を伝える情報がいままであっただろうか?わたしがみるところまったくといっていいほど「ない」のである。

メディアの大口スポンサーは製薬メジャーだろう。こいつらがスポンサーになった医療ドラマなどゴマンとある。医者ものドラマの帯ではおクスリの宣伝が行われる。まるで西洋医学カルト国家だぜ。メディアなんざ国民を洗脳する道具なんだから世に流れる情報の中に真実などほとんどないのは常識である。白衣のかっこいいドクターが患者と共に病魔に立ち向かう?冗談もほどほどにしろや!病魔なんざいやしないぜ。

病気や症状は身体が内外環境に適応しているいちプロセスに過ぎないのだ。そのほんの時間的な瞬間を切り取ればそれが病気であると診断されるのであるが、もしもそれをそのまま放置しておけばもしかしたら勝手に治るものだったのかもしれないのだ。早期発見したばかりに早期殺人の餌食になる場合だってあるのだ。(こういう事いうと早期発見が適切な場合があるとか、早く発見しなければ感染症が拡大してとんでもない事態になるとかそういう正論を吐く御仁が出そうだから弁解めいたことを言っとくけどそんなのは百も承知だからそんな事言わないでチョーダイ 笑 今問題にしているのはそういう事ではなくて全体論として医学界の風潮を正常化しようという目論見ゆえに比喩を多用しつつ真相を暴くということなのだから黙っていてね、優等生は!)さて、

中国のたいへんに古い本の「藝文志・げいもんし」の一節に

「諺(ことわざ)に曰(いわ)く、病(やまい)を得(え)て、之(これ)を治(ち)せざれば、中医(ちゅうい)を得(う)」

とある。この意味とは病気になっても医者にかからないでほっとけば中クラスの医者にかかったのと同じだよってこと。つまり自然治癒に任せるというのも治療法のひとつであると諭しているのでありヘボ医者にかかるとかえって悪化して殺されるハメになるぞと妄(みだ)りに医師にかかることを戒めているのである。漢の時代にすでにこんなコメントが遺されていたのだから医原病という医療が適切でないことから派生する病気がすでに2000年以上も前には常識だったのだ。小柴胡湯(しょうさいことう)を不適切に医師が処方して患者を殺すなんていう医原病のたぐいは已に2000年以上前には頻発した事件だったとも言える。それゆえにこのような格言が残されたのだ。

生薬であってもその中には劇薬が処方されている場合があることには前記時で触れた。薬には大きくわけて3タイプが存在する。一番いい薬である上薬とは日々の命を養う食でありこれがもっとも良い薬である第1位の上薬。第2ランクからがいわゆる生薬の部類になる。というかこのへんからはもう素人は手が出せない領域となる。この病状に応じて扱う薬が第2位の中薬。そしてもっとも注意を要するのが第3ランクの劇薬のたぐい。これは下手を打てば人を殺すゆえに断じて素人は手が出せない領域。トリカブトやチョウセンアサガオなどはこの部類に属する。

本ブログで取り上げている「食薬一如」にリストアップしてある食材たちは全部が全部この第1ランクの上薬。つまり生薬と言ってもこの部分はわれわれが今でも使えるものなのだ。そう食こそが薬なのでありそれこそが私たちの宝なのだ。漢方薬を扱う権利は奪われたがスーパーで自由に食材を求める権利まで奪われたわけではない。だから自由に上薬を手に入れることは今の鍼灸師でも可能なのである。何を思い悩むことがあろう。私たちには食という最良の薬が今でも易々と手に入るのだ。

「草根木皮これ小薬、鍼灸これ中薬、飲食衣服これ大薬、身を修め心を治めるはこれ薬源なり」通義録

この古い中国の言葉も貴い箴言(しんげん)である。その意味とは

「いわゆる漢方薬は一番下のランクの薬。鍼灸はそれよりは上のクラスの薬。良い食材を選び食べ過ぎ飲みすぎに気をつける、暑ければ衣服を脱ぎ、寒ければ服を多く着るなどして寒暑に柔軟に応対することはさらに上のクラスの薬を飲むに等しい、そしてそういうすべてをわかったうえで未病治の哲学を身につけて身心をコントロールすることを覚えたらそれはもう薬など必要のないユートピアな世界に生きることである」

私たちは気づけばユートピアな世界に生きることもできるのです。そのためには情報が必要なのです。その情報をコントロールしているヤツラに対抗するにはこっちも情報を提供するしかないのです。サブリミナル情報戦争です。これこそが「脚気相撲の仕切り直し」です。

相撲は続きます。終わることなく(笑)

2012.11.03 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 鍼灸指圧

上薬は口に美味し

だいたい東洋医学でない西洋医学が漢方薬を扱うこと自体がおかしいのだよ。だから小柴胡湯(しょうさいことう)を肝機能障害の患者に使用して逆に肝臓障害を引き起こして10人もの患者を殺したのだ。実際はそれ以上の人数を殺しているだろう。明治維新の際に漢方医から剽窃した、つまり「かっぱらった」生薬を使いこなせないから安易に処方できない漢方薬を安易に使用して患者を殺したのだよ。130年前の医学制度事変は「直ちに影響はなかった」かもしれないが100余年後に人を殺す結果を生み出したのだ。時の政府の関係者を国家100年の計も想像しえない能なしの馬鹿野郎と言っても何も問題はないだろう。明治天皇の御意にこそ国家を国民を思う誠が存在したのである。

明治天皇は漢方が好きだったそうだ。なんでも自分の症状が漢方医の処方によって消失し快癒した経験があったようだ。それが漢方医を信頼する契機になったのだろう。美智子皇后は岐阜大学に在籍した故・千島喜久男博士によるニワトリの卵の雄雌産み分けの技法を参考にして食養をしっかり行ったので第一子、第二子ともに男児が出産できたとも聞いた。天皇家こそ日本の医学の精髄をよく利用したらいいだろう。もちろん東洋医学のみを推奨するほど私は偏狭で愚かではない。現天皇が心臓手術により命を長らえているのも承知している。だからといって東西医学が固く手を取り合えば、などという優等生的な発言をする気は今後も毛頭無い。

ウツ傾向でお悩みの次期皇后は首の凝りに原因があるだろうと推測している西洋医がいる。もちろん首の凝りも原因しているだろう。しかし首の凝りは肩甲骨や肩先である肩峰(けんぽう)付近へと波及し、肩甲間部(けんこうかんぶ)から背部(はいぶ)へと流れ腰部(ようぶ)へと達し、腰部から足全体へとつながっていく。また肩峰からは上肢へと至り手先へと通じるのだ。背中の凝りは脊髄の脇を起点とする自律神経の機能をいくらかおかしくするゆえにすべての内臓へと影響していくから当然に腹部や胸部の臓器もおかしくなってくる。こうしてすべての部位は体表と密接に連携しながら身心の恒常性を維持しているのである。

だから首の凝りだけが原因ではない。しかし首の凝りをよくほぐし凝りの本体である頸部の筋肉内の細胞質に溜まった乳酸タンパク質を除去することは細胞質の浄化を促進し細胞を賦活しミトコンドリアをはじめとする細胞内小器官をよく活性化することにつながる。ミトコンドリアが生き返ればATPが大量に供給されてくる。身体もシャキッとする。ウツ傾向には首を温めることを推奨したい。

特に温灸(おんきゅう)などが最高だろう。首を温灸で温めると実に気持ちいい。(※ 当てている時間とかにプロの技量が必要ゆえに素人にはおいそれと勧められない。「灸あたり」で頭痛を起こすから長時間はこのクビには温灸をあててはいけません)あたためている間に頭がスッキリしてくるし眼もハッキリしてくる。眼のハッキリ感はそれは見事である。世の中が明るく見えれば気分も明るくなるのである。視界良好とはこのことよ。老眼気味だからさ、俺も(笑)時々、手前味噌だけど温灸を利用するのさ。こんな気持ちいい素晴らしい医療遺産を安易に処方できる鍼灸医ってのは実に幸せ者である。はいここ実に手前味噌です(スンマセン 笑)

でも冗談抜きに温灸は気持ちいいのよ。前にも言ったけど「どこでも温泉ドア」ね。特に首と腰は必ず「温灸温泉」に浸(つ)かるようにしてる。この2部位には何度も着目してるけどこの人体2大ジョイントにこそ身体を賦活する鍵があるのである。頭と腕2本と胴体がくっついているのがネック付近、上体である頭、腕2本、胴体と足2本が接合しているのがコシ付近。この「クビコシ2点セット」の凝りや疲れを取り除いておけばウツにもならないし身体はいつも壮健である。ここに着目した西洋医はすでに明治期に存在している。ここを温めてHSP分泌を促せばウツなど吹っ飛ぶだろう。一番いいのは予防的に治療すること。発症してからでは遅いのだ。常に医療とは予防で先手を打つのである。これこそが上医の上医たるアカシである。

「漢洋の脚気相撲」の結果が惨憺たるものだった洋方医サイドがあろうことかその後の医学制度改革の際にこっそりと堂々と漢方薬を扱う権利を西洋医のみに与えるように画策する。つまり脚気治療に絶大な実力を発揮した生薬治療の権利をそっくりといただいてしまうことを思いついたのだ。それは嫉妬だったのだろうか。あるいは憧れだったのだろうか。洋方医は海外から招いた医学者たちに舶来の医学だけ学んでいれば良かったのになぜ生薬すらもその手中に収めたのか?謎である。西洋医には漢方薬などおいそれと扱えるわけがないのだ。

「神農本草経・しんのうほんぞうきょう」は生薬を3ランクに並べ替えた画期的な書であるがその第1ランクは食である。毎日摂取して問題ない命を養う生薬は第一位の上薬(じょうやく)。第2ランクは毎日摂取してはいけないが病状のある時に摂取すると効果を発揮する薬、これが第二位の中薬(ちゅうやく)、第3ランクは劇薬であり絶対に素人が処方してはいけない薬、これが下薬(げやく)。つまり漢方薬として巷で使用されているものには中薬や下薬すらも当然含むのである。だからとてもじゃないが素人には使いこなせるものではないのだ。そんな簡単なイロハを知らない素人同然の洋方医がいったい何をとち狂って生薬を扱おうなどと思ったのだろう。

維新の医事改変はいったい何だったのか?まだまだ疑問はつきない。グローバリズムの申し子である世界製薬メジャーが明治新政府の背後にいたとも思えない。もしそうなら単純に伝統医学をつぶすのが目的だったと短絡できるがどうもそんな風でもないようだ。ただ言えるのは生薬を奪われた鍼灸師はいまも漢方薬を思うとなぜか苦い味を舌に感じるということだ。良薬であるが口に、心に、苦い思いを起こすもの。それが私にとっての生薬である。

スイート&ビターな相撲談義、おわりが見えませんな(笑)

2012.11.02 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 鍼灸指圧

ケリをつけるにゃまだ早い

「漢洋の脚気相撲」はハッキリ言えば単なる八百長だったのだ。八百長って言うか「物言い」がついたまま審判不在で130年間ものあいだ相撲取りは土俵際で立って待っていたんだよ。まだあそこに立ってるじゃん、ってどこだよ(笑)ここだよ。この脚気事件の詳細を自分なりにつまびらかにし一体何が起こったのかを正確に把握しそれを何も知らない今の世の人々に伝えることは実は鍼灸師にこそ課せられた使命であることがやっと自覚できた次第である。この神田一橋の脚気病院が閉鎖された翌年の明治16年に医術開業試験がガラッと変わってしまう。西洋医学を学んだ者にだけ医師資格を与えるという漢方医にとってもっとも屈辱的な制度「改悪」 が行われる。その時に漢方医を生業としていた2万3千人はこの医術開業試験が実施されたのちは、しぶしぶ西洋医学を学んで西洋医になったうえで漢方医を標榜するか、もしくは廃業転業を選ぶかの二つしか道は残されていなかった。改変時点で漢方医であった者はその代はそのまま漢方医を継続できたようだがその次の代からは西洋医を選ぶか別な職を選ぶかしか道はなかったのである。

この「医学制度事変」とも呼べる明治維新の医学制度改革がいったいなにをこの国にもたらしたのか?これは実にとんでもない「事変」であったのだ。この国の根幹が揺らぎ土台が崩壊する序章だった。国とは人によって成り立つのだ。国民という人がいてはじめて国家が成り立つ。そして国民の健康の良否はそのまま国家の健康を左右する。国家が健康とは他国と良好な関係性が築けながら自治的な独立権を保持することである。これには深い胆力と洞察ができる政治家が必須である。その政治家を選ぶには国民の確かな判断力が必要である。確かな判断は確かな身心があってこそ。確かな身心とは身心が健やかであるということである。つまり国民が健康でなければ良い国家などありえないのだ。国民の健康こそが国家の命運を左右する。明治維新とは医学制度を改変し国家の存亡を危うくした端緒である。

さて今のご時世ははたして国家が健康と言えるのか?とてもじゃないが健康ではない。放射能は相変わらずに垂れ流し、爆発した原発は収束もかなわずに放置、政府統治側は汚染には見ざる言わざるを貫き、ガレキを全国へと搬送し焼却し濃縮した噴煙をパンプキン爆弾よろしく熱烈投下中。静岡県はここ西部地区は浜松、島田、静岡地区で燃やしているのだ。この3地点はかつて模擬原爆のパンプキン爆弾が落っことされた場所。まったく冗談もほどほどにしろや!なんでまたこんな目に遭わなけりゃあならんのだ。ハロウィンだって?ちっ、白人コンプレックスもここに極まりか。なんで他国のわけがわからん風習を日本でやらなアカンのや!パンプキン爆弾を連想するからやめてくれよ。

人体実験だぜ。風呂桶みたいなドデカイ爆弾が降ってきて一瞬にして落ちた場所の人間が吹っ飛ばされたんだよ。なにが自由の国アメリカだい。人殺し国家だよ、単に。この米帝の中枢には本当に悪魔みたいな連中が棲まっているのだろう。じゃなければこんな残虐なこと平気で出来ないよ。なんでも彼の国では極秘裏にプルトニウムを18人の患者に注射したり妊婦800人に放射性の鉄元素を飲ませたりして胎児にどのような結果が引き起こされるかすら実験していたって言うじゃないか。悪魔も舌をまくぜ。生まれた赤ん坊たちは絶対に幼児では罹患しないような癌や疾病で早々とこの世を去ったそうだ。当たり前だよ。プルトニウムは鉄と置換されて体内に吸収されるから放射性の鉄元素を使って赤血球に付着するプルトニウムの体内動向を探り、その放射能を含む母親の血液によってどんな影響が胎児に現れるのかを調べたのだろう。赤ん坊は母親の血で作られていくのだから母親のヘモグロビンに付着した放射性鉄はそのまま赤ん坊の身体を構成する原料として使われていく。まさにアトミックベビーだよ。これがリアルなラララ科学の子じゃないのかね。ちゃんと放射性元素の毒性を理解したうえで原爆を投下し原発を推進してきた悪魔がいるのだ。そいつらが脱原発の本当の敵だ。世界原爆原発利権との闘い。

なんかだいぶ相撲が怪しげで世界規模になってきた(笑)流れだったんでご容赦を。それで話しを少し戻すと、漢方医はすでにこの国では絶滅してしまったことは良く理解できたと思います。日本にかつていた世界に誇れる優秀な漢方医はすでにこの世にはいないのです。わたしたちのご先祖様の生老病死を見守りはぐくみ導いてくれた医道の達人たちはこの国のくだらない開国騒ぎの最中に絶命させられたのです。何を失って何を得たのか?失ったものはとてつもない財産であり得たものはトンデモナイ災厄だったのです。

漢方医が消滅し、鍼灸師が誕生する。しかしこの鍼灸師には生薬を扱う権利が与えられなかった。西洋医なら漢方薬を扱える?なんだかわけがわからんだろ、普通は。ようは西洋医が漢方薬を略奪してしまったんだよ。これが統合医療のはじまりだろ。もう1回やったら完璧に東洋医学は西洋医学に吸収されて完膚無きまでに日本鍼灸、日本漢方、日本指圧はこの世から消滅するぜ。それがわからないで何が統合医療だよ。もうすでに生薬を奪われているだろうが。鍼灸まで奪われたらなんにも残らないじゃないか!

東洋哲学も知らない、陰陽五行理論(いんようごぎょうりろん)も知らない、経絡(けいらく)も経穴(けいけつ)も知らないわからない、引経報使(いんけいほうし)もまったく知らない。ほとんど何にも知らなくて生薬を扱っているのがキョウビの漢方薬を扱っている者たちだろう。たとえばある経絡が特徴的に傷んでいるのを肌を触診して感じた場合にはその経絡に流れ込む性格をもつ生薬を加味するのが術者の匙加減であり術者の腕の見せどころ。それが出来るのは「生薬の引経報使」が頭に入っているから。身体に入っているから。こういう臨機応変の処置を随時施していくのが漢方の奥義なのだ。ある生薬がある経絡に流れていく。そういう生薬が体内をたどる道筋が見えていなければ本来は生薬など扱えないのだ。「ある生薬はある経絡に引かれていきそこで使われて薬能を発揮してその経絡を治療する役目に報いる」というのが「引経報使(いんけいほうし)」という薬理思想。シナモンである桂枝・ケイシは12経絡へと他の生薬を導く船頭役である、というのがケイシの引経報使。

こういう生薬のイロハすら知らずに漢方薬を使うから小柴胡湯(しょうさいことう)を安易に処方して肝臓障害の副作用を引き起こす事件が起こったのだ。これは生薬の副作用ではないのだ。断じてない。これは誤治(ごち)というのである。つまり術者が未熟だから患者に適薬を選択できなかった結果起きた現象に過ぎない。漢方薬には副作用などないのだよ。あるのはただ誤治のみなのだ。それを漢方薬にも副作用と報道する。これもひとつのマインドコントロールである。西洋薬と漢方薬を同一のもののように思いこませていくという洗脳だろう。そんなわけで本来は漢方薬などおいそれと扱えるシロモノではない。それを医師資格があれば易々と扱えるように医事制度を改革した明治維新。どこに真実があるのかはうっすらと推測できてきましたでしょうか。まあ、まだまだかね。

なかなかこの明治維新のフタは重いよ。近代化とか開国とか富国強兵とか大陸への進出とか戦争をもいとわずとか、早い話しが戦争をしたくてウズウズしていた明治新政府が維新のお祭り騒ぎの中でこの国の医道の清流を濁流とし医道をメチャクチャにしたことだけは確かである。明治維新とは日本医道史における重大犯罪が行われた地点である。このポイントに立ち返り今を照射することで新たな認識が生まれるだろう。相撲はその時に本当の意味で仕切り直しとあいなるだろう。その日は近い?遠い?

てんでわからんねぇ(笑)

2012.11.01 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 鍼灸指圧

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