草木虫魚を友とする 2

セミが鳴いている。ミンミンゼミだ。あのセミの鳴き声は少し滑稽だけど耳に強く残る。今朝方に羽化したのだろうか?誰に教わるのでもなくイキナリ元気な声を上げている。クマゼミもニイニイゼミも鳴いている。セミがまだ鳴いてくれる地区に住んでいる幸せを今夏も噛みしめよう。

セミは木の皮にへばりつき樹液を吸う。3〜17年間の幼虫時代も樹根から木の養分を吸って大きくなる。成虫になって吸うのは特に糖分であるそうだ。植物の細胞壁はグルコースという多糖で覆われており、乾燥や紫外線などにより自分自身が傷つけられる事を防ぐのが細胞壁のグルコース、多糖体である。

この植物の細胞壁の多糖は311後に人々を悩ませる放射線障害を軽減緩和し予防する効能があり、ある鍼灸師などは311直後からずっとこの多糖の効用を力説し続けていた。あっ、その鍼灸師ってのは俺だけど(笑)果たして私ごときの妄言を信用して実践した者が何人いたのかは定かではないが、多糖の効能はやはり信用に足ると確信している。

セミはけっこう長く生きるらしい。土中で長きを過ごし成虫になると1週間という定説はどうも疑わしく、成虫でひと月くらい生きるなんて説もあるらしい。なるほど、定説なんてものはやはり当てにならないね。おっ、アブラゼミが仲間入りしてきた。ミンミンゼミは一休みしたのか?

ギリシャの医聖ヒポクラテスはヤナギの樹皮を消炎鎮痛目的で使用していたそうだが、後にヤナギの樹皮からはサリチル酸という成分が発見される。このサリチル酸をもとにアセチルサリチル酸を生成したのが消炎鎮痛剤で有名なアスピリンである。このヤナギの樹皮に含まれるサリチル酸はほとんどの樹皮に含有されているのである。

なぜ植物はその細胞壁に消炎鎮痛剤を保管しているのか?なにも人間のために、いや、製薬業界のためにサリチル酸を分泌してくれているのではあるまい。ようは植物だって細菌やウイルスに感染される事があるし、あるいは虫にかじられたり、強風でモノがあたり傷つき、炎症や痛みを起こすのだろう。そんな時のために自前で消炎剤、鎮痛剤を用意しているということなのだ。

そんな植物さんの側の事情には頓着せずに人間は植物の樹皮の薬効に古くから目を付けて利用してきた。アマゾンには「龍の血」と呼ばれる植物があり、その樹液の薬効の素晴らしさに南米のネイティブたちは助けられてきたし、松ヤニは中国漢方では松脂(しょうし)と呼ばれる生薬であり消炎剤として主に膏薬に利用された歴史を持つ。

この松の樹皮にも非常に優れた抗酸化物質が含まれるそうで、原発大国もとい文化国家?であるおフランスなどでも注目されているみたい。まあ、俺は西欧かぶれを卒業したから、舶来発のものにはあんまり気が向かないけどさ。

おいおい、でも中国漢方では古くから使われてきたのだし、松はカミさんの実家の浜辺にもいっぱい生えてるし、松に罪はないんだからつまんねぇケチな了見だすなよ(笑)

アブラゼミはよく松に止まって鳴く。けっこうギーギーうるさいね、あいつは。ウチのうば桜や梅の木でも鳴いてる。セミってのはほんと一生のあいだ木に養われて生きるんだね。だからセミの抜け殻は生薬名を蝉退(せんたい)と称し、解毒、消炎、解熱、皮膚病、腫れ物なんかに効があるとされ、消風散という皮膚掻痒症を治する漢方薬の原料になる。

蝉の抜け殻にはサリチル酸をはじめ樹皮、樹液がもっていた薬効エキスが濃縮しているのだろうか?古代中国の大森林では治療家たちが夏の風物詩としてセミの抜け殻を拾い集めたのだろう。

「草根木皮これ小薬、鍼灸これ中薬、飲食衣服これ大薬、身を修め心を治むるはこれ薬源なり」

草花や樹液で生かされる虫たちは生まれながらにして食薬一如の一生を歩む。人間もまた同じだったはずだ。

おっ、またミンミンゼミが鳴き出した。

原発を止めた先にある文明は草木虫魚を友とする健康な文明であってほしい。

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2013.08.06 | | コメント(76) | トラックバック(0) | 墨興安国論

僕とあなたの生きる道

311でフクイチがはじけてしまったわけだけどさ、あそこには広島原爆の500倍量のウランがあったわけ。それが今までの2年余でどれだけ放出されたのか知らないけど、溶融燃料がどこ行っちゃったかいまだに誰も正確には把握していないんであって、地下のどこかで4000度超のウラン燃料がグツグツと煮えたぎっているって考えるのが自然だわね。いつぞやには北関東で有志がガイガーカウンターでもって強風の最中に子供たちが遊ぶ公共の公園で計測したらアメリシウムやプルトニウムが普通に検出されていた。プルトニウムだよ!肺胞組織に付着してα線を放てば確実にその細胞がガン化する地球最強の発がん物質が普通に舞飛ぶ国がポスト311ニッポンなの。なのにさぁ、富士山が世界遺産?東京オリンピック?アベノミクスで株価が上昇?ガレキで絆?こんなのみんな目くらましのショックドクトリンに決まってんじゃん!馬鹿にするにも程がある。放射能まみれの山が何で世界遺産なんかになるんだい!新手の地上げかよ?ふざけんなってぇの!何で怒らんのじゃ、日本人は?もう北半球全体が放射能まみれになってるのにさ。みんな呑気なもんだぜ。

内部被曝ってのはさ、ようは細胞をラジカル化するわけよ。細胞内に侵入した放射性同位元素はその強い放射線のエネルギーでそこいら中の元素を不安定化して電子を吹き飛ばすから付帯電子をもった極めて不安定な元素が大発生する。これを活性酸素とかフリーラジカルと呼ぶ。スーパーオキシド、過酸化水素、ヒドロキシラジカル、励起一重項酸素分子、なんかを活性酸素と呼ぶ。そんでこいつらは電気的に不安定だから他の元素とくっついて安定したい性格を持つ。どうもこの性格が良くないわけで、例えば細胞膜の脂質とくっつくと脂質ラジカル化を起こしてしまう。これを老化現象とか酸化とかラジカル化と呼ぶ。細胞膜ってのは細胞生理にとって最も重要な部位だからそこがおかしくなれば全体がいかれてくる。細胞膜のイオンチャネルでは必須イオンがやりとりされてるし、情報伝達に関わる最重要な部位が細胞膜だしね。膜こそが生命をつなぎとめる器官であり機能。膜が酸化せず健康なら見た目も全体も若いわけだ。通常は、アポトーシスしきれなかった不良品のミトコンドリアが活性酸素を漏出することで体内が酸化して老化していくんだろうけど、内部被曝するとこりゃあタイヘン!一大事!ラジカル物質が大発生!活性酸素・フリーラジカル祭り!いきなり若者が年寄りになっちまうような内部状態になるというわけだぁね。浦島太郎じゃあないけどさ、活性酸素の煙がぼわわわ〜ん、老化が加速度を増して進行しちまう。で、マクロな体感としてブラブラ病だの免疫低下だの易疲労性症候群だの自律神経失調症だのがいっぺんに襲ってくる。そういう異常な事態が今現在も着々と進行中なのが極東ジャパン住民の体細胞60兆個。

ミトコンドリアってのは電子伝達系においてATPを産生する過程で必ず活性酸素が発生してしまうからそれを消去する酵素を持っている。SODと呼ばれる物質で抗酸化酵素。スーパーオキシドディスムターゼなんて勇ましい呼び名で呼ばれる酵素ね。これもまたミトコンドリアが自前で産生しているんだろうね。物の本には「動物の最大潜在寿命の長さと組織比代謝率とSOD活性の間には明確な相関がある」と書いてあって、ようは、早い話しが年喰ってもちゃんとSODが分泌産生できる者は長生きするってこと。そんじゃあさ、活性酸素祭りに対抗するにはSOD祭りにすればいいって算段ができてくる。で、どうやったらSOD祭りに出来るのか?だってさぁ、SODを産生してくれるミトコンドリア自体が被曝して疲弊廃絶してしまうのが内部被曝なんだぜ。SODを造りようがないと来た。ねっ、救いようがない事態が進行中なのがこれで理解できるでしょ?

って、このままじゃあ本記事を書いた意味がない(笑)ようは抗酸化物質ってのがあるからさ、そういう良い物質を頂くとね、体内に発生した活性酸素のたぐいを無毒化できまっせと言いたかったのです。ビタミンA、C、Eとか、植物色素のアントシアニンとか、ポリフェノールのレスベラトロールとか、フラボノイドのルチンとかイソフラボンとか、まあそういった野菜や果物や穀類や豆類に含まれるよい素材が私たちの強い味方になってくれるから積極的にこれらを頂いて、疑似SOD祭り状態を演出し続ければポスト311にあっても活路は見いだせまっせ、そうだ、ほら、腸内細菌がビタミンを産生してくれるからやっぱ発酵食品は必須よね!ウフッ(笑)

おあとはよろしいようで。

2013.05.21 | | コメント(4) | トラックバック(0) | 墨興安国論

命から始めよ

昭和初期の鍼灸界の名人としてよく名が挙がる沢田健の口癖は「医道乱るれば国乱る」であった。今イチすっと腹に落ちてこない言葉であったが、ここに来てようやく腑に落ちてきた。なるほど。例えば今、私の脳裏に湧いてくるスポーツの弊害なんぞは、まさに医道から外れたが故の亡国政策であろうと確信しつつある。明治維新からこっち、この国はやたらとあらゆる領域で欧米の真似さえすればいい、という真似っ子政策1本で来た。何もかも舶来モノなら素晴らしいと洗脳されてここまでやってきた。医学もしかり、科学もしかり、教育もしかり、体育もしかり、政治もしかり、経済もしかり、宗教も?しかり、哲学もしかり、何でもかんでも真似してきた。それが近代化である、文明開化である、と錯覚し続けてきた。

キチガイにも程がある。日本には日本独自のやり方があって当たり前であろうに。なぜ真似ばっかりするのだね?誇りがないのか?自尊心はないのか?真似する事が恥ずかしくないのか?中国の製品が他国の真似ばかりであると揶揄する向きがあるが、テメエの国なんてそっくり欧米の文化をぱくった近代史ではないかね。よその国の批判なんかできやしないぜ!まったく御粗末極まりない近代130年をこの国は歩んだのだ。

廃刀令、廃仏毀釈、こんな凄まじい暴挙をしでかしたのが明治維新である。何が文化だい?路傍のお地蔵さんを片っ端から撤去して、漬け物石にし、玄関の踏み石にする。よくもまあこんなトンデモない仏罰があたって当然の所業ができたものだよ、まったく。罰当たりな近代がもたらした罰の最たるものが原発事故だろうね。武士の心、いや、日本人の心である刀を全部巻き上げて奪い取ってしまった。日本人から情緒ある心が消えていくのは当たり前なのだ。こうやってあらゆる領域で日本らしさが消失していったわけだ。武道の変わりにスポーツが導入された。なんだいスポーツって?軽々しい言葉だよ。もとは気晴らし、みたいな意味の英語らしいがね。気晴らしどころか、このスポーツがとことん子供の心身を痛めつけるトンデモない国乱し、のもとになっている現実があるのだ。スポーツくらい身体に悪いものはない。とくにまだ未発達の子供がスポーツをする事は本当に注意深くあらねばならないのである。

長管骨の中では骨髄造血が行われる。大腿骨や腓骨、脛骨など足を構成する長い骨の中では盛んに血液が造られている。その足を酷使するサッカーや野球、バスケ、バレーボール、体操などなど。地面というか平地において重力負荷がかかってくるすべてのスポーツはこの骨髄造血の本場、足の骨をもろに急襲する。特に膝関節の関節骨頭などが痛むともう目も当てられない。この関節部において骨が膨らんだ部分では白血球が造成されているのである。この部位をジャンプなどして重力負荷を加算すると、白血球造成がおかしくなり、免疫力が低下する事態が引き起こされる。幼児などは歩かせ過ぎると必ず熱を出す。遠足の後、運動会の後、旅行の後などに子供は熱を出すものだが、これがまさに関節の疲れから起こる免疫低下現象である、とはっきり認識している教育関係者、スポーツ指導者は皆無であろう。つまり、子供たちの身体について深く広く熟知し、いたわる気持ちを持っていなければいけない者たちに、そのような知見がいっさい無いのである。

幼少期からスポーツ熱に取り憑かれて熱心に練習し過ぎると子供の心身をボロボロにしてしまう。こういう認識がまだまったく一般化していないのである。なんでも早期教育、早期完成を目指せばいいというものではないのだ。子供の身体は細胞分裂を繰り返しながら細胞数を増やして、ようやく24歳にして成体に変わる。24歳になると細胞数は増やすのではなく、今度はリモデリング、細胞を新旧入れ替えるシステムに移行する。だから習い事も24歳頃を目指して始めたらいい。そうすればじっくりと取り組めるだろう。分裂し増えてくる細胞にしみ込ませるようにピアノを習う。そんなやり方なら子供の才能もおおいに伸びるはずだ。何でも早く、早く、早く!あ〜まったくイヤだぜ。近代化なんて勇み足のろくでもないシロモノだったんだ。

すべてを総ざらいする時期がとっくに到来している。311はその契機である。科学万能に対する警告が成されたのだ。頭デッカチの近代人が猛省すべき事象が発生中なのだ。医道は乱れて久しいが、医学界から被曝防御の方策はまったく提示されていない。事態は静かに激しく進展している。権威も学歴も役に立ちはしない。誰も内部被曝を防ぐ方法など知らないのだよ。だったら自分で情報を収集し実践するしかあるまい。真似っ子政策では間に合わない事態がやっと訪れたのだ。さあ個々人の出番である。自分で必死になって思考し想像し解決策を編み出すのだ。奴隷化の近代教育の呪縛から解き放たれる絶好の機会である。すべてを疑え!ここ130年の近代現代史を俯瞰すれば、近代化など単なるグローバル勢力の植民地化、奴隷化であった事を悟るだろう。奴隷であり続けるのか?独立するのか?その分岐点に立っている。

医道治むれば国治む。

命の本源に返れ!

2013.04.23 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 墨興安国論

命短し、養生せよ、乙女?

日本の国家運営には常に良からぬ介在者が存在していることは気の利いた者には最早常識となりつつあるのであり、それは米帝とかグローバル資本とか呼ばれる連中で明治維新後にしっかりとこの国に食らいついた毒素である。この国の健やかな命のプロセスはことごとくこの毒素である介在者によって邪魔されてきたゆえに今の日本はここまで没落しているのである。諸悪の根元である介在者は戦後65年にも渡り政権与党と二人羽織を演じわが国の資産をかっぱらい続けたのだ。あろうことかその二人羽織であり原発事故の張本人である犯罪政党がまた与党に返り咲いたのである。救いようもないほどに国民の民度もまた腐っているということだ。もうこの国はダメかもしれない。

まるでずっと降圧剤を投与された人体にそっくりである。飲み続けなければ血圧が上がって血管がはぜて倒れるかもしれないからと脅されて洗脳されてずっと降圧剤を飲み続けると一体どうなるのか?毛細血管の直径は7ミクロンという微小な広さであるが赤血球もまた7ミクロンの直径をもつ血球である。ほとんどアソビというか隙間のないパイプの中を赤血球はくぐりぬけながら全身の60兆個の細胞へ酸素や栄養素を配っているのであるが、この速さたるや実に高速であると言われている。心臓を飛び出した赤血球はわずか22秒間で全身の51億本の毛細血管をかいくぐりまた心臓に戻ると言う。

そのためには18万ポンドもの圧力が心臓に必要なのであるが実際には心臓の拍出力はわずか1ポンドしかない。残りの17万9999ポンドは一体どこにあるのだろうか?恐らくは全身60兆個の細胞が吸引する力がそれだろうし、あるいは血管壁じたいが心臓と連動して収縮と弛緩を繰り返して血液を運ぶのだろうし、また全身の600余の筋肉も補助として血流の促進に貢献しているのだろうし、腎臓も肝臓も肺も心臓も主になって血液を牽引するだろうし、血球や血漿もまたみずから望んで高速で流れようとするだろう。だから色んな組織や器官、全身すべてが協調することで血液の高速回転が実現しているとみて間違いない。

このようにシステマティックで神秘的で有機的な血液の流れに降圧剤という介在者が侵入するのである。血圧はすべての有機的な血流を統合するタクトの役目を果たしているのである。そのタクトを降圧剤に横取りされて勝手に振り回されたら細胞と血液が奏でる血流の美しいシンフォニーはメチャクチャでデタラメな狂想曲と化してしまうのは自明だろう。そうしてメチャクチャにされた有機的な血流の調べはやがては細胞を疲弊させすべての細胞を機能低下させてしまう。それが脳梗塞や認知症や聴力低下や白内障や腎機能&肝機能障害や癌をもたらすのもまた自明なのである。

血圧を下げれば血液は全身に回らなくなる。血液が来なければ細胞は活動できない。ヘタをすると壊死してしまう。こんな簡単な理屈もわからずに降圧剤は多用され飲み続けさせられている。私の祖母もまた長きに渡り25年ほど飲まされていた。お陰で白内障になり耳は聞こえなくなってしまった。それでも80歳を過ぎた頃に孫のひとりが鍼灸師になり祖母の身体の手入れを始める機会に恵まれた。オレだよ(笑)少しづつ東洋医学的な思想を注入していき、ある時に降圧剤とキッパリ縁を切ることを敢行した。クスリを飲んだ後に「頭の中でゴンゴンと音がして気持ちが悪い」と表現した祖母を母が説得することで降圧剤と縁が切れたのである。

それからは週2回の鍼灸按摩治療を欠かさずに日々を健やかに暮らしている。現在97歳であるが下の世話にもならず、自力でトイレにも行き、何でもおいしく食べることができ、人の世話を焼くほど認知機能もシャンとした壮健な身心である。昨年よりもむしろ今年の正月の方が食通りが良かったとみんなで感心した次第である。

歳をとれば老いていくのは当たり前だとか、加齢による症状だからあきらめろ、などとうそぶく医療者に私は言いたい。それは貴方に老いを克服する医術がないと広言する実に恥さらしな吐露行為であると。老いはいくらでも克服できるのです。80歳を過ぎてからの養生法の実践においても認知症は予防できるのです。祖母はすでに15年ほども鍼灸按摩治療を継続していることになる。この継続治療こそが祖母を認知症から防いできたのです。

わが国は降圧剤ならぬグローバル資本という毒物によって限りなく汚染され国土の隅々まで疲弊し機能低下してしまいました。もはや自浄能力も望めないほどに国民の認知機能も低下していることは先の衆院選挙の結果からも明白です。国家とはこうして滅びていくのでしょう。それはもう個人の力ではいかんともしがたいのです。グローバリズムという実に幼稚で浅はかな思想を持つ経済ギャングにとっては人々の命すらもマーケットの対象なのです。降圧剤を投与し続けなければやがて血管が破裂するぞ、などという恐喝医療もまたグローバル資本たちが持ち込んだペテン思想なのです。

個人として反抗できる領域は養生法の探求です。すべての医学常識を疑い我が身の実践をもって養生法を探求するのならばそこにはグローバル資本が介在できないユートピアが実現できるのです。それを本ブログで私は勧めているのです。

国家などカンケーねぇよ。我が身さえ健康ならばきっといつか希望も見えてくる。

インシュウシンカンズイトウソウゲンミンシン!歴代中国もまた国家は栄枯盛衰を繰り返しましたがそれでも人は絶えず今や13億もの人間がかの大陸には棲まっているのです。

日本もやがて人口が急激に減ります。首都圏をはじめ全土が広範囲に被曝したのですから「人口学的半減期」がまたわが国の民に襲いかかるのです。

それでも健康でいさえすればまたその先も見えてきます。

諦めずに日々の養生に徹しましょう!

2013.01.13 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 墨興安国論

祈り

肥田春充翁は幼少の頃は「かや棒」と呼ばれるほど身体が細く弱かったのだが、青年期に一念発起し肉体改造をはじめ西洋式のマッスルトレーニングの弊害を身をもって経験した後に独自の導引法ともとれる「肥田式強健術」という身体操術を創始する。やがてその操術の修練中にエンライトメントが訪れて解脱を体験する。その後にはいわゆる超能力とも呼べる超人的な能力まで開花し、たとえば六面すべてに3ケタの数字が書かれたサイコロを何個もいっぺんに放り投げて上面に出た数字を足した数と底面に出た数字を足した数を言い当てるなんて芸当をいとも簡単に成して見せた。まだサイコロがぜんぶ落ちる前に解答をスラスラと書いたそうである。

こんなのは序の口で、寝た姿勢のまま空中に浮いたとか、新興宗教に悪口言って裁判沙汰になった際に沼津の裁判所の法廷でゴチャゴチャした論告に嫌気がさし、やおら気合いを浴びせたら裁判官が気絶してしまい裁判が取りやめになったとか、サラシでグルグルと目隠しを厳重にし、さらに穴のない鉄カブトをスッポリかぶせて対面する相手の本を逆さまにして絶対に見えないようにしたものをスラスラと読んだとか、まあおよそ科学的な思考しかできない賢い現代人から見れば詐欺かトリックにしか思えないような能力を示したそうである。

その春充翁は晩年に「宇宙倫理の書」を執筆した。肉体と精神の最重要点であるヘソ下三寸の「正中心」を体得した人間には宇宙の倫理がわかったのだろう。悟りの訪れた瞬間の感動を「さらさらとしてすべてと一体になっている」というニュアンスで表現していた。この宇宙という万物と我が身心が一体であるという境地に至ったものが今の政治、経済、環境を俯瞰して何を思うだろうか?ことごとく放射能に汚染された大地、空、海、人々を見て何を思うだろうか?春充翁は未来を透視できたとされるが、地球の未来を見た春充は絶望し、最後には食を断ちこの世を去ったのである。春充が見た未来とはもしかしたら人の住めなくなった放射能地獄の地球だったのかもしれない。

原発や原爆や核にまつわる違和感とは「宇宙の倫理」に反しているという一語に尽きるのだと最近思うようになった。放射能がらみは政治や経済やエネルギーの問題として語られることが多いのだが単純に宇宙の倫理に反しているというだけの事であろう。自然界に存在する原子をいじってはいけないのだろう。自然界には存在しなかった超ウラン原子など作ってはいけないのだろう。それが宇宙の倫理に反した行為だからずっとモヤモヤした違和感がつきまとっていたのだ。科学の倫理の前に宇宙の倫理があるのである。絶対不可侵の倫理を犯しているのだからその災厄はまた犯した本人たちに降り注ぐのが宇宙の法則である。

宇宙の倫理がもしも大げさなら地球の倫理と言い換えてもいいかもしれない。46億年を生きてきた全生命体の母である地球。彼女はいまの人類をどう思っているだろうか?おそらくは頭を抱えて悩んでいるだろう。自分の皮膚である地球表面をはぎ取り掘り起こし血液とも臓器とも言える地下資源を抜き取り勝手に利用する馬鹿な人類。共生共存の思想をもたずにすぐに武器をもって戦争をする馬鹿な人類。外部環境になじんで穏やかに生きれば病気になどならないのにやたらと無駄な仕事をさせられて疲弊し病気になり飲まなくてもいいクスリを飲んでさらに病気を増やしている愚かな人類。草木虫魚が目に入らずにひたすら公害をまき散らす人類。このあまりに出来の悪い生き物を母なる地球は今どう評価しているのだろうか?

ある異星人とのコンタクティーは「宇宙に散らばったすべての人型惑星人の大元はライラという惑星の人々であった。戦争に明け暮れた後に嫌気がさし宇宙中の住める惑星にちりぢりになりそこの環境に適応していったのが現宇宙のすべての人間たちである。本来的に理想の世界は農耕型の文明である。今の地球も徐々にまたその方向へとシフトしていかねばならない」なる発言をしていた。江戸期の不世出の革命家であった漢方医・安藤昌益もまた人間の理想社会とは自分の食い扶持は自分で耕したもので補うという完全自給自足社会とした。それをしないでエラそうな事を抜かす者はみな「不耕貪食の徒」と喝破している。ライラ発の宇宙人世界であるこの地球にもやはり宇宙の倫理は厳然とあるはずだ。毎年200数十兆円もの特別会計を貪る官僚、もとい「不耕貪食の徒」を追放できるのは一体いつになるのだろうか。

カールセーガンたちが言うようにこの天の川銀河系だけでも100万個もの先進文明を築いた知的生命体がいる惑星があるのだから、その中にはすでに放射能地獄を経験し克服した種族もいるのかもしれない。どうやって内部被曝を克服し健康でいられたのか?どうやって核廃棄物の無毒化を成し遂げたのか?ヒントは想像することにあると私は考えている。イマジネーションこそが宇宙を貫くもっとも大きなエナジーである。思えば通じるのである。マヤ歴の分岐点が到来しているそうだ。私たちも大いなる分岐点に立っている。政治や経済なんて実に小さいカテゴリーである。目を宇宙に転ずればそこには無限の可能性と絶対不可侵の倫理が存在するのである。地球という母の心に寄り添い、宇宙という父の威厳にひれふす時にヒトははじめて新たなステージへと意識が到達するのだろう。

映画「2001年宇宙の旅」のイントロである「人類の夜明け」においては原始人類が道具を持ち武器に使うことを覚えるシーンが象徴的に描かれていた。道具を手にした瞬間が人類のはじまりであるのなら、また道具を捨て去る瞬間も人類のあらたな始まりとなるであろう。もはや宇宙倫理に反する道具である原発原爆核利権など捨て去る時代が到来しているのである。春充が見た未来世界を現出させないためにはわれわれが覚醒するしかない。

気づきと悟りがマヤ歴の更新日に訪れんことを祈ります。

2012.12.22 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 墨興安国論

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